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競業避止義務の有効性の基準

1.日本

退職後の競業行為の禁止は、退職者の職業選択の自由を制限する措置であるため、合理的な範囲内に限って有効性が認められると解されています。

合理性の判断基準としては、「退職後の秘密保持義務が合理性を有することを前提として……期間、区域、職種、使用者の利益の程度、労働者の不利益の程度、労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるときは、その限りで、公序良俗に反せず無効とはいえない」とした裁判例があります(東京地判平成15年9月19日。ダイオサーズサービシズ事件)。

競業避止義務の合理性については様々な要素を総合的に考慮して判断されるため、その有効性が認められるかはケースバイケースとなりますが、制限される職種や期間・地理的範囲等を最小限のものにとどめておくことや、一定の代償措置を設けておくこと等が重要であるといえます。

2.タイ

労働者保護法14/1条は使用者と労働者との間の雇用契約、就業規則等について、裁判所は、公平かつ適切な場合に限って有効とするよう命ずる権限を有する旨を定めています。

また、不公正契約法5条は、職業を営む上での権利・自由等を制限する合意は無効ではないが、権利・自由を制限される者が通常予期される以上の拘束を受ける場合には、正当で適当な部分に限って有効性が認められる旨を定めています。そして同条は、通常予期される以上の拘束といえるかを判断するにあたっての考慮要素として、①権利・自由の制限の場所及び期間の範囲、②権利または自由の制限を受ける者が、他の形で職業に就くまたは契約を締結する能力及び機会を有しているか等を掲げています。

これらのことから、競業避止義務については、その制約が合理的なものにとどまっていなければ無効とされる可能性があります。より具体的には、就業が制限される業務範囲や、制限される業務の地理的範囲・期間が明確で合理的であることや対象者の就業機会が確保されていることが重要です。

どのような内容であれば合理的であるといえるかはケースバイケースですが、最高裁の判例では、競業避止義務が課される期間について、2~5年の期間の有効性が認められた例が見られます。

3.マレーシア

マレーシアでは、契約法(Contract Act 1950)第28条により、合法的な職業、商取引その他のあらゆる種類のビジネスの行使を拘束する合意については原則として無効であるとされています。

このことから、雇用契約終了後に、従業員に対して競合他社と働くことを禁止する旨の競業避止義務条項についても、同条により無効であると解されています。なお、競業避止義務条項には、会社の事業戦略や営業秘密が競合他社に流出することを防ぐという会社利益保護の要素がありますが、マレーシアでは当該利益については、従業員に対して退職後に会社情報に関する守秘義務を課すことにより、その保護が図られるべきであるという考え方が一般的です。

もっとも、従業員に対して、雇用契約が継続している間の競業避止義務を負わせることは有効であると解されています(Sdn Bhd v Hillary Ang & Ors (collectively known as “The Search”) &Anor [1994] 3 CLJ 806)。

4.ミャンマー

(1) 競業避止義務の法規制

ミャンマーにおいては、競業避止義務の有効性について明記した法令は存在しません。関連する法令としては、ミャンマーの契約法において、合意の約因又は目的は、法令上に規定する場合を除いて、合法とされる旨の契約自由の原則が規定されています(契約法23条)。合意が無効とされる場合として、「合法的な専門性の行使、取引の実施または事業の運営を制限する合意」が規定されています(契約法27条)。競業避止義務はここで規定されている「合法的な専門性の行使、取引の実施または事業の運営を制限する合意」に該当する可能性があります。

なお、競業避止義務の有効性に関する判例等は確認できません。

(2) 実務

実務上は、全従業員に対して競業避止義務を課すというのは一般的ではありません。マネージャー等の一定程度会社の守秘情報を知ることができる職位の者に対してのみ課す会社が多いと思われます。また、その場合も、無制限に競業避止義務を課す場合には前述した合意が無効とされる場合に該当する可能性が高いため、期間やエリア等の制限を明確化し、かつ、それに伴う代償措置等を含めて規定することが多いです。

