中国自動車メーカーが中東地域での販売に力を入れている。最大手で「新エネルギー車(NEV)」専業の比亜迪(BYD)などが販売店を開設。中国から中東向けの輸出台数は急増している。中東は経済的に豊かな産油国が多く、消費者の購買力が高いことなどが背景にある。今後の人口増加が予測されているアフリカ市場への進出にも動いている。
「クウェートのネットゼロ(温室効果ガスの排出量が実質ゼロ)実現のビジョンとBYDの使命は一致している」。2024年12月、BYDがクウェート初となる旗艦店のオープンを記念して開いた式典で、BYDの中東・アフリカ市場の販売部門幹部はこう表明した。
店舗にはセダン「漢」やスポーツタイプ多目的車(SUV)「元プラス」など5車種を展示。販売車種は今後増やしていく方針だ。BYDはアラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、バーレーン、カタール、オマーンに進出しており、クウェートでの店舗開設でペルシャ湾に面する湾岸6カ国の全てに進出した。
中東での展開を進めているのはBYDだけではない。中国新興電気自動車(EV)メーカーの広州小鵬汽車科技(Xpeng)は24年10月、UAEでEV2車種の発売発表会を開き、同国市場に進出したと明らかにした。SUVの「G6」や「G9」を取り扱う。今年4月にはバーレーンのディーラーとの戦略提携を発表。年内に湾岸6カ国全てに進出する計画で「湾岸地区を拠点に中東・アフリカ市場でのチャンスをつかむ」と強調した。
中国自動車大手の北京汽車集団(北汽集団)も中東市場の開拓を進めている。24年11月にはカタール、バーレーンにSUV「BJ30」などを投入すると発表した。
■高い経済力
中国自動車メーカーが中東地域での販売に力を入れる背景には域内諸国の経済力の高さがある。
国際通貨基金(IMF)が発表した24年の1人当たり国内総生産(GDP)を見ると、湾岸6カ国で首位のカタールは7万1,580米ドル(約1,040万円)、2位のUAEは4万8,830米ドルで、いずれも日本(3万2,500米ドル)を上回った。クウェート(3万1,640米ドル)とサウジアラビア(3万750米ドル)も日本に近い水準となっている。
日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部中東アフリカ課の内田政義課長は「湾岸諸国は経済的に豊かな国が多く、購買力がある」と指摘する。
産油国が多い中東だが、脱炭素の一環で現地政府がEVの普及を推進していることも、中国メーカーを引き付ける要因になっているとみられる。
ジェトロによると、産油国のUAEは脱炭素の取り組みを推進。エネルギー戦略で、EVとハイブリッド車(HV)の普及の数値目標を設定した。
イスラエルのエネルギー当局が策定した計画では30年からガソリン車とディーゼル車の輸入を完全に禁止する。一方で、EVなどに対しては税金の優遇策を導入している。
そしてもう1つの要因が中国と中東諸国との関係だ。中国政府は、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」を展開しながら中東・アフリカ諸国との関係を強化しており、これも進出を後押ししているとみられる。
■24年は100万台規模
中国から中東向けの自動車輸出台数は増加している。中国の自動車業界団体、全国乗用車市場信息聯席会(CPCA)の崔東樹秘書長によると、24年の中東向け輸出台数は前年比44%増の約99万4,000台に上った。今年1~4月は前年同期比43%増の約38万5,000台と高い伸び率を維持している。
24年の中東向け輸出台数の内訳は、ガソリン車が約66万2,000台を占めて最多だった。これにEVが18万1,000台で続いた。HVは6万5,000台、プラグインハイブリッド車(PHV)は2万5,000台だった。伸び率はHVとPHVがEVを上回った。
今年1~4月の輸出台数を国・地域別に見ると、UAEが61%増の13万9,054台で、メキシコ(26%増の18万7,782台)に続いて2位となった。6位にはサウジアラビア(21%増の9万1,985台)が入った。

ジェトロの内田氏は「(UAEの)ドバイでは中国のEVを目にする機会が増えたとの話を聞く」と話す。
一方で、中東は日本の自動車産業にとっても重要な輸出先となっている。日本の財務省によると、23年の国・地域別の自動車輸出額でサウジアラビア(前年比39.7%増の5,956億円)とUAE(30.4%増の5,120億円)はそれぞれ5位と7位となった。UAEは1997年以降、毎年10位以内に入っている。中東で日本メーカーの人気は高いが、今後中国勢との競争が激しくなる可能性もありそうだ。
■周辺に工場設置の動き
中東では中国メーカーによる製造の動きも出ている。中国ニュースサイトIT之家によると、BYDは24年7月、完成車工場の建設を巡り、トルコ政府との間で協定を締結した。投資額は約10億米ドルで、年産能力は15万台。研究開発(R&D)センターを併設し、26年末に稼働する計画だ。稼働後は最大で5,000人の雇用が創出される見通しという。
今年3月には、自動車メーカーの奇瑞控股集団(奇瑞集団)がトルコにEV工場を建設する計画が報じられた。投資額は約10億米ドルで、年産能力は20万台。
