米国と中国の対立が常態化し、世界各国の安全保障や経済のあり方に影響を与えるなか、東南アジア各国の立ち位置にも変化が生まれている。安全保障に加えて経済面でも存在感を増す中国に対して、東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要国は、リスクと利点を天秤にかけながら、距離感をつかむことに苦心している。インドネシアとタイは、国内での政治基盤を強化すべく中国の経済力を積極的に活用する姿勢が目立つ。
中国の習近平国家主席(写真右から3人目)は23年12月に訪越し、ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長(同2人目)と会談した(2023年12月12日、ハノイ=新華社)
2023年12月12日、ベトナムの首都ハノイに中国の習近平国家主席が到着した。現地では、グエン・フー・チョン共産党書記長を筆頭に、ボー・バン・トゥオン国家主席、ファム・ミン・チン首相、ブオン・ディン・フエ国会議長と、党内の序列でトップを占める「四柱」が勢ぞろいして出迎えた。チョン氏はこれに先立つ22年10月末、中国共産党の第20回党大会を終え3期目に入った直後の習氏を訪問。同党大会後に北京を訪れた初の外国首脳となった。
北京でチョン氏は、台湾統一を支持すると表明している。習氏のベトナム訪問は、チョン氏に対する「答礼」の意味合いも強かったようだ。習氏がベトナムを訪れたのは国家主席に就任して以降で3回目、チョン氏は共産党書記長に就任以来、中国を4回訪問している。両国の蜜月ぶりが、さらにアピールされた出来事となった。
インドネシアやベトナム、フィリピンといったASEAN域内の主要国は中国との領土問題を抱えており、安全保障上の主要な課題の一つとなる。同時に、それぞれの国にとって「チャイナ・マネー」の存在感は大きく、経済成長を支える存在でもある。10~16年に年間平均66億米ドル(約9,900億円)だった中国からASEANへの海外直接投資(FDI)は、17~22年に131億米ドルに倍増。ASEANに流入したFDIに占める割合は5.9%から7.6%に拡大している。
東南アジアへのFDIでは依然として米国や日本からのものが多いが、貿易での中国の存在感は断トツといえる。ASEANの貿易総額に占める中国の割合は、18.8%に達する(22年実績)。これはASEAN域内の22.3%に次ぐ規模で、米国(10.9%)や欧州連合=EU(7.7%)、日本(7%)を大きく引き離す。地理的な近さから観光面でも存在感は大きく、タイを訪れた中国人観光客だけでも、ピーク時(19年)には1,000万人を超えている。
安全保障と、経済。東南アジア各国の対中外交は、この二つの間で絶えず揺れ動いているようにも見える。二者択一が迫られる問題ではないものの、「米中の間を、どう泳いでいくか。綱渡りは年々難しくなっている」(外交専門家)現状に、東南アジアも直面し続けている。
ISEASユソフ・イシャク研究所(シンガポール)の東南アジア有識者への聞き取り調査(23年版)では、「東南アジアで政治的・戦略的にもっとも影響力がある国・地域」として中国が41.5%とトップに立ち、米国の31.9%やASEANの13.1%、日本の1.9%を上回る。「経済的に影響力がある国・地域」では中国の存在感はさらに大きく59.9%で、ASEANの15%、米国の10.5%、日本の4.6%とは、差が大きい。
■ジョコ政権を支える中国経済
この調査で意外な印象を受けるのが、中国への警戒感がインドネシアで低いことだ。中国への経済的な影響力に対して「懸念する」との回答は、インドネシアでは50%にとどまる。これはASEAN平均の64.5%を大きく下回り、タイ(86%)やフィリピン(83.3%)、ベトナム(86.2%)よりも大幅に低い。背景には、ジョコ・ウィドド大統領のスタンスが影響している可能性がある。
立命館大学の本名純教授(国際関係学部)は、「ジョコ政権にとって、対中関係は政治的なリーダーシップを発揮・維持するための重要なインフラ」と解説する。ジョコ政権は大規模な開発を通じて45年に世界第5位の経済大国になり、「黄金時代」を迎えるという経済的ビジョンを掲げる。これまでに首都移転構想やジャカルタ—バンドン高速鉄道といったプロジェクトを推進し、資源輸出を拡大することで政治的リーダーシップを発揮し、高い支持率を維持してきた。その最大のパートナーは中国であったといえる。
14年にジョコ氏が大統領に就任して以来、インドネシアの国内総生産(GDP)成長率は新型コロナウイルス感染症が拡大した時期を除いて5%前後を維持し、国民1人当たりのGDPは1,300米ドル以上上昇した。中国と香港からのFDI流入は、ジョコ氏が2期目に向けて電気自動車(EV)のバッテリー原料などになるニッケルを国内で加工し高付加価値化を図る「川下化」に力を入れた19年以降で特に増えており、全体の3割近くを占めるに至っている。
今年2月に実施された大統領選に出馬したアニス・バスウェダン氏(首都ジャカルタ特別州前知事)氏は、ジョコ政権の外交方針を「極端に実利主義的」と批判。公正な社会の実現や地球環境の保全といった、価値観に基づく外交路線の必要性を訴えて一定の支持を集めた。ただ、選挙ではジョコ氏の路線継承を掲げたプラボウォ・スビアント国防相の当選が確実視されており、今後も中国から投資や支援を引き出す路線は続く見通しとなった。
■「成果」急ぐセーター首相
中国との領土問題を抱えていないタイは、積極的に中国の経済力を活用する姿勢が目立つ。今年1月には、中国との観光ビザ(査証)を恒久的に相互免除すると発表。商務省は、19年に開始していた中国との自由貿易協定(FTA)交渉を、年内に再開する方針を明らかにした。セーター首相は1月の王毅外相との会談で、来年には両国の国交樹立50年を記念し、習近平氏を招待する意向を示している。
