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BEV傾斜、環境面で疑問も東南ア2国、EVのハブへ(2)

タイとインドネシアにとって、電気自動車(EV)産業の振興は経済の高度化とともに、環境面でも重要な課題となる。両国は温室効果ガスの排出削減に関する国際公約を掲げるとともに、バッテリー式EV(BEV)を含む電動車の生産目標も打ち出す。一方、現状ではBEVが増えることが必ずしも環境によいとはいえず、専門家はハイブリッド車(HV)や燃料電池車(FCV)を普及させる政策も視野に入れるべきだと指摘する。

タイでは「NETA」ブランドを展開する合衆汽車(写真)やBYD、長城汽車といった中国勢やテスラ、トヨタがBEVを展開している。写真は今年3月に開催された「第44回バンコク国際モーターショー」=バンコク北郊ノンタブリ県(NNA撮影)

インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)によると、2022年の自動車販売数は、104万8,040台で、このうちBEVの販売数は1万327台だった。HVとPHVの合計販売数も同程度で、電動車全体の販売数は合わせて2万681台となる。タイの22年の自動車販売数は84万9,388台で、このうちBEVは1万6,438台だった。HVやPHVの販売数は7万4,900台で、二輪を除く電動車全体では9万1,338台に達している。
タイでは「MG(名爵)」ブランド車を販売するMGセールス(タイランド)や比亜迪(BYD)、長城汽車(GWM)といった中国系がBEVを展開しており、昨年12月には米テスラが参入。トヨタもBEV「bZ4X(ビーズィーフォーエックス)」の納車を2月から開始している。タイ運輸省陸運局によると、今年1~3月のBEVの新規登録数は1万3,770台と、年初の3カ月ですでに22年通年(1万6,438台)に迫るペースとなっている。単純計算では、通年で5万台を超える可能性も出てきた。
インドネシアはEV市場としてタイに先行されているが、裏を返せばマーケットの潜在力が大きいとも言える。日本総合研究所の松本充弘氏(副主任研究員)は「新車販売に占めるEVの比率が変わらなくても、自動車市場そのものが拡大すれば一定の需要増加が見込める」と話す。人口の多さや、現時点での自動車保有率の低さ、経済発展に伴って中間所得層の拡大が見込めることが、企業にとってインドネシア投資の大きな動機になりうる。同国では今年4月から現地調達率40%以上のEVを購入する際の付加価値税(VAT)の税率を11%から1%に軽減する措置を実施。今年半ば以降の販売増加に期待がかかる。
タイにとっても、自動車市場そのものが拡大していけば、EVの販売が増えるのは同じ。ただ、「少子高齢化が進み、家計債務が高止まりしていることで内需の成長率が低いことは、投資の阻害要因になりうる」(日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員)。このため、タイではガソリン車からEVへのシフトか、EV輸出を増やすことが国内での生産拡大のけん引役になるとみられる。
■「グリーンウォッシュ」批判にも
インドネシアは30年までに温室効果ガスを10年開始のBAU(特段の対策がない場合)予測比で31.89%削減(国際支援なし。国際支援ありでは43.2%削減)する方針を発表し、60年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を達成する国際公約を掲げている。これに呼応し、電力のPLNや石油・ガスのプルタミナ、鉄道車両製造インダストリ・クレタ・アピ(INKA)などの国営企業も同様の目標を掲げている。タイではプラユット首相が、50年までのカーボンニュートラルを目指す目標を打ち出し、主要企業も二酸化炭素(CO2)排出削減に取り組んでいる。
BEVの普及は排出量削減に向けた重要な政策となるが、松本氏と熊谷氏は、「BEV一辺倒では、排出量削減の目標達成は難しい」と口を揃える。熊谷氏は「タイでは日本企業が投資を本格化させる前に中国系がEVの生産・販売を急増させる可能性がある」としたものの、「ライフサイクル全体でみると、中国のEVが環境にとってプラスとは言えない」と指摘する。EVの普及が進んだとしても環境負荷が低減されなければ、タイの政策に対して「グリーンウォッシュ」との批判も生まれかねない。
■両国の選挙後の動向に注目
国際エネルギー機関(IEA)によると、タイの1次エネルギー供給源の構成比に占める石炭の割合は12.8%、石油は41.4%となる。インドネシアは石炭と石油がともに29.3%だ。松本氏は「インドネシアは脱炭素を進めつつ、経済成長に伴って拡大する電力需要を満たす必要がある上、EV普及に伴う電力需要の増加にも対応することになる」と指摘。インドネシアが進めるニッケルの製錬にも大量の電力が必要とされ、電源を拡充することは急務だ。熊谷氏は、タイが脱炭素を目指していくためには「当面はHVやPHVの普及にも注力し、長期的には燃料電池車(FCV)のあり方にも模索が必要」と説明しており、これはインドネシアにも当てはまると言えそうだ。
タイでは今年5月14日、インドネシアでは24年に大統領選が実施され、EVをめぐる政策が変化する可能性がある。「タイの総選挙の後、新政権が車齢の高い自動車をEVに買い替える際に補助金を給付するといった『ばらまき』に着手する可能性」(熊谷氏)もあり、電力計画(PDP)の見直しが実施される可能性がある。また、インドネシアでも引き続きBEVに注力するのか、HVやPHVの普及を視野に入れた政策に修正されるのかといった点を注視する必要がある。

