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米関税、成長主産業に大打撃EMS、生産体制再構築急ぐ

米トランプ政権が米国時間2日発表した主要貿易相手国・地域への相互関税で台湾には32%の関税を課す方針を示したことで、台湾企業の競争力は相対的な低下が避けられない見通しだ。米アップルなどの製品を製造するEMS(電子機器の受託製造サービス)の鴻海精密工業やファウンドリー(半導体の受託製造)の台湾積体電路製造(TSMC)など台湾の代表的な大企業は米国生産を拡大することで逆風を乗り切る構えだが、コストの大幅な増加は必至だ。台湾の経済専門家は輸出の減少によって域内総生産(GDP)がマイナス成長に陥る可能性を指摘している。
「台湾は長きにわたり米国の忠実で信頼できる貿易パートナーとして、脱中国のサプライチェーン(供給網)を共に構築し、人工知能(AI)の発展を(製品を供給して)支えてきた」。

4日午後、米国の相互関税への対処方針を記者会見で発表した台湾行政院(内閣)の卓栄泰院長(首相)は、相思相愛の貿易相手国が示した厳しい決定に衝撃を隠さなかった。
台湾にとって輸出はGDPの65~70%を占める経済の最大のけん引役だ。2024年の輸出では中国・香港が依然として32%弱を占める最大の仕向け先だが、23%強の米国向けはAIデータセンター向けなどに需要が膨らむAIサーバーや半導体の出荷拡大を受けて同年の輸出額が前年比46%増と急増。25年は輸出に占める国・地域別シェアが25%を超え、景気低迷の色を深める中国との順位が近いうちに入れ替わる可能性が指摘されていた。
■東南アジア進出も効果打消しか
トランプ米大統領が打ち出した各国・地域への相互関税は、海外に流出した製造業の生産拠点を米国に呼び戻し、巨額の貿易赤字を解消するのが最大の狙いだ。米アップルのスマートフォン、タブレット端末、ワイヤレスイヤホン、アップルウオッチなど幅広い製品を受託製造するEMS世界最大手の鴻海は、17年からの第1次トランプ政権以降、米中摩擦の激化を受けて、中国国内にあった生産拠点をベトナムやインドなどに分散させてきたが、今回の相互関税でベトナムには46%、インドには26%が課されることになり、中央通信社によると、鴻海に代表されるEMSにとっては「これまでの海外生産体制の見直しを迫られる可能性がある」と指摘されている。
台湾中央大学経済学科の呉大任教授は、「米国が発表した今回の相互関税は、(製品ごとの関税を近く発表する見通しの)半導体や医薬品は対象になっていないが、それでも影響は深刻だ」と指摘。半導体はコンピューター、通信機器、家電のいわゆる「3C」製品だけでなく、自動車、AIサーバー、ノートパソコンなど幅広い製品に使われており、間接的な関税が課されるのと同じだと説明した。
■マイナス成長の可能性も
呉氏によれば、鴻海のほか同業大手の広達電脳(クアンタ・コンピューター)も米南部テキサス州で生産拠点設立に向けた調査を進めているという。ただ、こうした企業の米国生産が軌道に乗るには一定の時間が必要で、当面は台湾のEMSに生産を委託している米メーカーは製品価格に関税分を上乗せせざるを得ず、値上げを迫られる可能性が高い。同氏は、輸出に占める米国向けの比率が今年25%(四分の一)を超えると仮定し、輸出が台湾のGDPの6割だと見ると、対米輸出はGDP総額の15~20%を占めることになると説明。米国が関税によるインフレに耐えられず、消費市場が冷え込み、台湾からの輸出が低迷する最悪の場合には、「台湾の経済成長を同じ比率だけ押し下げる可能性がある」と注意を促した。
台湾行政院の施俊吉元副院長は台湾メディアの取材に対し、対米輸出に既に25%の関税が課されている鉄鋼・アルミや、今後個別の関税率が発表されるとみられる半導体を除き、あらゆる産品に32%の関税が課されると仮定すると、台湾からの米国向け輸出には控えめに見ても年間300億米ドル(約4兆3,800億円)の関税が追加でかかることになると試算。その場合、台湾のGDPは約3.8%押し下げられることになると分析した。

■機敏な対策で動揺抑える
行政院の卓院長は4日の記者会見に先立ち、3日に頼清徳総統らと米国の相互関税への対応方針について協議したことを明らかにした。トランプ政権が台湾に32%の相互関税を課す方針を示したことについては「工業、農漁業ともに打撃は大きい」と述べ、総額880億台湾元(約3,896億円)の経済対策によって台湾経済と産業発展の安定を図り、国民の安心感につなげる考えを明らかにした。
経済部(経済産業省)の発表によると、880億元のうち700億元を工業部門に充て、◇金融支援(輸出向けの利子減免、海外販売向け保証、中小企業向け融資)◇行政コストの削減(通関業務の手続き簡素化、通関の遠隔手続き)◇研究開発(R&D)・事業構造改革補助◇海外受注獲得支援◇R&D・設備投資の税制優遇◇雇用支援——などを強化する。
180億元は農漁業向けの対策費で、◇金融支援(農業ローンの利子補助)◇海外輸出・コールドチェーン整備の支援◇市場の多角化(域内・海外)——を後押しするとしている。
卓氏は会見で、台湾は過去数年間にわたって台湾企業の国内への回帰投資を促したり、東南アジア・欧州・米国への生産進出を働きかけたりし、リスクの分散や中国に依存しないサプライチェーンの構築を進めてきたと強調。「自ら地政学の要(かなめ)に位置し、グローバル経済の安全性を高めるために続けてきた努力を(米国は)軽視するべきではない」と述べ、相互関税が発動される9日まで追加関税の回避や関税率の修正に向け米国側と協議を続ける方針を示した。
台湾企業がこれまで進出していた中国のほか、ベトナムやタイ、インドネシアにも米国が対台湾を上回る率の関税を課す方針を発表したことに対しても、企業がさらに有利なサプライチェーンを構築するための支援を惜しまないと述べ、国際環境の変化への柔軟な対応を後押しする考えを明らかにした。
4日は清明節に伴う連休期間中だったが、行政トップの卓氏自らが記者会見に出席し経済対策を打ち出すことで政府の危機感を域内の人と共有し、週明けに予想される金融市場の混乱に歯止めをかける狙いがあったとみられる。

