中国から東南アジアに到達した電気自動車(EV)の波が各地の市場環境に変化をもたらす中、消費者たちは新たな波に乗るかどうか揺れている。交流サイト(SNS)上ではEVへの素朴な疑問に対し、既に乗り始めた「アーリーアダプター(早期導入者)」たちが自身の乗車経験を交えて回答している。とりわけEVへの期待値が高いコストパフォーマンスを巡って、エネルギーコストの検証から消費電力を抑える運転方法までさまざまな情報が交換されている。
BYDのオンラインコミュニティーの管理人のエコさんはEVセダン「シール」の運転経験を共有している(写真は一部加工)=1月14日、ジャカルタ特別州(NNA撮影)
「みなさんのEVはフル充電でどれぐらい走れますか」「バッテリーが切れた時のけん引サービスはありますか」。アジア各地でEVの保有者や購入を検討している人が参加するコミュニティーがSNSに立ち上げられ、日夜情報が飛び交う。コミュニティーは、EVのブランド別やモデル別に無数に存在し、アーリーアダプターたちが乗車経験を共有している。
インドネシアの比亜迪(BYD)コミュニティー内にあるチャットの管理人で、同社のセダン「シール」に乗っているエコ・ブディ・ハルソノさんも、アドバイスを送る1人だ。「EVは新しい製品なので、情報交換が活発だ」と話す。チャットでやりとりが多いのは、航続距離、充電手段、充電スタンドの場所に関する質問だという。誰でも投稿できるが、「販売・広告の禁止」「プライバシーを尊重」「ヘイトスピーチと誹謗(ひぼう)中傷の禁止」などのルールがある。
エコさんは2024年2月にシールを注文し、7月に納車された。トヨタ自動車のスポーツタイプ多目的車(SUV)「フォーチュナー」から乗り換えた。もう1台保有する日系ブランドのSUVも今年中にEVに切り替えると話す。
乗り換えの動機は「価格とコストパフォーマンスだ」と言い切る。例えば、インドネシアでのフォーチュナーの価格は5億8,110万ルピア(約554万円)からなのに対し、シールは6億3,500万ルピアからとなる。だが◇EVに対する減税措置がある◇3割引きの深夜電力が使える◇4年間の無料メンテナンスサービスがある◇タッチパネルで車内のさまざまな設定ができる利便性がある——ことなどを考慮して「コストパフォーマンスが良いと判断した」。
BYDの車両ではバッテリー残量での航続可能な距離を視覚的に判別できる機能が付いている=ジャカルタ特別州(NNA撮影)
エコさん一家の1カ月の走行距離は800~1,000キロメートルほど。シールの航続距離測定値は650キロだが、エアコンの使用による電力消費を加味するとそこからマイナス100キロを目安にしている。充電は少なくとも週1回、自宅でしており、深夜電力が使える午後10時~午前5時の間に充電を予約する。1カ月の充電代は40万~50万ルピアで、内燃機関(ICE)車に乗っていたときの1カ月のガソリン代が350万ルピアだったのと比べて大幅に抑えられているという。
インドネシアは世界的な石炭輸出国であり、国内の主要電源が化石燃料という環境面の課題を抱えるが、電力料金自体は安い。さらにEV充電用の深夜電力を使うと、ICE車との単純なエネルギーコスト比較でメリットが出やすい。
一方、EVの懸念材料のリセールバリューについて、エコさんは「EVの中古車市場がまだできていない上に、バッテリー保証が8年間ついているため乗り続けるつもりだ」と話した。さらに「車載OS(基本ソフト)が頻繁にアップデートされ、改善要望があればディーラー経由でBYD側がすぐに対応してくれる」とし、現状で不満はないという。
スマートフォンには充電スタンドを設置しているインドネシア国営電力PLNや日系のテラチャージなどのアプリを入れ、遠出する場合は位置を確認する。充電スポットに関しては、ユーザー同士の質問も多いため、エコさんは充電スタンドに特化したコミュニティーを別に設けて情報を共有しているという。
国営電力PLNのアプリでは目的地を入力すればルート上にある充電スタンドの位置が表示される(PLNモバイルのスクリーンショット)
