中国不動産業界の冷え込みが続き、内装市場が落ち込む中でも伸びを示す分野がある。それが階上階下の生活音の軽減や室内の保温などに効果がある「二重床・二重天井・二重壁」だ。生活環境に質を求める市民が増えていることなどを追い風に、引き合いは高まる流れにある。建材卸売り最大手のJKホールディングス(東京都江東区)の中国法人は、日本式工法の二重床システムを中国に広げようと内外企業と組んで動き出した。まだ緒に就いたばかりだが、厳しい環境をものともせず「不況知らずのサービス」だと幹部は手応えを感じている。
あなたの階下にも人は住んでいます、子どもを家の中で走り回らせるのは今すぐやめてくれ。靴音がひどく響くのはファッションショーでもやっているからですか——。上海市の大型マンション群。同じマンション棟に住む住民が加入する交流サイト(SNS)のグループチャットからは、階上の騒音を巡る苦情や皮肉の文言が日常的に目に飛び込む。階上階下の隣人との騒音トラブルに悩む日本人は多い。
中国のマンションは、一番下の床に当たるコンクリートスラブ(コンクリート製の床)の上に直接フローリングを貼る工法が一般的。建設コストは安いが、足音などの生活音が階下に響きやすい。
上海銀得隆建材の笠原雄太総経理は、中国での二重床システムの需要に目をつけて普及に動き出した。今後は全国的に事業を展開する青写真を描く=上海市
この問題に目をつけ、中国での二重床システムの普及に動き出したのがJKホールディングスの中国子会社で、建材の製販などを手がける上海銀得隆建材の笠原雄太総経理だ。
上海銀得隆建材は2024年初めから二重床事業を開始。フクビ化学工業(福井市)の製品を中心とした二重床の日本製資材の代理販売、マーケティングを展開し、複数の現地業者と提携して日本ブランドの二重床システムを施工する仕組みを作った。
日本式工法の二重床(乾式二重床)はコンクリートスラブの上に防振ゴムがついた支持脚を立て、その上にパーティクルボードやフローリングを貼る床システムで、二重天井は軽量鉄骨をつり下げ天板を貼り付けて仕上げる。二重構造の床・天井を構成し、遮音材などを追加することで階上階下の生活音を軽減できる。例えばフクビ化学工業の二重天井システムは、騒音(重量床衝撃音)を5~10デシベル低減することが可能だ。
2つの床・天井の間に断熱材を入れたり給水管、排水管、ガス管電気配線などを通したりすることが可能で、室内の断熱・保温効果を生み出し、リフォームがしやすいなどの利点もある。床が少し上がるので中国にはない“玄関”を作り出し、ドアからごみやホコリが入るのを防ぐ効果もあるという。二重壁は遮音や断熱、防水などを目的に壁を二重に構成したものだ。
二重床などは日本で2000年以降に一般的になったとされるが、中国ではまだ普及が進んでおらず、中国で二重床を手がける日系企業も少ない。
■「強い手応え」
それにしても、足元の事業環境は非常に厳しいように見える。
中国住宅市場の冷え込みは強い。中国国家統計局によると、中国の24年の住宅販売面積は8億1,450万平方メートルで、前年比での減少は3年連続。年間10億平方メートルを下回るのは2年連続で、ピークの21年から4割以上減少し、09年以降で最低を記録した。景気の悪化に伴い市民の節約志向が高まっているという悪材料も重なって、住宅内装市場は軟調。中国上場の内装関連企業は軒並み24年12月期本決算に赤字を膨らませている。
しかし、笠原氏はこうした見立てを一蹴する。現在は順調に受注・施工数を伸ばし、日本から取り寄せる資材の在庫が足りない状態だといい、「二重床には強い手応えを感じている」と力を込める。
■需給ともにマインド変化
中国駐在15年の笠原氏は二重床を中国で普及させようと早くから構想を温めていたが、不動産デベロッパーや内装業者の供給側、需要側ともに長く受け入れられなかった。その潮目が変わったきっかけは新型コロナウイルスの流行だ。
笠原氏によると、住宅建設ラッシュの時代だった10年代から中国不動産デベロッパーの間では二重床が知られており、品質の差別化を図ろうと一部企業は日本に社員を派遣するなどの動きもあったが、実際に採用したのはごくわずか。二重床を採用する1平方メートル当たりの費用は一般的な工法の2倍以上で、デベロッパー各社はコスト面で手が出せなかったからだ。
デベロッパーは今も二重床の採用に二の足を踏む状況だが、新型コロナ禍後は内装業界が異なる反応を示した。市況の悪化に伴い生き残りをかけて付加価値のあるリフォーム・リノベーションサービスを探す動きが本格化。中でも質の高い日本式工法への関心が高まった。
笠原氏は引き合いの強さを肌で感じた事例として、昨年12月に広東省広州市で開かれた内装関連の大型展示会を挙げる。この展示会に二重床システムを出展すると、内装デザイナー、内装業者から強い関心、反響が寄せられ、朝から晩まで質問攻め。今も提携したいという内装業者の問い合わせが後を絶たないという。
