米国でバイデン大統領が2期目の出馬を取り下げたことで、2025年には新政権が発足することが確実になった。アジアへの関与が小さかったトランプ政権の後を受けて発足したバイデン政権の米国は、東南アジアにとっては期待と失望が入りまじる存在だった。中国は、米国の次期大統領が誰になったとしても関係改善が難しい見通しである一方、インドは民主・共和党のどちらが政権を担っても関係を深化させる可能性がある。
バイデン政権は21年に発足した民主党政権で、17年に発足した共和党のトランプ政権を引き継いだ。保護主義的な主張を強く打ち出し、多国間外交よりも二国間の「ディール(取引)」を重視するトランプ政権からの政権交代を、小国のグループである東南アジア諸国連合(ASEAN)は期待をもって受け止めた。オバマ政権はアジア太平洋地域への関与を強める「リバランス政策」を打ち出していたことから、バイデン政権が再びアジア重視の姿勢を打ち出すのではないかという期待があったとされる。ISEASユソフ・イシャク研究所(シンガポール)による東南アジア有識者への聞き取り調査では、ASEANの米国への「信頼感」は20年の30.3%から、バイデン氏が大統領に就任した21年は47%に急上昇。22~23年も50%を超えた。
バイデン政権は発足後の21年12月、100カ国・地域以上を招待し、「民主主義サミット」を開催。東南アジアではインドネシアやマレーシア、フィリピンが参加した一方、タイやシンガポールは招待されなかった。24年3月に開催された第3回会合では、タイのセーター首相がビデオで参加したが、シンガポールはここでも招待されなかった。シンガポールの米国大使などを歴任した同国外務省の重鎮であるトミー・コー氏は第1回会合の際に、「民主主義のモデルは1つではなく、シンガポールは招待されるべきだった」と苦言を呈した。民主主義と非民主主義に分ける米国の「価値観外交」が、世界の分断を助長しているとの批判が一部で強まる結果となった。
阪南大学経済学部の酒向浩二教授は、米国が「価値観外交」を是正できなかったことで、「ASEAN・インドを一枚岩に扱えず、禍根を残す結果につながった」と指摘した一方、全体としてはトランプ前政権と比較して「ASEAN・インドへの関心を取り戻し、地域全体に安心感を与えた」点を評価する。バイデン政権は22年5月、米ASEAN特別首脳会議をワシントンで開催したほか、同年11月には対面では5年ぶりとなる定例首脳会議をカンボジアのプノンペンで開催。23年9月の首脳会議(ジャカルタ)にバイデン氏は出席しなかったものの、17年に一度出席しただけのトランプ氏と比較すれば安定的に関係は推移したといえる。
米国とASEANの貿易額は、バイデン政権下の21~23年に平均3,940億米ドル(約60兆6,000億円)。新型コロナウイルス感染症が流行した影響もあるとみられるが、トランプ政権下の17~20年の2,750億米ドルを大きく上回る。米国からの海外直接投資(FDI)は23年に744億米ドルと19~22年の平均217億米ドルの3.4倍に達し、ASEANに流入したFDI全体の32%を占めた。
■「親イスラエル」で信頼感低下
バイデン政権は全体としてASEANとの安定的な関係を構築したものの、23年10月のイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への侵攻は、両者の関係に影を落とした。イスラエルの軍事侵攻に対して、当初は繰り返し支持を表明したバイデン政権の姿勢に対し、東南アジアの消費者がが反発。特にイスラム教徒(ムスリム)が多いインドネシアとマレーシアでは昨年末から今年初めにかけて、欧米系メーカーの品物やサービスに対する不買運動が起きた。ISEASユソフ・イシャク研究所の調査では、24年の米国に対する信頼度が42.4%と、前年の54.2%から急低下。インドネシアでは33%から23.7%、マレーシアでは41.9%から23.1%へと大きく下がった。
パレスチナ問題を巡っては、米国で大統領選を争うトランプ氏が今月26日にイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、友好関係をアピールした。一方、民主党候補のハリス副大統領はその前日に「戦争を終わらせるタイミングだ」と発言している。選挙の結果次第で大きく米国のスタンスが変わることが予想され、3億人近いムスリムが生活する東南アジアと米国の関係を左右する可能性がある。
■トランプ氏当選なら一層の米ドル高も
酒向氏は大統領選の行方について「どちらに転ぶか、最後の最後まで分からない」としながらも、「政策にブレがない点」と、銃撃を受けたことで同情が集まるトランプ氏がやや有利との見方を示す。トランプ氏は、中国に対する制裁関税や企業に対する減税を看板の選挙公約に据える。ただ、「制裁関税は米国内の物価高、企業減税は財政への圧力が強まることにつながる」(酒向氏)懸念がある。トランプ氏は米ドル高是正を主張しているものの、同氏の政策が実施されれば、かえってドル高を助長しかねない。「自国の通貨安に悩むアジア各国にとっては、さらに事態が深刻になることもありうる」。トランプ氏は保護主義的な政策を打ち出す可能性が高く、ハリス氏は自由貿易の志向が強いと予想され、大統領就任後はASEAN各国との相性が問われることになる。
