インドネシアの首都ジャカルタ郊外で開催中の国内最大の自動車展示・販売会「ガイキンド・インドネシア国際オートショー(GIIAS)2024」で、中国の電気自動車(EV)最大手の比亜迪(BYD)が発売した、3列シートの多目的車(MPV)に注目が集まっている。7人乗りMPVの需要が大きい市場に競争力ある低価格帯のEVが加わったことで、識者は下半期(7~12月)の後半にEVがハイブリッド車(HV)の販売台数を超える可能性もあるとの見方を示す。展示会来場者からは手頃なEV価格の設定に肯定的な意見が聞かれた。
GIIASの会場でNNAの単独インタビューに応じた伊藤忠総研産業調査センターの深尾三四郎エグゼクティブ・フェローは18日、今回の展示会のポイントとしてBYDを挙げ、発表されたMPV「M6」について、「お値打ちなEVを出せば売れるというタイでの成功事例を踏まえたものだ。大家族の多いインドネシアで、割安な3列シートミニバンで販売数を取りに行くという明確な意思の表れだ」と解説した。世界的な景気停滞という経済環境も、これまでよりも手が届きやすくなったEVへの需要を後押しするものになると述べた。
BYDは17日、M6の投入を発表し、最安モデルのスタンダード(7人乗り)を3億7,900万ルピア(約368万円)から、最上位モデル(6人乗り)を4億2,900万ルピアで発売すると発表した。業界関係者の予想を超える競争力の高い価格で投入し、強いインパクトを与えた。また、発売済みの小型スポーツタイプ多目的車(SUV)「ATTO3(アットスリー)」と小型ハッチバック「ドルフィン」で低価格タイプを新たに投入し、実質的に値下げをして攻勢を強める。
深尾氏は、「BYDは中国EVに対する締め付けが強い欧米ではなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)市場を攻略していく方針であり、必然的に東南アジア市場でシェアを持つ日系メーカーとの戦いになる」と指摘。グローバルメーカーとして、ほかの中国EVメーカーとの競争は主眼にないとした。ハッチバック、SUV、MPVに続き、今後はピックアップトラックまで製品を広げ、フルラインアップ化をEVで行い、顧客の選択肢を広げていくと予測。その上でプラグインハイブリッド車(PHV)の展開も進めて日系メーカーに対抗する戦略だろうと予想した。
深尾氏はまた、「たとえ、インドネシア政府が、日系が強みを持つハイブリッド車(HV)に税制優遇を実施したとしても、中国系メーカーがそれを上回る値下げをダンピング的に実施してくることが考えられる」とし、日系メーカーは車両の販売価格ではなく、中古車の再販価格の維持を含めた総保有コストなどでブランド価値を訴求することが必要になると話した。
その上で、「およそ3年後の次の新製品の投入の時に、競争力あるEVもしくはPHVをそろえることができなければ、日系のシェアの大幅な低下は避けられない」と見通した。
BYDだけでなく、今回新規参入した広州汽車集団(広汽集団、GAC)傘下のEVメーカー、広汽埃安新能源汽車(AION)もタイで存在感があり、AIONの「Yプラス」、BYDの「M6」などの納車が本格的に進んだ場合には、「第4四半期(10~12月)にも、単月でEVがHVの販売台数を抜くことも考えられる」(深尾氏)との見方も示した。
■新規ブランド、信頼構築には時間
インドネシアの自動車産業の専門家のベビン・ジュアナ氏は、NNAに対し、「BYDのM6は7人乗りMPVの人気の高いインドネシア市場で、魅力的な選択肢だ」と述べた。EVがファーストカーの選択肢になるかどうかについては、ミレニアル世代などの若い世代で可能性はあるものの、全体としては時期尚早だとした。
一方で、日系ブランドは過度に不安に駆られる必要はないとも指摘。「新規参入ブランドにとって、信用を構築するのはそう簡単ではなく時間が必要だ」とし、日系メーカーはマーケットの需要に対応し続けることが重要だとの認識を示した。
■所有1台でもEVに乗り換えも=来場者
19日にGIIASの来場者に聞き取りをすると、所有する車が1台の場合でも、ガソリン車からEVに買い替えを検討しているとの声が複数聞かれた。EVの充電インフラやアフターサービスへの不安が根強くある一方、充電ステーションの整備状況に関する認識については来場者中で差がみられた。
BYDブースを訪れていたアバイさん(37歳、男性)は、現在2台の車を持っているが、EVの購入計画があるといい、M6の6人乗りタイプに興味があると話した。「もっと安ければいいものの、約4億ルピアという価格はまだ手頃であり、6人乗りということを考えれば安いと思う」と話し、内装面でも天井にパノラマルーフが付いているなど、デザインもクールだと印象を語った。一方、懸念点については、「地方に出かけた時に充電ステーションが見つかるかどうかだけが心配だ」と述べた。
すでにBYDのM6の購入を決めたというヤンティさん(54歳、女性)は、「6~7人乗りが決め手だった」と明かした。価格も3億ルピア台であれば問題なく、現在保有するガソリン車からの買い替えになるが街中の充電ステーションも広がっており、EV1台のみの所有になることに不安はないとした。
上汽通用五菱汽車(SGMW)ブースを見学していたエドワードさん(63歳、男性)も保有する車は1台で、ガソリン車からEVに買い替えを検討している。価格は3億~4億ルピアであれば適切だとみている。
AIONのブースを回っていたロザンさん(20歳、男性)は、新しいブランドのEVには引かれるとしながらも、「実際に購入するには充電インフラが心配であり、買う場合はHVを選びたい」と話した。
アリアナさん(29歳、女性)は、ファミリーカーとしてトヨタ自動車のMPV「キジャン・イノーバ・ゼニックス」のHVを、GIIASを機に買いたいと話し、低燃費で経済的な点が良いとポイントを挙げた。
■新車購入、約4割が電動車を検討
今後の電動車市場の展望について、デロイト東南アジアのフューチャー・オブ・モビリティー・ソリューション・センターの村上泰之パートナーはNNAに、「われわれが直近で実施した消費者調査に基づくと、インドネシアでは41%の消費者が次回の自動車購入時に電動車を検討しており、その34%がHV・PHV、7%がEVだった」と説明。多種多様な電動車ニーズがインドネシア市場に存在しており、EVについては、富裕層の複数台保有の需要や一部企業のフリート需要などが中心になると想定していると述べた。
電動化が進む中で、顧客ニーズへの対応と「カーボンニュートラル」の達成に向けた「Well to Wheel(油井から車輪まで)」で環境・経済・社会インフラにおいて現実的な移行アプローチを検討することを本質として捉えることが重要であるとし、日系企業にとっては、バイオ燃料や水素の活用なども自動車の用途に合わせて幅広く模索することが、中長期的に重要だとの考えを述べた。
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