韓国の新大統領に革新系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏が就任した。大統領政党(与党)と国会の多数党が異なる「ねじれ」が解消したことで、韓国国内では経済政策の推進に期待が高まる。一方、外交面では日韓歴史問題の再燃など対日政策の転換が懸念されている。神戸大学の木村幹教授に李在明政権に対する日本企業の対応などについて聞いた。
李在明氏の経済政策について「明確なビジョンがない」と指摘する木村教授(NNA撮影)
——「ねじれ」解消で李在明氏の掌握力が高まる。
ねじれ現象は大統領と国会議員の違える制度のいびつさに由来するもので、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前政権下の政治の行き詰まりも基本的にこの現象によるものだった。ねじれ現象が解消することは、ようやく「自らの政策を実現できる政権」が生まれたことを意味しており、それ自体は好ましいことである。
問題は、その結果として李在明政権が何をするかだろう。例えば、すでに新与党は国会において最高裁判事の数を増やす法案を提出し、これを可決する方向で動いている。実現すれば新たな判事を大統領が任命することになり、李在明氏は自分の有利なように最高裁判事の構成を変えられる。
「自らの政策を実現できる政権」について、独裁体制や政権の暴走といった危惧につながる背景には、法の抜け穴を使ってでも自らの政治的意図を実現しようという、政治家の「ディシプリン(規律)」の低下がある。李在明氏自身が自らのディシプリンを回復できるか否かに注目しなければならない。
——李在明氏の経済政策には期待できるか。
過去の李在明氏は、京畿道城南市長として財政の立て直しを行うとともに、「青年配当」(若者に年間100万ウォン=約10万6,000円の地域通貨支給)制度に代表される斬新な福祉政策を展開するなど、優れた行政手腕を見せた。
一方、現在の李在明氏が掲げる経済政策は、個別対処的かつ総花的で明確なビジョンがあるとは言い難い。大規模な政策が並ぶ一方で、財政的裏付けはほぼ存在しないことから、政策の実施も危ぶまれる状況だ。
同時に韓国の企業構造の改革を唱えており、韓国経済への影響力を持つ巨大財閥に対する「政府の介入」をもたらす可能性もある。経営側とどのような関係性を築いていかに経済を立て直せるか、新政権にとって難しい課題となりそうだ。仮に経営側と大きく対立する事態となれば、韓国から資本逃避が起こることも否定できない。
——対日外交の方向性は。
外交・安全保障を巡る問題は、現在の韓国政府が取り得る選択肢は多くない。新政権の基本路線も日米両国との関係を良好に保つという尹前政権の方向性に違いはないだろう。
しかし、新政権が日米両国と良好な関係を維持できるかは別問題だ。李在明氏は過激で直接的な言葉を使う人物で、大統領選挙戦でも領土問題や歴史認識問題で日本に対し原則的な対応を取ることを明言している。
過激な言葉遣いにより、日本の世論が刺激される事態に発展すれば、日本政府も良好な関係を維持することが難しくなる。このことから日韓関係の最大の鍵は「大統領の口の管理」になるのだろうと思う。
経済や安全保障を巡る問題を、領土や歴史認識問題と切り離して議論するのは簡単なことではない。新政権が果たしてこうした「ツートラック」路線を実現させることができるのか、まずはお手並みを拝見する他はない。
——日本の政府や企業はどう対応すべきか。
李在明氏は「韓国のトランプ」との異名を持つ。その場その場でのアドリブ発言が多い彼の言動に一喜一憂するのはあまり意味がなく、少し距離を置いて見る必要がある。われわれはすでにそれを「本家トランプ」の発言で学びつつあり、「韓国のトランプ」でもそれを応用すれば良いのではないか。
また、日本政府や企業は韓国の保守派には豊富な人脈を持つ一方、革新派にはほとんど人脈などがない傾向にある。韓国政治が保守と革新の二大勢力の対立で動いている以上、両者にパイプを持って、情報を獲得し、この国との関係を維持していかなければならない。李在明政権の成立を奇貨として、新しいネットワークを韓国との間に築いていく機会にできれば、と願っている。(聞き手=中村公)
<プロフィル>
木村幹
神戸大学大学院・国際協力研究科教授、法学博士(京都大学)。京都大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専攻は比較政治学、朝鮮半島地域研究。近著に「全斗煥」(ミネルヴァ書房)や「国立大学教授のお仕事 ——とある部局長のホンネ」(筑摩書房)。
