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カジノ合法化、負の影響懸念セーター政権の新経済政策(上)

デジタル通貨1万バーツ(約4万2,000円)の配布が遅れるなどタイのセーター政権による大型の景気刺激策が滞るなか、カジノの合法化や不動産の購入に対する減税を含む新たな経済政策が打ち出された。政府関係者はこれらの政策が経済成長を大きく加速させると自信を見せるものの、専門家からは疑問の声も聞こえてくる。特にカジノの合法化は経済以上に社会的な負の影響が大きいとの懸念が強く、今後に議論を呼ぶことになりそうだ。

タイ政府はカジノの合法化に向け前のめりな姿勢を見せる。写真はシンガポールのIRマリーナ・ベイ・サンズ(NNA撮影)

タイ政府は9日の閣議で関係省庁に対し、カジノの合法化に向けて追加の調査を実施することを指示。国民を交えた公聴会を開催し、民間企業と共同で関連施設の造成を進めていく方針を示した。マレーシア系のメイバンク証券(タイランド)は、「タイ政府が計画しているカジノを備えた娯楽複合施設の開設によって、年間で国内総生産(GDP)比1%に相当する1,870億バーツの収入がもたらされる」と予想している。タイ会議・展示会事務局(TCEB)によると、タイの国際的なMICE(会議、視察、展示会・見本市)の市場規模は513億バーツ(2023年実績)。参加者は82万人で、積極的な誘致を展開している。MICEに加えてカジノ統合型リゾート(IR)を設置していくことで相乗効果を生み出し、経済成長を後押しする狙いがある。
セーター政権は発足直後から16歳以上の国民にデジタル通貨1万バーツを配布することを目玉政策として掲げているが、財源の問題などで大幅に実施が遅れている。現状では今年第4四半期(10~12月)の実施にめどがついたとしているが批判も根強く、先行きに不透明感がある。日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員は、10月はじめに配布にこぎ着ければ、24年の経済成長率を押し上げる効果があるとしながらも、「これまでの流れを見ると、25年にずれ込むことも十分に考えられる」と話す。
今年1~2月の輸出は前年同期比6.7%増、外国人旅行者数は50%増と持ち直している一方、自動車販売は21.5%減るなど通年でのタイ経済全体の見通しは明るいとは言えない。不動産購入の規制緩和やカジノの合法化といった政策は、デジタル通貨配布に続く大型の景気刺激策と言える。ただ、大幅な景気浮揚につながるかについては疑問の余地が大きい。

熊谷氏は、タイでカジノを合法化した場合の経済効果について、(1)現在の法案が閣議決定されても開設は29年度になる、(2)向こう5年ほどのタイの政治・社会政策の安定性、(3)社会問題に関わる政策に揺り戻しがありうる、といった観点から疑問を呈する。カジノの合法化によってGDPが1%押し上げられるとの試算については、「算出した数値の詳細はわからないが、(GDPを構成する)付加価値ではなく複合施設全体の売り上げではないか」と見る。タイでは娯楽産業の売り上げに占める付加価値率は7割と高い一方、それに付随するホテル・飲食業では3~4割にとどまる。売上高がGDPの1%に相当する1,900億バーツを前提にしたとしても、「シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズと同等の成功を収めなければならず、タイの東部などに作られたカジノにそこまでの観光客が集まるのかは疑問」であり、「カジノ建設に向けた予算を別の分野に回すべきだとの批判」も起きかねない。
■議論次第で「揺り戻し」も
カジノの合法化は、経済的な影響だけでなく、社会的な側面も含めて今後に議論を呼びそうだ。国立チュラロンコン大学を中心とした有識者のグループは先に「カジノの合法化はメリットよりも損害の方が大きい」とする声明を発表。「カジノを合法化することで政府は景気を刺激すると主張しているが、ギャンブルは何も生み出さず、専門家が経済活動とみなすことはない」と指摘するなど、早くも批判の声が上がっている。あるNPOの関係者はNNAに「『ヤミ金』が蔓延(まんえん)するタイでカジノが合法化した場合、負の影響は大きい」と懸念を示す。
タイでは違法薬物の入手が比較的容易とされ、依存症は社会的な問題として取り上げられることがある。ただ、「薬物は高価なのでタイで購入できる人はそれほど多くないが、カジノに気軽に入れるようになるとリスクは大きくなる」可能性がある。タイの家計債務は対GDP比で9割を超えており、依存症に加え破産が増えることに対する懸念が今後に強まっていくことはありうる。カジノの合法化に向けた今後の議論では、一部の周辺国で導入されているように、自国民に対する収入証明の提示といった適切な制限が求められる可能性が高い。
カジノの合法化は短期的に経済の押し上げを目指す「いかにもタクシン派らしい政策」(NPO関係者)だが、扱いを誤ればかえって政権の支持率低下につながりかねない側面がある。

