インドのデリー首都圏などで、日本と同じ味のヤクルトを日々、ヤクルトレディが地域の住民に手渡しで届けている。2008年の発売から14年。彼女たちの活動は地域に網の目のように浸透し、女性の社会進出の一助にもなっている。ヤクルトと仏ダノン・プロバイオティクスの合弁会社ヤクルト・ダノン・インディアは、乳酸菌飲料の市場がない同地で市場自体を開拓しながら、今後も宅配と卸売りの両輪で拡販を目指す。現在の2倍に当たる1日当たり40万本が当面の目標だ。【榎田真奈】
午前8時30分。各地域の配送センターに所属するヤクルトレディたちがぞくぞくと出勤してくる。ヤクルトの宅配を担う彼女たちは、デリー首都圏では10カ所のセンターに所属し、個々人に割り振られたそれぞれの担当地域を日々スクーターで回りヤクルトを手渡す。
デリーの拠点に所属するタバッサムさん(26歳)は入所から3年だが、個人宅に毎日200本前後のヤクルトを届けるトップクラスの販売員だ。
インドでの価格は5本入りで80ルピー(約143円)。砂糖、カロリー、甘みを抑え、ビタミンDとEを配合した「ヤクルト・ライト」(同95ルピー)を加えた2種類を展開している。
ヤクルトレディはインド全土で約300人在籍し、デリー首都圏ではこのうち約220人が働く。届け先は、個人宅やキラナ(零細商店)、企業の職場など。1人で1週間当たり個人宅120~180カ所、キラナ30~40カ所を回るほか、新規顧客も開拓する。
顧客の自宅でヤクルトを手渡すタバッサムさん(NNA撮影)
タバッサムさんは「より良い給与条件と結果に応じたインセンティブがやりがいにつながっている」と話す。9人の弟と妹がおり、家計を支えるため、給料条件のいいヤクルトへの入社を決めたという。入社直後は1日当たり70本の宅配から始めたが、1年以内に1日当たりの宅配平均で200本を達成し、「スーパーヤクルトレディ」の称号を得た。
センターには毎日の販売本数や担当地域を細かく示したボードが置かれている。ヤクルト・ダノン・インディアで販売や営業を統括する磯部雅章取締役は、「われわれが開拓できなかったお店をヤクルトレディが開拓することもある。細かく地域を割り振ってテリトリー制を敷いているのは、ヤクルトレディ同士が顧客開拓でバッティングしないためだ」と説明した。
ヤクルトレディは毎朝、朝礼で配達予定数などを共有する(NNA撮影)
■広報機能も担うヤクルトレディ
彼女たちは販売員としてだけではなく、商品であるヤクルトの機能性を口伝する広報の役割も果たしている。ヤクルトはインド食品安全基準局(FSSAI)から「整腸」と「免疫」の機能で認可を得ている。ただインドでは乳酸菌飲料の市場自体が存在しない。また、整腸・免疫で当局の認証を得ていることを示す標記なども整備されておらず、顧客への認知が課題になっている。
医薬品ではないヤクルトの機能性を顧客に理解してもらうことは難しく、一人一人の顧客に直接説明できるヤクルトレディが果たす役割は大きい。ヤクルト・ダノン・インディアの濱田浩志社長は「ヤクルトは健康を維持し、病気になりにくい身体をつくるために飲む予防医学の意味合いが大きい。その価値をヤクルトレディは主婦のコミュニティーなどを通じて口コミで伝えていける強みがある」と語った。
タバッサムさんが担当する顧客のクマールさん(仮名、84歳)は、10年ヤクルトを愛飲。公園での試飲活動で出会ったのが始まりだ。あえてヤクルトレディを介して購入しているのは定期的に届けてくれる快適さのため。身体の不調が改善し「ヤクルトは自分の身体に一番合っている」と話した。インドでは食道炎や下痢などの症状に悩む人が多く、ヤクルトを飲むことで症状の改善を実感しているという。
■競合不在、まずは市場を醸成
ヤクルトは、乳酸菌シロタ株を安価で広く届ける手段として生まれた。ヤクルトに含まれている乳酸菌シロタ株は生きたまま腸まで届くことが特徴で、冷蔵して乳酸菌を眠らせた状態で流通させ、飲むことで体温によって乳酸菌が目覚めて活動状態になることで腸に作用する。
そのため、10度以下の冷蔵保管が求められる。ただインドはコールドチェーンの整備が進んでおらず、ヤクルト・ダノン・インディアでは自社で工場から顧客の手元まで冷温管理を徹底することで、効率良く新鮮な商品を配送することに努めている。
また、インドでは体温を下げる冷たい飲み物は身体に悪いとされる。そのため、ヤクルトも冬季は売り上げが低迷する。同社では、冬場こそヤクルトを飲むことで免疫を高め、風邪や感染症を予防するよう啓発している。冷たい飲み物を嫌煙する顧客には、飲む前に常温の部屋に置き、常温になった段階で飲むよう案内するといった工夫を凝らしている。