またジャカルタ特有の事情として、平日の午前・午後の通勤時間帯に、車両ナンバープレート末尾の偶数・奇数による通行規制が実施されているが、EVは規制の対象外となる。そのため、エコさんが経営する会社では、社用車1台をBYDの多目的車(MPV)「M6」に変えた。ナンバー規制を回避するために複数台の車を保有する人も少なくないが、EVなら1台でも済むという。
一方、ジャカルタのBYDのディーラー担当者の話では、現在はエコさんのように乗り換えでEVを購入するケースは少なく、2台目に追加する人が多い。

■市場の普及度合いで投稿に違いも
NNAはインドネシア、タイ、マレーシアのSNS上のEVコミュニティーで投稿されるメッセージの内容も分析した。対象はフェイスブック上の3カ国のBYDコミュニティーでやりとりされた24年1月以降の投稿データとした。
3カ国の特徴的な投稿として、インドネシアは政府のEV政策や税金、充電インフラに関する投稿、タイはコスト(保険料や税金、充電料金)や運転挙動、車両のトラブルなどの投稿があった。マレーシアでは、バッテリーの安全性、再販売価値などの議論があった。
コストや航続距離への関心は3カ国とも共通するテーマだが、このうち最もEVが普及し、かつ移動距離も比較的長いとされるタイのユーザーの間では、バッテリー消費を抑えるEVの運転方法に関する投稿も目立った。
例えば、「バッテリー残量の航続距離が260キロで、バンコク郊外からパタヤ間(約150キロ)を移動するのにバッテリーをどう節約するか」との質問に対して、「途中で15分間の充電したほうが良い」といった返信や、BYDのEVには走行モードに「ノーマル」「エコ」「スポーツ」があるため、出力を抑えて電費を向上させるエコモードと回生ブレーキをうまく使うと良いとのアドバイスなどが送られている。
東南アジアの都市では充電スタンドのある風景が日常になっている=1月22日、ジャカルタ特別州(NNA撮影)
一方、3カ国の中で24年のEV販売台数が最も少ないマレーシアでは、バッテリーの安全性への懸念も挙がった。23年にマレーシア国内で急速充電中のメルセデス・ベンツのEVが発火した問題を受け、BYDなどが使用するリン酸鉄リチウムイオン電池(LFPバッテリー)は、熱耐性が高いことなどが議論されていた。
また、マレーシアは産油国でもあり、ガソリン価格(1リットル当たり、オクタン価95)が2.05リンギ(約71円)と、タイの4割ほど、インドネシアの55%ほどと安い。ガソリン代と電気代の差にメリットを見いだしにくいマレーシアでは、エネルギーコスト以外の部分も検討材料になっているようにみえる。
マレーシアのチャットでは「購入を検討しているモデルのネガティブなフィードバックはあるか」との質問に、「どの車にも長所と短所がある。完璧な車はないので、自分で試乗してみたらどうか」という返答があった。エコさんも「誤った情報が広まることは防ぎたいと思っている。経験を伝えて判断の材料にしてもらいたい」と話す。
中国EVの波は強弱を伴いながら今年も東南アジアに押し寄せるとみられる。波に乗るか見送るか。消費者の価値判断はしばらく続きそうだ。
(本特集は、川杉宏行、京正裕之、小堀栄之が担当しました)
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エコさんは2024年2月にシールを注文し、7月に納車された。トヨタ自動車のスポーツタイプ多目的車(SUV)「フォーチュナー」から乗り換えた。もう1台保有する日系ブランドのSUVも今年中にEVに切り替えると話す。
乗り換えの動機は「価格とコストパフォーマンスだ」と言い切る。例えば、インドネシアでのフォーチュナーの価格は5億8,110万ルピア(約554万円)からなのに対し、シールは6億3,500万ルピアからとなる。だが◇EVに対する減税措置がある◇3割引きの深夜電力が使える◇4年間の無料メンテナンスサービスがある◇タッチパネルで車内のさまざまな設定ができる利便性がある——ことなどを考慮して「コストパフォーマンスが良いと判断した」。
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BYDの車両ではバッテリー残量での航続可能な距離を視覚的に判別できる機能が付いている=ジャカルタ特別州(NNA撮影)[/caption]