5.メキシコ

メキシコにおいて、会社と取締役や従業員の関係における競業避止については、明示的に規定する法律はありません。

メキシコにおいては、就業および職業選択の自由はメキシコ合衆国憲法(Constitucón Política de los Eestados Unidos Mexicano)5条に保障される基本的人権と考えられていることから、競業避止義務を課すことはできないとの考えが一般的のようですが、雇用契約書や退職合意書において、退職後の競業避止義務を規定するものも見受けられるのが現状です。ただし、競業避止義務の規定には配慮が必要と考えます。当事者が合意できれば、単に抑止力として規定を設けることも考えられますが、違反時に制裁金を科す規定を設けるなど、真の意味で労働者に競業避止義務を課すような場合は、相当の対価を求められることも予想され、その支払についても検討する必要がると考えます。

なお、秘密保持の観点からは、連邦産業財産権保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial)において、「営業秘密」が定義され、その漏えい等の侵害行為が行政違反や犯罪として規定されています。また、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)においては、機密事項の厳重管理が労働者の義務として規定されており、機密事項が漏えいされた場合は、使用者が責任を負うことなく当該労働者を解雇できることとされています。更に、一般商事会社法(Ley General de Sociedades Mercantiles)においては、取締役(Administradores)に対して、会社の機密事項についての守秘義務を任期中および任期終了後1年間課しています。このように法による保護が図られている観点から、競業避止義務を課すことが不当と主張される場合もあるようです。

6.バングラデシュ

(1) 法的枠組み

競業避止義務の有効性は、契約法(Contract Act 1872)第27条の例外規定に該当するか否か、という点で判断されます。

同条は、合法的な職業、取引、またはビジネスを行使することを制限する合意、条項は、その範囲で無効である、と規定しています。本条文により、貿易又は事業活動を妨げる契約は法的強制力がないと解釈されます。本条には例外が定められており、設定された制限が、事業の性質および関連要因を考慮して、裁判所によって合理的であると見なされる場合は、有効で執行力がある契約と扱われます。

同条は営業権を対象としていますが、雇用契約における競業避止義務も対象になると解釈されています。

(2) 競業避止義務の有効性の判断要素

競業避止義務の合理性に関する判断要素は、期間(特段の事情がなければ6から12か月程度が目安です)、地理的範囲、同様の事業活動に従事する従業員の能力に課せられる制限の範囲に関する条項の合理性、雇用主のビジネス上の正当性、そして、その制限の対価として従業員が適切な報酬又は対価を受け取っているか否かなどの要素が挙げられます。

従業員に対する報酬は、金銭的または非金銭的な性質を持つことができますが、その額は、市場原理からみてある程度合理的なものでなければなりません。
競業避止義務は、契約条件の明確さ、相互理解を確保するため、両当事者が署名した書面による契約で明示的に記載しなければなりません。

バングラデシュでは、労働者保護の意識が強く、競業避止義務の規定の有効性が否定される可能性は低くありません。そのため、同規定が無効と判断される場合に備え、機密情報や企業秘密の保護を目的とした別途秘密保持契約を締結する必要があります。

7.フィリピン

⑴ はじめに

競業避止義務は、基本的には当事者が自由に条件を定めることができます。したがって、競業避止が課される期間、競業避止義務の対象となる事業の範囲や、違反した場合の罰則等は当事者間で自由に決定することができます。

⑵ 重要な判例

他方、公序良俗に反すると判断される内容の義務を設定した場合、裁判所が効力を否定する場合があります。裁判所は、①競業避止義務の期間②地理的範囲③競業避止義務の対象となる事業の範囲④競業避止義務を負う従業員が有する情報や知見といった要素を勘案して判断しているものと考えられています。

ⅰ) G. MARTINI (LTD.) v. J. M. GLAISERMAN, G.R. No. L-13699 November 12, 1918

この事件において、従業員の競業避止義務の期間は退職後1年間とそう長くありませんでしたが、競業避止義務の対象は会社が行っていた事業全部と設定されていました。当該会社は広く複数の事業を行っていましたが、従業員は、会社の一部の事業のためのみに雇用されていました。

結果として、裁判所は、制限の範囲が広範すぎるとして競業避止条項の全体の効力を否定しました。

ⅱ)ALFONSO DEL CASTILLO v. SHANNON RICHMOND G.R. No.L-21127 February 9, 1924

この事件において、裁判所は、競業避止義務の範囲に、時間または場所のどちらかに制限が付されている場合で、従業員に課す義務が会社の利益保護のために必要な範囲を超えない合理的な内容である場合には、競業避止義務の規定は有効であると判示しました。この判例は、競業避止義務の有効性の判断基準を示したものであると考えられます。

