タイの国会で16日、タクシン元首相の次女のペートンタン氏が第31代の首相に選出された。11党から成る連立政権が「全会一致」で選出したものの、政権運営の先行きについては不透明な部分が多い。まずは組閣人事で連立内が納得できるポスト配分をできるかが最初の関門となり、デジタル通貨配布の動向も注目される。また、不敬罪で起訴されたタクシン氏の処遇も政権の行方を左右することになりそうだ。
タイ貢献党のペートンタン氏は18日、同党の本部で正式に首相の任命を受けた(政府公式サイトより)
16日に実施された国会での首相選出投票では、最大与党・タイ貢献党のペートンタン氏に加え、同党幹部で元法相のチャイカセム氏や与党第2党プームチャイタイ党(タイ名誉党)のアヌティン副首相兼内相が有力とみられていたほか、貢献党や名誉党が妥協した際には、国家建設タイ合同党(UTN)のピラパン党首(副首相兼エネルギー相)の選出もありうるとみられていた。
地元紙の報道によると、タイ貢献党や連立与党の内部では、14日に憲法裁判所によって下されたセーター氏の首相解任命令が、国内で活発な動きを展開していたタクシン氏に対する牽制(けんせい)との見方も広がったとされる。このため、娘のペートンタン氏が首相になることが保守派を刺激しすぎるとの懸念を示す声があったようだ。同時に、チャイカセム氏は過去に不敬罪を定めた刑法112条の改正支持したことがあり、首相に選出されたとしても解任のリスクが高いことで出馬が見送られた。
連立与党は15日の夕方、ペートンタン氏を首相候補に立てることで一本化。16日に実施された国会での投票では野党は対抗馬を立てず、ペートンタン氏が定数500のうち319票を獲得した。18日には官報で、同氏が正式に首相に任命されたことが発表された。18日の朝には、タイ貢献党の幹部とともに、タクシン氏やセーター氏も任命式に参加している。
■閣僚人事に本格着手
ペートンタン氏は首相として史上最年少の37歳で、女性の首相はタイで2人目。世論調査機関「スーパーポール」が16~17日に実施した緊急調査(回答者1,054人)によると、46.1%がペートンタン氏の首相就任を支持すると回答。26.4%が支持しないと答えた。「早急に対処してほしい課題」(複数回答)として、74.5%が「経済問題」と回答して最多となった。このほか、46.5%が「コールセンターによる詐欺電話の問題」、42.1%が「金融機関の債務問題」、41.9%が「金融機関以外の債務問題」でこれに続いた。
日系企業や専門家の間では、「タクシン氏という後ろ盾があるため、安定感という観点からはもっとも無難な人選」という声や、「セーター氏と同じく、短命に終わるのでは」といった声もあり、現時点の見通しは分かれる。新政権にとって最初の試金石となるのは、組閣人事を通じたポストの配分だ。短期間で首相の選出にはこぎ着けたものの、与党内の調整は複雑になることが予想される。「ポストの配分で納得が得られないようであれば、アヌティン氏をはじめとした勢力との軋轢(あつれき)を抱えることになる」(日系企業関係者)こともありうる。
ペートンタン氏は18日に国王の任命を経て、本格的な組閣の準備に入るとされる。セーター氏の失職は、内閣改造の際に有罪判決を受けた過去を持つピチット氏を首相府相に起用したことがきっかけとなった。それだけに、人選にあたっては与党内での調整に加えて慎重な「身体検査」も必要になるため、時間を要すると指摘する声もある。
■デジタル通貨配布の行方は
デジタル通貨1万バーツ(約4万2,000円)の配布の行方も焦点だ。ペートンタン氏は18日の会見で、セーター政権から政策を引き継ぐ意向を示した。ただ、アヌティン氏を中心とする名誉党は、この看板政策に強く反対してきたと言われる。政策の実現に向けセーター政権は1,200億バーツ以上の補正予算を確保したものの、それ以前には国家汚職追放委員会(NACC)が借り入れの適法性に疑問を呈した経緯もあり、リスクが高い。
受け取る側にとっても、現金ではなくデジタル通貨を配布する形式であるため用途が限られることや、利用地域が限定されることで使い勝手がいいとは言えず、巨額の資金を投入する割に支持率の上昇につながるのか読めない部分が大きい。地元紙では、計画通り配布を実施するか、配布の対象や金額を縮小して仕切り直すか、延期あるいは取りやめの4通りの可能性があると伝えられている。配布を取りやめた場合は「国民に対して、看板政策を取り下げた理由を説明する必要に迫られる」(地元紙)ことになる一方、政権の支持率を押し上げるために、何らかの短期的な景気刺激策を打ち出す可能性もある。
