中国での電気自動車(EV)市場拡大の流れは、東南アジアにも広がっている。かつて日系新興メーカーが創ろうとして需要の壁に阻まれた市場を、中国系EVメーカーが低価格かつ最先端の機能を備えたモデルを相次いで投入し開拓している。ユーザーも手探りながら価格と機能を物差しにEVの価値を判断し始めている。一方、東南アジアではハイブリッド車(HV)の販売も好調で、消費者にとっては車両のコストをどう捉えるかが選択の分かれ目になりそうだ。
「これでは売れないかも。最初はそう思った」。2024年にインドネシアのEV市場に参入し、シェアトップに躍り出た比亜迪(BYD)。最も売れたモデルは、6~7人乗りの多目的車(MPV)「M6」だった。ジャカルタのBYDのディーラー担当者は「想定以上の売れ行きだった」と話す。価格重視のBYD本社からの指示で、ほかのモデルには付く無料の壁掛け式充電器と4年間のメンテナンスサービスを削ったことを憂慮していたという。
BYDは大家族が多いインドネシアで定番のMPV市場を狙うため、付属品・サービスを削り、価格を抑える戦略に出た(M6の現在の価格は3億8,300万ルピア=約360万円)。結果的には「付属サービスより価格の低さが受け入れられた」(同担当者)。政府が実施するEVの付加価値税(VAT)の引き下げなどの税制優遇措置もお得感を高めた。
今からさかのぼること7年前。タイを舞台にした特集「EV初期需要の創出へ」がNNAで掲載されたとき、当時の「主役」の日系EVベンチャーFOMMは、水に浮く超小型EVの現地生産に向けて奔走していた。上汽通用五菱汽車(ウーリン)が22年に発売した超小型EV「エアev」や、BYDの最新スポーツタイプ多目的車(SUV)のEV「仰望U8」に搭載された水上走行機能を先取りしたような車を開発していた。
だが、当時の東南アジア諸国では消費者向けの優遇策などはなく、EV市場の創出に苦戦した。機能面でも現在のEVでは主流のスマートコックピットは搭載されていなかった。
その後、新型コロナウイルス禍からの経済回復と脱炭素化を目指す東南アジア各国は、EVを次世代の成長ドライバーに見据えて投資誘致合戦を本格化させた。「ポストコロナ」のEV市場の開拓者は、BYDを中心とした中国系メーカーに変わった。
調査会社インテージ・チャイナの李昂氏(モビリティーアカウント・マネジャー)は、中国ブランドが海外進出する3条件は◇自動車産業の基礎がある◇政府の支援策がある◇EV領域で強力なライバルがいない——ことで、東南アジア市場は該当しやすいと指摘する。
■東南ア主要国、越以外はBYDが首位
24年通年の東南アジア諸国の新規EV登録台数や販売台数を見ると、域内でEV普及率が高いシンガポールでは、乗用車登録台数4万3,022台のうち33.6%がEVだった。EVのブランド別シェアはBYDが42.9%で首位だった。BYDが登録台数全体に占める割合は14.4%(前年比9.7ポイント増)と前年の5位から2位に浮上。1位のトヨタ(シェア18.3%)に迫っている。
一方、ベトナムの新車販売台数は、地場EVメーカーのビンファストが約8万7,000台を売り、全ブランドの中で最多となる快挙を成し遂げている。中国メーカーは、ビンファストという強力なライバルがいる市場でまだ存在感を示せていない。
これに対し、域内の三大自動車市場(タイ、インドネシア、マレーシア)では、タイの四輪車の新規登録台数に占めるEVの割合は、前年比2.1ポイント増の11.7%に拡大。インドネシアのEV販売割合は3.3ポイント増の5.0%、マレーシアのEV登録台数の割合は0.9ポイント増の2.5%だった。
3カ国のEV市場でいずれも首位に立っているのはBYDだ。ただ、2~5位の上位ブランドは、相次ぐ中国系の参入により前年からの入れ替わりも起きている。タイでは「深藍(ディーパル)」などを展開する重慶長安汽車が4位、広汽埃安新能源汽車(AION)が5位に入った。
インドネシアは3位に奇瑞汽車(チェリー)、4位に上海汽車系列のMGがランクインした。中国勢が1~4位を占め、23年首位の韓国・現代自動車は5位に転落した。
マレーシアはBYDを米テスラが追い、長城汽車が5位に入った。
■「費用」「先進機能」を重視、不満の声も
調査会社インテージの荒木裕介氏(モビリティーグループ・グローバルアカウントマネジャー)は「東南アジアの消費者は新しいもの好きで、まずは2台目の保有車両としてEVを試す『スイッチ・アンド・トライ』の段階にある」と話す。EVと内燃機関(ICE)車の価格と機能を比べて価値判断をする「バリュー・フォー・マネー」の観点から車を選んでいるという。
インテージが24年6月にタイで実施した自動車ユーザーへの調査(12カ月以内に新車購入意向の20~59歳の男女649人に実施)によると、EVを好む理由(トリガー)で最も多かったのが「費用」(全体の27%)で、続いて「充電とバッテリー」(22%)、「先進機能と技術」(18%)などとなった。費用の内訳は「手頃な価格」「少ない燃料で節約できる」「ランニングコストが安い」などが挙げられた。
荒木氏は「EVを選ぶ人は、目新しさを感じる機能とその数、プロモーションや大幅な値引きを含めた車両価格、電気代とガソリン代の比較なども考慮して、満足できる価値があると判断している」と話す。
一方、EVを好まない理由(バリアー)でも「費用」が全体の28%を占め最大となった。内訳は「交換時のバッテリーが高い」「EV部品が高い」「メンテナンスコストが高い」などだった。EVを購入後のディーラーの対応に対する不満の声も多いと、荒木氏は指摘する。
■価格と航続距離はバランス取れる
タイ、インドネシア、マレーシアの3カ国の売れ筋EVモデルを23年と24年で比較すると、24年のほうが価格と航続距離のバランスの取れた車が増えていることが分かる。
例えば、インドネシアでは、航続距離に対して価格が高い現代自動車の「アイオニック」シリーズがトップ5から外れ、代わりに中価格帯モデルのBYDのM6、奇瑞汽車(チェリー)の「オモダE5」が食い込んだ。高価格帯で航続距離も長いBYDの「シール」は、3カ国共通で上位に入った。タイでは重慶長安汽車の「ディーパルS07」が5位になった。
一方、中国で24年に販売が急拡大したプラグインハイブリッド車(PHV)は、東南アジアではまだ販売台数は多くなく、メルセデス・ベンツやBMWなど欧州メーカーが上位を占めている。
日系メーカーが重視するハイブリッド車(HV)は、24年のタイでの登録台数が前年比5割増となり、新車市場が減速する中で大きく伸びた。インドネシア、マレーシアでもHVは2桁伸長しており、この結果もバリュー・フォー・マネーの観点でHVを選択する消費者がいることを示唆している。
※特集「アジア覆う中国EVの波」の第7回(最終回)「コスパ試し乗車経験をシェア」は、1月24日に掲載予定です。
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