ⅲ)Tiu v. Platinum Plans Phil., Inc., G.R. No. 163512, February 28, 2007

他の裁判例と同じく、競業避止義務は時間、範囲等に関して合理的な制限であれば有効であると判示しました。本件での競業避止義務条項は、その期間を2年間に限定していました。また、競業避止の対象となる取引に関しても、会社が行っている特定の事業に限定していました。

さらに、裁判所は、重要な事実として、従業員は部長という重要な役職であり、当該事業における機密性の高い情報を有していると認定しました。そして、裁判所は、当該従業員が退職後すぐに当該事業に従事することを認めれば、会社の企業秘密が危険にさらされると判断しました。

結果として、裁判所は、当該事業への参画を制限することは合理的であると判示しました。

8.ベトナム

ベトナム憲法には、全ての市民は職業、仕事、および勤務場所を選択する権利を有する(35条1項)と規定されています。この原則に基づき、労働法1条10項では、労働者は自由に職業を選択する権利をもち、法律で禁止されていない限り、あらゆる場所において自由に仕事と雇用主を選択する権利があると明記されています。同様に、雇用法6条9項でも、労働者の合法的な権利や利益を妨害したり、困難に陥れたり、損なったりする行為を厳しく禁じています。したがって、使用者は労働者に対し、競合企業で働くことを禁止することはできないと考えられています。

ただし、労働者が使用者の営業秘密や技術秘密に直接関係する業務に従事する場合、使用者はその労働者との間で、営業秘密や技術秘密の保持やこれに違反した場合の賠償義務について書面で合意することは可能とされています(労働法21条2項)。

なお、ベトナムでは、競業避止義務契約(Non-Competition Agreement、以下「NCA」)に関する具体的な規定がなく、ベトナムの法律実務におけるNCAの有効性については多くの意見が対立しています。また、ベトナムの法令には、ある企業と企業が競合関係にあるか否かを判断するための具体的な基準もありません。

したがって、使用者と労働者の間でNCAを締結する場合、少なくとも以下の点に留意する必要があります。

i) 使用者と労働者との間で、労働契約とは別にNCAを締結すること。
ii) NCAの有効期間と適用範囲を合理的な水準に設定すること。
iii) NCAの内容は、使用者と労働者の権利と義務のバランスを考慮した合理的なものになるようにすること。
iv) NCA違反に対する制裁規定については、労働者が競合企業で働くことを完全に禁止するようなものとはしないこと。

9.インド

インドでは、1872年契約法(THE INDIAN CONTRACT ACT, 1872)27条に競業避止義務に関する規定があります。

契約法27条は、「ある者が合法的な職業、取引、又はあらゆる種類の事業を行うことを拘束されるあらゆる合意は、その限りにおいて無効である。」と規定しています。同条に基づき、裁判例では、契約期間中の競業避止義務は有効であるが、契約期間終了後の競業避止義務は原則として無効であると解釈されています。したがって、雇用契約終了後に従業員に対して競合他社において働くことを禁止する旨の条項は無効であると解されます。

また契約法27条は、あらゆる種類の取引を制限する合意を無効とするものであり、その対象は雇用契約に限られません。そのため、代理店契約における競業避止義務についても、代理店との契約終了後に競合他社との間での取引を制限する旨の合意は同条に基づき無効と解されます。

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

(1) 競業避止に関する規制

民事取引及び手続法(1985年連邦法第5号)第909条が一般規定として、労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)および連邦労働法施行規則(2022年内閣決定第1号。以下「施行規則」といいます。)が競業避止の規制の詳細につき規定しています。