ヤクルト・ダノン・インディアの濱田浩志社長(右)、磯部雅章取締役(左)がNNAの取材に応じた(NNA撮影)
「いまはプロバイオティクス(ヨーグルトや乳酸菌飲料などに健康効果のある生きた微生物が含まれた食品)市場を育てる段階だ」——濱田氏はインド市場についてそう話す。同地では、ヤクルトの「競合」と呼べるような商品がほとんど存在しないためだ。
あえて競合を探すなら、「もはやインドの文化」(磯部氏)と呼べる伝統的なヨーグルトの「ダヒ」や「ラッシー」になる。そのため、乳酸菌飲料市場でのヤクルトのシェアは100%ともいえるが、濱田氏は「競合がいたほうが市場として健全」との考えだ。
インドでのプロバイオティクスの生きた乳酸菌の数の定義は1商品当たり1億個だが、こうした定義にこだわっていると競合がなかなか育たない。現段階では、他社製品が定義に当てはまっているかには重きをおかず、類似商品を含めた市場の成長を重視していく方針だ。
■顧客と接する「場」を増やす
販売開始から14年。今後の拡販に向けて、ヤクルトレディの活動だけでなく、医療的な専門知識を持つ従業員による教育機関での出前授業や、サッカーなどのスポーツイベントでもヤクルトの機能性を広めていく。
中核となるターゲット顧客は中流階級だが、スラムなどの地域でもばら売りで売れる。濱田氏は「まずはヤクルトと顧客が接する場をどれだけ増やしていけるかが重要だと考えている」と戦略を語った。
ヤクルトや消化器官の機能に関する教育機関での授業は、売り上げに直結するわけではないが「未来のヤクルトの愛飲者を育てる」狙いもあるという。企業や病院での販売も強化したい考えで、企業では食堂での取り扱いやばら売りにも対応する。
流通地域の拡大にも力を入れる。ヤクルトレディの宅配や自社による卸売りで展開する地域を増やす。21年3月には西部マハラシュトラ州ナビムンバイで、同12月にはデリー首都圏のガジアバードでヤクルトレディの宅配を開始。自社卸売りでは22年7月に北部ウッタラカンド州デラドゥーン、同8月に南部ケララ州コチに拡大した。
着実に浸透しているヤクルトだが、インドの販売本数は現在1日当たり約22万本と、ヤクルトの世界販売である同4,000万本の1%にも満たない。
今後の目標について濱田氏は、「インドで1日40万本の販売を目指したい」と語った。同氏が今年2月まで赴任していたマレーシアでの販売本数は、いまや同50万本を超えている。「インド市場の大きさを考えれば、大きな可能性を秘めている」と今後の成長に期待を込めた。
<メモ>
インドのヤクルトに含まれる乳酸菌シロタ株の数は、賞味期限の40日後時点で1本あたり65億個、1ミリリットル当たり1億個。ヤクルトレディが宅配を手がけるのは、デリー首都圏とナビムンバイを含む西部のムンバイ都市圏のほか、西部プネ、ラジャスタン州ジャイプール、北部の連邦直轄地チャンディガル。自社卸売りはこれらの都市を含む計15都市で展開。そのほか多数の都市で、卸売業者を介して販売している。
object(WP_Post)#9816 (24) {
["ID"]=>
int(9850)
["post_author"]=>
string(1) "3"
["post_date"]=>
string(19) "2022-11-01 00:00:00"
["post_date_gmt"]=>
string(19) "2022-10-31 15:00:00"
["post_content"]=>
string(10686) "インドのデリー首都圏などで、日本と同じ味のヤクルトを日々、ヤクルトレディが地域の住民に手渡しで届けている。2008年の発売から14年。彼女たちの活動は地域に網の目のように浸透し、女性の社会進出の一助にもなっている。ヤクルトと仏ダノン・プロバイオティクスの合弁会社ヤクルト・ダノン・インディアは、乳酸菌飲料の市場がない同地で市場自体を開拓しながら、今後も宅配と卸売りの両輪で拡販を目指す。現在の2倍に当たる1日当たり40万本が当面の目標だ。【榎田真奈】
午前8時30分。各地域の配送センターに所属するヤクルトレディたちがぞくぞくと出勤してくる。ヤクルトの宅配を担う彼女たちは、デリー首都圏では10カ所のセンターに所属し、個々人に割り振られたそれぞれの担当地域を日々スクーターで回りヤクルトを手渡す。
デリーの拠点に所属するタバッサムさん(26歳)は入所から3年だが、個人宅に毎日200本前後のヤクルトを届けるトップクラスの販売員だ。
インドでの価格は5本入りで80ルピー(約143円)。砂糖、カロリー、甘みを抑え、ビタミンDとEを配合した「ヤクルト・ライト」(同95ルピー)を加えた2種類を展開している。
