シンガポールで積層造形など革新的な技術を用いた3D印刷業界の成長が加速している。サステナビリティー(持続可能性)や医療の領域などでも活用が期待される中、同国の3D印刷業界のこれまでの歩みと今後の見通しについて、シンガポール企業庁の先端製造担当ディレクターであるアン・ホー氏に聞いた。【Celine Chen】
半導体業界向けに部品を3D印刷するシンガポールのクリエイツ3セラミクスの製造装置(同社提供)
——シンガポールの積層造形セクターは過去数年でどのように成長したか。
現時点で登記されている積層造形企業は170社以上となり、2019年と比較して55%増加した。精密エンジニアリングから医療、海事分野までさまざまな分野の企業で製造プロセスに積層造形を取り入れる事例が増加。複雑な機能を持つ部品の生産や、独特の特徴を持つ製品の多品種小ロット製造が行われている。
積層造形の需要が拡大している背景には、デジタル製造手法の一つとして積層造形の柔軟性が理解されるようになったことがある。伝統的な製造業では、特定の生産ラインで少品種の大量生産を実現するため、金型や道具の製作に多くの時間と資金を投入する必要があった。一方で積層造形の場合、金型製作や時間がかかるプロセスの必要がなく、電子ファイルとコンピューターモデルの使用だけで、さまざまな部品や製品を設計し、製造できる。
積層造形の利点は、設計や製造から消費者の手に届くまでの時間を短くすることで、製品の開発サイクルを効率化し、より状況に応じた生産体制を取れることにある。これにより、大量の在庫を抱えるコストを減らすと同時に、刻々と変化する顧客の需要に素早く対応できるようになる。
——ここ最近で積層造形を迅速に活用した事例は。
積層造形を活用した試作品の製造などは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)下で加速した。例えば国内の2社、アイ2アイ・コミュニケーションズとストラクトは、新型コロナの検査需要が急拡大する中で3D印刷技術を利用した鼻咽頭スワブを2カ月で共同開発。シンガポール内にとどまらず、インドネシアや米国でもライセンスを獲得し広く利用されるようになった。
——医療分野に貢献した事例は他にもあるか。
積層造形は間違いなく医療セクターの転換・変革を推し進めている。医療従事者は患者に対し、よりパーソナライズ化されたソリューションやツールの提供が可能になっている。例えば義肢やインプラントなどの複雑な装置は、3D印刷の活用で各患者の生物学的要件を満たすと同時に、装着感や機能性も向上している。
外科手術の現場でも積層造形の活用が進んでいる。例えばインプラント埋入の際に用いるサージカルガイドを精密に個別生産することで、手術時間の短縮や手術の効率性の向上が期待できる。
シンガポールのオーメド(AuMed)は、患者の病状を反映させた心臓の解剖模型を積層造形技術を使って作っている企業だ。リアルな手触りをした同社の心臓モデルは、医療現場での研修や外科医が複雑な手術を行う前の準備などに活用されている。
ストラクトはマスク光造形(MSLA)方式の3D印刷技術を開発し、歯科業界に大きな影響を与えた。世界中のさまざまなクリアアライナー(透明なマウスピース型の歯科矯正装置)ブランドと提携し、その製造を支援。従来の技術に比べて製造時間・コストを削減し、性能の向上にも寄与している。
——半導体業界における積層造形の活用状況は。
国内の半導体業界でも積層造形の活用が始まっている。クリエイツ3Dセラミクス(Creatz3D Ceramics)は工業部品のサプライヤーで、セラミック3D印刷技術を有する。さまざまな半導体企業向けに部品を供給しており、各企業が自社の強みを生かしつつ新しいアプリケーションを導入できるような革新的で持続可能なソリューションを提供している。
——シンガポール政府はどのように積層造形分野の成長を後押ししているのか。
