1. 日本
日本の不法行為にかかる法規定は、民法(明治29年法律89号)第3編第5章に一般的に規定されるとともに、個別の不法行為の類型によって特別法での規定が設けられるという構造を有しています。以下では、民法の規定と、事業者に関連する主な特別法における規定について紹介します。
(1) 民法
(a)一般規定
民法第709条は、不法行為について、故意または過失により他人の権利または法律上保護さる利益を侵害することとし、それによって損害が生じた場合に、賠償責任を課すことを規定しています。
損害の対象は、財産以外の身体、自由、名誉等にも及び(第710条)、生命の侵害については、被害者の父母、配偶者及び子に対しても損害賠償を負い(第711条)ます。また、胎児にも損害賠償の権利が認められています(第721条)。
加害者は、事理弁識能力を有していることが要件とされます(第712条、第713条)。
正当防衛及び緊急避難による物の損傷に関しては、損害賠償を免除されます(第720条)。
(b)特別規定
実際の加害者の他に、責任無能力者の監督義務者(第714条)、事業従事者の使用者及び監督者(第715条)、請負人への指図に過失のある注文者(第716条)、土地の工作物の占有者及び所有者(第717条)、動物の占有者(第718条)に対して、損害賠償義務が課されます。
また、不法行為が共同で行われた場合には、加害者各自が連帯責任を負い、教唆者や幇助者も共同行為者とみなされます(第719条)。
(c)消滅時効
不法行為による損害賠償請求権は、損害および加害者を知ったときから3年間(ただし、生命または身体への侵害に関する損害については5年間)、不法行為時から20年間で時効により消滅します(第724条、第724条の2)。
(2)特別法
(a)自動車損賠賠償保障法(昭和30年法律第97号)
加害者である自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)に対して、民法とは異なり、自ら及び運転者の注意義務違反の不存在やその他の免責事由の立証責任を転嫁しています(第3条)。
(b)製造物責任法(平成6年法律第85号)
民法とは異なり、故意や過失を要件とせずに、製造物の欠陥によって生命・身体・財産に損害が生じた場合に、製造業者・輸入業者・製造業者であるとの表示をした者等に賠償責任を課し(第3条)、開発危険の抗弁(第4条第1号)や欠陥が製造者の指示に従ったことにより生じ、その欠陥の発生に過失がない場合にのみ免責される規定となっています。ただし、製造物引渡から10年で消滅時効が成立する点については、民法よりも軽減されています。
(c)鉱物法(昭和25年法律第289号)
鉱物の採掘のための土地の掘削、坑水若しくは廃水の放流、捨石若しくは鉱滓の堆積または鉱煙の排出によって、人に損害を与えた場合に、損害発生時の鉱業権者に対して、無過失責任を課しています(第109条第1項)。ただし、被害の発生や拡大に関して、被害者に帰責性が認められる場合や天災その他の不可抗力が競合したときには、賠償責任の有無及びその範囲を定めるにつき斟酌することができるとされています(第113条)。また、鉱業に従事する者の業務上の負傷、疾病及び死亡には適用されません(第25条の5)。
(d)大気汚染防止法(昭和43年法律第97号)
工場または事業場における事業活動に伴う、ばい煙、特定物質または粉塵等の健康被害物質により、生命または身体に損害を生じた場合、事業者に対して無過失責任を課しています(第25条第1項)。ただし、不可抗力の斟酌(第25条の3)、事業従事者への不適用(第25条の5)の規定があります。
(e)水質汚濁防止法(昭和45年法律第138条)
工場または事業所における事業活動に伴う有害物質の汚水または廃液に含まれた状態での排出または地下への浸透により、生命または身体に損害を生じた場合、事業者に対して無過失責任を課しています(第19条第1項)。不可抗力の斟酌(第20条の2)や事業従事者への不適用(第20条の5)の規定があります。
(f)私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)
独占禁止法に違反する私的独占、不当な取引制限または不公正な取引方法を行った事業者は、被害者に対し、損害賠償責任を負い、故意や過失の不存在の証明により免責されません(第25条)。ただし、被害者は、公正取引委員会による排除措置命令または納付命令の確定後にしか、裁判上の主張をすることができず、その確定日から3年で請求権は消滅時効にかかります(第26条)。
2.タイ
(1)不法行為法の概要
タイ民商法典(Civil and Commercial Code(以下、CCC))では、420条に不法行為の規定が存在します。