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4日午後、米国の相互関税への対処方針を記者会見で発表した台湾行政院(内閣)の卓栄泰院長(首相)は、相思相愛の貿易相手国が示した厳しい決定に衝撃を隠さなかった。
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■東南アジア進出も効果打消しか
トランプ米大統領が打ち出した各国・地域への相互関税は、海外に流出した製造業の生産拠点を米国に呼び戻し、巨額の貿易赤字を解消するのが最大の狙いだ。米アップルのスマートフォン、タブレット端末、ワイヤレスイヤホン、アップルウオッチなど幅広い製品を受託製造するEMS世界最大手の鴻海は、17年からの第1次トランプ政権以降、米中摩擦の激化を受けて、中国国内にあった生産拠点をベトナムやインドなどに分散させてきたが、今回の相互関税でベトナムには46%、インドには26%が課されることになり、中央通信社によると、鴻海に代表されるEMSにとっては「これまでの海外生産体制の見直しを迫られる可能性がある」と指摘されている。
台湾中央大学経済学科の呉大任教授は、「米国が発表した今回の相互関税は、(製品ごとの関税を近く発表する見通しの)半導体や医薬品は対象になっていないが、それでも影響は深刻だ」と指摘。半導体はコンピューター、通信機器、家電のいわゆる「3C」製品だけでなく、自動車、AIサーバー、ノートパソコンなど幅広い製品に使われており、間接的な関税が課されるのと同じだと説明した。
■マイナス成長の可能性も
呉氏によれば、鴻海のほか同業大手の広達電脳(クアンタ・コンピューター)も米南部テキサス州で生産拠点設立に向けた調査を進めているという。ただ、こうした企業の米国生産が軌道に乗るには一定の時間が必要で、当面は台湾のEMSに生産を委託している米メーカーは製品価格に関税分を上乗せせざるを得ず、値上げを迫られる可能性が高い。同氏は、輸出に占める米国向けの比率が今年25%(四分の一)を超えると仮定し、輸出が台湾のGDPの6割だと見ると、対米輸出はGDP総額の15~20%を占めることになると説明。米国が関税によるインフレに耐えられず、消費市場が冷え込み、台湾からの輸出が低迷する最悪の場合には、「台湾の経済成長を同じ比率だけ押し下げる可能性がある」と注意を促した。
台湾行政院の施俊吉元副院長は台湾メディアの取材に対し、対米輸出に既に25%の関税が課されている鉄鋼・アルミや、今後個別の関税率が発表されるとみられる半導体を除き、あらゆる産品に32%の関税が課されると仮定すると、台湾からの米国向け輸出には控えめに見ても年間300億米ドル(約4兆3,800億円)の関税が追加でかかることになると試算。その場合、台湾のGDPは約3.8%押し下げられることになると分析した。

■機敏な対策で動揺抑える
行政院の卓院長は4日の記者会見に先立ち、3日に頼清徳総統らと米国の相互関税への対応方針について協議したことを明らかにした。トランプ政権が台湾に32%の相互関税を課す方針を示したことについては「工業、農漁業ともに打撃は大きい」と述べ、総額880億台湾元(約3,896億円)の経済対策によって台湾経済と産業発展の安定を図り、国民の安心感につなげる考えを明らかにした。
経済部(経済産業省)の発表によると、880億元のうち700億元を工業部門に充て、◇金融支援(輸出向けの利子減免、海外販売向け保証、中小企業向け融資)◇行政コストの削減(通関業務の手続き簡素化、通関の遠隔手続き)◇研究開発(R&D)・事業構造改革補助◇海外受注獲得支援◇R&D・設備投資の税制優遇◇雇用支援——などを強化する。
180億元は農漁業向けの対策費で、◇金融支援(農業ローンの利子補助)◇海外輸出・コールドチェーン整備の支援◇市場の多角化(域内・海外)——を後押しするとしている。
卓氏は会見で、台湾は過去数年間にわたって台湾企業の国内への回帰投資を促したり、東南アジア・欧州・米国への生産進出を働きかけたりし、リスクの分散や中国に依存しないサプライチェーンの構築を進めてきたと強調。「自ら地政学の要(かなめ)に位置し、グローバル経済の安全性を高めるために続けてきた努力を(米国は)軽視するべきではない」と述べ、相互関税が発動される9日まで追加関税の回避や関税率の修正に向け米国側と協議を続ける方針を示した。
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