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インドネシアは世界的な石炭輸出国であり、国内の主要電源が化石燃料という環境面の課題を抱えるが、電力料金自体は安い。さらにEV充電用の深夜電力を使うと、ICE車との単純なエネルギーコスト比較でメリットが出やすい。
一方、EVの懸念材料のリセールバリューについて、エコさんは「EVの中古車市場がまだできていない上に、バッテリー保証が8年間ついているため乗り続けるつもりだ」と話した。さらに「車載OS(基本ソフト)が頻繁にアップデートされ、改善要望があればディーラー経由でBYD側がすぐに対応してくれる」とし、現状で不満はないという。
スマートフォンには充電スタンドを設置しているインドネシア国営電力PLNや日系のテラチャージなどのアプリを入れ、遠出する場合は位置を確認する。充電スポットに関しては、ユーザー同士の質問も多いため、エコさんは充電スタンドに特化したコミュニティーを別に設けて情報を共有しているという。[caption id="attachment_24445" align="aligncenter" width="620"]
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一方、ジャカルタのBYDのディーラー担当者の話では、現在はエコさんのように乗り換えでEVを購入するケースは少なく、2台目に追加する人が多い。

■市場の普及度合いで投稿に違いも
NNAはインドネシア、タイ、マレーシアのSNS上のEVコミュニティーで投稿されるメッセージの内容も分析した。対象はフェイスブック上の3カ国のBYDコミュニティーでやりとりされた24年1月以降の投稿データとした。
3カ国の特徴的な投稿として、インドネシアは政府のEV政策や税金、充電インフラに関する投稿、タイはコスト(保険料や税金、充電料金)や運転挙動、車両のトラブルなどの投稿があった。マレーシアでは、バッテリーの安全性、再販売価値などの議論があった。
コストや航続距離への関心は3カ国とも共通するテーマだが、このうち最もEVが普及し、かつ移動距離も比較的長いとされるタイのユーザーの間では、バッテリー消費を抑えるEVの運転方法に関する投稿も目立った。
例えば、「バッテリー残量の航続距離が260キロで、バンコク郊外からパタヤ間(約150キロ)を移動するのにバッテリーをどう節約するか」との質問に対して、「途中で15分間の充電したほうが良い」といった返信や、BYDのEVには走行モードに「ノーマル」「エコ」「スポーツ」があるため、出力を抑えて電費を向上させるエコモードと回生ブレーキをうまく使うと良いとのアドバイスなどが送られている。
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東南アジアの都市では充電スタンドのある風景が日常になっている=1月22日、ジャカルタ特別州(NNA撮影)[/caption]
一方、3カ国の中で24年のEV販売台数が最も少ないマレーシアでは、バッテリーの安全性への懸念も挙がった。23年にマレーシア国内で急速充電中のメルセデス・ベンツのEVが発火した問題を受け、BYDなどが使用するリン酸鉄リチウムイオン電池(LFPバッテリー)は、熱耐性が高いことなどが議論されていた。
また、マレーシアは産油国でもあり、ガソリン価格(1リットル当たり、オクタン価95)が2.05リンギ(約71円)と、タイの4割ほど、インドネシアの55%ほどと安い。ガソリン代と電気代の差にメリットを見いだしにくいマレーシアでは、エネルギーコスト以外の部分も検討材料になっているようにみえる。
マレーシアのチャットでは「購入を検討しているモデルのネガティブなフィードバックはあるか」との質問に、「どの車にも長所と短所がある。完璧な車はないので、自分で試乗してみたらどうか」という返答があった。エコさんも「誤った情報が広まることは防ぎたいと思っている。経験を伝えて判断の材料にしてもらいたい」と話す。
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