中国は大統領選の結果がどうであれ、米国との関係が大きく改善するとは見ていない。それだけに、「中国国内の生産過剰解消に向け、一層のASEAN重視の姿勢を強めると予想され、日本企業は注意する必要がある」。一方で、中国の影響力が大きくなり過ぎることへの警戒感はASEAN側にも常にあり、米中両大国の綱引きと、その狭間で対応を迫られる東南アジア諸国という構図は変わらない。
酒向氏が選挙結果にかかわらず米国との関係を深めていきそうだと予想するのがインドだ。「インドは人口動態の優位性やコロナ後の経済成長に加え、世界の分断が懸念されるなかで、近年はうまく外交面のポイントを稼いでいる印象」。インドはモノの輸出の規模がそれほど大きくなく、米国が保護主義に向かったとしても悪影響は小さい。「国境なき記者団」が発表する言論の自由度では低迷するなど、インドの権威主義が強まっているとの指摘は根強いが、「選挙結果にかかわらず、清濁併せ呑む形で米印関係は進化していく」可能性があるという。
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阪南大学経済学部の酒向浩二教授は、米国が「価値観外交」を是正できなかったことで、「ASEAN・インドを一枚岩に扱えず、禍根を残す結果につながった」と指摘した一方、全体としてはトランプ前政権と比較して「ASEAN・インドへの関心を取り戻し、地域全体に安心感を与えた」点を評価する。バイデン政権は22年5月、米ASEAN特別首脳会議をワシントンで開催したほか、同年11月には対面では5年ぶりとなる定例首脳会議をカンボジアのプノンペンで開催。23年9月の首脳会議(ジャカルタ)にバイデン氏は出席しなかったものの、17年に一度出席しただけのトランプ氏と比較すれば安定的に関係は推移したといえる。
米国とASEANの貿易額は、バイデン政権下の21~23年に平均3,940億米ドル(約60兆6,000億円)。新型コロナウイルス感染症が流行した影響もあるとみられるが、トランプ政権下の17~20年の2,750億米ドルを大きく上回る。米国からの海外直接投資(FDI)は23年に744億米ドルと19~22年の平均217億米ドルの3.4倍に達し、ASEANに流入したFDI全体の32%を占めた。
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バイデン政権は全体としてASEANとの安定的な関係を構築したものの、23年10月のイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への侵攻は、両者の関係に影を落とした。イスラエルの軍事侵攻に対して、当初は繰り返し支持を表明したバイデン政権の姿勢に対し、東南アジアの消費者がが反発。特にイスラム教徒(ムスリム)が多いインドネシアとマレーシアでは昨年末から今年初めにかけて、欧米系メーカーの品物やサービスに対する不買運動が起きた。ISEASユソフ・イシャク研究所の調査では、24年の米国に対する信頼度が42.4%と、前年の54.2%から急低下。インドネシアでは33%から23.7%、マレーシアでは41.9%から23.1%へと大きく下がった。
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■トランプ氏当選なら一層の米ドル高も
酒向氏は大統領選の行方について「どちらに転ぶか、最後の最後まで分からない」としながらも、「政策にブレがない点」と、銃撃を受けたことで同情が集まるトランプ氏がやや有利との見方を示す。トランプ氏は、中国に対する制裁関税や企業に対する減税を看板の選挙公約に据える。ただ、「制裁関税は米国内の物価高、企業減税は財政への圧力が強まることにつながる」(酒向氏)懸念がある。トランプ氏は米ドル高是正を主張しているものの、同氏の政策が実施されれば、かえってドル高を助長しかねない。「自国の通貨安に悩むアジア各国にとっては、さらに事態が深刻になることもありうる」。トランプ氏は保護主義的な政策を打ち出す可能性が高く、ハリス氏は自由貿易の志向が強いと予想され、大統領就任後はASEAN各国との相性が問われることになる。
中国は大統領選の結果がどうであれ、米国との関係が大きく改善するとは見ていない。それだけに、「中国国内の生産過剰解消に向け、一層のASEAN重視の姿勢を強めると予想され、日本企業は注意する必要がある」。一方で、中国の影響力が大きくなり過ぎることへの警戒感はASEAN側にも常にあり、米中両大国の綱引きと、その狭間で対応を迫られる東南アジア諸国という構図は変わらない。
酒向氏が選挙結果にかかわらず米国との関係を深めていきそうだと予想するのがインドだ。「インドは人口動態の優位性やコロナ後の経済成長に加え、世界の分断が懸念されるなかで、近年はうまく外交面のポイントを稼いでいる印象」。インドはモノの輸出の規模がそれほど大きくなく、米国が保護主義に向かったとしても悪影響は小さい。「国境なき記者団」が発表する言論の自由度では低迷するなど、インドの権威主義が強まっているとの指摘は根強いが、「選挙結果にかかわらず、清濁併せ呑む形で米印関係は進化していく」可能性があるという。"
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