タイの大手企業各社がESG(環境・社会・企業統治)経営に力を入れている。環境改善を目的とした「グリーン債」などESG債の発行残高も大きく増加した。ESGはトレンドにとどまらず経営の主流になりつつあるとの見方も出ている。一方で、ESG債の利回りの低下が懸念されている。投資家にとって運用実績が悪化する要因になりかねず、今後成長が鈍化する恐れもある。
タイ企業のESG経営は世界的に高い評価を受けている。米S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスとスイスのESG(環境、社会、ガバナンス)投資評価会社ロベコサムが公表した、持続可能性に優れた企業で構成する株式指標「ダウ・ジョーンズ・サステナビリティー(持続可能性)・インデックス(DJSI)」の2022年版に、タイ企業26社が選ばれた。東南アジア諸国連合(ASEAN)では9年連続で最多だった。
米S&Pグローバルがサステナビリティーに優れた企業を掲載する「サステナビリティー・イヤーブック2023」では、タイ企業37社が選定された。S&Pグローバルは、各産業の特に評価の高い上位15%の企業を「イヤーブック・メンバー」として、サステナビリティー・イヤーブックに掲載している。さらに、37社のうち12社が最高評価の「ゴールド・クラス」に選ばれた。ゴールド・クラスとなった企業の国・地域別の内訳ではタイが最多だ。
企業別にみると、タイ国営石油PTTは40年までにカーボンニュートラル(炭素中立)、50年までに排出ネットゼロの達成を目指している。今年2月には、傘下の石油・天然ガス開発会社PTTエクスプロレーション・アンド・プロダクション(PTTEP)が8割を出資するタイ湾のアーティットガス田開発・生産事業で、二酸化炭素(CO2)を回収して地下に貯留する「CCS」の事業化に関する調査を終えた。三井物産と三井石油開発が調査を行った。
DJSIの化学事業部門で4年連続の1位となった石油化学子会社PTTグローバル・ケミカル(PTTGC)は22年、東部ラヨーン県アジア工業団地・マプタプットで、東南アジア最大となるプラスチック再生工場の運転を開始した。年間の廃プラスチック処理能力が6万トンで、4万5,000トンの再生プラスチック樹脂を生産する計画だ。
タイの水産最大手タイ・ユニオン・グループ(TU)は水産業の持続可能な成長に向け、今年7月、30年までに自社の直接排出だけでなく、取引先など供給網全体の排出量「スコープ3」も含めて温室効果ガス排出量を23年比で42%削減することを骨子とする「Sea Change2030」を発表した。プロジェクトには72億バーツ(約300億円)を投じる。
CPグループでは、傘下の食品最大手チャロン・ポカパン・フーズ(CPF、CPフーズ)が昨年、天然資源・環境省の監督下にある独立行政機関のタイ温室効果ガス管理機構(TGO)から、23種類の卵について、温室効果ガスの排出量(カーボンフットプリント)削減を認証する「カーボンフットプリント削減ラベル」を取得した。昨年生産した卵23種類のCO2排出量削減効果は61万7,000トンだった。今年に入ってからは、アジアでは初めて、カーボンニュートラル(炭素中立)、ケージフリー(平飼い、放し飼い)によって生産した卵を発表した。
タイユニオンは「Sea Change2030」を通じて生態系の回復と保護を目指す(同社提供)
同じCPグループ傘下の通信大手トゥルー・コーポレーションは30年までの電子ごみ埋設処理の全廃を目指し、電子ごみのリサイクル事業に力を入れている。同社によると、22年はタイで出荷された携帯電話のうち未使用は計2万5,050トンで、再利用は17トンにとどまった。トゥルー・コーポレーションは今年、自社のサービスセンターや販売店など計154カ所に回収ボックスを設置した。
ペットボトルの原料であるポリエチレンテレフタレート(PET)の製造を手がけるタイのインドラマ・ベンチャーズは、ブラジルの再生PET工場の生産能力を年9,000トンから2万5,000トンに拡大した。PETを含むプラスチックごみの80%以上が海に流出し、海洋汚染の原因の1つとなっている。2025年までに計15億米ドル(約2,220億円)を投じて、年間500億本のペットボトルを処理して再生PETを生産できる体制の構築を目指している。22年末時点の処理能力は154億本だ。
タイの素材最大手サイアム・セメント・グループ(SCG)の完全子会社で化学品製造・販売事業の持ち株会社SCGケミカルズは、植物由来(プラントベース)のプラスチックであるバイオプラスチックの生産を2025年に開始する計画だ。ブラジル化学大手のブラスケムとの合弁事業として実施する。環境配慮型の事業を拡大する戦略の一環だ。