同条は、「故意又は過失により、他人の生命、身体、健康、自由、財産又は何らかの権利を違法に侵害した者は、不法行為を犯したものとみなし、不法行為によって生じた損害を賠償する義務を負う。」としており、日本の不法行為の規定とほぼ同じ内容となっています。また、その他の不法行為法の規定についても日本法と類似点が多く、比較的日本人に馴染みやすいものになっています。
以下はタイ法と日本法の不法行為法の相違点に焦点を当て、紹介いたします。
(2)賠償の方法と相殺の可否
損害賠償の方法や範囲について、CCCでは、不法行為の状況や重大性に応じて、裁判所が合理的に決定し、不法行為により奪われた財産の返還又はその財産の価額賠償、不法行為によって生じた損害賠償を行うとしています(CCC438条)。
また、CCC345条によると、不法行為によって債務が発生した場合、債務者は債権者に対して相殺を対抗することはできないとしています。日本法では、不法行為によって生じた債権について相殺が可能である場合がありますが、タイ法にこのような限定はなく、文言上は、不法行為に基づく債務であれば、損害の内容を問わず、債権者に対して相殺を対抗することができないと解されます。
(3)不法行為の時効
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が不法行為及び賠償義務者を知った時から1年が経過した場合、又は、不法行為日から10年が経過した時と規定されています。ただし、刑罰で処罰される行為を原因とし、かつその行為の刑事手続き上の時効期間が10年よりも長期である場合、その長期の時効期間を適用することになります(CCC448条)。
(4)使用者責任と委託者の責任について
タイでは、使用者の責任について「使用者は、被用者が職務の過程で犯した不法行為について、被用者と共同して責任を負う」(CCC425条)としています。日本法では、使用者が被用者の選任や事業の監督について相当の注意を払ったとき、又は相当の注意をしても損害が生じたであろう場合には使用者の責任が免責されるとの規定がありますが、タイ法にはこのような規定が存在しません。そのため、文言上は、例えば被用者が交通事故を起こし、相手方にけが等を負わせた場合、使用者の監督責任の違反に関わらず、使用者は不法行為責任を負うと解されます。もっとも、被用者の不法行為に対して、使用者が第三者に損害を賠償した場合、その費用を被用者に求償することができるとされています(CCC426条)。
他方、委託者の責任については、請負人が委託された仕事の過程で第三者に与えた損害について、委託者による注文、指示、請負業者の選定に関して落ち度が無い限り、責任を負わないこととされています(CCC428条)。
3.マレーシア
マレーシアにおける不法行為の成立要件等については明文がなく、コモンローに基づいており、以下のとおり整理することができます。
(1)不法行為が成立するための要素
(a)注意義務の存在
注意義務の存在を判断するために、neighborhood principleが適用されます。これは、加害者と同様の状況にある合理的な者が、加害者の行為が被害者に対して被害を与えることを予見することができたといえる場合には、注意義務を負うと判断されるというものです。
(b)注意義務違反
加害者が、最低限必要な基準を下回る行為を行い、加害者と同様の状況にある合理的な者が加害者と同様の行動をするとはいえない場合には、注意義務に違反したと判断されます。
(c)因果関係
裁判所は、注意義務違反と被害者が被った損害との間に因果関係があるかどうかを判断します。裁判所がこれを判断する際には、注意義務違反行為に関連する原因、及び被害者が注意義務違反に寄与したかどうかが問題となります。
(2)立証責任
1950年マレーシア証拠法(Evidence Act 1950)101条に基づき、立証責任は請求者である原告(被害者)にあります。しかし、原告がすべてを詳細に証明することは困難な場合があります。そのような場合には、「Res Ipsa Loquitor(物事はそれ自体を語る)」に基づいて判断されることがあります。これは、被告(加害者)がどのように行動したかについて証拠が十分にない場合には、裁判所は、事故又は傷害の性質から被告の過失を推認することができるというものです。
(3)救済方法
不法行為法の目的は、不法行為が発生する前と同じ状態に戻すために、証明された損害に対して完全な補償又は救済を被害者に対して提供することです。そこで、被害者には、救済方法として以下のものが認められています。
(a)損害賠償
不法行為が発生する前の状態に戻すために被害者に支払われる金銭は、損害賠償として知られています。不法行為に対しては、通常、損害賠償が主な救済策とされています。
(b)差止命令
裁判所は、不法行為に対する衡平法上の救済方法である差止命令を行うことができます。被害者に生じた損害を取り戻すために、裁判所は不法行為者に対して当該不法行為を止めるか、又は、他の適切な行動をとるよう命じることができます。