ヤクルトレディはインド全土で約300人在籍し、デリー首都圏ではこのうち約220人が働く。届け先は、個人宅やキラナ(零細商店)、企業の職場など。1人で1週間当たり個人宅120~180カ所、キラナ30~40カ所を回るほか、新規顧客も開拓する。
[caption id="attachment_9851" align="aligncenter" width="620"]顧客の自宅でヤクルトを手渡すタバッサムさん(NNA撮影)[/caption]
タバッサムさんは「より良い給与条件と結果に応じたインセンティブがやりがいにつながっている」と話す。9人の弟と妹がおり、家計を支えるため、給料条件のいいヤクルトへの入社を決めたという。入社直後は1日当たり70本の宅配から始めたが、1年以内に1日当たりの宅配平均で200本を達成し、「スーパーヤクルトレディ」の称号を得た。
センターには毎日の販売本数や担当地域を細かく示したボードが置かれている。ヤクルト・ダノン・インディアで販売や営業を統括する磯部雅章取締役は、「われわれが開拓できなかったお店をヤクルトレディが開拓することもある。細かく地域を割り振ってテリトリー制を敷いているのは、ヤクルトレディ同士が顧客開拓でバッティングしないためだ」と説明した。
[caption id="attachment_9853" align="aligncenter" width="620"]ヤクルトレディは毎朝、朝礼で配達予定数などを共有する(NNA撮影)[/caption]
■広報機能も担うヤクルトレディ
彼女たちは販売員としてだけではなく、商品であるヤクルトの機能性を口伝する広報の役割も果たしている。ヤクルトはインド食品安全基準局(FSSAI)から「整腸」と「免疫」の機能で認可を得ている。ただインドでは乳酸菌飲料の市場自体が存在しない。また、整腸・免疫で当局の認証を得ていることを示す標記なども整備されておらず、顧客への認知が課題になっている。
医薬品ではないヤクルトの機能性を顧客に理解してもらうことは難しく、一人一人の顧客に直接説明できるヤクルトレディが果たす役割は大きい。ヤクルト・ダノン・インディアの濱田浩志社長は「ヤクルトは健康を維持し、病気になりにくい身体をつくるために飲む予防医学の意味合いが大きい。その価値をヤクルトレディは主婦のコミュニティーなどを通じて口コミで伝えていける強みがある」と語った。
タバッサムさんが担当する顧客のクマールさん(仮名、84歳)は、10年ヤクルトを愛飲。公園での試飲活動で出会ったのが始まりだ。あえてヤクルトレディを介して購入しているのは定期的に届けてくれる快適さのため。身体の不調が改善し「ヤクルトは自分の身体に一番合っている」と話した。インドでは食道炎や下痢などの症状に悩む人が多く、ヤクルトを飲むことで症状の改善を実感しているという。
■競合不在、まずは市場を醸成
ヤクルトは、乳酸菌シロタ株を安価で広く届ける手段として生まれた。ヤクルトに含まれている乳酸菌シロタ株は生きたまま腸まで届くことが特徴で、冷蔵して乳酸菌を眠らせた状態で流通させ、飲むことで体温によって乳酸菌が目覚めて活動状態になることで腸に作用する。
そのため、10度以下の冷蔵保管が求められる。ただインドはコールドチェーンの整備が進んでおらず、ヤクルト・ダノン・インディアでは自社で工場から顧客の手元まで冷温管理を徹底することで、効率良く新鮮な商品を配送することに努めている。
また、インドでは体温を下げる冷たい飲み物は身体に悪いとされる。そのため、ヤクルトも冬季は売り上げが低迷する。同社では、冬場こそヤクルトを飲むことで免疫を高め、風邪や感染症を予防するよう啓発している。冷たい飲み物を嫌煙する顧客には、飲む前に常温の部屋に置き、常温になった段階で飲むよう案内するといった工夫を凝らしている。
[caption id="attachment_9852" align="aligncenter" width="620"]ヤクルト・ダノン・インディアの濱田浩志社長(右)、磯部雅章取締役(左)がNNAの取材に応じた(NNA撮影)[/caption]
「いまはプロバイオティクス(ヨーグルトや乳酸菌飲料などに健康効果のある生きた微生物が含まれた食品)市場を育てる段階だ」——濱田氏はインド市場についてそう話す。同地では、ヤクルトの「競合」と呼べるような商品がほとんど存在しないためだ。
あえて競合を探すなら、「もはやインドの文化」(磯部氏)と呼べる伝統的なヨーグルトの「ダヒ」や「ラッシー」になる。そのため、乳酸菌飲料市場でのヤクルトのシェアは100%ともいえるが、濱田氏は「競合がいたほうが市場として健全」との考えだ。
