2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)を目指すタイで、企業に対する脱炭素への圧力が増している。世界各地で炭素税の導入が進み、日系を含む大手企業がサプライチェーン(供給網)を巻き込んだ脱炭素目標を掲げるなか、中小企業も対策が急務となっている。排出量を相殺できるカーボンクレジット(炭素排出権)のうち最もポピュラーな再生可能エネルギー証書「I—REC」は、膨れ上がる需要に供給が追いついていない。脱炭素を取り巻くタイの現状を2回に分けて掘り下げる。
タイでは太陽光を中心に再生可能エネルギーの導入が進むが、膨れ上がるI—REC需要に供給が追いついていない(サイアム・セメント提供)
排出権取引や脱炭素に向けたコンサル業務などの地場大手ウエーブ・エクスポテンシャルのジェームズ・アンドリュー・ムーア最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。
ムーア氏は、タイで事業をする企業は中小も含め、「工業化以前と比べた世界の平均気温の上昇を1.5度~2度未満に抑える」という目標達成に向けた世界的な圧力や、世界各地の炭素税への対応、大手によるサプライチェーンを含む「スコープ3」の脱炭素化への対応など、さまざまなプレッシャーにさらされていると説明する。
■気候変動は切実な課題
タイは50年の炭素中立など、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で世界に対し野心的な目標を掲げている。ムーア氏は「気候変動が切実な課題であることが背景にある」と語る。
タイの19年の温室効果ガス排出量は3億7,200万トン(CO2換算、以下同)。国・地域別の排出量では世界20位、世界全体の排出量の0.88%しか占めていないのに対し、「2000~19年に気候変動で最も打撃を受けた国」のランキングでは9位に位置する。ムーア氏は、農業大国で干ばつなどの打撃が直接降りかかる経済構造であるほか、標高が低く海面上昇の影響を受けやすいバンコク首都圏に国内総生産(GDP)の7割が集中しているため、気候変動は大きなリスクだと指摘する。
一方で、最大の温室効果ガス排出源であるエネルギー産業(全体の70%を占める2億6,077万トンを排出)に再生可能エネルギーが占める割合はわずか10%程度。大幅な排出削減や炭素中立を実現させるには相当な投資が必要となる。
■炭素税への対応、必須に
世界各地で炭素税の導入も進む。脱炭素を進めなければコストが大幅に上昇し、自社製品が価格競争力を失ってしまうことから、企業にとって追加課税を回避するための排出削減は避けて通れないものとなっている。
タイ国内では排出削減の明確なルールはまだないものの、欧州連合(EU)は10月に炭素国境調整メカニズム(CBAM)を導入。米国では「米国版CBAM」を導入するためのクリーン競争法(CCA)が国会に提出されており、「早ければ来年にも導入される可能性がある」(ムーア氏)。このほか、シンガポールは来年以降に炭素税を大幅に引き上げると決定。ムーア氏は「当社はある国にしか輸出していないから関係ない、などとは言っていられない状況だ」と指摘する。
海外大手のタイ法人にとっては、本社が掲げる脱炭素目標に沿って取り組みを進めなければならないという状況もある。例えばパナソニックは50年にグループ全体で、供給網や商品のライフサイクル中で発生するCO2まで実質ゼロとする目標を掲げる。ムーア氏は「タイでは日系の多くが本社の目標に沿って排出削減を進めており、国内の排出権取引をけん引している」と語る。
I—REC取引大手ウエーブのムーアCEOは、脱炭素化はタイにとって「待ったなしの課題だ」と指摘する=10月26日、タイ・バンコク(NNA撮影)
■金融のグリーン化も圧力
日系を含む世界の自動車大手や、化学、小売り、金融など各産業の世界大手がサプライヤーにCO2排出削減を求めていることも圧力だ。独メルセデス・ベンツは、39年に炭素中立を実現できていないサプライヤーを除外する方針を打ち出すなど、顧客を失うリスクも現実味を帯びている。
脱炭素を進めなければ、資金調達も困難になる見通し。タイ中央銀行(BOT)は今年、サステナビリティーに貢献する経済活動の基準をまとめた「タイランド・タクソノミー」を作成。アユタヤ銀行など国内の商業銀大手はポートフォリオ(融資先)を含めた脱炭素目標を続々と打ち出している。ムーア氏は「温室効果ガスを大量に排出し続ける企業は40年以降、銀行から融資を受けることが難しくなる」と説明する。
海外のプライベートエクイティ(PE)ファンドなどでも、ESG(環境・社会・企業統治)スコアが高いことを融資条件にする動きが広まっている。
■I—REC需要、供給の4.6倍
各社が脱炭素の必要性に迫られるなか、タイで最も有効な手段として活用されているのがI—RECだ。
I—RECの単位はメガワット時で、10万メガワット時は10万REC(再生エネ証書)となる。発電業者は、再生エネを送電網に売却(供給)する際にRECを販売することで、追加収入が得られる仕組み。I—RECには発電所の所有者、立地、発電量といった情報が明記されており「透明性が高いことから企業に人気が高い」。費用対効果も森林事業などから得られるカーボンクレジットに比べて格段に高いという。
ムーア氏によると、タイのI—REC需要は年間1億3,000万REC(メガワット時)に上る。一方で、供給は年間2,800万RECにとどまっており、需要が供給の4.6倍に達している状況だ。