研究機関や業界関係者などと連携しながら積層造形エコシステムの造成に努めている。企業庁ではシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の国立積層造形イノベーションクラスター(NAMIC)や業界団体と連携し、国内の幅広い分野で積層造形の活用の可能性などを探っているほか、日本を含む海外企業と国内企業の連携なども支援している。
——伝統的な製造業にとって積層造形など新技術の導入は大変だと考えられるが、どのような支援体制なのか。
恩恵が大きいにもかかわらず新技術の導入が難しいのは、ひとえに専門の技術者やノウハウが不足しているためだ。企業庁では業界関係者と緊密に連携し、ガイドラインの制定や導入の成功例などの情報の共有を通じ、企業が先行事例から学べる体制を作っている。シンガポール規格委員会(SSC)とは共同で積層造形の導入に関する規格を定め、企業の導入を支援している。
——今後の積層造形分野に関する見通しは。
世界中で官民が脱炭素化に注力する中、持続可能性を実現していく上で積層造形の活用がさらに重要になるとみている。素材を一層ずつ積み上げていく積層造形技術は、製造プロセスで出る廃棄物や無駄が従来の製造手法に比べて少ないということだ。必要な原料を9割削減できた事例もある。
積層造形の活用でどこでも需要に応じた製造が可能になれば、遠い場所にある工場から部品や設備を輸送する必要もなくなる。そうすることでサプライチェーン(供給網)を短縮し、エネルギー消費や炭素排出の削減も可能になっていく。
持続可能性のほか、医療分野での活用領域も広がるだろう。積層造形技術のおかげで治療技術が進化した例なども出てきた。3Dバイオプリントと呼ばれる領域では、細胞や組織、臓器などを積層造形する。オステオポア・シンガポールはその一例で、生体吸収性の素材で骨の構造を模倣したスキャフォールド(治療過程において細胞の再生を助ける足場)インプラントを、積層造形を用いて製造している。
積層造形に興味のある日本企業には、シンガポールの積層造形エコシステムを活用し、共同で研究開発(R&D)や実証試験、商業化などに取り組んでもらいたい。
企業庁のアン・ホー氏(中央の女性)と国立積層造形イノベーションクラスターのメンバーら(企業庁提供)
<プロフィル>
アン・ホー(Anne Ho)氏:
企業庁の先端製造担当ディレクター:
UCLA(米カリフォルニア大学ロサンゼルス校)アンダーソン・スクール・オブ・マネジメントとシンガポール国立大学(NUS)でグローバル経営管理、マネジメント&オペレーションに関する経営学修士(MBA)を取得。企業庁などシンガポールの政府機関で約20年の職務経験を持ち、2021年7月に先端製造担当ディレクターに就任。企業の能力開発、イノベーション(技術革新)創出、海外展開などを支援している。
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積層造形の需要が拡大している背景には、デジタル製造手法の一つとして積層造形の柔軟性が理解されるようになったことがある。伝統的な製造業では、特定の生産ラインで少品種の大量生産を実現するため、金型や道具の製作に多くの時間と資金を投入する必要があった。一方で積層造形の場合、金型製作や時間がかかるプロセスの必要がなく、電子ファイルとコンピューターモデルの使用だけで、さまざまな部品や製品を設計し、製造できる。
積層造形の利点は、設計や製造から消費者の手に届くまでの時間を短くすることで、製品の開発サイクルを効率化し、より状況に応じた生産体制を取れることにある。これにより、大量の在庫を抱えるコストを減らすと同時に、刻々と変化する顧客の需要に素早く対応できるようになる。
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——医療分野に貢献した事例は他にもあるか。
積層造形は間違いなく医療セクターの転換・変革を推し進めている。医療従事者は患者に対し、よりパーソナライズ化されたソリューションやツールの提供が可能になっている。例えば義肢やインプラントなどの複雑な装置は、3D印刷の活用で各患者の生物学的要件を満たすと同時に、装着感や機能性も向上している。
