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熱々ご飯を自販機で世界へ香港新興企業、和風弁当で挑む

香港政府系ハイテク産業団地の数碼港(サイバーポート)にある1軒の弁当店。昼休みになれば周辺企業で働くIT人材が続々と昼ご飯を買いにやって来る。一見ありふれた光景だが、店内には忙しく総菜を盛り付ける店員の姿も商品を積み上げたショーケースも見当たらない。代わりにあるのは自動販売機。しかも売っているのは「ハンバーグ弁当」「照り焼きチキン弁当」といった日本でおなじみの弁当だ。できたて熱々の和風弁当を自販機で——。香港発のスタートアップが斬新な発想で世界を目指す。【蘇子善、福地大介】

和田弁当を運営する鎌倉食品のチェンCEO(左)と及川シェフ=10月、数碼港(NNA撮影)

店の名前は「和田弁当」。タッチパネルで好きな弁当を選び、支払いは電子決済だ。取り出し口に出てくる弁当は冷凍やレトルトの加熱品ではなく、毎朝自社のセントラルキッチンで調理したものが熱々のまま提供される。
1人前50HKドル(約940円)台が中心の、香港では手頃な価格設定。メニューは日替わりで、毎日5種類から選べる。客は短いランチタイムを順番待ちで浪費することなく有効に使うことができ、店側は求人難の時代に人手確保や人件費の悩みから解放される。通常の店舗より狭いスペースで営業できることも利点だ。
和田弁当を運営するのは、株式会社鎌倉食品有限公司(カマクラ・フーズ)。社名もブランド名も日本らしさ全開だが、れっきとした香港地場のスタートアップだ。
2019年に同社を立ち上げたジェイソン・チェン最高経営責任者(CEO)は「東京大学に留学していた時、単調で寂しい日々の生活に疲れて鎌倉を旅行した。その際に立ち寄った手作り弁当店の女将(おかみ)さんの温かさと弁当のおいしさが忘れられなかった」と話す。ブランド名の「和田」は、留学当時にとても世話になった恩師の名字を使わせてもらった。
■味は本格
自販機で弁当を販売するというアイデアも、日本の自販機文化に触れたことが原点となっている。日本で暮らしていた頃の体験から出発した和田弁当。それだけにチェン氏は、本物の日本の味を再現することにこだわった。
チェン氏のビジネスパートナーとして、発足時から同社のエグゼクティブシェフを務めるのは日本人の及川学氏だ。料理人として洋食、和食と20年以上の経験を持ち、ホテル勤務などを経て香港の日系スーパーで弁当や総菜の料理責任者を任されていた時にチェン氏から協力を請われた。
大手企業で安定した報酬が約束された立場にいたが、チェン氏の熱意に引かれ「新しいことに挑戦したい気持ちになった」と及川氏。日替わりを売りにする和田弁当の献立を一手に担い、これまでに200種類を超える弁当を開発してきた。
日本のコメや調味料にこだわりつつも、これまでの経験から香港消費者の好みを熟知。ゆずこしょう風味の照り焼きチキンにヒジキの煮物を付け合わせるなど、香港人も日本人も納得の味を生み出している。
■型破りの高温管理
そんな及川氏ですら当初は「無謀だ」と感じたのが、チェン氏が目指した型破りなビジネスモデルだ。
香港の食品衛生当局は原則として4~60度の「危険温度帯」で弁当を保管、陳列することを認めておらず、スーパーなどでは4度以下のコールドチェーン(低温物流)で商品を管理するのが「常識」。ところが「買った時から熱々の弁当を食べてもらいたい」と考えたチェン氏は、セントラルキッチンで調理してから自販機を経由して消費者に届くまで、60度超を維持するホットチェーン(高温物流)にこだわった。

人気のハンバーグ弁当。味はもちろん、ホットチェーンでの販売に適した食材と調理法で彩りや食感にも気を配っている=10月、数碼港(NNA撮影)

自身も電子工学の専門家であるチェン氏と同社の技術チームは、構想の鍵を握る高温での温度管理が可能な弁当自販機を開発。当局からもその食品衛生における安全性と信頼性が認められ、前例のない自販機を核としたホットチェーンによる弁当販売が可能になった。
高温で弁当を管理する場合、食材の色合いや熱の通り具合、味の入り加減の変化も考慮することが必要で「通常の弁当作りとは違う苦労がある」と及川氏。例えばサラダなど生野菜を入れることはできないため、代わりに高温下でも変色しにくい食材を彩りに加え、野菜は炒め物にするなどして栄養のバランスと食感が偏らないよう気を配っている。
■日本展開も視野
和田弁当は今年、香港大手コメ流通会社の金源米業国際(ゴールデン・リソーシズ・デベロップメント・インターナショナル)と提携してベトナムに進出した。金源米業はベトナムでコンビニエンスストア「サークルK」の経営権を持つ。両社は共同で、弁当とホットチェーンのオペレーション技術をサークルKに提供している。
ホットチェーンの技術には日本の食品サプライヤーからも引き合いがあり、年内には自販機を日本へ輸出する計画が進む。「私たちには弁当があり、テクノロジーもある。自社の弁当を販売するのは一種の実演であり、それを通じてホットチェーンに興味を持ってくれた飲食業者やさまざまな企業に自販機を提供していきたい」とチェン氏は自社のビジネスモデルを説明する。
香港域内では現在、和田弁当の自販機は数碼港の旗艦店以外にも15カ所以上に設置されている。自社の弁当だけでなく大手飲食チェーンや食品ブランドとも提携し、年内には倍の約30カ所へ増える見通しだ。
立地は産業団地やオフィス、病院、学校などが中心だが、香港鉄路(MTR)の駅構内に自販機を設置する認可も取得済みという。9月には金源米業と共同で新会社を設立する契約を結び、日本式の「駅弁」事業を展開する計画が始動した。
「ボタンを押すだけでいろいろな国のさまざまな料理が楽しめる。私たちの技術は消費者の選択肢を増やし、飲食業者の売り上げ拡大にも貢献できる」とチェン氏。香港で、そして世界へと広げたいのは、日本で味わったあの温かな弁当の感動だ。

