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各国の営業秘密の保護に関する法制度の概要

1.日本

日本の営業秘密については、不正競争防止法に規定があります。

同法2条6項は、営業秘密について、「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の秘密であって、公然と知られていないものをいう。」と定義しています。

(1)営業秘密の3要件

「営業秘密」に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

①秘密管理性

②有用性

③非公知性

まず、①要件を満たすためには、企業が当該情報を秘密裏に管理しようとする意思が、何らかの措置によって従業員や取引先に対して明確に示されており、かつ、当該意思について従業員等が認識できるような状態にしていなければなりません。

経済産業省の営業秘密指針によれば、具体的に必要な秘密管理措置の内容や程度については、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なり、営業秘密の管理単位(営業秘密の共有をしている企業単位のこと。支店レベルであるか、関連会社も含むのかが異なる。)における従業員がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要があるとしています。

秘密管理措置の具体例としては、表紙に「マル秘」や「社外秘」といった文字を明記しておくこと、金庫や施錠可能な容器に保管すること、扉に「関係者以外立ち入り禁止」といった張り紙をしておくことなどが考えられます。

次に、②要件を満たすためには、当該情報が客観的にみて、事業活動に有用であることが必要となります。この点、同要件の趣旨は公序良俗に反する内容の情報(脱税や不正の情報等)を除き、商業的価値が認められる情報を広く保護することに目的があります。同目的からは、①③要件を満たす情報については、有用性が認められることが通常であり、過去に事業活動に使用していた情報や、実験失敗のデータや製品の欠陥情報など間接的な価値が認められる情報についても有用性が認められることになります。

最後に③要件を満たすためには、当該情報が、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要となります。

非公知性が認められる状態とは、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない、公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等、保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態にあることをいいます。仮に当該情報が海外の刊行物に掲載されていたとしても、その刊行物の取得に多大な時間やコストを要する場合には、合理的な努力の範囲を超えるものとして公知性が認められることになります。また、当該営業秘密が様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成している場合、構成する各情報が様々な刊行物に掲載されており、それらを集めた結果、当該営業秘密に近い情報が得られたとしても、どの情報をどのように組み合わせるか自体に価値が認められる場合には、公知性は否定されません。

(2) 営業秘密が侵害された場合の措置

営業秘密に該当した場合、当該秘密を不正に取得、使用、開示する行為については「不正競争」行為に該当し、民事上、刑事上の措置の対象となりえます。また、当該営業秘密を取得者から得た者についての取得、使用、開示する行為についても一定の要件のもと民事上、刑事上の責任を負うこととなります。

具体的には、営業秘密の漏洩が発覚した場合、会社は、営業秘密の不正開示や利用の停止・予防、侵害に関する物品の破棄等を求めることができます。また、営業秘密の漏洩によって会社に損害が発生した場合には、侵害者に対して損害賠償を請求することができます。なお、損害賠償額については同法に損害額推定規定が設けられています。加えて、同漏洩によって、会社の信用が損なわれた場合には、信用を害した者に対して信用回復措置を取るように請求することも可能です。

 

2.タイ

タイの営業秘密については、営業秘密法に規定があります。

同法3条は営業秘密について、「営業秘密とは、まだ一般に公表されていない営業情報、またはその情報に通常触れられる者にまだ届いていない営業情報をいう。また、当該情報が秘密であることにより商業的価値をもたらし、営業秘密管理者が機密を保持するために適当な手段を採用していなければならない。」と定義しています。

(1) 営業秘密の要件

タイの営業秘密に該当するためには、以下の3つの要件に該当する必要があります。

①秘匿性
②有用性
③秘密管理性

まず、①要件を満たすためには、当該情報が一般に知られていないまたは情報を入手できる状況になっていないことが必要であり、日本の営業秘密の要件の一つである「非公知性」に似た概念であるといえます。

次に、②要件を満たすためには、当該情報を秘密に保つことで商業的価値をもたらしていることが必要であり、こちらも日本の有用性要件に似た概念であるといえます。

もっとも、日本においては秘密管理性および非公知性が認められれば、公序良俗に違反する情報等でない限り、有用性要件が認められる一方、タイの裁判においては、当該情報を秘密にしておくことで商業的価値が生じるかどうかを実質的に考慮するなどして、その判断基準に違いがあります。Googleマップの店舗情報について、有用性が認められるかという最高裁判例においては、店舗情報とはむしろ公開されることにより、商業的価値が生じるものであるとして、有用性要件について否定しています。

最後に、③要件を満たすためには、当該営業秘密を保護するために、充分な秘密保護措置が取られている必要があります。タイで裁判の争点になることが多いのは同要件であり、保護したい情報については、社内規定や就業規則などによって事前にルールを作成しておく必要があります。また、ルールを作成しておくだけではなく、従業員への研修や監査を通じてそのルールの運用が正確になされている必要があります。この点については、就業規則に一般的な守秘義務を規定していたとしても、同要件を満たすことにはならないとした最高裁判決も存在しています。

なお、充分な秘密保護措置が取られているか否かについて、絶対的な基準はなく、会社の規模や職種等を総合的に考慮し、相対的に決定されます。

以上のように、営業秘密該当性については、日本とタイは非常に類似した構成をとっています。もっとも、各要件の判断基準については、異なる点も多いため、その取扱いについては注意する必要があります。

(2) 営業秘密侵害行為

営業秘密侵害行為について同法6条は「営業秘密の侵害行為とは、営業秘密を保有する者の許可なく、秘密を開示し、使用する行為であって、不当な商業手法であるものをいう。ただし、侵害者において不当な商業手法であるとの認識または認識することが相当であると認められる事情がなければならない。」と定義しています。

また、同法6条では、契約違反、秘密保持の違反またはその教唆、贈収賄、脅迫、詐欺、窃盗、盗品の譲受、電子その他の手法を使った諜報活動を「不当な商業手法」として、例示列挙しています。

(3) 侵害行為に対する措置

上記のような営業秘密の侵害行為があった場合または現に行われようとしており、かつ明確な証拠がある場合には、差し止め請求や損害賠償請求をすることができます。同請求の中では、侵害組成品の破棄または所有権の移転を求めることができます。