使用者は、顧客情報または営業秘密を知りうる労働者に対して、雇用契約終了後に、使用者と競業し、または同一分野での競業する案件に従事しないように求めることができますが、競業避止規定は、使用者の適法な事業利益を保護するために必要な範囲において、地理的範囲、雇用契約終了後2年以内の期間、適法な事業利益に甚大な損害を与えうる事業の性質を制限的に特定したものでなけれればなりません(連邦労働法第10条第1項。施行規則第12条第1項)。また、契約違反等使用者が責めを負う事由により労働契約が解除された場合には、競業避止規定は無効となり(連邦労働法第10条第3項、施行規則第12条第3項)、出訴期間は、競業避止義務違反を発見してから1年に限定されます(連邦労働法第10条第2項)。更に、契約終了時に競業避止義務規定を適用しないことにつき、労使間が書面で合意することが可能で(施行規則第12条第4項)、①労働者またはその新たな雇用者が従前の使用者に対して最後の契約で合意された労働者の3か月分を越えない金額を支払い、従前の使用者が書面で同意した場合、②試用期間中に雇用契約が解除された場合、③労働相決定によって定められた国家労働市場において需要がある専門職種の場合には、競業避止義務を負いません(施行規則第12条第5条)。

(2) 競業避止義務の履行
労働者が書面で同意する場合には、契約解除時に競業避止義務について合意することも可能ですが、基本的に雇用契約において競業避止事務を規定しておくことが肝要です。営業秘密等に接することのできる従業員しか対象になりません、また、競業の範囲や期間等を特定する必要があること、義務違反および損害の立証責任は使用者側が負うことから、事業利益への損害発生を念頭に競業避止義務を抑制的かつ限定的に規定していなければ、無効と判断され、履行が認められない可能性があります。特に、労働争議となった場合には時間と費用を要することとなり、仮差し止めの処分による損害の拡大防止を図ることも困難で、損害賠償が認められることも容易ではありません。

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1.日本

退職後の競業行為の禁止は、退職者の職業選択の自由を制限する措置であるため、合理的な範囲内に限って有効性が認められると解されています。 合理性の判断基準としては、「退職後の秘密保持義務が合理性を有することを前提として……期間、区域、職種、使用者の利益の程度、労働者の不利益の程度、労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるときは、その限りで、公序良俗に反せず無効とはいえない」とした裁判例があります(東京地判平成15年9月19日。ダイオサーズサービシズ事件)。 競業避止義務の合理性については様々な要素を総合的に考慮して判断されるため、その有効性が認められるかはケースバイケースとなりますが、制限される職種や期間・地理的範囲等を最小限のものにとどめておくことや、一定の代償措置を設けておくこと等が重要であるといえます。

2.タイ

労働者保護法14/1条は使用者と労働者との間の雇用契約、就業規則等について、裁判所は、公平かつ適切な場合に限って有効とするよう命ずる権限を有する旨を定めています。 また、不公正契約法5条は、職業を営む上での権利・自由等を制限する合意は無効ではないが、権利・自由を制限される者が通常予期される以上の拘束を受ける場合には、正当で適当な部分に限って有効性が認められる旨を定めています。そして同条は、通常予期される以上の拘束といえるかを判断するにあたっての考慮要素として、①権利・自由の制限の場所及び期間の範囲、②権利または自由の制限を受ける者が、他の形で職業に就くまたは契約を締結する能力及び機会を有しているか等を掲げています。 これらのことから、競業避止義務については、その制約が合理的なものにとどまっていなければ無効とされる可能性があります。より具体的には、就業が制限される業務範囲や、制限される業務の地理的範囲・期間が明確で合理的であることや対象者の就業機会が確保されていることが重要です。 どのような内容であれば合理的であるといえるかはケースバイケースですが、最高裁の判例では、競業避止義務が課される期間について、2~5年の期間の有効性が認められた例が見られます。

3.マレーシア

マレーシアでは、契約法(Contract Act 1950)第28条により、合法的な職業、商取引その他のあらゆる種類のビジネスの行使を拘束する合意については原則として無効であるとされています。 このことから、雇用契約終了後に、従業員に対して競合他社と働くことを禁止する旨の競業避止義務条項についても、同条により無効であると解されています。なお、競業避止義務条項には、会社の事業戦略や営業秘密が競合他社に流出することを防ぐという会社利益保護の要素がありますが、マレーシアでは当該利益については、従業員に対して退職後に会社情報に関する守秘義務を課すことにより、その保護が図られるべきであるという考え方が一般的です。 もっとも、従業員に対して、雇用契約が継続している間の競業避止義務を負わせることは有効であると解されています(Sdn Bhd v Hillary Ang & Ors (collectively known as “The Search”) &Anor [1994] 3 CLJ 806)。