施工速度が速いことも大きい。床や壁を形成する上で中国で一般的なモルタルを使った湿式工法はモルタルが乾くまでに時間がかかるのに対し、日本の乾式工法は水を使わず素早く施工できる特徴を持ち、施工日数を1週間程度減らすことができる。内装業者にとっては人件費を含むコスト面で魅力的に映る。
需要側の意識も大きく変わってきた。新型コロナを受けて巣ごもり需要が高まった結果、住環境をよくしたいと考える消費者が増え、特に生活音などの騒音を防いで快適に過ごしたいという需要が拡大。費用が高くても二重床システムを受け入れる層が育ちつつある。
■職人育成で代理店拡大へ
リフォーム・リノベーションの需要が巨大なことも強い追い風となる。住宅都市農村建設省によると、築30年を超える中国の住宅は22年末時点で全体の2割近く。今後は比率が高まり続け、40年には8割にまで拡大する見通しだ。中でも「安心・安全」が中国人に認識されている日本式工法、日本製品への関心は高まっており、実際「ねじ1本から内装材全てを日本から輸入したい」という顧客も少なくないという。
「供給側も手がけたい、需要側もほしい。現在はいい流れにある」と笠原氏。今後は低層階の古い住宅群を中心に華東地域から実績を積み上げ、その後施工の代理店を各地に広げていく青写真を描く。今年の施工面積は前年から4倍、提携代理店の数は約2倍をそれぞれ目指す。
二重床、二重壁、二重天井の施工の様子。生活環境の質向上を求めて二重床などを採用する家主は増えている(上海福首建築装飾工程提供)
今後二重床が普及した時に考えられるリスクは模倣品。模倣自体は市場の広がりという意味で歓迎するが、安さ重視で品質が軽視される恐れもある。そこで、上海銀得隆建材は“本物”を武器に市場開拓を進める。
笠原氏は協力する施工業者の上海福首建築装飾工程の経営者、朴太福氏を伴ってフクビ化学工業の本社を訪れ、施工の技術研修を実施。朴氏が中心となって中国の業者に施工技術を指導するシステムを構築した。日本式工法を知る職人を育てて施工品質を担保する代理店を各地に確立する体制をつくったともいえる。
富裕層からの引き合いにも期待を寄せる。「消費の節約傾向が広がる現状下でも、富裕層の消費行動は従来と変わらない」(朴氏)といい、富裕層の本物志向が強いことも追い風になるとみる。
※中国経済の伸び悩みや中国企業の台頭、安売りの広がりに伴う市場競争の激化など複数の悪材料を背景に、中国市場で苦しむ日系企業が目立ち始めた。それでも好調を示す日系企業も存在する。【中国で勝ち抜く】では成功企業のアイデア、ノウハウなどを探る。中国総合版7000号記念企画で、春先までの不定期連載。
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あなたの階下にも人は住んでいます、子どもを家の中で走り回らせるのは今すぐやめてくれ。靴音がひどく響くのはファッションショーでもやっているからですか——。上海市の大型マンション群。同じマンション棟に住む住民が加入する交流サイト(SNS)のグループチャットからは、階上の騒音を巡る苦情や皮肉の文言が日常的に目に飛び込む。階上階下の隣人との騒音トラブルに悩む日本人は多い。
中国のマンションは、一番下の床に当たるコンクリートスラブ(コンクリート製の床)の上に直接フローリングを貼る工法が一般的。建設コストは安いが、足音などの生活音が階下に響きやすい。
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上海銀得隆建材の笠原雄太総経理は、中国での二重床システムの需要に目をつけて普及に動き出した。今後は全国的に事業を展開する青写真を描く=上海市[/caption]
この問題に目をつけ、中国での二重床システムの普及に動き出したのがJKホールディングスの中国子会社で、建材の製販などを手がける上海銀得隆建材の笠原雄太総経理だ。
上海銀得隆建材は2024年初めから二重床事業を開始。フクビ化学工業(福井市)の製品を中心とした二重床の日本製資材の代理販売、マーケティングを展開し、複数の現地業者と提携して日本ブランドの二重床システムを施工する仕組みを作った。
日本式工法の二重床(乾式二重床)はコンクリートスラブの上に防振ゴムがついた支持脚を立て、その上にパーティクルボードやフローリングを貼る床システムで、二重天井は軽量鉄骨をつり下げ天板を貼り付けて仕上げる。二重構造の床・天井を構成し、遮音材などを追加することで階上階下の生活音を軽減できる。例えばフクビ化学工業の二重天井システムは、騒音(重量床衝撃音)を5~10デシベル低減することが可能だ。
2つの床・天井の間に断熱材を入れたり給水管、排水管、ガス管電気配線などを通したりすることが可能で、室内の断熱・保温効果を生み出し、リフォームがしやすいなどの利点もある。床が少し上がるので中国にはない“玄関”を作り出し、ドアからごみやホコリが入るのを防ぐ効果もあるという。二重壁は遮音や断熱、防水などを目的に壁を二重に構成したものだ。
二重床などは日本で2000年以降に一般的になったとされるが、中国ではまだ普及が進んでおらず、中国で二重床を手がける日系企業も少ない。
