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最低税率、来年1月から15%国会決議案、多国籍企業が対象

ベトナム財務省は、主要各国で実施される国際最低税率課税(グローバルミニマム課税)制度に対応し、対象となる多国籍企業への法人実効税率を15%に引き上げる国会決議案を提出し、10日の本会議で趣旨説明を行った。ベトナムで事業活動をする多国籍企業のうち、2022年実績で税率が15%に増税される企業は122社で、増税額は総額14兆6,000億ドン(約6億米ドル、909億4,600万円)になる見通しだ。財務省は、ベトナムが制度を導入しなかった場合、多国籍企業の母国に同額の税収が奪われることになると理解を求めた。

グローバルミニマム課税の国会決議案について趣旨説明するホー・ドク・フォック財務相(政府公式サイトから)

■税制優遇、有効性失う
グローバルミニマム課税は、連結売上高が7億5,000万ユーロ(8億366万米ドル、1,218億円)以上の多国籍企業を対象に、各国・地域で納付した税金が、国際最低税率として定められた15%より低い場合、その企業が本拠を置く国の政府が15%との差額を追加課税する仕組みだ。各国・地域の法人税率引き下げ競争に歯止めをかけるのが狙いで、経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に百数十カ国が21年10月に合意した。
ベトナムの現在の法人税の標準税率は20%だが、海外からの投資には業種や投資地域などに応じて各種の税制優遇措置が設けられており、優遇期間(10年前後)の平均税率は12.3%となっている。今回の国会決議案が成立した後は、過去に約束された優遇措置は有効性を失い、対象企業の法人税の実効税率が15%まで引き上げられることになる。
ホー・ドク・フォック財務相は趣旨説明で、ベトナムが法人実効税率を15%まで引き上げなければ、その分は多国籍企業の母国に吸い上げられ、引き上げればその分はベトナムの税収増になると説明。「(過去の優遇措置の約束を撤回し、実行税率を15%に引き上げることは)ベトナムにとって合法的な課税の権利と利益を保護することになる」と強調した。
国会財政予算委員会のレ・クアン・マイン委員長も、グローバルミニマム課税はベトナムを含む100以上の国が同意した制度だとしたうえで、「仮にベトナムが実効税率を15%に引き上げなくても、ベトナムで事業を行う企業は母国で(15%と優遇税率との差額を)課税されることになる」と述べ、同委員会としても決議案に賛成の立場を明確にした。決議案は今国会で成立する見込みだ。
■サムスンなど負担増、自国企業も影響か
フォック氏の補足説明によると、22年の多国籍企業の連結決算に基づき実効税率の15%への引き上げが見込まれる企業は122社あり、追加課税額は14兆6,000億ドンとなる。フォック氏は、このうち10兆7,000億ドンは韓国企業への追加課税による税収になると補足し、近年ベトナムへの投資を急増させたサムスン電子などの税負担が重くなる可能性があることを明らかにした。
国際的に展開するベトナム企業のうち、連結売上高が7億5,000万ユーロを超える企業も制度の対象となる可能性がある。財務省によれば、大手国営銀行のベトコムバンク、通信大手のモビフォン通信総公社(モビフォン)と軍隊通信グループ(ベトテル)、格安航空会社(LCC)ベトジェット航空、石油元売り最大手ベトナム石油グループ(ペトロリメックス)、鉄鋼最大手ホアファットグループの6社は、進出先国の法人実効税率が15%未満で、なおかつ同国政府が税率を引き上げない場合、ベトナム政府が約730億ドンを追加課税できることになるという。
日系の工業団地関係者によれば、1990年代後半から2010年ごろまでに進出した日系大企業の多くは、現地法人設立後10年程度設定されることが多い税制優遇期間がすでに過ぎており、実効税率の引き上げによる影響はそれほど大きくならない可能性が高いという。
南部バリアブンタウ省が10日に東京都内で開催した日系企業の投資誘致セミナーでは、ベトナム計画投資省のグエン・ティ・ビック・ゴック次官が「グローバルミニマム課税は、(ベトナムがこれまで約束した税制優遇を突然ほごにしたということではなく)あくまでOECDの合意に対応し、税収源が侵食されるのを防ぐための措置だ」と説明。これから対越投資を行う企業にとっては従来の税制優遇が改定され、ベトナムに投資する税制面のメリットが薄れることを否定しなかった。
■法改正は来年以降
ベトナム政府が国会決議案によって実効税率を引き上げるのは、法人税法など関連法の改正に必要な作業が制度施行に間に合わなかったのが理由だ。財務省などは現在、多国籍企業の海外での実効税率が15%に満たない場合に親会社が15%との差額を課税する「所得合算ルール(IIR)」の導入や、多国籍企業の現地法人に対する実効税率を15%まで引き上げることを定めた「適格国内ミニマムトップアップ税(QDMTT)」に関する規定などを法人所得税法などに盛り込む改正作業を続けており、来年早期の国会で法改正を目指す方針とみられる。
国会財政予算委のマイン委員長も「一時的な国会決議という形ででもグローバルミニマム課税を導入するという方針を明確にすることは、ベトナムの法制度に対する投資家の信頼感を高めることになる」と理解を示した。
業種や工業団地などごとにさまざまな税制優遇措置を導入しているベトナムにとって、グローバルミニマム課税に伴う実効税率の引き上げは、対象企業との間で増税額や算定方法を巡って混乱が予想される。多国籍企業の売上高も年によって変動するため、対象となる多国籍企業の動向をどうやって補足するのかなども課題だ。
マイン氏は「税務当局にとっては極めて困難で複雑な作業で、業務改革も必要になる」と主張。財政予算委として「実効税率の引き上げが国際的な紛争に発展することがないよう、しっかりした課税基準を準備してほしい」と政府に要請した。法人所得税法の改正と補足の計画スケジュールについて、国会に定期的に報告するよう求めている。
■代替措置は難航か
政府は、税制優遇に代わる企業誘致策の検討も同時並行で進めている。韓国のサムスン電子などはこれまでにも政府に対し、税制に代わる投資優遇措置などを求めてきた。政府もこれに積極的に応じ、優先投資対象業種に対する補助金などの補塡(ほてん)策などを検討しているが、実質的な税制優遇となりかねない措置にはOECDからの反対が予想され、検討作業は難航しているもようだ。