タイはベトナムなどと比べて比較的安定した安保環境にあり、外交の優先課題は常に経済だった。「1990年以降のタイの外交は、サプライチェーン(供給網)で有利な立場を取ろうとする点で一貫してきた」(アジア経済研究所の青木=岡部=まき氏/動向分析研究グループ長代理)。
タイのセーター首相(右)は1月29日、中国の王毅外相と会談した=タイ・バンコク(政府提供)
低成長が続くタイで、セーター氏が中国からの投資や観光客の誘致を景気回復の近道と考えていることは間違いない。同氏が「成果」を急ぐ理由は、ほかにもある。青木氏は「実業界出身で議員でもないセーター首相は、与党のタイ貢献党で主流派でもなく、権力基盤は強くない」と指摘し、「短期的・中期的なスパンで、国内外の政策を進めているように見える」と印象を語る。セーター氏は首相就任後の施政方針演説で、短期的に推し進めるべき政策として、16歳以上の一部国民に対するデジタル通貨1万バーツ(約4万2,000円)の配布と、観光の振興を挙げた。1万バーツの配布ではタイのGDPの3%に当たる5,000億バーツを投じて景気の浮揚を目指しているが、財源を巡って国内での調整がついておらず、先行きが不透明な状況だ。
タクシン元首相の強い影響力の下にあるタイ貢献党では、同氏の娘であるペートンタン氏が党首に就任し、次期首相の有力候補と目されている。次期選挙でタイ貢献党の勢力を維持するためにも、セーター政権が実績作りを目指して中国との関係強化を進める可能性は高い。
※特集「米中対立、変わるASEAN」の第2回「『もしトラ』身構えるアジア」は、8日付で掲載予定です。
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北京でチョン氏は、台湾統一を支持すると表明している。習氏のベトナム訪問は、チョン氏に対する「答礼」の意味合いも強かったようだ。習氏がベトナムを訪れたのは国家主席に就任して以降で3回目、チョン氏は共産党書記長に就任以来、中国を4回訪問している。両国の蜜月ぶりが、さらにアピールされた出来事となった。
インドネシアやベトナム、フィリピンといったASEAN域内の主要国は中国との領土問題を抱えており、安全保障上の主要な課題の一つとなる。同時に、それぞれの国にとって「チャイナ・マネー」の存在感は大きく、経済成長を支える存在でもある。10~16年に年間平均66億米ドル(約9,900億円)だった中国からASEANへの海外直接投資(FDI)は、17~22年に131億米ドルに倍増。ASEANに流入したFDIに占める割合は5.9%から7.6%に拡大している。
東南アジアへのFDIでは依然として米国や日本からのものが多いが、貿易での中国の存在感は断トツといえる。ASEANの貿易総額に占める中国の割合は、18.8%に達する(22年実績)。これはASEAN域内の22.3%に次ぐ規模で、米国(10.9%)や欧州連合=EU(7.7%)、日本(7%)を大きく引き離す。地理的な近さから観光面でも存在感は大きく、タイを訪れた中国人観光客だけでも、ピーク時(19年)には1,000万人を超えている。
安全保障と、経済。東南アジア各国の対中外交は、この二つの間で絶えず揺れ動いているようにも見える。二者択一が迫られる問題ではないものの、「米中の間を、どう泳いでいくか。綱渡りは年々難しくなっている」(外交専門家)現状に、東南アジアも直面し続けている。
ISEASユソフ・イシャク研究所(シンガポール)の東南アジア有識者への聞き取り調査(23年版)では、「東南アジアで政治的・戦略的にもっとも影響力がある国・地域」として中国が41.5%とトップに立ち、米国の31.9%やASEANの13.1%、日本の1.9%を上回る。「経済的に影響力がある国・地域」では中国の存在感はさらに大きく59.9%で、ASEANの15%、米国の10.5%、日本の4.6%とは、差が大きい。
■ジョコ政権を支える中国経済
この調査で意外な印象を受けるのが、中国への警戒感がインドネシアで低いことだ。中国への経済的な影響力に対して「懸念する」との回答は、インドネシアでは50%にとどまる。これはASEAN平均の64.5%を大きく下回り、タイ(86%)やフィリピン(83.3%)、ベトナム(86.2%)よりも大幅に低い。背景には、ジョコ・ウィドド大統領のスタンスが影響している可能性がある。
立命館大学の本名純教授(国際関係学部)は、「ジョコ政権にとって、対中関係は政治的なリーダーシップを発揮・維持するための重要なインフラ」と解説する。ジョコ政権は大規模な開発を通じて45年に世界第5位の経済大国になり、「黄金時代」を迎えるという経済的ビジョンを掲げる。これまでに首都移転構想やジャカルタ—バンドン高速鉄道といったプロジェクトを推進し、資源輸出を拡大することで政治的リーダーシップを発揮し、高い支持率を維持してきた。その最大のパートナーは中国であったといえる。
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中国との領土問題を抱えていないタイは、積極的に中国の経済力を活用する姿勢が目立つ。今年1月には、中国との観光ビザ(査証)を恒久的に相互免除すると発表。商務省は、19年に開始していた中国との自由貿易協定(FTA)交渉を、年内に再開する方針を明らかにした。セーター首相は1月の王毅外相との会談で、来年には両国の国交樹立50年を記念し、習近平氏を招待する意向を示している。
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タクシン元首相の強い影響力の下にあるタイ貢献党では、同氏の娘であるペートンタン氏が党首に就任し、次期首相の有力候補と目されている。次期選挙でタイ貢献党の勢力を維持するためにも、セーター政権が実績作りを目指して中国との関係強化を進める可能性は高い。
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