(c)特定の財産の返還
被害者は、財産が不法に奪われた場合には、財産を回復する権利があります。
(4)抗弁
加害者が主張することが考えられる抗弁は、注意義務の存在又は同義務の違反に関して異議を唱えること、又は因果関係の断絶を指摘することです。
また、加害者は、制限、同意、免責条項(1977年不公正契約条項法の原則(principles of the Unfair Contract terms Act 1977))、正当防衛、請求者(被害者)自身の不正行為(exturpi causa)及び寄与過失等に基づいて、請求された損害を軽減するための抗弁を主張することが考えられます。
4.ミャンマー
(1) 不法行為に関連する法令
ミャンマーではビルマ法典第9 巻第10 編は死亡事故法を所収しています。死亡事故法は4 条からなる法律で、人を死亡させる不法行為があった場合に遺族に訴権を与える規定等が置かれています。
ビルマ法典及びそれ以外の明文の法令には、その他の不法行為一般に関して規定した特別の法典は確認できません。
(2)実務上の取り扱い
不法行為に関し、当該事案・事実を裁判所に提示し、裁判所が損害賠償その他の必要な救済を命じることがあり得ると実務上されています。しかし、この点の法的根拠については必ずしも明確な確認をできません。一般的には、この分野においては裁判所によるコモンロー又はエクイティ的な救済が行われていると解されています。
5.メキシコ
(1)関連する法令
メキシコでは、不法行為に関するルールは民法に規定されています。メキシコにおける民法には、連邦民法(Código Civil Federal)と、各州が独自に定める民法があります。本ニュースレターでは、連邦民法に基づいて不法行為の概要を説明しますが、実際の事案においては、連邦民法や各州の民法などの中から適用される民法を確定する必要があります。
(2)不法行為
連邦民法1910条は不法行為に基づく請求の根拠となる条文であり、不法に又は公序良俗に反して行動し、他人に損害を与えた者は、その損害が被害者の重過失の結果として生じたことを証明しない限り、それを回復する義務がある、と規定しています。同条の損害には、財産的損害と精神的損害が含まれます。
以上が、不法行為の原則的な規定ですが、賠償責任の範囲を加害者本人から拡げる規定も設けられています。たとえば、法人は、法人代表者(representante legal)がその職務を行うことによって生じた損害を賠償する責任を負うものとされています。その他、連邦民法には、使用者責任、動物の占有者の責任や共同不法行為について規定が設けられています。
メキシコでは、日本の製造物責任法のような特則はなく、製造物から生じた損害賠償を請求するには、加害者の過失の立証が必要になります。
不法行為に基づく損害賠償の訴えは、損害が発生した日から2年をもって効力を失うとされています。日本の民法と比べ時効消滅の期間が短いため、よりタイトな債権回収が求められます。
(3)懲罰的損害賠償
米国の一部の州などでは、いわゆる懲罰的損害賠償が認められています。メキシコにおいては、懲罰的損害賠償を直接定めた規定はありません。しかし、裁判所は、将来、同様の行為を防止するために、有害な行為の抑止効果を賠償に加えるものとして、懲罰的損害賠償の概念を認めています。ただし、不法行為責任が発生するすべての場合に懲罰的損害賠償が加味されるわけではなく、裁判所は、行為の重大性が懲罰的損害賠償の制裁を正当化するほどに高度の社会的非難に値する場合にのみ懲罰的損害賠償を含めることができるとしています。
6.バングラデシュ
バングラデシュはコモンローに基づいており、不法行為を規定する特定の法令はありません。不法行為に関して、裁判所の考え方を示した例は多くありませんが、最高裁判所の判例では、「代位責任」と「過失」の2つの要素を示しています。
(1) 代位責任
代位責任(使用者責任)とは、「主従関係」から生じるもので、使用者は、従業員の不法行為によって損害を受けた第三者の損失または損害に対して責任を負います。バス運転手の過失による交通事故の被害者に対して、バス会社の使用者責任を認めた判例があります(Catherine Masud v. Md. Kashed Miah and Others)。
(2) 過失
過失は、注意を払う法的義務の違反であり、被告が、原告を保護する義務に違反したことが前提となります。原告が受けた被害は、被告によって直接的に引き起こされた実際の損害でなければなりません。