4.ミャンマー

(1) 競業避止義務の法規制 ミャンマーにおいては、競業避止義務の有効性について明記した法令は存在しません。関連する法令としては、ミャンマーの契約法において、合意の約因又は目的は、法令上に規定する場合を除いて、合法とされる旨の契約自由の原則が規定されています(契約法23条)。合意が無効とされる場合として、「合法的な専門性の行使、取引の実施または事業の運営を制限する合意」が規定されています(契約法27条)。競業避止義務はここで規定されている「合法的な専門性の行使、取引の実施または事業の運営を制限する合意」に該当する可能性があります。 なお、競業避止義務の有効性に関する判例等は確認できません。 (2) 実務 実務上は、全従業員に対して競業避止義務を課すというのは一般的ではありません。マネージャー等の一定程度会社の守秘情報を知ることができる職位の者に対してのみ課す会社が多いと思われます。また、その場合も、無制限に競業避止義務を課す場合には前述した合意が無効とされる場合に該当する可能性が高いため、期間やエリア等の制限を明確化し、かつ、それに伴う代償措置等を含めて規定することが多いです。

5.メキシコ

メキシコにおいて、会社と取締役や従業員の関係における競業避止については、明示的に規定する法律はありません。 メキシコにおいては、就業および職業選択の自由はメキシコ合衆国憲法(Constitucón Política de los Eestados Unidos Mexicano)5条に保障される基本的人権と考えられていることから、競業避止義務を課すことはできないとの考えが一般的のようですが、雇用契約書や退職合意書において、退職後の競業避止義務を規定するものも見受けられるのが現状です。ただし、競業避止義務の規定には配慮が必要と考えます。当事者が合意できれば、単に抑止力として規定を設けることも考えられますが、違反時に制裁金を科す規定を設けるなど、真の意味で労働者に競業避止義務を課すような場合は、相当の対価を求められることも予想され、その支払についても検討する必要がると考えます。 なお、秘密保持の観点からは、連邦産業財産権保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial)において、「営業秘密」が定義され、その漏えい等の侵害行為が行政違反や犯罪として規定されています。また、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)においては、機密事項の厳重管理が労働者の義務として規定されており、機密事項が漏えいされた場合は、使用者が責任を負うことなく当該労働者を解雇できることとされています。更に、一般商事会社法(Ley General de Sociedades Mercantiles)においては、取締役(Administradores)に対して、会社の機密事項についての守秘義務を任期中および任期終了後1年間課しています。このように法による保護が図られている観点から、競業避止義務を課すことが不当と主張される場合もあるようです。

6.バングラデシュ

(1) 法的枠組み 競業避止義務の有効性は、契約法(Contract Act 1872)第27条の例外規定に該当するか否か、という点で判断されます。 同条は、合法的な職業、取引、またはビジネスを行使することを制限する合意、条項は、その範囲で無効である、と規定しています。本条文により、貿易又は事業活動を妨げる契約は法的強制力がないと解釈されます。本条には例外が定められており、設定された制限が、事業の性質および関連要因を考慮して、裁判所によって合理的であると見なされる場合は、有効で執行力がある契約と扱われます。 同条は営業権を対象としていますが、雇用契約における競業避止義務も対象になると解釈されています。 (2) 競業避止義務の有効性の判断要素 競業避止義務の合理性に関する判断要素は、期間(特段の事情がなければ6から12か月程度が目安です)、地理的範囲、同様の事業活動に従事する従業員の能力に課せられる制限の範囲に関する条項の合理性、雇用主のビジネス上の正当性、そして、その制限の対価として従業員が適切な報酬又は対価を受け取っているか否かなどの要素が挙げられます。 従業員に対する報酬は、金銭的または非金銭的な性質を持つことができますが、その額は、市場原理からみてある程度合理的なものでなければなりません。 競業避止義務は、契約条件の明確さ、相互理解を確保するため、両当事者が署名した書面による契約で明示的に記載しなければなりません。 バングラデシュでは、労働者保護の意識が強く、競業避止義務の規定の有効性が否定される可能性は低くありません。そのため、同規定が無効と判断される場合に備え、機密情報や企業秘密の保護を目的とした別途秘密保持契約を締結する必要があります。