政権の基盤を揺るがしかねないのは、タクシン氏の裁判の行方だ。タクシン氏は17日に発表された、国王の誕生日を記念する恩赦の対象に含まれたことが明らかになった。同氏は首相在任中(2001~06年)に職権乱用の罪に問われ、8年の実刑判決が下された。昨年、15年ぶりに帰国した際に恩赦で刑期は1年に短縮され、さらに今回の恩赦で今月18日までに短縮された。
職権乱用の罪がほぼ消滅したとはいえ、15年の韓国メディアに対する発言が不敬罪に当たるなどとして起訴された案件は現在も審議中。判決次第では、タイの政局をさらに流動化させることになりかねない。タクシン氏は19日に刑事裁判所に出頭する予定。
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地元紙の報道によると、タイ貢献党や連立与党の内部では、14日に憲法裁判所によって下されたセーター氏の首相解任命令が、国内で活発な動きを展開していたタクシン氏に対する牽制(けんせい)との見方も広がったとされる。このため、娘のペートンタン氏が首相になることが保守派を刺激しすぎるとの懸念を示す声があったようだ。同時に、チャイカセム氏は過去に不敬罪を定めた刑法112条の改正支持したことがあり、首相に選出されたとしても解任のリスクが高いことで出馬が見送られた。
連立与党は15日の夕方、ペートンタン氏を首相候補に立てることで一本化。16日に実施された国会での投票では野党は対抗馬を立てず、ペートンタン氏が定数500のうち319票を獲得した。18日には官報で、同氏が正式に首相に任命されたことが発表された。18日の朝には、タイ貢献党の幹部とともに、タクシン氏やセーター氏も任命式に参加している。
■閣僚人事に本格着手
ペートンタン氏は首相として史上最年少の37歳で、女性の首相はタイで2人目。世論調査機関「スーパーポール」が16~17日に実施した緊急調査(回答者1,054人)によると、46.1%がペートンタン氏の首相就任を支持すると回答。26.4%が支持しないと答えた。「早急に対処してほしい課題」(複数回答)として、74.5%が「経済問題」と回答して最多となった。このほか、46.5%が「コールセンターによる詐欺電話の問題」、42.1%が「金融機関の債務問題」、41.9%が「金融機関以外の債務問題」でこれに続いた。
日系企業や専門家の間では、「タクシン氏という後ろ盾があるため、安定感という観点からはもっとも無難な人選」という声や、「セーター氏と同じく、短命に終わるのでは」といった声もあり、現時点の見通しは分かれる。新政権にとって最初の試金石となるのは、組閣人事を通じたポストの配分だ。短期間で首相の選出にはこぎ着けたものの、与党内の調整は複雑になることが予想される。「ポストの配分で納得が得られないようであれば、アヌティン氏をはじめとした勢力との軋轢(あつれき)を抱えることになる」(日系企業関係者)こともありうる。
ペートンタン氏は18日に国王の任命を経て、本格的な組閣の準備に入るとされる。セーター氏の失職は、内閣改造の際に有罪判決を受けた過去を持つピチット氏を首相府相に起用したことがきっかけとなった。それだけに、人選にあたっては与党内での調整に加えて慎重な「身体検査」も必要になるため、時間を要すると指摘する声もある。
■デジタル通貨配布の行方は
デジタル通貨1万バーツ(約4万2,000円)の配布の行方も焦点だ。ペートンタン氏は18日の会見で、セーター政権から政策を引き継ぐ意向を示した。ただ、アヌティン氏を中心とする名誉党は、この看板政策に強く反対してきたと言われる。政策の実現に向けセーター政権は1,200億バーツ以上の補正予算を確保したものの、それ以前には国家汚職追放委員会(NACC)が借り入れの適法性に疑問を呈した経緯もあり、リスクが高い。
受け取る側にとっても、現金ではなくデジタル通貨を配布する形式であるため用途が限られることや、利用地域が限定されることで使い勝手がいいとは言えず、巨額の資金を投入する割に支持率の上昇につながるのか読めない部分が大きい。地元紙では、計画通り配布を実施するか、配布の対象や金額を縮小して仕切り直すか、延期あるいは取りやめの4通りの可能性があると伝えられている。配布を取りやめた場合は「国民に対して、看板政策を取り下げた理由を説明する必要に迫られる」(地元紙)ことになる一方、政権の支持率を押し上げるために、何らかの短期的な景気刺激策を打ち出す可能性もある。
政権の基盤を揺るがしかねないのは、タクシン氏の裁判の行方だ。タクシン氏は17日に発表された、国王の誕生日を記念する恩赦の対象に含まれたことが明らかになった。同氏は首相在任中(2001~06年)に職権乱用の罪に問われ、8年の実刑判決が下された。昨年、15年ぶりに帰国した際に恩赦で刑期は1年に短縮され、さらに今回の恩赦で今月18日までに短縮された。
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