判例では、Res Ipsa Loquitur(事実推定則)が適用されています。Res Ipsa Loquiturとは、「事実がすべてを物語っている」ことを意味し、ある種の事故が発生したという事実が、過失を示唆するのに十分であるという考え方です。原告は、管理者が適切な注意義務を果たしていれば、通常起こるような事故ではないことを立証しなければなりません。Res Ipsa Loquiturに基づき、使用者の過失を認めた判例があります(CCB Foundation v. Government of Bangladesh)。
7.フィリピン
(1) フィリピンにおける不法行為論
フィリピンにおいて、「不法行為」という概念は明確に定義されておらず、“quasi-delict”という概念が規定されています。以下“quasi-delict”を便宜上「不法行為」といいます。
フィリピンの法令において、「不法行為」は、請求主体が、被った損害について救済を受けることができるものとされています。
(2) 不法行為の構成要件
ある行為が不法行為を構成する要件として、民法第20 条に基づき、以下の要素が挙げられています。
① 法的な権利および義務
② 主体の義務違反行為
③ 損害行為
④ 因果関係
⑤ 損害の発生
義務違反行為については、作為的な行為のみならず、不作為による義務違反行為も含まれる場合があります。また、不法行為に基づき損害賠償請求されるケースとしては、使用者による責任を追及される場合もあるため注意が必要です。
(3) 賠償の範囲
フィリピンにおいて、損害賠償の範囲は、民法典において以下の6種類の損害賠償が定義されています。
① Actual or Compensatory Damages
証明された金銭的損失の補償として与えられる損害賠償を指します。
② Moral Damages
肉体的苦痛、精神的苦痛、傷ついた感情、道徳的ショック等によって与えられる損害を指します。
③ Nominal Damages
原告の権利の侵害または侵害を認識するために裁判所が認定する損害を指します。
④ Temperate Damages
何らかの金銭的損失が生じたと認められるが、正確な損失額を証明できない場合に認められる損害を指します。
⑤ Liquidated Damages
契約の当事者によって合意され、違反した場合に支払われる損害を指します。
⑥ Exemplary or Corrective Damages
行動を是正するために課される損害賠償を指します。
なお、弁護士費用と訴訟費用については、フィリピンにおいては一般的に、裁判費用を除き、特に懲罰的損害賠償が認められる場合、または、原告に対する法的根拠が明らかにない場合には、これらを回収することはできないとされています。もっとも、裁判所が正当かつ公平であると判断した場合には、弁護士費用や訴訟費用の支給を認めている場合もあります。
8.ベトナム
(1) ベトナム民法の不法行為規定の概要
2015年に制定されたベトナム民法第20章(584条〜608条)には、「契約外の損害賠償責任」として、不法行為に関する規定を置いています。「他人の生命、健康、名誉、人格、威信、財産、権利、その他の合法的な利益を侵害して損害を加えた」場合に損害賠償責任が生じるとされています(民法584条1項本文)。
また「いくつかの具体的な場合における損害賠償」に関する規定として、
- 正当防衛の場合
- 緊急事態の場合
- 飲酒又はその他の刺激物を用いて行為認識制御能力を失った状態で不法行為を行なった場合の責任
- 法人の従業員が加害者である場合の法人の責任
- 公務執行者が加害者である場合の国家の責任
- 15歳未満の者、民事行為能力喪失者が加害者である場合の管理者の責任
- 個人、法人の被用者、実習生が加害者である場合の個人・法人の責任
- 交通輸送手段、送電システム、製造工場、武器、爆発物、可燃物、毒物、放射物、猛獣等の高度危険源の所有者、占有者、使用者の責任
- 環境汚染を発生させた者の責任
- 動物の所有者、占有者、使用者の責任
- 樹木の所有者、占有者、管理者の責任
- 住居その他の建築物の所有者、占有者、管理者、使用者の責任
- 死体を侵害した個人、法人の責任
- 墓を侵害した個人、法人の責任
- 消費者の権利を侵害した個人、法人の責任
といった規定をおいています(民法594条〜608条)。
(2) 無過失責任の原則
日本民法における不法行為責任は過失責任の原則(故意過失がなければ不法行為責任を負わないという原則)が採用され、また、加害者に故意過失があることの立証責任は被害者側にあるとされています。しかし、ベトナム民法では、加害者に故意過失がない場合であっても損害賠償責任を負うとされ(584条1項本文)、生じた損害が不可抗力による場合又は完全に被害者の故意過失による場合には損害賠償責任は負わないとされています(民法584条2項本文)。すなわち、ベトナム民法の不法行為責任は無過失責任の原則が採用され、自己に故意過失がない場合であっても、損害が不可抗力によって生じたものであること、又は完全に被害者の故意過失によって生じたものであることを立証できなければ、損害賠償義務を負うことになります。