■「強い手応え」
それにしても、足元の事業環境は非常に厳しいように見える。
中国住宅市場の冷え込みは強い。中国国家統計局によると、中国の24年の住宅販売面積は8億1,450万平方メートルで、前年比での減少は3年連続。年間10億平方メートルを下回るのは2年連続で、ピークの21年から4割以上減少し、09年以降で最低を記録した。景気の悪化に伴い市民の節約志向が高まっているという悪材料も重なって、住宅内装市場は軟調。中国上場の内装関連企業は軒並み24年12月期本決算に赤字を膨らませている。
しかし、笠原氏はこうした見立てを一蹴する。現在は順調に受注・施工数を伸ばし、日本から取り寄せる資材の在庫が足りない状態だといい、「二重床には強い手応えを感じている」と力を込める。
■需給ともにマインド変化
中国駐在15年の笠原氏は二重床を中国で普及させようと早くから構想を温めていたが、不動産デベロッパーや内装業者の供給側、需要側ともに長く受け入れられなかった。その潮目が変わったきっかけは新型コロナウイルスの流行だ。
笠原氏によると、住宅建設ラッシュの時代だった10年代から中国不動産デベロッパーの間では二重床が知られており、品質の差別化を図ろうと一部企業は日本に社員を派遣するなどの動きもあったが、実際に採用したのはごくわずか。二重床を採用する1平方メートル当たりの費用は一般的な工法の2倍以上で、デベロッパー各社はコスト面で手が出せなかったからだ。
デベロッパーは今も二重床の採用に二の足を踏む状況だが、新型コロナ禍後は内装業界が異なる反応を示した。市況の悪化に伴い生き残りをかけて付加価値のあるリフォーム・リノベーションサービスを探す動きが本格化。中でも質の高い日本式工法への関心が高まった。
笠原氏は引き合いの強さを肌で感じた事例として、昨年12月に広東省広州市で開かれた内装関連の大型展示会を挙げる。この展示会に二重床システムを出展すると、内装デザイナー、内装業者から強い関心、反響が寄せられ、朝から晩まで質問攻め。今も提携したいという内装業者の問い合わせが後を絶たないという。
施工速度が速いことも大きい。床や壁を形成する上で中国で一般的なモルタルを使った湿式工法はモルタルが乾くまでに時間がかかるのに対し、日本の乾式工法は水を使わず素早く施工できる特徴を持ち、施工日数を1週間程度減らすことができる。内装業者にとっては人件費を含むコスト面で魅力的に映る。
需要側の意識も大きく変わってきた。新型コロナを受けて巣ごもり需要が高まった結果、住環境をよくしたいと考える消費者が増え、特に生活音などの騒音を防いで快適に過ごしたいという需要が拡大。費用が高くても二重床システムを受け入れる層が育ちつつある。
■職人育成で代理店拡大へ
リフォーム・リノベーションの需要が巨大なことも強い追い風となる。住宅都市農村建設省によると、築30年を超える中国の住宅は22年末時点で全体の2割近く。今後は比率が高まり続け、40年には8割にまで拡大する見通しだ。中でも「安心・安全」が中国人に認識されている日本式工法、日本製品への関心は高まっており、実際「ねじ1本から内装材全てを日本から輸入したい」という顧客も少なくないという。
「供給側も手がけたい、需要側もほしい。現在はいい流れにある」と笠原氏。今後は低層階の古い住宅群を中心に華東地域から実績を積み上げ、その後施工の代理店を各地に広げていく青写真を描く。今年の施工面積は前年から4倍、提携代理店の数は約2倍をそれぞれ目指す。[caption id="attachment_24729" align="aligncenter" width="620"]
二重床、二重壁、二重天井の施工の様子。生活環境の質向上を求めて二重床などを採用する家主は増えている(上海福首建築装飾工程提供)[/caption]
今後二重床が普及した時に考えられるリスクは模倣品。模倣自体は市場の広がりという意味で歓迎するが、安さ重視で品質が軽視される恐れもある。そこで、上海銀得隆建材は“本物”を武器に市場開拓を進める。
笠原氏は協力する施工業者の上海福首建築装飾工程の経営者、朴太福氏を伴ってフクビ化学工業の本社を訪れ、施工の技術研修を実施。朴氏が中心となって中国の業者に施工技術を指導するシステムを構築した。日本式工法を知る職人を育てて施工品質を担保する代理店を各地に確立する体制をつくったともいえる。
富裕層からの引き合いにも期待を寄せる。「消費の節約傾向が広がる現状下でも、富裕層の消費行動は従来と変わらない」(朴氏)といい、富裕層の本物志向が強いことも追い風になるとみる。
※中国経済の伸び悩みや中国企業の台頭、安売りの広がりに伴う市場競争の激化など複数の悪材料を背景に、中国市場で苦しむ日系企業が目立ち始めた。それでも好調を示す日系企業も存在する。【中国で勝ち抜く】では成功企業のアイデア、ノウハウなどを探る。中国総合版7000号記念企画で、春先までの不定期連載。"
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