インドでのプロバイオティクスの生きた乳酸菌の数の定義は1商品当たり1億個だが、こうした定義にこだわっていると競合がなかなか育たない。現段階では、他社製品が定義に当てはまっているかには重きをおかず、類似商品を含めた市場の成長を重視していく方針だ。
■顧客と接する「場」を増やす
販売開始から14年。今後の拡販に向けて、ヤクルトレディの活動だけでなく、医療的な専門知識を持つ従業員による教育機関での出前授業や、サッカーなどのスポーツイベントでもヤクルトの機能性を広めていく。
中核となるターゲット顧客は中流階級だが、スラムなどの地域でもばら売りで売れる。濱田氏は「まずはヤクルトと顧客が接する場をどれだけ増やしていけるかが重要だと考えている」と戦略を語った。
ヤクルトや消化器官の機能に関する教育機関での授業は、売り上げに直結するわけではないが「未来のヤクルトの愛飲者を育てる」狙いもあるという。企業や病院での販売も強化したい考えで、企業では食堂での取り扱いやばら売りにも対応する。
流通地域の拡大にも力を入れる。ヤクルトレディの宅配や自社による卸売りで展開する地域を増やす。21年3月には西部マハラシュトラ州ナビムンバイで、同12月にはデリー首都圏のガジアバードでヤクルトレディの宅配を開始。自社卸売りでは22年7月に北部ウッタラカンド州デラドゥーン、同8月に南部ケララ州コチに拡大した。
着実に浸透しているヤクルトだが、インドの販売本数は現在1日当たり約22万本と、ヤクルトの世界販売である同4,000万本の1%にも満たない。
今後の目標について濱田氏は、「インドで1日40万本の販売を目指したい」と語った。同氏が今年2月まで赴任していたマレーシアでの販売本数は、いまや同50万本を超えている。「インド市場の大きさを考えれば、大きな可能性を秘めている」と今後の成長に期待を込めた。
<メモ>
インドのヤクルトに含まれる乳酸菌シロタ株の数は、賞味期限の40日後時点で1本あたり65億個、1ミリリットル当たり1億個。ヤクルトレディが宅配を手がけるのは、デリー首都圏とナビムンバイを含む西部のムンバイ都市圏のほか、西部プネ、ラジャスタン州ジャイプール、北部の連邦直轄地チャンディガル。自社卸売りはこれらの都市を含む計15都市で展開。そのほか多数の都市で、卸売業者を介して販売している。"
["post_title"]=>
string(98) "【日印国交70年】乳酸菌飲料市場を開拓地域の浸透、ヤクルトレディ貢献"
["post_excerpt"]=>
string(0) ""
["post_status"]=>
string(7) "publish"
["comment_status"]=>
string(4) "open"
["ping_status"]=>
string(4) "open"
["post_password"]=>
string(0) ""
["post_name"]=>
string(200) "%e3%80%90%e6%97%a5%e5%8d%b0%e5%9b%bd%e4%ba%a470%e5%b9%b4%e3%80%91%e4%b9%b3%e9%85%b8%e8%8f%8c%e9%a3%b2%e6%96%99%e5%b8%82%e5%a0%b4%e3%82%92%e9%96%8b%e6%8b%93%e5%9c%b0%e5%9f%9f%e3%81%ae%e6%b5%b8%e9%80%8f"
["to_ping"]=>
string(0) ""
["pinged"]=>
string(0) ""
["post_modified"]=>
string(19) "2022-11-01 04:00:05"
["post_modified_gmt"]=>
string(19) "2022-10-31 19:00:05"
["post_content_filtered"]=>
string(0) ""
["post_parent"]=>
int(0)
["guid"]=>
string(33) "https://nnaglobalnavi.com/?p=9850"
["menu_order"]=>
int(0)
["post_type"]=>
string(4) "post"
["post_mime_type"]=>
string(0) ""
["comment_count"]=>
string(1) "0"
["filter"]=>
string(3) "raw"
}
- 国・地域別
-
インド情報
- 内容別
-
ビジネス全般人事労務