ミャンマーの若者の間で化粧品への支出を削減する動きが出ている。2010年代には民主化の進展に伴う経済開放で国際ブランド品の流入が続いたが、国軍による4年前のクーデター後は自国通貨チャット安と物価高が進行。輸入品価格は数倍となり、高級品では一般市民の手が出ない。輸入品需要が減退する中、同国原産の樹木由来で日焼け止めや化粧品として使われる伝統的な「タナカ」など国産品の利用拡大を狙う動きもある。【小故島弘善】
商業施設の化粧品売り場=18日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)
最大都市ヤンゴンに住む20代半ばの女性会社員は「韓国やタイなどからの輸入化粧品が人気だったが、価格がクーデター前の3~4倍に上がった」とこぼす。若者の間ではより安い国際ブランドに切り替える動きがあり、洗顔剤などスキンケア用品の一部では手頃な国産品への関心も高まっているという。
実勢レートでのチャットの価値は一時、クーデター前と比べて5分の1以下まで下落。最近は1米ドル(約150円)=4,400チャット前後で安定的に推移しているが、それでも3分の1以下だ。経済専門家からはスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)の兆しを指摘する声もあり、実質賃金の低下が各商品の需要を低迷させている。
別の20代の女性は「一般的な若者は月収数十万チャット程度が大半で、100万チャット(実勢レートで約3万4,000円)以上で所得が高い方になる」と話す。ヤンゴンの商業施設では日本の「SHISEIDO」や韓国の「The Face Shop」など国際ブランドが数多く売られているが、現状では美容液1本の価格が月収並みとなる人も多く、「とても買えない」と話した。
20代前半までの女子大学生や会社員によく使っている手頃なブランドを聞くと、コンビニ経営で知られる地場ABCグループが展開する「bella(ベラ)」「hearty heart(ハーティーハート)」などが挙がる。両ブランドは10年代後半に立ち上げられ、韓国化粧品ODM(相手先ブランドによる設計・生産)大手コスマックスと提携。商品の多くはコスマックスのタイ工場から輸入販売する。韓流人気を追い風に、「韓国」をPRに利用している。
スーパーで売られる地場系のコスメブランド商品=18日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)
■都市部のタナカ離れは止まらず
ミャンマーのコスメ市場の国際化と近代化が進むにつれ、都市部では2000年以上の歴史があるとされるタナカを使わなくなる若者も増えてきた。10代の女子大学生は「子どもの頃は通学時にタナカを顔に塗っていたが、クラスメートの8割以上は近代的なコスメに切り替えている」と話す。
1990年代後半以降に生まれた「Z世代」として、彼女は化粧品を巡る世代間ギャップを強く感じるという。50代後半の母親は肌荒れ対策だけでなく、ベースメークにもタナカを使う。彼女自身は近代的なコスメのみを利用しており、「タナカを常用する生活には戻れない」と語った。
一般的に流通している商品の価格帯で比較すると、低コストなのは圧倒的にタナカだ。スーパーや伝統市場、コンビニなどで、数千チャットで買える商品が多い。地場系ブランドではタナカの成分配合を売りとした商品が存在。愛用する人からの人気は根強いものの、「地方出身の若者も化粧慣れしてくるとだんだんと使わなくなる」(同女性)という。
一方で、樹木の成分100%の純粋なタナカに対しては好意的な印象を抱いている若者が多い。「タナカはミャンマーを象徴する存在で、使っていて満足度が高い」「顔全体には塗りたくないが、フェースアートとして取り入れることがある」などの声が出る。
国内製のタナカ=18日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)
■紛争でタナカの政治利用も
タナカが政治に利用されることもある。クーデター後は国軍に抵抗する市民不服従運動(CDM)参加者がタナカのフェースアートで「CDM」を描いた。
最近は国軍系メディアもタナカをアピール。今月12日は業界団体が定めた「タナカの日」(ビルマ暦で11番目の満月の日=タボドゥエ)だったこともあり、タナカの重要性を訴える記事を複数掲載した。
樹木からペースト状のタナカを作る伝統的な手法=2024年12月31日、ミャンマー・バガン(NNA)
ミャンマーでは、タナカを国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録しようとする動きもある。昨年12月には、ミャンマー初の事例として水かけ祭りを含むティンジャン(ミャンマー正月)が登録された。ただ、軍政下で社会が分断される中、登録を喜ぶ市民は少ない。
タナカの木は乾燥地帯が主要生産地。国軍と民主派武装組織「国民防衛隊(PDF)」との武力衝突が頻発するシュエボー(北部ザガイン地域)産のタナカが有名曲の題材となっている。タナカを愛用する女性は「いろいろな背景を含めてミャンマーの今を知ってほしい」との思いを口にする。