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ねじれ現象は大統領と国会議員の違える制度のいびつさに由来するもので、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前政権下の政治の行き詰まりも基本的にこの現象によるものだった。ねじれ現象が解消することは、ようやく「自らの政策を実現できる政権」が生まれたことを意味しており、それ自体は好ましいことである。
問題は、その結果として李在明政権が何をするかだろう。例えば、すでに新与党は国会において最高裁判事の数を増やす法案を提出し、これを可決する方向で動いている。実現すれば新たな判事を大統領が任命することになり、李在明氏は自分の有利なように最高裁判事の構成を変えられる。
「自らの政策を実現できる政権」について、独裁体制や政権の暴走といった危惧につながる背景には、法の抜け穴を使ってでも自らの政治的意図を実現しようという、政治家の「ディシプリン(規律)」の低下がある。李在明氏自身が自らのディシプリンを回復できるか否かに注目しなければならない。
——李在明氏の経済政策には期待できるか。
過去の李在明氏は、京畿道城南市長として財政の立て直しを行うとともに、「青年配当」(若者に年間100万ウォン=約10万6,000円の地域通貨支給)制度に代表される斬新な福祉政策を展開するなど、優れた行政手腕を見せた。
一方、現在の李在明氏が掲げる経済政策は、個別対処的かつ総花的で明確なビジョンがあるとは言い難い。大規模な政策が並ぶ一方で、財政的裏付けはほぼ存在しないことから、政策の実施も危ぶまれる状況だ。
同時に韓国の企業構造の改革を唱えており、韓国経済への影響力を持つ巨大財閥に対する「政府の介入」をもたらす可能性もある。経営側とどのような関係性を築いていかに経済を立て直せるか、新政権にとって難しい課題となりそうだ。仮に経営側と大きく対立する事態となれば、韓国から資本逃避が起こることも否定できない。
——対日外交の方向性は。
外交・安全保障を巡る問題は、現在の韓国政府が取り得る選択肢は多くない。新政権の基本路線も日米両国との関係を良好に保つという尹前政権の方向性に違いはないだろう。
しかし、新政権が日米両国と良好な関係を維持できるかは別問題だ。李在明氏は過激で直接的な言葉を使う人物で、大統領選挙戦でも領土問題や歴史認識問題で日本に対し原則的な対応を取ることを明言している。
過激な言葉遣いにより、日本の世論が刺激される事態に発展すれば、日本政府も良好な関係を維持することが難しくなる。このことから日韓関係の最大の鍵は「大統領の口の管理」になるのだろうと思う。
経済や安全保障を巡る問題を、領土や歴史認識問題と切り離して議論するのは簡単なことではない。新政権が果たしてこうした「ツートラック」路線を実現させることができるのか、まずはお手並みを拝見する他はない。
——日本の政府や企業はどう対応すべきか。
李在明氏は「韓国のトランプ」との異名を持つ。その場その場でのアドリブ発言が多い彼の言動に一喜一憂するのはあまり意味がなく、少し距離を置いて見る必要がある。われわれはすでにそれを「本家トランプ」の発言で学びつつあり、「韓国のトランプ」でもそれを応用すれば良いのではないか。
また、日本政府や企業は韓国の保守派には豊富な人脈を持つ一方、革新派にはほとんど人脈などがない傾向にある。韓国政治が保守と革新の二大勢力の対立で動いている以上、両者にパイプを持って、情報を獲得し、この国との関係を維持していかなければならない。李在明政権の成立を奇貨として、新しいネットワークを韓国との間に築いていく機会にできれば、と願っている。(聞き手=中村公)
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木村幹
神戸大学大学院・国際協力研究科教授、法学博士(京都大学)。京都大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専攻は比較政治学、朝鮮半島地域研究。近著に「全斗煥」(ミネルヴァ書房)や「国立大学教授のお仕事 ——とある部局長のホンネ」(筑摩書房)。"
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