I—RECは東南アジア諸国連合(ASEAN)全体で需要過多。再生エネ発電が極端に少ないシンガポールが周辺国からI—RECを「爆買い」しているため、越境取引が盛んだ。シンガポールはタイからも大量のI—RECを購入しており、タイにとっても周辺国からの調達も含め、自国分の確保が課題となる。
28日付ではウエーブ・エクスポテンシャルのI—REC取引や、カーボンクレジット商品開発への取り組みなどを紹介する。
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排出権取引や脱炭素に向けたコンサル業務などの地場大手ウエーブ・エクスポテンシャルのジェームズ・アンドリュー・ムーア最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。
ムーア氏は、タイで事業をする企業は中小も含め、「工業化以前と比べた世界の平均気温の上昇を1.5度~2度未満に抑える」という目標達成に向けた世界的な圧力や、世界各地の炭素税への対応、大手によるサプライチェーンを含む「スコープ3」の脱炭素化への対応など、さまざまなプレッシャーにさらされていると説明する。
■気候変動は切実な課題
タイは50年の炭素中立など、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で世界に対し野心的な目標を掲げている。ムーア氏は「気候変動が切実な課題であることが背景にある」と語る。
タイの19年の温室効果ガス排出量は3億7,200万トン(CO2換算、以下同)。国・地域別の排出量では世界20位、世界全体の排出量の0.88%しか占めていないのに対し、「2000~19年に気候変動で最も打撃を受けた国」のランキングでは9位に位置する。ムーア氏は、農業大国で干ばつなどの打撃が直接降りかかる経済構造であるほか、標高が低く海面上昇の影響を受けやすいバンコク首都圏に国内総生産(GDP)の7割が集中しているため、気候変動は大きなリスクだと指摘する。
一方で、最大の温室効果ガス排出源であるエネルギー産業(全体の70%を占める2億6,077万トンを排出)に再生可能エネルギーが占める割合はわずか10%程度。大幅な排出削減や炭素中立を実現させるには相当な投資が必要となる。
■炭素税への対応、必須に
世界各地で炭素税の導入も進む。脱炭素を進めなければコストが大幅に上昇し、自社製品が価格競争力を失ってしまうことから、企業にとって追加課税を回避するための排出削減は避けて通れないものとなっている。
タイ国内では排出削減の明確なルールはまだないものの、欧州連合(EU)は10月に炭素国境調整メカニズム(CBAM)を導入。米国では「米国版CBAM」を導入するためのクリーン競争法(CCA)が国会に提出されており、「早ければ来年にも導入される可能性がある」(ムーア氏)。このほか、シンガポールは来年以降に炭素税を大幅に引き上げると決定。ムーア氏は「当社はある国にしか輸出していないから関係ない、などとは言っていられない状況だ」と指摘する。
海外大手のタイ法人にとっては、本社が掲げる脱炭素目標に沿って取り組みを進めなければならないという状況もある。例えばパナソニックは50年にグループ全体で、供給網や商品のライフサイクル中で発生するCO2まで実質ゼロとする目標を掲げる。ムーア氏は「タイでは日系の多くが本社の目標に沿って排出削減を進めており、国内の排出権取引をけん引している」と語る。
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■金融のグリーン化も圧力
日系を含む世界の自動車大手や、化学、小売り、金融など各産業の世界大手がサプライヤーにCO2排出削減を求めていることも圧力だ。独メルセデス・ベンツは、39年に炭素中立を実現できていないサプライヤーを除外する方針を打ち出すなど、顧客を失うリスクも現実味を帯びている。
脱炭素を進めなければ、資金調達も困難になる見通し。タイ中央銀行(BOT)は今年、サステナビリティーに貢献する経済活動の基準をまとめた「タイランド・タクソノミー」を作成。アユタヤ銀行など国内の商業銀大手はポートフォリオ(融資先)を含めた脱炭素目標を続々と打ち出している。ムーア氏は「温室効果ガスを大量に排出し続ける企業は40年以降、銀行から融資を受けることが難しくなる」と説明する。
海外のプライベートエクイティ(PE)ファンドなどでも、ESG(環境・社会・企業統治)スコアが高いことを融資条件にする動きが広まっている。
■I—REC需要、供給の4.6倍
各社が脱炭素の必要性に迫られるなか、タイで最も有効な手段として活用されているのがI—RECだ。
I—RECの単位はメガワット時で、10万メガワット時は10万REC(再生エネ証書)となる。発電業者は、再生エネを送電網に売却(供給)する際にRECを販売することで、追加収入が得られる仕組み。I—RECには発電所の所有者、立地、発電量といった情報が明記されており「透明性が高いことから企業に人気が高い」。費用対効果も森林事業などから得られるカーボンクレジットに比べて格段に高いという。
ムーア氏によると、タイのI—REC需要は年間1億3,000万REC(メガワット時)に上る。一方で、供給は年間2,800万RECにとどまっており、需要が供給の4.6倍に達している状況だ。
I—RECは東南アジア諸国連合(ASEAN)全体で需要過多。再生エネ発電が極端に少ないシンガポールが周辺国からI—RECを「爆買い」しているため、越境取引が盛んだ。シンガポールはタイからも大量のI—RECを購入しており、タイにとっても周辺国からの調達も含め、自国分の確保が課題となる。
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