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最大都市ヤンゴンに住む20代半ばの女性会社員は「韓国やタイなどからの輸入化粧品が人気だったが、価格がクーデター前の3~4倍に上がった」とこぼす。若者の間ではより安い国際ブランドに切り替える動きがあり、洗顔剤などスキンケア用品の一部では手頃な国産品への関心も高まっているという。
実勢レートでのチャットの価値は一時、クーデター前と比べて5分の1以下まで下落。最近は1米ドル(約150円)=4,400チャット前後で安定的に推移しているが、それでも3分の1以下だ。経済専門家からはスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)の兆しを指摘する声もあり、実質賃金の低下が各商品の需要を低迷させている。
別の20代の女性は「一般的な若者は月収数十万チャット程度が大半で、100万チャット(実勢レートで約3万4,000円)以上で所得が高い方になる」と話す。ヤンゴンの商業施設では日本の「SHISEIDO」や韓国の「The Face Shop」など国際ブランドが数多く売られているが、現状では美容液1本の価格が月収並みとなる人も多く、「とても買えない」と話した。
20代前半までの女子大学生や会社員によく使っている手頃なブランドを聞くと、コンビニ経営で知られる地場ABCグループが展開する「bella(ベラ)」「hearty heart(ハーティーハート)」などが挙がる。両ブランドは10年代後半に立ち上げられ、韓国化粧品ODM(相手先ブランドによる設計・生産)大手コスマックスと提携。商品の多くはコスマックスのタイ工場から輸入販売する。韓流人気を追い風に、「韓国」をPRに利用している。
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スーパーで売られる地場系のコスメブランド商品=18日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)[/caption]
■都市部のタナカ離れは止まらず
ミャンマーのコスメ市場の国際化と近代化が進むにつれ、都市部では2000年以上の歴史があるとされるタナカを使わなくなる若者も増えてきた。10代の女子大学生は「子どもの頃は通学時にタナカを顔に塗っていたが、クラスメートの8割以上は近代的なコスメに切り替えている」と話す。
1990年代後半以降に生まれた「Z世代」として、彼女は化粧品を巡る世代間ギャップを強く感じるという。50代後半の母親は肌荒れ対策だけでなく、ベースメークにもタナカを使う。彼女自身は近代的なコスメのみを利用しており、「タナカを常用する生活には戻れない」と語った。
一般的に流通している商品の価格帯で比較すると、低コストなのは圧倒的にタナカだ。スーパーや伝統市場、コンビニなどで、数千チャットで買える商品が多い。地場系ブランドではタナカの成分配合を売りとした商品が存在。愛用する人からの人気は根強いものの、「地方出身の若者も化粧慣れしてくるとだんだんと使わなくなる」(同女性)という。
一方で、樹木の成分100%の純粋なタナカに対しては好意的な印象を抱いている若者が多い。「タナカはミャンマーを象徴する存在で、使っていて満足度が高い」「顔全体には塗りたくないが、フェースアートとして取り入れることがある」などの声が出る。
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国内製のタナカ=18日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)[/caption]
■紛争でタナカの政治利用も
タナカが政治に利用されることもある。クーデター後は国軍に抵抗する市民不服従運動(CDM)参加者がタナカのフェースアートで「CDM」を描いた。
最近は国軍系メディアもタナカをアピール。今月12日は業界団体が定めた「タナカの日」(ビルマ暦で11番目の満月の日=タボドゥエ)だったこともあり、タナカの重要性を訴える記事を複数掲載した。
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樹木からペースト状のタナカを作る伝統的な手法=2024年12月31日、ミャンマー・バガン(NNA)[/caption]
ミャンマーでは、タナカを国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録しようとする動きもある。昨年12月には、ミャンマー初の事例として水かけ祭りを含むティンジャン(ミャンマー正月)が登録された。ただ、軍政下で社会が分断される中、登録を喜ぶ市民は少ない。
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ミャンマー・ラオス・カンボジア情報
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ビジネス全般人事労務