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持続可能な天然ゴム生産へ日系、タイで対策を強化

世界的な天然ゴムの生産地であるタイで、サプライチェーン(供給網)全体が崩壊の危機にひんしている。生産のための農地の拡大による森林減少のほか、人権侵害などサステナビリティー(持続可能性)にかかわる課題が顕在化。さらに、天然ゴムのほとんどを生産している小規模農家は低収入に苦しむ。改革に向けてもはや待ったなしとなった状況の中で、日系をはじめとするゴム・タイヤメーカー各社は、持続可能な生産に向けた取り組みを強化している。【坂部哲生】
世界自然保護基金(WWF)ジャパン自然保護室森林グループの岩渕翼博士はサステナビリティーに関わる課題の解決について「タイで生産のほとんどを担う小規模農家は経済的に貧しく、サプライチェーンにかかわる課題の解決に必要な資金や知識、技術が不足している。生産者を含む全てのステークホルダーが協力して取り組む必要がある」と話す。
森林は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収・貯蔵するだけでなく、多様な植物や野生生物が生存しており、温暖化抑制と生物多様性の維持には必要不可欠だ。
2022年12月、森林破壊防止のためリスクを調べて対策を講じる「デューデリジェンス(査定)」の義務化の規則案について欧州連合(EU)理事会と欧州議会が暫定合意し、天然ゴムもその対象に含まれた。これにより、ゴムメーカーやタイヤメーカーは購入したり使用したりしている天然ゴムが森林破壊や人権侵害に加担している農園で生産したものではないと証明できない場合、EU市場から締め出される可能性が出てきた。
■困難な追跡調査
ところが、天然ゴムのサプライチェーンはあまりにも複雑であるため、「デューデリジェンスに必要なトレーサビリティー(生産履歴の追跡)の確保は一筋縄ではいかない状況」(岩渕博士)だ。
天然ゴムのサプライチェーンの流れである◇農家からディーラーが原料ゴムを買い取り、天然ゴム加工工場に輸送するまでの採取プロセス(川上)◇加工工場から出荷までの加工プロセス(川中)◇製品輸送プロセス(川下)——のうち、最も追跡が難しいのは、川上の採取プロセスだ。ゴム業界関係者によると、タイでは数百万の農家と数千のディーラーが入り乱れているだけでなく、ディーラーからディーラーへの取引を通じて周辺国から持ち込まれるものもあり、いわゆる「スパゲティ状態」となっているためだ。
現在、天然ゴム生産量の7割以上を使用するタイヤ業界の主導により18年に設立された、持続可能な天然ゴムを推進するためのプラットフォーム、GPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber:持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム)がトレーサビリティーの確保などに向けた議論を進めているところだ。
■農家の収益改善へ
天然ゴム農家の収益の向上も喫緊の課題となっている。タイの商業銀行大手カシコン銀行傘下のシンクタンク、カシコン・リサーチセンターが2023年のタイの主要農産物価格を予測したところ、ゴムは1キロ当たり13.0%低下の45バーツ(約176円)にとどまる見通し。供給過多とタイ、インドネシア、ベトナムでの生産増などが原因とされる。天然ゴムの栽培に見切りをつけ、中国で需要が高まっているドリアンや食品・洗剤に使用されるパーム油の原料であるアブラヤシの栽培に切り替える農家が増えてきた場合、天然ゴムの生産自体が急激に落ち込み、「サプライチェーン全体が崩壊しかねない」(岩渕博士)。
GPSNRはタイでも、「キャパシティー・ビルディング・プロジェクト」を通じて、小規模農家の所得改善や森の中で農産物を育てる「アグロフォレストリー」などを推進している。
日系企業でも、持続可能な天然ゴムの生産に向けた取り組みを強化している。住友ゴム工業のタイ現地法人、スミラバータイイースタンコーポレーションはGPSNRの活動と並行して、21年から天然ゴムの購入先の農家を戸別訪問。アンケートの実施を通じて、現状把握と教育に努めている。年間3,000戸のペースで訪問しており、25年には取り引先を100%カバーできる見通しだという。

住友ゴムは農家の戸別訪問に力を入れている(同社提供)

横浜ゴムは20年1月にタイ・ゴム公団(RAOT)と天然ゴム農家への経営支援とサプライチェーンの透明性と健全性を確保するため、トレーサビリティーの向上に向けて協力していくことを約束。天然ゴム農家を支援するためのセミナーイベントを定期的に開催し、天然ゴムの品質と生産性の向上に関する知見を伝えている。農家は、天然ゴム物性や生産性についての追跡調査にも協力を惜しまないという。
タイヤメーカーでは、ブリヂストンが22年にWWFと連携してタイでも追跡調査を大幅に加速させている。同社の広報担当者によると、昨年末までに、タイにあるティア1レベルの13カ所の天然ゴム加工工場と5つの天然ゴム農園で現地調査を完了。人権侵害や森林破壊などの事象や深刻なリスクは特定されなかったという。生産性向上を支援するワークショップを開催したり、品質の高い天然ゴムの苗木も配布したりするなど小規模農家支援活動にも力を入れている。

ブリヂストンは小規模天然ゴム農家向けに生産性向上を支援するワークショップを開催している(同社提供)