また、侵害者に対しては両罰規定も含む刑事罰も存在しています。

 

3.マレーシア

マレーシアでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在せず、営業秘密はコモンロー及びエクイティによって保護されます。営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。営業秘密には、製法、方法、技術、製造費用、顧客リスト、事業計画等が含まれるとされています。保護の対象となる営業秘密は、原則として秘密となっている情報のみであり、公共財となっている一般的な情報については保護されないものとされています。

(1)守秘義務違反が認められる要件

マレーシアでは、判例上、従業員には使用者に対する忠実及び誠実の義務があるとされており、この義務には、使用者の同意なしに、雇用の過程で得た機密情報を使用または開示しない義務(守秘義務)が含まれています。

次の3つの要件が満たされている場合に、守秘義務違反が認められることがイギリスの判例(Coco 対AN Clark (Engineers)Ltd事件等)で明示されており、これはマレーシアでも適用されています。

① 機密性のある情報であること

② 守秘義務を負う状況下で情報が伝達されたこと(情報の機密性が従業員に明確に示されている必要があります。)

③ 情報の無断使用があったか、それが予期されること

守秘義務は、通常、雇用関係において発生し、この義務は暗示であっても、明示であってもよいとされ、その雇用終了後にまで及ぶとされています。

しかし、使用者は従業員に対し、当該従業員の技術及び知識の一部となったものの使用を禁止できないとされています。

マレーシアの判例により、当該情報が企業秘密であるか又は一般知識及び技術であるかは、以下の要素により判断されます。

① 雇用の性質
② 情報の性質
③ 使用者がその情報の機密性を強調したか
④ 当該企業秘密が一般知識及び技術と区別できるものであるのか

(2)守秘義務違反が認められる場合の救済方法

守秘義務違反が認められる場合には、損害賠償請求(Damages)(懲罰的損害賠償請求を含む)、差止命令(Injunction)、清算による償還(Account of profit)等が考えられます。

なお、差止命令が認められるためには、回復不能な損害があること、及び損害賠償請求のみでは救済として不十分であることを立証しなければなりません。

 

4.ミャンマー

ミャンマーでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在しません。そのため、守秘義務契約等の営業秘密を守る義務を含む契約を締結している場合には、営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。

したがって、営業秘密を共有する相手方との間でその秘密を保護するための契約を締結することが重要となります。

 

5.メキシコ

(1)概要

日本でいう「営業秘密」に近い概念として、メキシコでは連邦産業財産権保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial、以下、「産業財産権保護法」という。)に規定される「Secreto Industrial」が挙げられます。その定義や違反行為、罰則等の規定はあるものの、特許や商標といった産業財産権のように、登録制度等はありません。

(2)定義

産業財産権保護法において、Secreto Industrial(以下、「営業秘密」という。)は、「その法的管理を行使する人が秘密に保つ産業又は商業用途の全ての情報であって、経済活動の遂行において第三者に対して競争的又は経済的優位性をもち、機密性を維持し、アクセスを制限するのに十分な手段又はシステムを採用されている情報」と定義されています。

なお、公知の情報や法令等により開示しなければならない情報は営業秘密に該当しません。また、営業秘密の保有管理者より、ライセンス、許可、承認、登録、又はその他の権限を付与する目的で当該情報が提供された場合には、公知になったとはみなされません。

(3)営業秘密の保護

先述の定義より、情報が営業秘密とみなされるには、①商業的価値があること、②機密性の維持、③情報に対し機密に保つための合理的措置が施されていることが条件となります。

従って、例えば、競合他社に対して経済的優位性を持つ技術情報がある場合、限られた数の人々だけがその情報を知っていること、そしてそれを知っている人々がその情報が機密情報であることを認識していることが重要となります。更に、そのような情報へのアクセスを制限する措置が取られなければなりません。

また、情報の保有管理者は営業秘密の使用を第三者に許可することができ、この場合は、使用を許可された第三者は、この営業機密を開示してはならない義務を負います。技術提供等の契約書において守秘義務条項を設けることも可能であり、当事者が当該情報を機密であると確認する条項を含める必要があります。更に、雇用や業務委託等の関係において、又は職務に関連し、企業の情報を知り得る者は、秘密である旨を通知された情報については、その保有管理者等の同意を得ずに開示してはならない義務を負います。

従って、営業秘密を機密として保護するためには、機密であることの明示や各種契約書内への秘密保持条項の設定や秘密保持契約書の締結、職場においては、これらに加え就業規則の整備や教育の実施といった措置が必要となります。

(4)情報漏洩時の措置

営業秘密に関し漏洩が生じた場合、民事的、行政的、刑事的措置をとることができます。

行政的措置については、経済的優位性を獲得するため、又は商慣習に反する行為として、営業秘密を不正に取得することなどについて、利害関係者はメキシコ産業財産庁(Instituto Mexicano de la Propiedad Industrial:IMPI)に対し調査を要請でき、違反と判断された場合は、最大25,935,000ペソの制裁金(2023年の場合)、最大90営業日の施設の一時閉鎖や恒久的閉鎖といった制裁が科される恐れがあります。

刑事的措置については、自身又は第三者のために経済的利益を得る目的又は営業秘密の保有者に対し損害を与える目的で、不当に営業秘密を開示し、無権限に秘密情報を取得、使用、流用等行った場合、犯罪となり得え、利害関係者がIMPIに対し申し立てることにより起訴されます。犯罪が確定した場合は、2年から6年の懲役、103,740ペソから31,122,000ペソの罰金(2023年の場合)が科される恐れがあります。

このほか、刑法211条に依れば、専門的・技術的サービスを提供する者や公務員によって営業秘密が開示された場合、1年から5年の懲役や罰金、該当する場合は、2カ月から1年の職務停止処分が科される恐れがあります。

民事的措置として損害賠償請求を行うことも可能です。先述の各事項のほか産業財産権保護法167条は、企業秘密を取得する目的で、その秘密を保有する他者の従業員又は元従業員、当該他者にサービスを提供する、又は過去に提供したことのあるコンサルタント等を雇用し又は業務を委託する者は、法的責任を負うと規定することから、情報漏洩を行った本人のほか、企業秘密を取得する目的で雇用等を行った者に対しても損害の賠償を請求できる可能性があります。