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タイでは「MG(名爵)」ブランド車を販売するMGセールス(タイランド)や比亜迪(BYD)、長城汽車(GWM)といった中国系がBEVを展開しており、昨年12月には米テスラが参入。トヨタもBEV「bZ4X(ビーズィーフォーエックス)」の納車を2月から開始している。タイ運輸省陸運局によると、今年1~3月のBEVの新規登録数は1万3,770台と、年初の3カ月ですでに22年通年(1万6,438台)に迫るペースとなっている。単純計算では、通年で5万台を超える可能性も出てきた。
インドネシアはEV市場としてタイに先行されているが、裏を返せばマーケットの潜在力が大きいとも言える。日本総合研究所の松本充弘氏(副主任研究員)は「新車販売に占めるEVの比率が変わらなくても、自動車市場そのものが拡大すれば一定の需要増加が見込める」と話す。人口の多さや、現時点での自動車保有率の低さ、経済発展に伴って中間所得層の拡大が見込めることが、企業にとってインドネシア投資の大きな動機になりうる。同国では今年4月から現地調達率40%以上のEVを購入する際の付加価値税(VAT)の税率を11%から1%に軽減する措置を実施。今年半ば以降の販売増加に期待がかかる。
タイにとっても、自動車市場そのものが拡大していけば、EVの販売が増えるのは同じ。ただ、「少子高齢化が進み、家計債務が高止まりしていることで内需の成長率が低いことは、投資の阻害要因になりうる」(日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員)。このため、タイではガソリン車からEVへのシフトか、EV輸出を増やすことが国内での生産拡大のけん引役になるとみられる。
■「グリーンウォッシュ」批判にも
インドネシアは30年までに温室効果ガスを10年開始のBAU(特段の対策がない場合)予測比で31.89%削減(国際支援なし。国際支援ありでは43.2%削減)する方針を発表し、60年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を達成する国際公約を掲げている。これに呼応し、電力のPLNや石油・ガスのプルタミナ、鉄道車両製造インダストリ・クレタ・アピ(INKA)などの国営企業も同様の目標を掲げている。タイではプラユット首相が、50年までのカーボンニュートラルを目指す目標を打ち出し、主要企業も二酸化炭素(CO2)排出削減に取り組んでいる。
BEVの普及は排出量削減に向けた重要な政策となるが、松本氏と熊谷氏は、「BEV一辺倒では、排出量削減の目標達成は難しい」と口を揃える。熊谷氏は「タイでは日本企業が投資を本格化させる前に中国系がEVの生産・販売を急増させる可能性がある」としたものの、「ライフサイクル全体でみると、中国のEVが環境にとってプラスとは言えない」と指摘する。EVの普及が進んだとしても環境負荷が低減されなければ、タイの政策に対して「グリーンウォッシュ」との批判も生まれかねない。
■両国の選挙後の動向に注目
国際エネルギー機関(IEA)によると、タイの1次エネルギー供給源の構成比に占める石炭の割合は12.8%、石油は41.4%となる。インドネシアは石炭と石油がともに29.3%だ。松本氏は「インドネシアは脱炭素を進めつつ、経済成長に伴って拡大する電力需要を満たす必要がある上、EV普及に伴う電力需要の増加にも対応することになる」と指摘。インドネシアが進めるニッケルの製錬にも大量の電力が必要とされ、電源を拡充することは急務だ。熊谷氏は、タイが脱炭素を目指していくためには「当面はHVやPHVの普及にも注力し、長期的には燃料電池車(FCV)のあり方にも模索が必要」と説明しており、これはインドネシアにも当てはまると言えそうだ。
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