仏タイヤ大手ミシュランはタイの天然ゴム農家に、適切に管理された森林からの調達であることを示す「FSC認証」や「PEFC認証」の取得を求めている。バンコクポストによると、タイ・ゴム公団(RAOT)のナコン総裁はこれを受け、「少なくともタイの農家の5割がFSC認証基準を満たせるように支援する」と発言。さらに「その場合、通常の最大4割増の価格で販売できるだろう」と述べた。ミシュランはNNAの取材に対し、「天然ゴムのサプライチェーンの課題の解決は、単独の取り組みでは限界がある。全てのステークホルダーが足並みをそろえるべきだ」と強調した。
イタリアのピレリは21年にFSC認証のタイヤを世界で初めて発表した。WWFジャパンの広報担当者は「大手のタイヤメーカーがFSC認証のタイヤの製造が可能であることを示したことは大きな前進と捉えている」とコメントしている。

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世界自然保護基金(WWF)ジャパン自然保護室森林グループの岩渕翼博士はサステナビリティーに関わる課題の解決について「タイで生産のほとんどを担う小規模農家は経済的に貧しく、サプライチェーンにかかわる課題の解決に必要な資金や知識、技術が不足している。生産者を含む全てのステークホルダーが協力して取り組む必要がある」と話す。
森林は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収・貯蔵するだけでなく、多様な植物や野生生物が生存しており、温暖化抑制と生物多様性の維持には必要不可欠だ。
2022年12月、森林破壊防止のためリスクを調べて対策を講じる「デューデリジェンス(査定)」の義務化の規則案について欧州連合(EU)理事会と欧州議会が暫定合意し、天然ゴムもその対象に含まれた。これにより、ゴムメーカーやタイヤメーカーは購入したり使用したりしている天然ゴムが森林破壊や人権侵害に加担している農園で生産したものではないと証明できない場合、EU市場から締め出される可能性が出てきた。
■困難な追跡調査
ところが、天然ゴムのサプライチェーンはあまりにも複雑であるため、「デューデリジェンスに必要なトレーサビリティー(生産履歴の追跡)の確保は一筋縄ではいかない状況」(岩渕博士)だ。
天然ゴムのサプライチェーンの流れである◇農家からディーラーが原料ゴムを買い取り、天然ゴム加工工場に輸送するまでの採取プロセス(川上)◇加工工場から出荷までの加工プロセス(川中)◇製品輸送プロセス(川下)——のうち、最も追跡が難しいのは、川上の採取プロセスだ。ゴム業界関係者によると、タイでは数百万の農家と数千のディーラーが入り乱れているだけでなく、ディーラーからディーラーへの取引を通じて周辺国から持ち込まれるものもあり、いわゆる「スパゲティ状態」となっているためだ。
現在、天然ゴム生産量の7割以上を使用するタイヤ業界の主導により18年に設立された、持続可能な天然ゴムを推進するためのプラットフォーム、GPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber:持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム)がトレーサビリティーの確保などに向けた議論を進めているところだ。
■農家の収益改善へ
天然ゴム農家の収益の向上も喫緊の課題となっている。タイの商業銀行大手カシコン銀行傘下のシンクタンク、カシコン・リサーチセンターが2023年のタイの主要農産物価格を予測したところ、ゴムは1キロ当たり13.0%低下の45バーツ(約176円)にとどまる見通し。供給過多とタイ、インドネシア、ベトナムでの生産増などが原因とされる。天然ゴムの栽培に見切りをつけ、中国で需要が高まっているドリアンや食品・洗剤に使用されるパーム油の原料であるアブラヤシの栽培に切り替える農家が増えてきた場合、天然ゴムの生産自体が急激に落ち込み、「サプライチェーン全体が崩壊しかねない」(岩渕博士)。
GPSNRはタイでも、「キャパシティー・ビルディング・プロジェクト」を通じて、小規模農家の所得改善や森の中で農産物を育てる「アグロフォレストリー」などを推進している。
日系企業でも、持続可能な天然ゴムの生産に向けた取り組みを強化している。住友ゴム工業のタイ現地法人、スミラバータイイースタンコーポレーションはGPSNRの活動と並行して、21年から天然ゴムの購入先の農家を戸別訪問。アンケートの実施を通じて、現状把握と教育に努めている。年間3,000戸のペースで訪問しており、25年には取り引先を100%カバーできる見通しだという。
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タイヤメーカーでは、ブリヂストンが22年にWWFと連携してタイでも追跡調査を大幅に加速させている。同社の広報担当者によると、昨年末までに、タイにあるティア1レベルの13カ所の天然ゴム加工工場と5つの天然ゴム農園で現地調査を完了。人権侵害や森林破壊などの事象や深刻なリスクは特定されなかったという。生産性向上を支援するワークショップを開催したり、品質の高い天然ゴムの苗木も配布したりするなど小規模農家支援活動にも力を入れている。
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仏タイヤ大手ミシュランはタイの天然ゴム農家に、適切に管理された森林からの調達であることを示す「FSC認証」や「PEFC認証」の取得を求めている。バンコクポストによると、タイ・ゴム公団(RAOT)のナコン総裁はこれを受け、「少なくともタイの農家の5割がFSC認証基準を満たせるように支援する」と発言。さらに「その場合、通常の最大4割増の価格で販売できるだろう」と述べた。ミシュランはNNAの取材に対し、「天然ゴムのサプライチェーンの課題の解決は、単独の取り組みでは限界がある。全てのステークホルダーが足並みをそろえるべきだ」と強調した。
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