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セーター政権は発足直後から16歳以上の国民にデジタル通貨1万バーツを配布することを目玉政策として掲げているが、財源の問題などで大幅に実施が遅れている。現状では今年第4四半期(10~12月)の実施にめどがついたとしているが批判も根強く、先行きに不透明感がある。日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員は、10月はじめに配布にこぎ着ければ、24年の経済成長率を押し上げる効果があるとしながらも、「これまでの流れを見ると、25年にずれ込むことも十分に考えられる」と話す。
今年1~2月の輸出は前年同期比6.7%増、外国人旅行者数は50%増と持ち直している一方、自動車販売は21.5%減るなど通年でのタイ経済全体の見通しは明るいとは言えない。不動産購入の規制緩和やカジノの合法化といった政策は、デジタル通貨配布に続く大型の景気刺激策と言える。ただ、大幅な景気浮揚につながるかについては疑問の余地が大きい。

熊谷氏は、タイでカジノを合法化した場合の経済効果について、(1)現在の法案が閣議決定されても開設は29年度になる、(2)向こう5年ほどのタイの政治・社会政策の安定性、(3)社会問題に関わる政策に揺り戻しがありうる、といった観点から疑問を呈する。カジノの合法化によってGDPが1%押し上げられるとの試算については、「算出した数値の詳細はわからないが、(GDPを構成する)付加価値ではなく複合施設全体の売り上げではないか」と見る。タイでは娯楽産業の売り上げに占める付加価値率は7割と高い一方、それに付随するホテル・飲食業では3~4割にとどまる。売上高がGDPの1%に相当する1,900億バーツを前提にしたとしても、「シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズと同等の成功を収めなければならず、タイの東部などに作られたカジノにそこまでの観光客が集まるのかは疑問」であり、「カジノ建設に向けた予算を別の分野に回すべきだとの批判」も起きかねない。
■議論次第で「揺り戻し」も
カジノの合法化は、経済的な影響だけでなく、社会的な側面も含めて今後に議論を呼びそうだ。国立チュラロンコン大学を中心とした有識者のグループは先に「カジノの合法化はメリットよりも損害の方が大きい」とする声明を発表。「カジノを合法化することで政府は景気を刺激すると主張しているが、ギャンブルは何も生み出さず、専門家が経済活動とみなすことはない」と指摘するなど、早くも批判の声が上がっている。あるNPOの関係者はNNAに「『ヤミ金』が蔓延(まんえん)するタイでカジノが合法化した場合、負の影響は大きい」と懸念を示す。
タイでは違法薬物の入手が比較的容易とされ、依存症は社会的な問題として取り上げられることがある。ただ、「薬物は高価なのでタイで購入できる人はそれほど多くないが、カジノに気軽に入れるようになるとリスクは大きくなる」可能性がある。タイの家計債務は対GDP比で9割を超えており、依存症に加え破産が増えることに対する懸念が今後に強まっていくことはありうる。カジノの合法化に向けた今後の議論では、一部の周辺国で導入されているように、自国民に対する収入証明の提示といった適切な制限が求められる可能性が高い。
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