7.フィリピン

⑴ はじめに 競業避止義務は、基本的には当事者が自由に条件を定めることができます。したがって、競業避止が課される期間、競業避止義務の対象となる事業の範囲や、違反した場合の罰則等は当事者間で自由に決定することができます。 ⑵ 重要な判例 他方、公序良俗に反すると判断される内容の義務を設定した場合、裁判所が効力を否定する場合があります。裁判所は、①競業避止義務の期間②地理的範囲③競業避止義務の対象となる事業の範囲④競業避止義務を負う従業員が有する情報や知見といった要素を勘案して判断しているものと考えられています。 ⅰ) G. MARTINI (LTD.) v. J. M. GLAISERMAN, G.R. No. L-13699 November 12, 1918 この事件において、従業員の競業避止義務の期間は退職後1年間とそう長くありませんでしたが、競業避止義務の対象は会社が行っていた事業全部と設定されていました。当該会社は広く複数の事業を行っていましたが、従業員は、会社の一部の事業のためのみに雇用されていました。 結果として、裁判所は、制限の範囲が広範すぎるとして競業避止条項の全体の効力を否定しました。 ⅱ)ALFONSO DEL CASTILLO v. SHANNON RICHMOND G.R. No.L-21127 February 9, 1924 この事件において、裁判所は、競業避止義務の範囲に、時間または場所のどちらかに制限が付されている場合で、従業員に課す義務が会社の利益保護のために必要な範囲を超えない合理的な内容である場合には、競業避止義務の規定は有効であると判示しました。この判例は、競業避止義務の有効性の判断基準を示したものであると考えられます。 ⅲ)Tiu v. Platinum Plans Phil., Inc., G.R. No. 163512, February 28, 2007 他の裁判例と同じく、競業避止義務は時間、範囲等に関して合理的な制限であれば有効であると判示しました。本件での競業避止義務条項は、その期間を2年間に限定していました。また、競業避止の対象となる取引に関しても、会社が行っている特定の事業に限定していました。 さらに、裁判所は、重要な事実として、従業員は部長という重要な役職であり、当該事業における機密性の高い情報を有していると認定しました。そして、裁判所は、当該従業員が退職後すぐに当該事業に従事することを認めれば、会社の企業秘密が危険にさらされると判断しました。 結果として、裁判所は、当該事業への参画を制限することは合理的であると判示しました。

8.ベトナム

ベトナム憲法には、全ての市民は職業、仕事、および勤務場所を選択する権利を有する(35条1項)と規定されています。この原則に基づき、労働法1条10項では、労働者は自由に職業を選択する権利をもち、法律で禁止されていない限り、あらゆる場所において自由に仕事と雇用主を選択する権利があると明記されています。同様に、雇用法6条9項でも、労働者の合法的な権利や利益を妨害したり、困難に陥れたり、損なったりする行為を厳しく禁じています。したがって、使用者は労働者に対し、競合企業で働くことを禁止することはできないと考えられています。 ただし、労働者が使用者の営業秘密や技術秘密に直接関係する業務に従事する場合、使用者はその労働者との間で、営業秘密や技術秘密の保持やこれに違反した場合の賠償義務について書面で合意することは可能とされています(労働法21条2項)。 なお、ベトナムでは、競業避止義務契約(Non-Competition Agreement、以下「NCA」)に関する具体的な規定がなく、ベトナムの法律実務におけるNCAの有効性については多くの意見が対立しています。また、ベトナムの法令には、ある企業と企業が競合関係にあるか否かを判断するための具体的な基準もありません。 したがって、使用者と労働者の間でNCAを締結する場合、少なくとも以下の点に留意する必要があります。 i) 使用者と労働者との間で、労働契約とは別にNCAを締結すること。 ii) NCAの有効期間と適用範囲を合理的な水準に設定すること。 iii) NCAの内容は、使用者と労働者の権利と義務のバランスを考慮した合理的なものになるようにすること。 iv) NCA違反に対する制裁規定については、労働者が競合企業で働くことを完全に禁止するようなものとはしないこと。