トルコは欧州連合(EU)と関税同盟を結んでいる。トルコで製造した自動車をEU諸国に輸出する際には関税面の優遇対象となる。こうしたことから、トルコには自動車産業が集積。日本勢ではトヨタ自動車などが進出している。
■アフリカにも進出
BYDはアフリカ進出も進めている。これまでにルワンダ、コートジボワール、チュニジア、セネガル、ザンビア、ナイジェリア、セーシェルなどアフリカの17カ国・地域に進出した。
他社では、広州小鵬汽車科技が昨年6月、エジプトでEV2車種の発売を発表した。自動車メーカーの長城汽車は、部品を輸出して現地で組み立てるノックダウン(KD)方式の工場をセネガルに建設する計画。現地生産を通じて、アフリカ市場の深耕に乗り出す。
アフリカの人口は24年時点で約15億人に上り、今後増加が予想されている。EVの普及はまだ進んでいないといい、中国メーカーの市場参入は将来への布石という狙いがありそうだ。
内田氏は、政府がインフラを整えたり、EVの購入を奨励したりするなどの取り組みを展開できるかどうかが普及の鍵を握ると指摘した。
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中東での展開を進めているのはBYDだけではない。中国新興電気自動車(EV)メーカーの広州小鵬汽車科技(Xpeng)は24年10月、UAEでEV2車種の発売発表会を開き、同国市場に進出したと明らかにした。SUVの「G6」や「G9」を取り扱う。今年4月にはバーレーンのディーラーとの戦略提携を発表。年内に湾岸6カ国全てに進出する計画で「湾岸地区を拠点に中東・アフリカ市場でのチャンスをつかむ」と強調した。
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■高い経済力
中国自動車メーカーが中東地域での販売に力を入れる背景には域内諸国の経済力の高さがある。
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日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部中東アフリカ課の内田政義課長は「湾岸諸国は経済的に豊かな国が多く、購買力がある」と指摘する。
産油国が多い中東だが、脱炭素の一環で現地政府がEVの普及を推進していることも、中国メーカーを引き付ける要因になっているとみられる。
ジェトロによると、産油国のUAEは脱炭素の取り組みを推進。エネルギー戦略で、EVとハイブリッド車(HV)の普及の数値目標を設定した。
イスラエルのエネルギー当局が策定した計画では30年からガソリン車とディーゼル車の輸入を完全に禁止する。一方で、EVなどに対しては税金の優遇策を導入している。
そしてもう1つの要因が中国と中東諸国との関係だ。中国政府は、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」を展開しながら中東・アフリカ諸国との関係を強化しており、これも進出を後押ししているとみられる。
■24年は100万台規模
中国から中東向けの自動車輸出台数は増加している。中国の自動車業界団体、全国乗用車市場信息聯席会(CPCA)の崔東樹秘書長によると、24年の中東向け輸出台数は前年比44%増の約99万4,000台に上った。今年1~4月は前年同期比43%増の約38万5,000台と高い伸び率を維持している。
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ジェトロの内田氏は「(UAEの)ドバイでは中国のEVを目にする機会が増えたとの話を聞く」と話す。
一方で、中東は日本の自動車産業にとっても重要な輸出先となっている。日本の財務省によると、23年の国・地域別の自動車輸出額でサウジアラビア(前年比39.7%増の5,956億円)とUAE(30.4%増の5,120億円)はそれぞれ5位と7位となった。UAEは1997年以降、毎年10位以内に入っている。中東で日本メーカーの人気は高いが、今後中国勢との競争が激しくなる可能性もありそうだ。
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中東では中国メーカーによる製造の動きも出ている。中国ニュースサイトIT之家によると、BYDは24年7月、完成車工場の建設を巡り、トルコ政府との間で協定を締結した。投資額は約10億米ドルで、年産能力は15万台。研究開発(R&D)センターを併設し、26年末に稼働する計画だ。稼働後は最大で5,000人の雇用が創出される見通しという。
今年3月には、自動車メーカーの奇瑞控股集団(奇瑞集団)がトルコにEV工場を建設する計画が報じられた。投資額は約10億米ドルで、年産能力は20万台。
トルコは欧州連合(EU)と関税同盟を結んでいる。トルコで製造した自動車をEU諸国に輸出する際には関税面の優遇対象となる。こうしたことから、トルコには自動車産業が集積。日本勢ではトヨタ自動車などが進出している。
■アフリカにも進出
BYDはアフリカ進出も進めている。これまでにルワンダ、コートジボワール、チュニジア、セネガル、ザンビア、ナイジェリア、セーシェルなどアフリカの17カ国・地域に進出した。
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