店内に並んだ弁当自販機。中央に見えるタッチパネルで選んだ商品が、その下の取り出し口から出てくる=10月、数碼港(NNA撮影)
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店の名前は「和田弁当」。タッチパネルで好きな弁当を選び、支払いは電子決済だ。取り出し口に出てくる弁当は冷凍やレトルトの加熱品ではなく、毎朝自社のセントラルキッチンで調理したものが熱々のまま提供される。
1人前50HKドル(約940円)台が中心の、香港では手頃な価格設定。メニューは日替わりで、毎日5種類から選べる。客は短いランチタイムを順番待ちで浪費することなく有効に使うことができ、店側は求人難の時代に人手確保や人件費の悩みから解放される。通常の店舗より狭いスペースで営業できることも利点だ。
和田弁当を運営するのは、株式会社鎌倉食品有限公司(カマクラ・フーズ)。社名もブランド名も日本らしさ全開だが、れっきとした香港地場のスタートアップだ。
2019年に同社を立ち上げたジェイソン・チェン最高経営責任者(CEO)は「東京大学に留学していた時、単調で寂しい日々の生活に疲れて鎌倉を旅行した。その際に立ち寄った手作り弁当店の女将(おかみ)さんの温かさと弁当のおいしさが忘れられなかった」と話す。ブランド名の「和田」は、留学当時にとても世話になった恩師の名字を使わせてもらった。
■味は本格
自販機で弁当を販売するというアイデアも、日本の自販機文化に触れたことが原点となっている。日本で暮らしていた頃の体験から出発した和田弁当。それだけにチェン氏は、本物の日本の味を再現することにこだわった。
チェン氏のビジネスパートナーとして、発足時から同社のエグゼクティブシェフを務めるのは日本人の及川学氏だ。料理人として洋食、和食と20年以上の経験を持ち、ホテル勤務などを経て香港の日系スーパーで弁当や総菜の料理責任者を任されていた時にチェン氏から協力を請われた。
大手企業で安定した報酬が約束された立場にいたが、チェン氏の熱意に引かれ「新しいことに挑戦したい気持ちになった」と及川氏。日替わりを売りにする和田弁当の献立を一手に担い、これまでに200種類を超える弁当を開発してきた。
日本のコメや調味料にこだわりつつも、これまでの経験から香港消費者の好みを熟知。ゆずこしょう風味の照り焼きチキンにヒジキの煮物を付け合わせるなど、香港人も日本人も納得の味を生み出している。
■型破りの高温管理
そんな及川氏ですら当初は「無謀だ」と感じたのが、チェン氏が目指した型破りなビジネスモデルだ。
香港の食品衛生当局は原則として4~60度の「危険温度帯」で弁当を保管、陳列することを認めておらず、スーパーなどでは4度以下のコールドチェーン(低温物流)で商品を管理するのが「常識」。ところが「買った時から熱々の弁当を食べてもらいたい」と考えたチェン氏は、セントラルキッチンで調理してから自販機を経由して消費者に届くまで、60度超を維持するホットチェーン(高温物流)にこだわった。
[caption id="attachment_9800" align="aligncenter" width="620"]人気のハンバーグ弁当。味はもちろん、ホットチェーンでの販売に適した食材と調理法で彩りや食感にも気を配っている=10月、数碼港(NNA撮影)[/caption]
自身も電子工学の専門家であるチェン氏と同社の技術チームは、構想の鍵を握る高温での温度管理が可能な弁当自販機を開発。当局からもその食品衛生における安全性と信頼性が認められ、前例のない自販機を核としたホットチェーンによる弁当販売が可能になった。
高温で弁当を管理する場合、食材の色合いや熱の通り具合、味の入り加減の変化も考慮することが必要で「通常の弁当作りとは違う苦労がある」と及川氏。例えばサラダなど生野菜を入れることはできないため、代わりに高温下でも変色しにくい食材を彩りに加え、野菜は炒め物にするなどして栄養のバランスと食感が偏らないよう気を配っている。
■日本展開も視野
和田弁当は今年、香港大手コメ流通会社の金源米業国際(ゴールデン・リソーシズ・デベロップメント・インターナショナル)と提携してベトナムに進出した。金源米業はベトナムでコンビニエンスストア「サークルK」の経営権を持つ。両社は共同で、弁当とホットチェーンのオペレーション技術をサークルKに提供している。
ホットチェーンの技術には日本の食品サプライヤーからも引き合いがあり、年内には自販機を日本へ輸出する計画が進む。「私たちには弁当があり、テクノロジーもある。自社の弁当を販売するのは一種の実演であり、それを通じてホットチェーンに興味を持ってくれた飲食業者やさまざまな企業に自販機を提供していきたい」とチェン氏は自社のビジネスモデルを説明する。
香港域内では現在、和田弁当の自販機は数碼港の旗艦店以外にも15カ所以上に設置されている。自社の弁当だけでなく大手飲食チェーンや食品ブランドとも提携し、年内には倍の約30カ所へ増える見通しだ。
立地は産業団地やオフィス、病院、学校などが中心だが、香港鉄路(MTR)の駅構内に自販機を設置する認可も取得済みという。9月には金源米業と共同で新会社を設立する契約を結び、日本式の「駅弁」事業を展開する計画が始動した。
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