更に、雇用関係において、労働者による情報漏洩が生じた場合、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)に基づき、処遇を検討できます。労働者は、技術的秘密や営業上の秘密、製造に直接的又は間接的に関与する場合のその製品の秘密情報、その他業務の遂行上知り得る情報について、その開示が会社に損害を与える可能性がある場合、その情報を機密に保持する義務を負うため、労働者が企業秘密や守秘義務を負う情報について漏洩した場合には、使用者は責任を負うことなく、当該労働者を解雇することが可能となります。

 

6.バングラデシュ

バングラデシュでは、営業秘密の保護を直接規定する法律や政策は制定されておらず、営業秘密侵害に対する苦情を管轄する政府機関も設立されていません。

しかし、営業秘密の法的保護は、いくつかの法律において、例えば、特許意匠法、契約法、競争法、刑法において規定されています。例えば、特許意匠法第49条によれば、意匠に関する情報の悪意の開示を防ぐことができます。ただし、当該規定はすべての営業秘密の場合に適用されるわけではなく対象は限定的です。また、契約法第73条では、機密保持契約を締結した場合、当事者は、契約上の義務違反に対する救済を求めることができます。

 

7.フィリピン

(1) フィリピンにおける「営業秘密」の定義

まず、フィリピンにおいて、「営業秘密」を直接定義する法令は見当たらず、非公開情報の一部が、知的財産権に関する法令において、部分的な保護を受けるに留まっています。

他方で、法令において直接定義はされていないものの、フィリピンの最高裁判例には、「営業秘密」に対して保護を与える旨判示したと読めるものが存在します。同判決によれば、「営業秘密」とは、“plan or process, tool, mechanism or compound known only to its owner and those of his employees to whom it is necessary to confide it”であるとされています。これを日本語に訳すると「計画、工程、道具、メカニズム、又は化合物に関する情報であって、所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」となります(*筆者訳)が、日本法と比較すれば、やや抽象的な概念に留まっていると考えられます。

もっとも、「所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」という部分が示すとおり、当該情報が社内において秘密として扱われている、いわゆる「秘密管理性」の要件については、フィリピン法においても求められていると考えられます。

(2) 「営業秘密」が侵害された場合の救済措置と対応

次に、「営業秘密」が侵害された場合、どのような救済措置や対応方法が考えられるかについて言及します。

まず、契約上で「営業秘密」について言及がある場合は、同契約の文言に基づき、侵害行為を行なっている相手方に損害賠償請求を行うことが考えられます。加えて、⑴で述べた「営業秘密」の定義に該当するような場合は、知的財産に関する法令に基づき権利侵害を主張したうえで、差止請求の手続をとることも検討できます。

また、従業員が「営業秘密」を漏洩したケースに限定されますが、雇用契約関係がある場合は、従業員に対して情報漏洩行為を指摘し、懲戒処分や懲戒解雇を行うことも考えられます。

(3) 「営業秘密」の侵害に備えた予防的法務

最後に、「営業秘密」の侵害に備えて企業がとりうる予防的法務対応について述べます。

フィリピンにおいて「営業秘密」を適切に守るためには、情報のやり取り前にNDAを締結すること、取引に関する契約書に営業秘密侵害の場面を想定した条項が入っているか確認すること、従業員との雇用契約に営業秘密についての条項が入っているか確認すること等の対応が挙げられます。また、牽制的な位置付けにはなりますが、従業員の営業秘密漏洩行為は犯罪行為として規定されていますので、この旨を企業内で周知することも予防法務の観点から一定程度効果があるものと考えられます。

 

8.ベトナム

(1) 概要

ベトナムの営業秘密については、2005 年に制定され、2009 年、2019 年、2022 年に改正された知的財産法に規定されています。知的財産法によれば、営業秘密とは、金融活動または知的投資活動から得られた情報のうち、未公表で、かつビジネスで利用可能なものをいうとされています(知的財産法第4 条第23 項)。

営業秘密とみなされるためには、以下の3 つの条件を満たす必要があります。

⚫ 財政的、知的、研究的、創造的な投資活動の結果であること。
⚫ 同業他社、公衆、一般消費者に開示されていないこと。
⚫ ビジネスで使用することができ、所有者に経済的利益をもたらすこと。

(2) 営業秘密の所有者

営業秘密を合法的に取得し、その機密性を保持する組織または個人が営業秘密の所有者になることができます。企業の従業員が業務の一環として営業秘密を取得した場合には、企業と従業員との間で別段の合意がない限り、営業秘密は企業が所有することになります(知的財産法第121 条第3 項)。

(3) 営業秘密が保護されるための要件

営業秘密が法的に保護されるための要件は、次のとおりです(知的財産法第84 条)。特許などと異なり登録制度はなく、要件を満たせば自動的に保護されることになります。

⚫ 一般的な知識ではなく、容易に入手できないもの。
⚫ 事業活動で使用される場合、その所有または使用しない者よりも、所有者に対して有利性をもたらす者であること。
⚫ 所有者により秘密が保持され、開示されず、容易に入手できないよう必要な措置が講じられているもの。

なお、上記要件を満たすものであっても、以下に挙げるものは営業秘密として保護されません(知的財産法第85 条)。

⚫ 個人を識別するための秘密
⚫ 国家管理の秘密
⚫ 国防および安全保障上の秘密
⚫ 業務に関係のないその他の機密情報

(4) 営業秘密の所有者の権利制限

営業秘密の所有者の権利は無制限ではありません。以下の場合には、営業秘密の所有者は権利行使することができません(知的財産法第125 条3 項)。

⚫ 第三者が、不正に取得されたことを知らず、または知る理由がなく、取得した営業秘密を開示または使用する場合。
公衆を保護するために営業秘密を開示する場合。
⚫ 非営利目的での秘密データを使用する場合。
⚫ 独自に作成した営業秘密を開示または使用する場合。
⚫ 合法的に販売された製品の分析または評価によって生じた営業秘密を開示または使用する場合。ただし、分析者または評価者と営業秘密の所有者または製品の販売者との間で別段の合意がある場合を除く。

 

