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コオロギタンパクを先進国へタイエントー、数年のR&D実り

コオロギ由来のプロテインパウダーを生産するタイのスタートアップ、タイ・エントー・フードはまもなく、昆虫タンパク質製品の先進国である欧米に向けて輸出を始める。コオロギ特有のニオイや塩気を排除し、ホエイタンパク質と変わりない「ニュートラルな味」のプロテインパウダーを量産するため、技術開発と資金調達に6年を要した。タイは昆虫飼育に適した気候で昆虫食の土壌もあることから、価格優位性を出せる。【Pravethida Anomakiti、天野友紀子】

タイ・エントー・フードの商品。初心者が試しやすいよう、緑茶味や黒ゴマ味も商品化している=11月、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

タイ・エントー・フードは、北部ピサヌローク県の国立ナレースワン大学の協力を得て2016年に設立された。
国連食糧農業機関(FAO)が13年に「昆虫は未来のタンパク質だ」とするリポートを出したことで、一気に注目を浴びるようになった昆虫食。ティーラナット社長はNNAの取材に対し、欧米では先進的なスタートアップが複数誕生していたが、タイでは技術開発に重きを置いた企業がほとんど見られなかったため、起業を決めたと説明する。
■ニュートラルな味を追求
タイでは北部や東北部を中心に、伝統的にコオロギやバッタを油で揚げるなどして食べる習慣がある。一方、欧米をはじめ世界で拡大が見込まれるのは「食品の原料としての」昆虫プロテインパウダーだ。
タイやベトナムにも昆虫由来のプロテインパウダーを生産する企業はあるものの、基本的にベーキングして(焼いて)パウダー状に粉砕するというシンプルな工程をとっており「昆虫特有のニオイや塩気が残っている」とティーラナット氏は指摘する。食品の原料として、また欧米など昆虫食の文化のない世界の大部分の市場では昆虫特有のフレーバーは敬遠されるため、ニュートラルな味に仕上げる製法を確立することを目標に研究開発(R&D)に取り組んだ。
原料となる昆虫はコオロギを選定。タイで生産(育成)が盛んであり、リサーチの結果、コオロギタンパクはホエイタンパク以上に筋肉増強効果が見込めることが分かったためだ。

タイのコオロギ農場。国内に2万カ所あるが、タイ・エントー・フードはGAP認証を持つ70カ所のうちの5カ所と契約している(同社提供)

■重点産業で政府支援獲得
タイ・エントー・フードはタイの高等教育科学研究イノベーション省(MHESI)、科学技術省傘下の国家革新機関(NIA)、タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)などから200万米ドル(約2億8,800万円)の資金を得た。タイ政府が、昆虫食を含む「次世代食品」産業を産業高度化政策「タイランド4.0」で定める重点産業「Sカーブ産業」の対象とし、育成に力を入れていることが背景にある。
資金を元手に数年かけて、まず昆虫に含まれる水分を除去した上でベーキングする独自技術「I-Sec」を打ち立てた。通常8時間以上かかる製造工程を、4時間以下に短縮。ティーラナット氏は「独特の風味がなく、低コストで安全性が担保された高品質な昆虫プロテインパウダーを量産できる技術だ」と胸を張る。
生産技術の確立後、量産に向けて出資者を探した。新型コロナウイルス流行の影響で当初の予定よりも時間を要したが、22年3月に地場倉庫運営タイ・シュガー・ターミナル(TSTE)をパートナーに迎えると決定。TSTEが首都バンコク東郊・サムットプラカン県に持つ本社敷地の一角で、22年末に工場を完工した。
ティーラナット氏によると、砂糖・農産物の物流大手であるTSTEは、新たな成長源としてSカーブ産業への出資を熱望していた。タイ・エントーは現在、TSTEとの折半出資となっている。
■価格は日本の3分の1
昆虫由来のプロテインパウダーをタイ国内で販売するためには、当局から農場に必要な農業生産工程管理(GAP)認証と工場に必要な適正製造規範(GMP)認証の両方を取得する必要がある。タイ・エントーはどちらも取得済みで、オンラインを中心に「シックステイン(SixTein)」ブランドで製品を販売している。