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(1) 民法
(a)一般規定
民法第709条は、不法行為について、故意または過失により他人の権利または法律上保護さる利益を侵害することとし、それによって損害が生じた場合に、賠償責任を課すことを規定しています。
損害の対象は、財産以外の身体、自由、名誉等にも及び(第710条)、生命の侵害については、被害者の父母、配偶者及び子に対しても損害賠償を負い(第711条)ます。また、胎児にも損害賠償の権利が認められています(第721条)。
加害者は、事理弁識能力を有していることが要件とされます(第712条、第713条)。
正当防衛及び緊急避難による物の損傷に関しては、損害賠償を免除されます(第720条)。
(b)特別規定
実際の加害者の他に、責任無能力者の監督義務者(第714条)、事業従事者の使用者及び監督者(第715条)、請負人への指図に過失のある注文者(第716条)、土地の工作物の占有者及び所有者(第717条)、動物の占有者(第718条)に対して、損害賠償義務が課されます。
また、不法行為が共同で行われた場合には、加害者各自が連帯責任を負い、教唆者や幇助者も共同行為者とみなされます(第719条)。
(c)消滅時効
不法行為による損害賠償請求権は、損害および加害者を知ったときから3年間(ただし、生命または身体への侵害に関する損害については5年間)、不法行為時から20年間で時効により消滅します(第724条、第724条の2)。
(2)特別法
(a)自動車損賠賠償保障法(昭和30年法律第97号)
加害者である自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)に対して、民法とは異なり、自ら及び運転者の注意義務違反の不存在やその他の免責事由の立証責任を転嫁しています(第3条)。
(b)製造物責任法(平成6年法律第85号)
民法とは異なり、故意や過失を要件とせずに、製造物の欠陥によって生命・身体・財産に損害が生じた場合に、製造業者・輸入業者・製造業者であるとの表示をした者等に賠償責任を課し(第3条)、開発危険の抗弁(第4条第1号)や欠陥が製造者の指示に従ったことにより生じ、その欠陥の発生に過失がない場合にのみ免責される規定となっています。ただし、製造物引渡から10年で消滅時効が成立する点については、民法よりも軽減されています。
(c)鉱物法(昭和25年法律第289号)
鉱物の採掘のための土地の掘削、坑水若しくは廃水の放流、捨石若しくは鉱滓の堆積または鉱煙の排出によって、人に損害を与えた場合に、損害発生時の鉱業権者に対して、無過失責任を課しています(第109条第1項)。ただし、被害の発生や拡大に関して、被害者に帰責性が認められる場合や天災その他の不可抗力が競合したときには、賠償責任の有無及びその範囲を定めるにつき斟酌することができるとされています(第113条)。また、鉱業に従事する者の業務上の負傷、疾病及び死亡には適用されません(第25条の5)。
(d)大気汚染防止法(昭和43年法律第97号)
工場または事業場における事業活動に伴う、ばい煙、特定物質または粉塵等の健康被害物質により、生命または身体に損害を生じた場合、事業者に対して無過失責任を課しています(第25条第1項)。ただし、不可抗力の斟酌(第25条の3)、事業従事者への不適用(第25条の5)の規定があります。
(e)水質汚濁防止法(昭和45年法律第138条)
工場または事業所における事業活動に伴う有害物質の汚水または廃液に含まれた状態での排出または地下への浸透により、生命または身体に損害を生じた場合、事業者に対して無過失責任を課しています(第19条第1項)。不可抗力の斟酌(第20条の2)や事業従事者への不適用(第20条の5)の規定があります。
(f)私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)
独占禁止法に違反する私的独占、不当な取引制限または不公正な取引方法を行った事業者は、被害者に対し、損害賠償責任を負い、故意や過失の不存在の証明により免責されません(第25条)。ただし、被害者は、公正取引委員会による排除措置命令または納付命令の確定後にしか、裁判上の主張をすることができず、その確定日から3年で請求権は消滅時効にかかります(第26条)。
2.タイ
(1)不法行為法の概要
タイ民商法典(Civil and Commercial Code(以下、CCC))では、420条に不法行為の規定が存在します。
同条は、「故意又は過失により、他人の生命、身体、健康、自由、財産又は何らかの権利を違法に侵害した者は、不法行為を犯したものとみなし、不法行為によって生じた損害を賠償する義務を負う。」としており、日本の不法行為の規定とほぼ同じ内容となっています。また、その他の不法行為法の規定についても日本法と類似点が多く、比較的日本人に馴染みやすいものになっています。