9.インド

インドには、営業秘密の保護に関する法律はありません。したがって、営業秘密の漏洩について、刑事責任を定める特別の法令も存在しません。

営業秘密を保護するための手段として、秘密保持契約、雇用契約、研究開発契約等のそれぞれの契約において秘密保持条項を定めることが重要です。契約に規定された秘密保持条項に反して第三者に営業秘密を開示した場合は、契約法(Contract Act of 1872)に基づいて損害賠償請求をすることが可能です。裁判例では、営業秘密に該当するかどうかの判断において、当該情報が秘密であること(既に公知となっている等の事情がないこと)、情報の開示により損害が生じる又は競争相手が利益を得ること等の事情を考慮しています。

また、裁判例では、営業秘密の漏洩の差止めについても認められています。裁判所は、侵害の事実の有無、回復不能な損害、原告被告間の利益の比較衡量等の事情を考慮して差止を命じるかどうかを判断します。

なお、インド契約法においては、「ある者が合法的な職業、取引、又はあらゆる種類の事業を行うことを拘束されるあらゆる合意は、その限りにおいて無効である。」と規定しており、同法に基づき、原則、雇用契約期間中の競業避止義務は有効であるが雇用契約期間終了後の競業避止義務は原則として無効であると解釈されています。一方、雇用契約期間終了後に元従業員に顧客への連絡を禁ずる条項について適法であると判断した裁判例があることから、雇用契約期間終了後の秘密保持条項については合理的な範囲で認められると考えられます。

 

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

アラブ首長国連邦(UAE)では、営業秘密を規定する法律がありませんでしたが、産業財産権の規制と保護に関する法(2021 年法律第11 号)の第6 章において保護の対象となる秘密や不公正な事業行為が定義されることにより保護が図られることとなりました。同法は、2021 年12 月に施行したばかりであり、これまでと同様、営業秘密の保護のためには、秘密管理規定や秘密保持契約の整備が重要となります。

(1) 産業財産権の規制と保護に関する法(「産業財産法」)

(a) 秘密の定義と保持者の義務

産業財産法及びその規則で保護される対象とするUndisclosed Information(非開示情報)とは、①その情報が、全体として、その詳細な構成によって、またはその構成要素の組み立て方によって、その属する産業技術界において一般的に知られまたは共有されてはいないという秘匿性を有し、②その秘匿性ゆえに商業的価値がある情報で、かつ③その情報の法的保管者が講じる有効な保管手続にその秘匿性が依存しているもの、と定義されます(産業財産法第61 条)。この要件を充足する非開示情報である限り、その秘匿性及びそれに関連する第三者からの侵害防止にかかる権利は存続します(第63 条第4 条)。

非開示情報の法的保管者には、①情報の安全確保および専門家以外に共有されない防止措置をとる義務があり、②自社内での情報の共有方法を統制し、情報共有を関連専門家に制限して、第三者への不法な漏洩を防止しなければならず、③十分かつ合理的な情報保護に努めたことの立証責任が課せられています(第63 条第1~3 項)。

(b) 不公正な事業行為(Action conflicting with fair business practices)

更に、産業財産法第64 条は、次の行為を公正な事業に反する不正競争を含有する行為として挙げ、これらの行為の結果は、法的保管者から権限を付与されていない第三者による情報の漏洩、所持、使用を含め、非開示情報への侵害とみなします。

① 情報を得るための他社従業員への贈賄
② 任務上、情報を知る従業員に開示を働きかけること
③ 秘密保持契約の当事者による対象秘密の開示
④ 盗み、スパイ行為等の違法な手段を用いた保管場所からの情報の入手
⑤ 詐欺的手法を用いた情報の取得
⑥ 情報の秘匿性と前号までの行為により情報が取得されたことを知る第三者による情報の使用

ただし、㋐公的に利用可能な情報源からの情報の取得、㋑非開示情報を含有する市場で取引される製品の分析、試験等の独立した努力の結果としての情報の取得、㋒非開示情報の保有者に関する独立した調査による独立した調査、発案、発見、発展、改良または変更による情報の取得、㋓その情報の属する産業技術界で共有され、周知、取得可能な情報の所有または使用は、不公正な営業行為ではないと規定します(第65 条)。

(c) 罰則

上記の法的保有者の権利を故意に侵害した者に対しては、禁固または10 万UAE ディルハム以上100 万UAE ディルハム以下の罰金若しくはこれらが併科されます(第69 条)。

(2)その他の救済手段

上記の産業財産法第69条の罰則は、より厳しい他の法律の規定がある場合には、それを妨げないと規定しています。因みに、産業財産法で非開示情報の保護が規定されるまでに営業秘密の保護のために活用されていた規定には、主に以下のUAE連邦法の規定があります。

(a) 会社法(2015年法律第2号)

会社の秘密を利用または漏洩若しくは会社の事業に故意に損害を与えようとした会社の会長、取締役または従業員に対して、6月以下の禁固または5万UAEディルハム以上50万UAEディルハム以下の罰金若しくはその併科を課す罰則規定(第369条第2項)。

(b) 刑法(1987年法律第3号)

その職業や地位に基づいて託された秘密を、寄託者から開示または使用の権限を得ることなく、法律上の理由に基づかずに漏洩し、または自己または第三者のために使用した者につき、1年以上の禁固または2万UAEディルハム以上の罰金を課す規定(第379条)。

(c) 民法(1985年法律第5号)

民法の雇用関係の規定では、従業員の義務として、仕事の産業的商業的秘密を、雇用契約終了後も、合意または慣習により求められる限り、保護しなければならない(第905条第5項)としています。この義務違反に対して、雇用者は損害賠償請求を行うことが可能です。