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ベトナムの現在の法人税の標準税率は20%だが、海外からの投資には業種や投資地域などに応じて各種の税制優遇措置が設けられており、優遇期間(10年前後)の平均税率は12.3%となっている。今回の国会決議案が成立した後は、過去に約束された優遇措置は有効性を失い、対象企業の法人税の実効税率が15%まで引き上げられることになる。
ホー・ドク・フォック財務相は趣旨説明で、ベトナムが法人実効税率を15%まで引き上げなければ、その分は多国籍企業の母国に吸い上げられ、引き上げればその分はベトナムの税収増になると説明。「(過去の優遇措置の約束を撤回し、実行税率を15%に引き上げることは)ベトナムにとって合法的な課税の権利と利益を保護することになる」と強調した。
国会財政予算委員会のレ・クアン・マイン委員長も、グローバルミニマム課税はベトナムを含む100以上の国が同意した制度だとしたうえで、「仮にベトナムが実効税率を15%に引き上げなくても、ベトナムで事業を行う企業は母国で(15%と優遇税率との差額を)課税されることになる」と述べ、同委員会としても決議案に賛成の立場を明確にした。決議案は今国会で成立する見込みだ。
■サムスンなど負担増、自国企業も影響か
フォック氏の補足説明によると、22年の多国籍企業の連結決算に基づき実効税率の15%への引き上げが見込まれる企業は122社あり、追加課税額は14兆6,000億ドンとなる。フォック氏は、このうち10兆7,000億ドンは韓国企業への追加課税による税収になると補足し、近年ベトナムへの投資を急増させたサムスン電子などの税負担が重くなる可能性があることを明らかにした。
国際的に展開するベトナム企業のうち、連結売上高が7億5,000万ユーロを超える企業も制度の対象となる可能性がある。財務省によれば、大手国営銀行のベトコムバンク、通信大手のモビフォン通信総公社(モビフォン)と軍隊通信グループ(ベトテル)、格安航空会社(LCC)ベトジェット航空、石油元売り最大手ベトナム石油グループ(ペトロリメックス)、鉄鋼最大手ホアファットグループの6社は、進出先国の法人実効税率が15%未満で、なおかつ同国政府が税率を引き上げない場合、ベトナム政府が約730億ドンを追加課税できることになるという。
日系の工業団地関係者によれば、1990年代後半から2010年ごろまでに進出した日系大企業の多くは、現地法人設立後10年程度設定されることが多い税制優遇期間がすでに過ぎており、実効税率の引き上げによる影響はそれほど大きくならない可能性が高いという。
南部バリアブンタウ省が10日に東京都内で開催した日系企業の投資誘致セミナーでは、ベトナム計画投資省のグエン・ティ・ビック・ゴック次官が「グローバルミニマム課税は、(ベトナムがこれまで約束した税制優遇を突然ほごにしたということではなく)あくまでOECDの合意に対応し、税収源が侵食されるのを防ぐための措置だ」と説明。これから対越投資を行う企業にとっては従来の税制優遇が改定され、ベトナムに投資する税制面のメリットが薄れることを否定しなかった。
■法改正は来年以降
ベトナム政府が国会決議案によって実効税率を引き上げるのは、法人税法など関連法の改正に必要な作業が制度施行に間に合わなかったのが理由だ。財務省などは現在、多国籍企業の海外での実効税率が15%に満たない場合に親会社が15%との差額を課税する「所得合算ルール(IIR)」の導入や、多国籍企業の現地法人に対する実効税率を15%まで引き上げることを定めた「適格国内ミニマムトップアップ税(QDMTT)」に関する規定などを法人所得税法などに盛り込む改正作業を続けており、来年早期の国会で法改正を目指す方針とみられる。
国会財政予算委のマイン委員長も「一時的な国会決議という形ででもグローバルミニマム課税を導入するという方針を明確にすることは、ベトナムの法制度に対する投資家の信頼感を高めることになる」と理解を示した。
業種や工業団地などごとにさまざまな税制優遇措置を導入しているベトナムにとって、グローバルミニマム課税に伴う実効税率の引き上げは、対象企業との間で増税額や算定方法を巡って混乱が予想される。多国籍企業の売上高も年によって変動するため、対象となる多国籍企業の動向をどうやって補足するのかなども課題だ。
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