ティーラナット氏は、昆虫タンパクの普及が進まない原因の一つは品質だと指摘。自社製品で市場を切り開きたいと語る=11月、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

だが、同社が主戦場とみるのは、昆虫タンパク製品への認知と理解が進んでいる欧米市場だ。ティーラナット氏は「1980年代以降生まれでアウトドア活動を好み、環境・健康意識が高い欧米の消費者層は新しい製品への抵抗が少ない。この層にフォーカスしたい」と意気込む。
特に北欧は輸入・販売時の規制も含めて昆虫食の受け入れ態勢が整っている一方で、生産する場合は冬が長いために設備投資がかさむ。タイは冬がなく、温度管理なしで年中昆虫を育成できるため、同社の製品は他国製に比べて価格優位性が高いという。ティーラナット氏によると、コオロギタンパク製品の日本での小売価格は1キログラム当たり3,000バーツ(約1万2,330円)近くするが、タイでは1,000バーツほどと3分の1の安さだ。
■規制が壁も、月20トン販売へ
昆虫プロテイン製品は次世代食品で長期摂取のデータなどが整っていないこともあり、輸出に向けたハードルが高めだ。タイの農業・協同組合省畜産振興局(DLD)から適正衛生管理(GHP)と食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」の認証を取得すれば輸出可能となるが、例えば欧州に輸出する場合は別途、欧州食品安全機関(EFSA)の認証を得る必要があるなど、各国・地域によって基準が異なる。
タイ・エントーは現在、GHPとHACCPの取得申請を進めている段階で、来年第1四半期(1~3月)に輸出を本格化できる見通しだ。EFSAの認証取得には長い時間を要するとみているが、北欧諸国やドイツなど、昆虫タンパク先進国7~8カ国が独自の規制でコオロギ製品を受け入れているため、まずこれらの国に的を絞って輸出を増やす考えだ。
一方、タイの食品規格基準局(ACFS)による基準認証の相互承認の交渉にも期待する。ACFSはメキシコと相互承認協定を結んでおり、タイの食品はACFSの基準を満たしていればそのままメキシコに輸出可能となっている。
オランダの動物性タンパク素材大手、エッセンシア・プロテイン・ソリューションズが代理店となり、タイ・エントー製品の海外販売を担う予定だ。約300万米ドルを投じた工場の年産能力は1,200トン。ティーラナット氏は「来年には輸出を中心に月20トンを販売し、年間売上高を2億5,000万バーツとすることが目標だ」と力を込める。
昆虫由来のプロテインパウダーはヒト向けの食品だけでなく、ペットフードや家畜の飼料といった用途でも需要が見込める。タイ・エントーは「ポウェント(Powento)」ブランドでペットフード事業を立ち上げ、相手先ブランドによる生産(OEM)での売り込みも加速する。