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1.日本

日本の営業秘密については、不正競争防止法に規定があります。 同法2条6項は、営業秘密について、「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の秘密であって、公然と知られていないものをいう。」と定義しています。 (1)営業秘密の3要件 「営業秘密」に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。 ①秘密管理性 ②有用性 ③非公知性 まず、①要件を満たすためには、企業が当該情報を秘密裏に管理しようとする意思が、何らかの措置によって従業員や取引先に対して明確に示されており、かつ、当該意思について従業員等が認識できるような状態にしていなければなりません。 経済産業省の営業秘密指針によれば、具体的に必要な秘密管理措置の内容や程度については、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なり、営業秘密の管理単位(営業秘密の共有をしている企業単位のこと。支店レベルであるか、関連会社も含むのかが異なる。)における従業員がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要があるとしています。 秘密管理措置の具体例としては、表紙に「マル秘」や「社外秘」といった文字を明記しておくこと、金庫や施錠可能な容器に保管すること、扉に「関係者以外立ち入り禁止」といった張り紙をしておくことなどが考えられます。 次に、②要件を満たすためには、当該情報が客観的にみて、事業活動に有用であることが必要となります。この点、同要件の趣旨は公序良俗に反する内容の情報(脱税や不正の情報等)を除き、商業的価値が認められる情報を広く保護することに目的があります。同目的からは、①③要件を満たす情報については、有用性が認められることが通常であり、過去に事業活動に使用していた情報や、実験失敗のデータや製品の欠陥情報など間接的な価値が認められる情報についても有用性が認められることになります。 最後に③要件を満たすためには、当該情報が、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要となります。 非公知性が認められる状態とは、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない、公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等、保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態にあることをいいます。仮に当該情報が海外の刊行物に掲載されていたとしても、その刊行物の取得に多大な時間やコストを要する場合には、合理的な努力の範囲を超えるものとして公知性が認められることになります。また、当該営業秘密が様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成している場合、構成する各情報が様々な刊行物に掲載されており、それらを集めた結果、当該営業秘密に近い情報が得られたとしても、どの情報をどのように組み合わせるか自体に価値が認められる場合には、公知性は否定されません。 (2) 営業秘密が侵害された場合の措置 営業秘密に該当した場合、当該秘密を不正に取得、使用、開示する行為については「不正競争」行為に該当し、民事上、刑事上の措置の対象となりえます。また、当該営業秘密を取得者から得た者についての取得、使用、開示する行為についても一定の要件のもと民事上、刑事上の責任を負うこととなります。 具体的には、営業秘密の漏洩が発覚した場合、会社は、営業秘密の不正開示や利用の停止・予防、侵害に関する物品の破棄等を求めることができます。また、営業秘密の漏洩によって会社に損害が発生した場合には、侵害者に対して損害賠償を請求することができます。なお、損害賠償額については同法に損害額推定規定が設けられています。加えて、同漏洩によって、会社の信用が損なわれた場合には、信用を害した者に対して信用回復措置を取るように請求することも可能です。  

2.タイ

タイの営業秘密については、営業秘密法に規定があります。 同法3条は営業秘密について、「営業秘密とは、まだ一般に公表されていない営業情報、またはその情報に通常触れられる者にまだ届いていない営業情報をいう。また、当該情報が秘密であることにより商業的価値をもたらし、営業秘密管理者が機密を保持するために適当な手段を採用していなければならない。」と定義しています。 (1) 営業秘密の要件 タイの営業秘密に該当するためには、以下の3つの要件に該当する必要があります。 ①秘匿性 ②有用性 ③秘密管理性 まず、①要件を満たすためには、当該情報が一般に知られていないまたは情報を入手できる状況になっていないことが必要であり、日本の営業秘密の要件の一つである「非公知性」に似た概念であるといえます。 次に、②要件を満たすためには、当該情報を秘密に保つことで商業的価値をもたらしていることが必要であり、こちらも日本の有用性要件に似た概念であるといえます。 もっとも、日本においては秘密管理性および非公知性が認められれば、公序良俗に違反する情報等でない限り、有用性要件が認められる一方、タイの裁判においては、当該情報を秘密にしておくことで商業的価値が生じるかどうかを実質的に考慮するなどして、その判断基準に違いがあります。Googleマップの店舗情報について、有用性が認められるかという最高裁判例においては、店舗情報とはむしろ公開されることにより、商業的価値が生じるものであるとして、有用性要件について否定しています。 最後に、③要件を満たすためには、当該営業秘密を保護するために、充分な秘密保護措置が取られている必要があります。タイで裁判の争点になることが多いのは同要件であり、保護したい情報については、社内規定や就業規則などによって事前にルールを作成しておく必要があります。また、ルールを作成しておくだけではなく、従業員への研修や監査を通じてそのルールの運用が正確になされている必要があります。この点については、就業規則に一般的な守秘義務を規定していたとしても、同要件を満たすことにはならないとした最高裁判決も存在しています。 なお、充分な秘密保護措置が取られているか否かについて、絶対的な基準はなく、会社の規模や職種等を総合的に考慮し、相対的に決定されます。 以上のように、営業秘密該当性については、日本とタイは非常に類似した構成をとっています。もっとも、各要件の判断基準については、異なる点も多いため、その取扱いについては注意する必要があります。 (2) 営業秘密侵害行為 営業秘密侵害行為について同法6条は「営業秘密の侵害行為とは、営業秘密を保有する者の許可なく、秘密を開示し、使用する行為であって、不当な商業手法であるものをいう。ただし、侵害者において不当な商業手法であるとの認識または認識することが相当であると認められる事情がなければならない。」と定義しています。 また、同法6条では、契約違反、秘密保持の違反またはその教唆、贈収賄、脅迫、詐欺、窃盗、盗品の譲受、電子その他の手法を使った諜報活動を「不当な商業手法」として、例示列挙しています。 (3) 侵害行為に対する措置 上記のような営業秘密の侵害行為があった場合または現に行われようとしており、かつ明確な証拠がある場合には、差し止め請求や損害賠償請求をすることができます。同請求の中では、侵害組成品の破棄または所有権の移転を求めることができます。 また、侵害者に対しては両罰規定も含む刑事罰も存在しています。  