以下はタイ法と日本法の不法行為法の相違点に焦点を当て、紹介いたします。
(2)賠償の方法と相殺の可否
損害賠償の方法や範囲について、CCCでは、不法行為の状況や重大性に応じて、裁判所が合理的に決定し、不法行為により奪われた財産の返還又はその財産の価額賠償、不法行為によって生じた損害賠償を行うとしています(CCC438条)。
また、CCC345条によると、不法行為によって債務が発生した場合、債務者は債権者に対して相殺を対抗することはできないとしています。日本法では、不法行為によって生じた債権について相殺が可能である場合がありますが、タイ法にこのような限定はなく、文言上は、不法行為に基づく債務であれば、損害の内容を問わず、債権者に対して相殺を対抗することができないと解されます。
(3)不法行為の時効
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が不法行為及び賠償義務者を知った時から1年が経過した場合、又は、不法行為日から10年が経過した時と規定されています。ただし、刑罰で処罰される行為を原因とし、かつその行為の刑事手続き上の時効期間が10年よりも長期である場合、その長期の時効期間を適用することになります(CCC448条)。
(4)使用者責任と委託者の責任について
タイでは、使用者の責任について「使用者は、被用者が職務の過程で犯した不法行為について、被用者と共同して責任を負う」(CCC425条)としています。日本法では、使用者が被用者の選任や事業の監督について相当の注意を払ったとき、又は相当の注意をしても損害が生じたであろう場合には使用者の責任が免責されるとの規定がありますが、タイ法にはこのような規定が存在しません。そのため、文言上は、例えば被用者が交通事故を起こし、相手方にけが等を負わせた場合、使用者の監督責任の違反に関わらず、使用者は不法行為責任を負うと解されます。もっとも、被用者の不法行為に対して、使用者が第三者に損害を賠償した場合、その費用を被用者に求償することができるとされています(CCC426条)。
他方、委託者の責任については、請負人が委託された仕事の過程で第三者に与えた損害について、委託者による注文、指示、請負業者の選定に関して落ち度が無い限り、責任を負わないこととされています(CCC428条)。
3.マレーシア
マレーシアにおける不法行為の成立要件等については明文がなく、コモンローに基づいており、以下のとおり整理することができます。
(1)不法行為が成立するための要素
(a)注意義務の存在
注意義務の存在を判断するために、neighborhood principleが適用されます。これは、加害者と同様の状況にある合理的な者が、加害者の行為が被害者に対して被害を与えることを予見することができたといえる場合には、注意義務を負うと判断されるというものです。
(b)注意義務違反
加害者が、最低限必要な基準を下回る行為を行い、加害者と同様の状況にある合理的な者が加害者と同様の行動をするとはいえない場合には、注意義務に違反したと判断されます。
(c)因果関係
裁判所は、注意義務違反と被害者が被った損害との間に因果関係があるかどうかを判断します。裁判所がこれを判断する際には、注意義務違反行為に関連する原因、及び被害者が注意義務違反に寄与したかどうかが問題となります。
(2)立証責任
1950年マレーシア証拠法(Evidence Act 1950)101条に基づき、立証責任は請求者である原告(被害者)にあります。しかし、原告がすべてを詳細に証明することは困難な場合があります。そのような場合には、「Res Ipsa Loquitor(物事はそれ自体を語る)」に基づいて判断されることがあります。これは、被告(加害者)がどのように行動したかについて証拠が十分にない場合には、裁判所は、事故又は傷害の性質から被告の過失を推認することができるというものです。
(3)救済方法
不法行為法の目的は、不法行為が発生する前と同じ状態に戻すために、証明された損害に対して完全な補償又は救済を被害者に対して提供することです。そこで、被害者には、救済方法として以下のものが認められています。
(a)損害賠償
不法行為が発生する前の状態に戻すために被害者に支払われる金銭は、損害賠償として知られています。不法行為に対しては、通常、損害賠償が主な救済策とされています。
(b)差止命令
裁判所は、不法行為に対する衡平法上の救済方法である差止命令を行うことができます。被害者に生じた損害を取り戻すために、裁判所は不法行為者に対して当該不法行為を止めるか、又は、他の適切な行動をとるよう命じることができます。
(c)特定の財産の返還
被害者は、財産が不法に奪われた場合には、財産を回復する権利があります。