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■ニュートラルな味を追求
タイでは北部や東北部を中心に、伝統的にコオロギやバッタを油で揚げるなどして食べる習慣がある。一方、欧米をはじめ世界で拡大が見込まれるのは「食品の原料としての」昆虫プロテインパウダーだ。
タイやベトナムにも昆虫由来のプロテインパウダーを生産する企業はあるものの、基本的にベーキングして(焼いて)パウダー状に粉砕するというシンプルな工程をとっており「昆虫特有のニオイや塩気が残っている」とティーラナット氏は指摘する。食品の原料として、また欧米など昆虫食の文化のない世界の大部分の市場では昆虫特有のフレーバーは敬遠されるため、ニュートラルな味に仕上げる製法を確立することを目標に研究開発(R&D)に取り組んだ。
原料となる昆虫はコオロギを選定。タイで生産(育成)が盛んであり、リサーチの結果、コオロギタンパクはホエイタンパク以上に筋肉増強効果が見込めることが分かったためだ。
[caption id="attachment_17366" align="aligncenter" width="620"]タイのコオロギ農場。国内に2万カ所あるが、タイ・エントー・フードはGAP認証を持つ70カ所のうちの5カ所と契約している(同社提供)[/caption]
■重点産業で政府支援獲得
タイ・エントー・フードはタイの高等教育科学研究イノベーション省(MHESI)、科学技術省傘下の国家革新機関(NIA)、タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)などから200万米ドル(約2億8,800万円)の資金を得た。タイ政府が、昆虫食を含む「次世代食品」産業を産業高度化政策「タイランド4.0」で定める重点産業「Sカーブ産業」の対象とし、育成に力を入れていることが背景にある。
資金を元手に数年かけて、まず昆虫に含まれる水分を除去した上でベーキングする独自技術「I-Sec」を打ち立てた。通常8時間以上かかる製造工程を、4時間以下に短縮。ティーラナット氏は「独特の風味がなく、低コストで安全性が担保された高品質な昆虫プロテインパウダーを量産できる技術だ」と胸を張る。
生産技術の確立後、量産に向けて出資者を探した。新型コロナウイルス流行の影響で当初の予定よりも時間を要したが、22年3月に地場倉庫運営タイ・シュガー・ターミナル(TSTE)をパートナーに迎えると決定。TSTEが首都バンコク東郊・サムットプラカン県に持つ本社敷地の一角で、22年末に工場を完工した。
ティーラナット氏によると、砂糖・農産物の物流大手であるTSTEは、新たな成長源としてSカーブ産業への出資を熱望していた。タイ・エントーは現在、TSTEとの折半出資となっている。
■価格は日本の3分の1
昆虫由来のプロテインパウダーをタイ国内で販売するためには、当局から農場に必要な農業生産工程管理(GAP)認証と工場に必要な適正製造規範(GMP)認証の両方を取得する必要がある。タイ・エントーはどちらも取得済みで、オンラインを中心に「シックステイン(SixTein)」ブランドで製品を販売している。
[caption id="attachment_17365" align="aligncenter" width="620"]ティーラナット氏は、昆虫タンパクの普及が進まない原因の一つは品質だと指摘。自社製品で市場を切り開きたいと語る=11月、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)[/caption]
だが、同社が主戦場とみるのは、昆虫タンパク製品への認知と理解が進んでいる欧米市場だ。ティーラナット氏は「1980年代以降生まれでアウトドア活動を好み、環境・健康意識が高い欧米の消費者層は新しい製品への抵抗が少ない。この層にフォーカスしたい」と意気込む。
特に北欧は輸入・販売時の規制も含めて昆虫食の受け入れ態勢が整っている一方で、生産する場合は冬が長いために設備投資がかさむ。タイは冬がなく、温度管理なしで年中昆虫を育成できるため、同社の製品は他国製に比べて価格優位性が高いという。ティーラナット氏によると、コオロギタンパク製品の日本での小売価格は1キログラム当たり3,000バーツ(約1万2,330円)近くするが、タイでは1,000バーツほどと3分の1の安さだ。
■規制が壁も、月20トン販売へ
昆虫プロテイン製品は次世代食品で長期摂取のデータなどが整っていないこともあり、輸出に向けたハードルが高めだ。タイの農業・協同組合省畜産振興局(DLD)から適正衛生管理(GHP)と食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」の認証を取得すれば輸出可能となるが、例えば欧州に輸出する場合は別途、欧州食品安全機関(EFSA)の認証を得る必要があるなど、各国・地域によって基準が異なる。
タイ・エントーは現在、GHPとHACCPの取得申請を進めている段階で、来年第1四半期(1~3月)に輸出を本格化できる見通しだ。EFSAの認証取得には長い時間を要するとみているが、北欧諸国やドイツなど、昆虫タンパク先進国7~8カ国が独自の規制でコオロギ製品を受け入れているため、まずこれらの国に的を絞って輸出を増やす考えだ。
一方、タイの食品規格基準局(ACFS)による基準認証の相互承認の交渉にも期待する。ACFSはメキシコと相互承認協定を結んでおり、タイの食品はACFSの基準を満たしていればそのままメキシコに輸出可能となっている。
オランダの動物性タンパク素材大手、エッセンシア・プロテイン・ソリューションズが代理店となり、タイ・エントー製品の海外販売を担う予定だ。約300万米ドルを投じた工場の年産能力は1,200トン。ティーラナット氏は「来年には輸出を中心に月20トンを販売し、年間売上高を2億5,000万バーツとすることが目標だ」と力を込める。
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