3.マレーシア

マレーシアでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在せず、営業秘密はコモンロー及びエクイティによって保護されます。営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。営業秘密には、製法、方法、技術、製造費用、顧客リスト、事業計画等が含まれるとされています。保護の対象となる営業秘密は、原則として秘密となっている情報のみであり、公共財となっている一般的な情報については保護されないものとされています。 (1)守秘義務違反が認められる要件 マレーシアでは、判例上、従業員には使用者に対する忠実及び誠実の義務があるとされており、この義務には、使用者の同意なしに、雇用の過程で得た機密情報を使用または開示しない義務(守秘義務)が含まれています。 次の3つの要件が満たされている場合に、守秘義務違反が認められることがイギリスの判例(Coco 対AN Clark (Engineers)Ltd事件等)で明示されており、これはマレーシアでも適用されています。 ① 機密性のある情報であること ② 守秘義務を負う状況下で情報が伝達されたこと(情報の機密性が従業員に明確に示されている必要があります。) ③ 情報の無断使用があったか、それが予期されること 守秘義務は、通常、雇用関係において発生し、この義務は暗示であっても、明示であってもよいとされ、その雇用終了後にまで及ぶとされています。 しかし、使用者は従業員に対し、当該従業員の技術及び知識の一部となったものの使用を禁止できないとされています。 マレーシアの判例により、当該情報が企業秘密であるか又は一般知識及び技術であるかは、以下の要素により判断されます。 ① 雇用の性質 ② 情報の性質 ③ 使用者がその情報の機密性を強調したか ④ 当該企業秘密が一般知識及び技術と区別できるものであるのか (2)守秘義務違反が認められる場合の救済方法 守秘義務違反が認められる場合には、損害賠償請求(Damages)(懲罰的損害賠償請求を含む)、差止命令(Injunction)、清算による償還(Account of profit)等が考えられます。 なお、差止命令が認められるためには、回復不能な損害があること、及び損害賠償請求のみでは救済として不十分であることを立証しなければなりません。  

4.ミャンマー

ミャンマーでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在しません。そのため、守秘義務契約等の営業秘密を守る義務を含む契約を締結している場合には、営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。 したがって、営業秘密を共有する相手方との間でその秘密を保護するための契約を締結することが重要となります。  

5.メキシコ

(1)概要 日本でいう「営業秘密」に近い概念として、メキシコでは連邦産業財産権保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial、以下、「産業財産権保護法」という。)に規定される「Secreto Industrial」が挙げられます。その定義や違反行為、罰則等の規定はあるものの、特許や商標といった産業財産権のように、登録制度等はありません。 (2)定義 産業財産権保護法において、Secreto Industrial(以下、「営業秘密」という。)は、「その法的管理を行使する人が秘密に保つ産業又は商業用途の全ての情報であって、経済活動の遂行において第三者に対して競争的又は経済的優位性をもち、機密性を維持し、アクセスを制限するのに十分な手段又はシステムを採用されている情報」と定義されています。 なお、公知の情報や法令等により開示しなければならない情報は営業秘密に該当しません。また、営業秘密の保有管理者より、ライセンス、許可、承認、登録、又はその他の権限を付与する目的で当該情報が提供された場合には、公知になったとはみなされません。 (3)営業秘密の保護 先述の定義より、情報が営業秘密とみなされるには、①商業的価値があること、②機密性の維持、③情報に対し機密に保つための合理的措置が施されていることが条件となります。 従って、例えば、競合他社に対して経済的優位性を持つ技術情報がある場合、限られた数の人々だけがその情報を知っていること、そしてそれを知っている人々がその情報が機密情報であることを認識していることが重要となります。更に、そのような情報へのアクセスを制限する措置が取られなければなりません。 また、情報の保有管理者は営業秘密の使用を第三者に許可することができ、この場合は、使用を許可された第三者は、この営業機密を開示してはならない義務を負います。技術提供等の契約書において守秘義務条項を設けることも可能であり、当事者が当該情報を機密であると確認する条項を含める必要があります。更に、雇用や業務委託等の関係において、又は職務に関連し、企業の情報を知り得る者は、秘密である旨を通知された情報については、その保有管理者等の同意を得ずに開示してはならない義務を負います。 従って、営業秘密を機密として保護するためには、機密であることの明示や各種契約書内への秘密保持条項の設定や秘密保持契約書の締結、職場においては、これらに加え就業規則の整備や教育の実施といった措置が必要となります。 (4)情報漏洩時の措置 営業秘密に関し漏洩が生じた場合、民事的、行政的、刑事的措置をとることができます。 行政的措置については、経済的優位性を獲得するため、又は商慣習に反する行為として、営業秘密を不正に取得することなどについて、利害関係者はメキシコ産業財産庁(Instituto Mexicano de la Propiedad Industrial:IMPI)に対し調査を要請でき、違反と判断された場合は、最大25,935,000ペソの制裁金(2023年の場合)、最大90営業日の施設の一時閉鎖や恒久的閉鎖といった制裁が科される恐れがあります。 刑事的措置については、自身又は第三者のために経済的利益を得る目的又は営業秘密の保有者に対し損害を与える目的で、不当に営業秘密を開示し、無権限に秘密情報を取得、使用、流用等行った場合、犯罪となり得え、利害関係者がIMPIに対し申し立てることにより起訴されます。犯罪が確定した場合は、2年から6年の懲役、103,740ペソから31,122,000ペソの罰金(2023年の場合)が科される恐れがあります。 このほか、刑法211条に依れば、専門的・技術的サービスを提供する者や公務員によって営業秘密が開示された場合、1年から5年の懲役や罰金、該当する場合は、2カ月から1年の職務停止処分が科される恐れがあります。 民事的措置として損害賠償請求を行うことも可能です。先述の各事項のほか産業財産権保護法167条は、企業秘密を取得する目的で、その秘密を保有する他者の従業員又は元従業員、当該他者にサービスを提供する、又は過去に提供したことのあるコンサルタント等を雇用し又は業務を委託する者は、法的責任を負うと規定することから、情報漏洩を行った本人のほか、企業秘密を取得する目的で雇用等を行った者に対しても損害の賠償を請求できる可能性があります。 更に、雇用関係において、労働者による情報漏洩が生じた場合、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)に基づき、処遇を検討できます。労働者は、技術的秘密や営業上の秘密、製造に直接的又は間接的に関与する場合のその製品の秘密情報、その他業務の遂行上知り得る情報について、その開示が会社に損害を与える可能性がある場合、その情報を機密に保持する義務を負うため、労働者が企業秘密や守秘義務を負う情報について漏洩した場合には、使用者は責任を負うことなく、当該労働者を解雇することが可能となります。  