(4)抗弁
加害者が主張することが考えられる抗弁は、注意義務の存在又は同義務の違反に関して異議を唱えること、又は因果関係の断絶を指摘することです。
また、加害者は、制限、同意、免責条項(1977年不公正契約条項法の原則(principles of the Unfair Contract terms Act 1977))、正当防衛、請求者(被害者)自身の不正行為(exturpi causa)及び寄与過失等に基づいて、請求された損害を軽減するための抗弁を主張することが考えられます。
4.ミャンマー
(1) 不法行為に関連する法令
ミャンマーではビルマ法典第9 巻第10 編は死亡事故法を所収しています。死亡事故法は4 条からなる法律で、人を死亡させる不法行為があった場合に遺族に訴権を与える規定等が置かれています。
ビルマ法典及びそれ以外の明文の法令には、その他の不法行為一般に関して規定した特別の法典は確認できません。
(2)実務上の取り扱い
不法行為に関し、当該事案・事実を裁判所に提示し、裁判所が損害賠償その他の必要な救済を命じることがあり得ると実務上されています。しかし、この点の法的根拠については必ずしも明確な確認をできません。一般的には、この分野においては裁判所によるコモンロー又はエクイティ的な救済が行われていると解されています。
5.メキシコ
(1)関連する法令
メキシコでは、不法行為に関するルールは民法に規定されています。メキシコにおける民法には、連邦民法(Código Civil Federal)と、各州が独自に定める民法があります。本ニュースレターでは、連邦民法に基づいて不法行為の概要を説明しますが、実際の事案においては、連邦民法や各州の民法などの中から適用される民法を確定する必要があります。
(2)不法行為
連邦民法1910条は不法行為に基づく請求の根拠となる条文であり、不法に又は公序良俗に反して行動し、他人に損害を与えた者は、その損害が被害者の重過失の結果として生じたことを証明しない限り、それを回復する義務がある、と規定しています。同条の損害には、財産的損害と精神的損害が含まれます。
以上が、不法行為の原則的な規定ですが、賠償責任の範囲を加害者本人から拡げる規定も設けられています。たとえば、法人は、法人代表者(representante legal)がその職務を行うことによって生じた損害を賠償する責任を負うものとされています。その他、連邦民法には、使用者責任、動物の占有者の責任や共同不法行為について規定が設けられています。
メキシコでは、日本の製造物責任法のような特則はなく、製造物から生じた損害賠償を請求するには、加害者の過失の立証が必要になります。
不法行為に基づく損害賠償の訴えは、損害が発生した日から2年をもって効力を失うとされています。日本の民法と比べ時効消滅の期間が短いため、よりタイトな債権回収が求められます。
(3)懲罰的損害賠償
米国の一部の州などでは、いわゆる懲罰的損害賠償が認められています。メキシコにおいては、懲罰的損害賠償を直接定めた規定はありません。しかし、裁判所は、将来、同様の行為を防止するために、有害な行為の抑止効果を賠償に加えるものとして、懲罰的損害賠償の概念を認めています。ただし、不法行為責任が発生するすべての場合に懲罰的損害賠償が加味されるわけではなく、裁判所は、行為の重大性が懲罰的損害賠償の制裁を正当化するほどに高度の社会的非難に値する場合にのみ懲罰的損害賠償を含めることができるとしています。
6.バングラデシュ
バングラデシュはコモンローに基づいており、不法行為を規定する特定の法令はありません。不法行為に関して、裁判所の考え方を示した例は多くありませんが、最高裁判所の判例では、「代位責任」と「過失」の2つの要素を示しています。
(1) 代位責任
代位責任(使用者責任)とは、「主従関係」から生じるもので、使用者は、従業員の不法行為によって損害を受けた第三者の損失または損害に対して責任を負います。バス運転手の過失による交通事故の被害者に対して、バス会社の使用者責任を認めた判例があります(Catherine Masud v. Md. Kashed Miah and Others)。
(2) 過失
過失は、注意を払う法的義務の違反であり、被告が、原告を保護する義務に違反したことが前提となります。原告が受けた被害は、被告によって直接的に引き起こされた実際の損害でなければなりません。
判例では、Res Ipsa Loquitur(事実推定則)が適用されています。Res Ipsa Loquiturとは、「事実がすべてを物語っている」ことを意味し、ある種の事故が発生したという事実が、過失を示唆するのに十分であるという考え方です。原告は、管理者が適切な注意義務を果たしていれば、通常起こるような事故ではないことを立証しなければなりません。Res Ipsa Loquiturに基づき、使用者の過失を認めた判例があります(CCB Foundation v. Government of Bangladesh)。