タイ企業はESGのうちG「企業統治」の評価も高い。タイ取締役協会(TID)が上場企業を対象に毎年実施している企業の支配構造の評価結果をみると、22年は調査した750社のうち4割に相当する296社が「非常に優秀(エクセレント)」と評価された。うち125社が時価総額100億バーツ以上の大企業だ。
■ESG債の利回りは低下
タイ企業がESG経営を強化する中、環境改善や社会貢献事業の資金を調達するESG債の発行残高も急増している。タイ債券市場協会(ThaiBMA)によると、23年8月時点で6,430億バーツと、タイの債券市場全体の3%を占める。金額ベースでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)では、シンガポールに次いで2番目に大きい。
タイのESG債は、発行体の6割強が政府や政府系企業となっている。タイプ別では、「グリーン債」が、成長持続性の実現を目的とした「サステナビリティー債」、社会関連事業に限られる「社会貢献債」を大きく上回っている。
ただ課題もある。ThaiBMA関係者によると、タイのESG債は利回りが同条件の債券より低く(価格は高く)なる「グリーニアム(グリーンとプレミアムの造語)」と呼ぶ現象が起こっているという。脱炭素の取り組みに必要な資金の調達コストを抑えたい政府や企業には有利な状況だが、投資家は今後、運用実績が悪化する要因になりかねない低金利をどこまで許容できるかで頭を痛めそうだ。
さらに、企業によるESG経営に対する取り組みは熱を帯びているものの、国全体で見ると、まだまだ改善の余地は大きい。
国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)の報告によると、タイはSDGs(国連の持続可能な開発目標)の達成度ランキングは43位と、東南アジアでは最も高いものの、達成度が「緑=目標達成」と評価された項目は「貧困の克服」と「良質の教育」の2つにとどまる。「男女平等」と「責任のある消費と生産」、「良質の雇用と経済成長」は「オレンジ=重要な課題が残っている」と評価され、「水生態系保全」と「陸上生態系保全」は「赤=主要な課題が残っている」と厳しい評価を受けた。
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タイ企業のESG経営は世界的に高い評価を受けている。米S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスとスイスのESG(環境、社会、ガバナンス)投資評価会社ロベコサムが公表した、持続可能性に優れた企業で構成する株式指標「ダウ・ジョーンズ・サステナビリティー(持続可能性)・インデックス(DJSI)」の2022年版に、タイ企業26社が選ばれた。東南アジア諸国連合(ASEAN)では9年連続で最多だった。
米S&Pグローバルがサステナビリティーに優れた企業を掲載する「サステナビリティー・イヤーブック2023」では、タイ企業37社が選定された。S&Pグローバルは、各産業の特に評価の高い上位15%の企業を「イヤーブック・メンバー」として、サステナビリティー・イヤーブックに掲載している。さらに、37社のうち12社が最高評価の「ゴールド・クラス」に選ばれた。ゴールド・クラスとなった企業の国・地域別の内訳ではタイが最多だ。
企業別にみると、タイ国営石油PTTは40年までにカーボンニュートラル(炭素中立)、50年までに排出ネットゼロの達成を目指している。今年2月には、傘下の石油・天然ガス開発会社PTTエクスプロレーション・アンド・プロダクション(PTTEP)が8割を出資するタイ湾のアーティットガス田開発・生産事業で、二酸化炭素(CO2)を回収して地下に貯留する「CCS」の事業化に関する調査を終えた。三井物産と三井石油開発が調査を行った。
DJSIの化学事業部門で4年連続の1位となった石油化学子会社PTTグローバル・ケミカル(PTTGC)は22年、東部ラヨーン県アジア工業団地・マプタプットで、東南アジア最大となるプラスチック再生工場の運転を開始した。年間の廃プラスチック処理能力が6万トンで、4万5,000トンの再生プラスチック樹脂を生産する計画だ。
タイの水産最大手タイ・ユニオン・グループ(TU)は水産業の持続可能な成長に向け、今年7月、30年までに自社の直接排出だけでなく、取引先など供給網全体の排出量「スコープ3」も含めて温室効果ガス排出量を23年比で42%削減することを骨子とする「Sea Change2030」を発表した。プロジェクトには72億バーツ(約300億円)を投じる。