6.バングラデシュ

バングラデシュでは、営業秘密の保護を直接規定する法律や政策は制定されておらず、営業秘密侵害に対する苦情を管轄する政府機関も設立されていません。 しかし、営業秘密の法的保護は、いくつかの法律において、例えば、特許意匠法、契約法、競争法、刑法において規定されています。例えば、特許意匠法第49条によれば、意匠に関する情報の悪意の開示を防ぐことができます。ただし、当該規定はすべての営業秘密の場合に適用されるわけではなく対象は限定的です。また、契約法第73条では、機密保持契約を締結した場合、当事者は、契約上の義務違反に対する救済を求めることができます。  

7.フィリピン

(1) フィリピンにおける「営業秘密」の定義 まず、フィリピンにおいて、「営業秘密」を直接定義する法令は見当たらず、非公開情報の一部が、知的財産権に関する法令において、部分的な保護を受けるに留まっています。 他方で、法令において直接定義はされていないものの、フィリピンの最高裁判例には、「営業秘密」に対して保護を与える旨判示したと読めるものが存在します。同判決によれば、「営業秘密」とは、“plan or process, tool, mechanism or compound known only to its owner and those of his employees to whom it is necessary to confide it”であるとされています。これを日本語に訳すると「計画、工程、道具、メカニズム、又は化合物に関する情報であって、所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」となります(*筆者訳)が、日本法と比較すれば、やや抽象的な概念に留まっていると考えられます。 もっとも、「所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」という部分が示すとおり、当該情報が社内において秘密として扱われている、いわゆる「秘密管理性」の要件については、フィリピン法においても求められていると考えられます。 (2) 「営業秘密」が侵害された場合の救済措置と対応 次に、「営業秘密」が侵害された場合、どのような救済措置や対応方法が考えられるかについて言及します。 まず、契約上で「営業秘密」について言及がある場合は、同契約の文言に基づき、侵害行為を行なっている相手方に損害賠償請求を行うことが考えられます。加えて、⑴で述べた「営業秘密」の定義に該当するような場合は、知的財産に関する法令に基づき権利侵害を主張したうえで、差止請求の手続をとることも検討できます。 また、従業員が「営業秘密」を漏洩したケースに限定されますが、雇用契約関係がある場合は、従業員に対して情報漏洩行為を指摘し、懲戒処分や懲戒解雇を行うことも考えられます。 (3) 「営業秘密」の侵害に備えた予防的法務 最後に、「営業秘密」の侵害に備えて企業がとりうる予防的法務対応について述べます。 フィリピンにおいて「営業秘密」を適切に守るためには、情報のやり取り前にNDAを締結すること、取引に関する契約書に営業秘密侵害の場面を想定した条項が入っているか確認すること、従業員との雇用契約に営業秘密についての条項が入っているか確認すること等の対応が挙げられます。また、牽制的な位置付けにはなりますが、従業員の営業秘密漏洩行為は犯罪行為として規定されていますので、この旨を企業内で周知することも予防法務の観点から一定程度効果があるものと考えられます。  

8.ベトナム

(1) 概要 ベトナムの営業秘密については、2005 年に制定され、2009 年、2019 年、2022 年に改正された知的財産法に規定されています。知的財産法によれば、営業秘密とは、金融活動または知的投資活動から得られた情報のうち、未公表で、かつビジネスで利用可能なものをいうとされています(知的財産法第4 条第23 項)。 営業秘密とみなされるためには、以下の3 つの条件を満たす必要があります。 ⚫ 財政的、知的、研究的、創造的な投資活動の結果であること。 ⚫ 同業他社、公衆、一般消費者に開示されていないこと。 ⚫ ビジネスで使用することができ、所有者に経済的利益をもたらすこと。 (2) 営業秘密の所有者 営業秘密を合法的に取得し、その機密性を保持する組織または個人が営業秘密の所有者になることができます。企業の従業員が業務の一環として営業秘密を取得した場合には、企業と従業員との間で別段の合意がない限り、営業秘密は企業が所有することになります(知的財産法第121 条第3 項)。 (3) 営業秘密が保護されるための要件 営業秘密が法的に保護されるための要件は、次のとおりです(知的財産法第84 条)。特許などと異なり登録制度はなく、要件を満たせば自動的に保護されることになります。 ⚫ 一般的な知識ではなく、容易に入手できないもの。 ⚫ 事業活動で使用される場合、その所有または使用しない者よりも、所有者に対して有利性をもたらす者であること。 ⚫ 所有者により秘密が保持され、開示されず、容易に入手できないよう必要な措置が講じられているもの。 なお、上記要件を満たすものであっても、以下に挙げるものは営業秘密として保護されません(知的財産法第85 条)。 ⚫ 個人を識別するための秘密 ⚫ 国家管理の秘密 ⚫ 国防および安全保障上の秘密 ⚫ 業務に関係のないその他の機密情報 (4) 営業秘密の所有者の権利制限 営業秘密の所有者の権利は無制限ではありません。以下の場合には、営業秘密の所有者は権利行使することができません(知的財産法第125 条3 項)。 ⚫ 第三者が、不正に取得されたことを知らず、または知る理由がなく、取得した営業秘密を開示または使用する場合。 ⚫ 公衆を保護するために営業秘密を開示する場合。 ⚫ 非営利目的での秘密データを使用する場合。 ⚫ 独自に作成した営業秘密を開示または使用する場合。 ⚫ 合法的に販売された製品の分析または評価によって生じた営業秘密を開示または使用する場合。ただし、分析者または評価者と営業秘密の所有者または製品の販売者との間で別段の合意がある場合を除く。  