7.フィリピン
(1) フィリピンにおける不法行為論
フィリピンにおいて、「不法行為」という概念は明確に定義されておらず、“quasi-delict”という概念が規定されています。以下“quasi-delict”を便宜上「不法行為」といいます。
フィリピンの法令において、「不法行為」は、請求主体が、被った損害について救済を受けることができるものとされています。
(2) 不法行為の構成要件
ある行為が不法行為を構成する要件として、民法第20 条に基づき、以下の要素が挙げられています。
① 法的な権利および義務
② 主体の義務違反行為
③ 損害行為
④ 因果関係
⑤ 損害の発生
義務違反行為については、作為的な行為のみならず、不作為による義務違反行為も含まれる場合があります。また、不法行為に基づき損害賠償請求されるケースとしては、使用者による責任を追及される場合もあるため注意が必要です。
(3) 賠償の範囲
フィリピンにおいて、損害賠償の範囲は、民法典において以下の6種類の損害賠償が定義されています。
① Actual or Compensatory Damages
証明された金銭的損失の補償として与えられる損害賠償を指します。
② Moral Damages
肉体的苦痛、精神的苦痛、傷ついた感情、道徳的ショック等によって与えられる損害を指します。
③ Nominal Damages
原告の権利の侵害または侵害を認識するために裁判所が認定する損害を指します。
④ Temperate Damages
何らかの金銭的損失が生じたと認められるが、正確な損失額を証明できない場合に認められる損害を指します。
⑤ Liquidated Damages
契約の当事者によって合意され、違反した場合に支払われる損害を指します。
⑥ Exemplary or Corrective Damages
行動を是正するために課される損害賠償を指します。
なお、弁護士費用と訴訟費用については、フィリピンにおいては一般的に、裁判費用を除き、特に懲罰的損害賠償が認められる場合、または、原告に対する法的根拠が明らかにない場合には、これらを回収することはできないとされています。もっとも、裁判所が正当かつ公平であると判断した場合には、弁護士費用や訴訟費用の支給を認めている場合もあります。
8.ベトナム
(1) ベトナム民法の不法行為規定の概要
2015年に制定されたベトナム民法第20章(584条〜608条)には、「契約外の損害賠償責任」として、不法行為に関する規定を置いています。「他人の生命、健康、名誉、人格、威信、財産、権利、その他の合法的な利益を侵害して損害を加えた」場合に損害賠償責任が生じるとされています(民法584条1項本文)。
また「いくつかの具体的な場合における損害賠償」に関する規定として、
- 正当防衛の場合
- 緊急事態の場合
- 飲酒又はその他の刺激物を用いて行為認識制御能力を失った状態で不法行為を行なった場合の責任
- 法人の従業員が加害者である場合の法人の責任
- 公務執行者が加害者である場合の国家の責任
- 15歳未満の者、民事行為能力喪失者が加害者である場合の管理者の責任
- 個人、法人の被用者、実習生が加害者である場合の個人・法人の責任
- 交通輸送手段、送電システム、製造工場、武器、爆発物、可燃物、毒物、放射物、猛獣等の高度危険源の所有者、占有者、使用者の責任
- 環境汚染を発生させた者の責任
- 動物の所有者、占有者、使用者の責任
- 樹木の所有者、占有者、管理者の責任
- 住居その他の建築物の所有者、占有者、管理者、使用者の責任
- 死体を侵害した個人、法人の責任
- 墓を侵害した個人、法人の責任
- 消費者の権利を侵害した個人、法人の責任
といった規定をおいています(民法594条〜608条)。
(2) 無過失責任の原則
日本民法における不法行為責任は過失責任の原則(故意過失がなければ不法行為責任を負わないという原則)が採用され、また、加害者に故意過失があることの立証責任は被害者側にあるとされています。しかし、ベトナム民法では、加害者に故意過失がない場合であっても損害賠償責任を負うとされ(584条1項本文)、生じた損害が不可抗力による場合又は完全に被害者の故意過失による場合には損害賠償責任は負わないとされています(民法584条2項本文)。すなわち、ベトナム民法の不法行為責任は無過失責任の原則が採用され、自己に故意過失がない場合であっても、損害が不可抗力によって生じたものであること、又は完全に被害者の故意過失によって生じたものであることを立証できなければ、損害賠償義務を負うことになります。
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