CPグループでは、傘下の食品最大手チャロン・ポカパン・フーズ(CPF、CPフーズ)が昨年、天然資源・環境省の監督下にある独立行政機関のタイ温室効果ガス管理機構(TGO)から、23種類の卵について、温室効果ガスの排出量(カーボンフットプリント)削減を認証する「カーボンフットプリント削減ラベル」を取得した。昨年生産した卵23種類のCO2排出量削減効果は61万7,000トンだった。今年に入ってからは、アジアでは初めて、カーボンニュートラル(炭素中立)、ケージフリー(平飼い、放し飼い)によって生産した卵を発表した。
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同じCPグループ傘下の通信大手トゥルー・コーポレーションは30年までの電子ごみ埋設処理の全廃を目指し、電子ごみのリサイクル事業に力を入れている。同社によると、22年はタイで出荷された携帯電話のうち未使用は計2万5,050トンで、再利用は17トンにとどまった。トゥルー・コーポレーションは今年、自社のサービスセンターや販売店など計154カ所に回収ボックスを設置した。
ペットボトルの原料であるポリエチレンテレフタレート(PET)の製造を手がけるタイのインドラマ・ベンチャーズは、ブラジルの再生PET工場の生産能力を年9,000トンから2万5,000トンに拡大した。PETを含むプラスチックごみの80%以上が海に流出し、海洋汚染の原因の1つとなっている。2025年までに計15億米ドル(約2,220億円)を投じて、年間500億本のペットボトルを処理して再生PETを生産できる体制の構築を目指している。22年末時点の処理能力は154億本だ。
タイの素材最大手サイアム・セメント・グループ(SCG)の完全子会社で化学品製造・販売事業の持ち株会社SCGケミカルズは、植物由来(プラントベース)のプラスチックであるバイオプラスチックの生産を2025年に開始する計画だ。ブラジル化学大手のブラスケムとの合弁事業として実施する。環境配慮型の事業を拡大する戦略の一環だ。
タイ企業はESGのうちG「企業統治」の評価も高い。タイ取締役協会(TID)が上場企業を対象に毎年実施している企業の支配構造の評価結果をみると、22年は調査した750社のうち4割に相当する296社が「非常に優秀(エクセレント)」と評価された。うち125社が時価総額100億バーツ以上の大企業だ。
■ESG債の利回りは低下
タイ企業がESG経営を強化する中、環境改善や社会貢献事業の資金を調達するESG債の発行残高も急増している。タイ債券市場協会(ThaiBMA)によると、23年8月時点で6,430億バーツと、タイの債券市場全体の3%を占める。金額ベースでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)では、シンガポールに次いで2番目に大きい。
タイのESG債は、発行体の6割強が政府や政府系企業となっている。タイプ別では、「グリーン債」が、成長持続性の実現を目的とした「サステナビリティー債」、社会関連事業に限られる「社会貢献債」を大きく上回っている。
ただ課題もある。ThaiBMA関係者によると、タイのESG債は利回りが同条件の債券より低く(価格は高く)なる「グリーニアム(グリーンとプレミアムの造語)」と呼ぶ現象が起こっているという。脱炭素の取り組みに必要な資金の調達コストを抑えたい政府や企業には有利な状況だが、投資家は今後、運用実績が悪化する要因になりかねない低金利をどこまで許容できるかで頭を痛めそうだ。
さらに、企業によるESG経営に対する取り組みは熱を帯びているものの、国全体で見ると、まだまだ改善の余地は大きい。
国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)の報告によると、タイはSDGs(国連の持続可能な開発目標)の達成度ランキングは43位と、東南アジアでは最も高いものの、達成度が「緑=目標達成」と評価された項目は「貧困の克服」と「良質の教育」の2つにとどまる。「男女平等」と「責任のある消費と生産」、「良質の雇用と経済成長」は「オレンジ=重要な課題が残っている」と評価され、「水生態系保全」と「陸上生態系保全」は「赤=主要な課題が残っている」と厳しい評価を受けた。"
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