9.インド

インドには、営業秘密の保護に関する法律はありません。したがって、営業秘密の漏洩について、刑事責任を定める特別の法令も存在しません。 営業秘密を保護するための手段として、秘密保持契約、雇用契約、研究開発契約等のそれぞれの契約において秘密保持条項を定めることが重要です。契約に規定された秘密保持条項に反して第三者に営業秘密を開示した場合は、契約法(Contract Act of 1872)に基づいて損害賠償請求をすることが可能です。裁判例では、営業秘密に該当するかどうかの判断において、当該情報が秘密であること(既に公知となっている等の事情がないこと)、情報の開示により損害が生じる又は競争相手が利益を得ること等の事情を考慮しています。 また、裁判例では、営業秘密の漏洩の差止めについても認められています。裁判所は、侵害の事実の有無、回復不能な損害、原告被告間の利益の比較衡量等の事情を考慮して差止を命じるかどうかを判断します。 なお、インド契約法においては、「ある者が合法的な職業、取引、又はあらゆる種類の事業を行うことを拘束されるあらゆる合意は、その限りにおいて無効である。」と規定しており、同法に基づき、原則、雇用契約期間中の競業避止義務は有効であるが雇用契約期間終了後の競業避止義務は原則として無効であると解釈されています。一方、雇用契約期間終了後に元従業員に顧客への連絡を禁ずる条項について適法であると判断した裁判例があることから、雇用契約期間終了後の秘密保持条項については合理的な範囲で認められると考えられます。  

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

アラブ首長国連邦(UAE)では、営業秘密を規定する法律がありませんでしたが、産業財産権の規制と保護に関する法(2021 年法律第11 号)の第6 章において保護の対象となる秘密や不公正な事業行為が定義されることにより保護が図られることとなりました。同法は、2021 年12 月に施行したばかりであり、これまでと同様、営業秘密の保護のためには、秘密管理規定や秘密保持契約の整備が重要となります。 (1) 産業財産権の規制と保護に関する法(「産業財産法」) (a) 秘密の定義と保持者の義務 産業財産法及びその規則で保護される対象とするUndisclosed Information(非開示情報)とは、①その情報が、全体として、その詳細な構成によって、またはその構成要素の組み立て方によって、その属する産業技術界において一般的に知られまたは共有されてはいないという秘匿性を有し、②その秘匿性ゆえに商業的価値がある情報で、かつ③その情報の法的保管者が講じる有効な保管手続にその秘匿性が依存しているもの、と定義されます(産業財産法第61 条)。この要件を充足する非開示情報である限り、その秘匿性及びそれに関連する第三者からの侵害防止にかかる権利は存続します(第63 条第4 条)。 非開示情報の法的保管者には、①情報の安全確保および専門家以外に共有されない防止措置をとる義務があり、②自社内での情報の共有方法を統制し、情報共有を関連専門家に制限して、第三者への不法な漏洩を防止しなければならず、③十分かつ合理的な情報保護に努めたことの立証責任が課せられています(第63 条第1~3 項)。 (b) 不公正な事業行為(Action conflicting with fair business practices) 更に、産業財産法第64 条は、次の行為を公正な事業に反する不正競争を含有する行為として挙げ、これらの行為の結果は、法的保管者から権限を付与されていない第三者による情報の漏洩、所持、使用を含め、非開示情報への侵害とみなします。 ① 情報を得るための他社従業員への贈賄 ② 任務上、情報を知る従業員に開示を働きかけること ③ 秘密保持契約の当事者による対象秘密の開示 ④ 盗み、スパイ行為等の違法な手段を用いた保管場所からの情報の入手 ⑤ 詐欺的手法を用いた情報の取得 ⑥ 情報の秘匿性と前号までの行為により情報が取得されたことを知る第三者による情報の使用 ただし、㋐公的に利用可能な情報源からの情報の取得、㋑非開示情報を含有する市場で取引される製品の分析、試験等の独立した努力の結果としての情報の取得、㋒非開示情報の保有者に関する独立した調査による独立した調査、発案、発見、発展、改良または変更による情報の取得、㋓その情報の属する産業技術界で共有され、周知、取得可能な情報の所有または使用は、不公正な営業行為ではないと規定します(第65 条)。 (c) 罰則 上記の法的保有者の権利を故意に侵害した者に対しては、禁固または10 万UAE ディルハム以上100 万UAE ディルハム以下の罰金若しくはこれらが併科されます(第69 条)。 (2)その他の救済手段 上記の産業財産法第69条の罰則は、より厳しい他の法律の規定がある場合には、それを妨げないと規定しています。因みに、産業財産法で非開示情報の保護が規定されるまでに営業秘密の保護のために活用されていた規定には、主に以下のUAE連邦法の規定があります。 (a) 会社法(2015年法律第2号) 会社の秘密を利用または漏洩若しくは会社の事業に故意に損害を与えようとした会社の会長、取締役または従業員に対して、6月以下の禁固または5万UAEディルハム以上50万UAEディルハム以下の罰金若しくはその併科を課す罰則規定(第369条第2項)。 (b) 刑法(1987年法律第3号) その職業や地位に基づいて託された秘密を、寄託者から開示または使用の権限を得ることなく、法律上の理由に基づかずに漏洩し、または自己または第三者のために使用した者につき、1年以上の禁固または2万UAEディルハム以上の罰金を課す規定(第379条)。 (c) 民法(1985年法律第5号) 民法の雇用関係の規定では、従業員の義務として、仕事の産業的商業的秘密を、雇用契約終了後も、合意または慣習により求められる限り、保護しなければならない(第905条第5項)としています。この義務違反に対して、雇用者は損害賠償請求を行うことが可能です。" ["post_title"]=> string(60) "各国の営業秘密の保護に関する法制度の概要" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(180) "%e5%90%84%e5%9b%bd%e3%81%ae%e5%96%b6%e6%a5%ad%e7%a7%98%e5%af%86%e3%81%ae%e4%bf%9d%e8%ad%b7%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e6%b3%95%e5%88%b6%e5%ba%a6%e3%81%ae%e6%a6%82%e8%a6%81" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2023-08-06 21:16:20" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2023-08-06 12:16:20" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=14832" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
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世界11か国13拠点で日系企業の進出及び進出後のサポート

世界11か国13拠点(東京、大阪、佐賀、ミャンマー、タイ、マレーシア、メキシコ、エストニア、フィリピン、イスラエル、バングラデシュ、ベトナム、イギリス)で日系企業の進出及び進出後のサポートを行っている。具体的には、法規制調査、会社設立、合弁契約書及び雇用契約書等の各種契約書の作成、M&A、紛争解決、商標登記等の知財等各種法務サービスを提供している。

堤雄史(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)、永田貴久(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)

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