9.インド

インドでは、1872年契約法(THE INDIAN CONTRACT ACT, 1872)27条に競業避止義務に関する規定があります。 契約法27条は、「ある者が合法的な職業、取引、又はあらゆる種類の事業を行うことを拘束されるあらゆる合意は、その限りにおいて無効である。」と規定しています。同条に基づき、裁判例では、契約期間中の競業避止義務は有効であるが、契約期間終了後の競業避止義務は原則として無効であると解釈されています。したがって、雇用契約終了後に従業員に対して競合他社において働くことを禁止する旨の条項は無効であると解されます。 また契約法27条は、あらゆる種類の取引を制限する合意を無効とするものであり、その対象は雇用契約に限られません。そのため、代理店契約における競業避止義務についても、代理店との契約終了後に競合他社との間での取引を制限する旨の合意は同条に基づき無効と解されます。

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

(1) 競業避止に関する規制 民事取引及び手続法(1985年連邦法第5号)第909条が一般規定として、労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)および連邦労働法施行規則(2022年内閣決定第1号。以下「施行規則」といいます。)が競業避止の規制の詳細につき規定しています。 使用者は、顧客情報または営業秘密を知りうる労働者に対して、雇用契約終了後に、使用者と競業し、または同一分野での競業する案件に従事しないように求めることができますが、競業避止規定は、使用者の適法な事業利益を保護するために必要な範囲において、地理的範囲、雇用契約終了後2年以内の期間、適法な事業利益に甚大な損害を与えうる事業の性質を制限的に特定したものでなけれればなりません(連邦労働法第10条第1項。施行規則第12条第1項)。また、契約違反等使用者が責めを負う事由により労働契約が解除された場合には、競業避止規定は無効となり(連邦労働法第10条第3項、施行規則第12条第3項)、出訴期間は、競業避止義務違反を発見してから1年に限定されます(連邦労働法第10条第2項)。更に、契約終了時に競業避止義務規定を適用しないことにつき、労使間が書面で合意することが可能で(施行規則第12条第4項)、①労働者またはその新たな雇用者が従前の使用者に対して最後の契約で合意された労働者の3か月分を越えない金額を支払い、従前の使用者が書面で同意した場合、②試用期間中に雇用契約が解除された場合、③労働相決定によって定められた国家労働市場において需要がある専門職種の場合には、競業避止義務を負いません(施行規則第12条第5条)。 (2) 競業避止義務の履行 労働者が書面で同意する場合には、契約解除時に競業避止義務について合意することも可能ですが、基本的に雇用契約において競業避止事務を規定しておくことが肝要です。営業秘密等に接することのできる従業員しか対象になりません、また、競業の範囲や期間等を特定する必要があること、義務違反および損害の立証責任は使用者側が負うことから、事業利益への損害発生を念頭に競業避止義務を抑制的かつ限定的に規定していなければ、無効と判断され、履行が認められない可能性があります。特に、労働争議となった場合には時間と費用を要することとなり、仮差し止めの処分による損害の拡大防止を図ることも困難で、損害賠償が認められることも容易ではありません。" ["post_title"]=> string(39) "競業避止義務の有効性の基準" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(117) "%e7%ab%b6%e6%a5%ad%e9%81%bf%e6%ad%a2%e7%be%a9%e5%8b%99%e3%81%ae%e6%9c%89%e5%8a%b9%e6%80%a7%e3%81%ae%e5%9f%ba%e6%ba%96" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2024-06-05 15:52:28" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2024-06-05 06:52:28" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=20404" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
 TNY国際法律事務所
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世界11か国13拠点で日系企業の進出及び進出後のサポート

世界11か国13拠点(東京、大阪、佐賀、ミャンマー、タイ、マレーシア、メキシコ、エストニア、フィリピン、イスラエル、バングラデシュ、ベトナム、イギリス)で日系企業の進出及び進出後のサポートを行っている。具体的には、法規制調査、会社設立、合弁契約書及び雇用契約書等の各種契約書の作成、M&A、紛争解決、商標登記等の知財等各種法務サービスを提供している。

堤雄史(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)、永田貴久(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)

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