外科手術の現場でも積層造形の活用が進んでいる。例えばインプラント埋入の際に用いるサージカルガイドを精密に個別生産することで、手術時間の短縮や手術の効率性の向上が期待できる。
シンガポールのオーメド(AuMed)は、患者の病状を反映させた心臓の解剖模型を積層造形技術を使って作っている企業だ。リアルな手触りをした同社の心臓モデルは、医療現場での研修や外科医が複雑な手術を行う前の準備などに活用されている。
ストラクトはマスク光造形(MSLA)方式の3D印刷技術を開発し、歯科業界に大きな影響を与えた。世界中のさまざまなクリアアライナー(透明なマウスピース型の歯科矯正装置)ブランドと提携し、その製造を支援。従来の技術に比べて製造時間・コストを削減し、性能の向上にも寄与している。
——半導体業界における積層造形の活用状況は。
国内の半導体業界でも積層造形の活用が始まっている。クリエイツ3Dセラミクス(Creatz3D Ceramics)は工業部品のサプライヤーで、セラミック3D印刷技術を有する。さまざまな半導体企業向けに部品を供給しており、各企業が自社の強みを生かしつつ新しいアプリケーションを導入できるような革新的で持続可能なソリューションを提供している。
——シンガポール政府はどのように積層造形分野の成長を後押ししているのか。
研究機関や業界関係者などと連携しながら積層造形エコシステムの造成に努めている。企業庁ではシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)傘下の国立積層造形イノベーションクラスター(NAMIC)や業界団体と連携し、国内の幅広い分野で積層造形の活用の可能性などを探っているほか、日本を含む海外企業と国内企業の連携なども支援している。
——伝統的な製造業にとって積層造形など新技術の導入は大変だと考えられるが、どのような支援体制なのか。
恩恵が大きいにもかかわらず新技術の導入が難しいのは、ひとえに専門の技術者やノウハウが不足しているためだ。企業庁では業界関係者と緊密に連携し、ガイドラインの制定や導入の成功例などの情報の共有を通じ、企業が先行事例から学べる体制を作っている。シンガポール規格委員会(SSC)とは共同で積層造形の導入に関する規格を定め、企業の導入を支援している。
——今後の積層造形分野に関する見通しは。
世界中で官民が脱炭素化に注力する中、持続可能性を実現していく上で積層造形の活用がさらに重要になるとみている。素材を一層ずつ積み上げていく積層造形技術は、製造プロセスで出る廃棄物や無駄が従来の製造手法に比べて少ないということだ。必要な原料を9割削減できた事例もある。
積層造形の活用でどこでも需要に応じた製造が可能になれば、遠い場所にある工場から部品や設備を輸送する必要もなくなる。そうすることでサプライチェーン(供給網)を短縮し、エネルギー消費や炭素排出の削減も可能になっていく。
持続可能性のほか、医療分野での活用領域も広がるだろう。積層造形技術のおかげで治療技術が進化した例なども出てきた。3Dバイオプリントと呼ばれる領域では、細胞や組織、臓器などを積層造形する。オステオポア・シンガポールはその一例で、生体吸収性の素材で骨の構造を模倣したスキャフォールド(治療過程において細胞の再生を助ける足場)インプラントを、積層造形を用いて製造している。
積層造形に興味のある日本企業には、シンガポールの積層造形エコシステムを活用し、共同で研究開発(R&D)や実証試験、商業化などに取り組んでもらいたい。
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UCLA(米カリフォルニア大学ロサンゼルス校)アンダーソン・スクール・オブ・マネジメントとシンガポール国立大学(NUS)でグローバル経営管理、マネジメント&オペレーションに関する経営学修士(MBA)を取得。企業庁などシンガポールの政府機関で約20年の職務経験を持ち、2021年7月に先端製造担当ディレクターに就任。企業の能力開発、イノベーション(技術革新)創出、海外展開などを支援している。"
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