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挑戦続ける台湾産カカオコスト上回る価値創出へ試行錯誤

台湾でカカオが採れることはあまり知られていない。嗜好(しこう)品のビンロウの転作作物として台湾政府が推奨しており、台湾でカカオ栽培から製品化までを一貫して行ったチョコレートは世界的な評価も受けている。一方で、他の生産国に比べてコストが高いことが国際市場での障壁となっており、政府や関係者はさまざまな付加価値をつけて市場の拡大を図ろうとしている。【菅原真央】

台湾政府はビンロウの転作作物としてカカオを推奨している=7月、屏東(NNA撮影)

赤、緑、黄色、オレンジ——。手の届く高さにラグビーボールのような実がぶら下がる。手のひらより少し大きなサイズで、持つと固くずっしりと重い。汗がにじむ暑さの中、カカオの実は木の葉の陰で守られていた。
台湾最南部の屏東県。主に北西部にカカオ農園が点在している。台湾産カカオで作ったチョコレートは個性的な風味が特徴といわれ、口に含むと、凝縮されたカカオのコクとフルーツのような酸味、洋酒のような香りなど複雑な味わいが一気に広がる。
台湾でのカカオ生産は、日本統治時代の1927年に森永製菓の創業者である森永太一郎氏が栽培を試みたのが始まりだ。しかし当時の気候はカカオの成長に適しておらず、根付くまでには至らなかった。その後台湾でカカオ生産が再開したのは2002年ごろ。屏東県の農家がインドネシアの品種をビンロウの木陰で栽培することに成功した。カカオは高温多湿環境でよく育つが、直射日光を嫌う。ビンロウの木の下で育てることで、太陽の光を遮ることができるという。
屏東県はビンロウの生産量が多い地域の一つ。台湾行政院(内閣)農業委員会(農委会)の統計によると、21年の台湾のビンロウ生産量は9万5,536トン。このうち屏東県は2万8,474トンとなっており、南投県(2万9,769トン)、嘉義県(1万5,329トン)を合わせた3県で全体の約8割を占める。
ビンロウは口腔(こうくう)がんのリスクが高まるなど健康被害が指摘されており、台湾政府は近年、カカオやコーヒーなど他の作物への転作を促している。農委会水土保持局台南分局は16年から屏東県のカカオ産業発展のための支援計画を始動。傅桂霖分局長によると、栽培や販売、チョコレートの製造工程、畑の管理などの技術指導を行っている。カカオの耕作面積は現在、約300ヘクタールまで拡大した。
傅氏によると、台湾のカカオ産業の強みは、カカオの栽培からチョコレートの製造までを一貫して行う「ツリー・トゥー・バー」が可能なところだ。一方、生産量の多いコートジボワールやガーナ、インドネシアではカカオの生産のみを行い、別の国がカカオを輸入してチョコレートの製造を行っている。
台湾のチョコレートブランド、福湾巧克力の創業者である許華仁氏は、「当社のチョコレートが世界で認められるようになったのは、産地でチョコレートを作れているから。全ての製造工程を正確に細かく把握できるため、短期間で品質を上げることができた」と説明する。
同社は世界的なチョコレートの品評会「インターナショナル・チョコレート・アワード(ICA)」で17年以降毎年多くの賞を獲得しており、台湾産チョコレートを国際舞台に押し上げたブランドの一つ。チョコレートの原材料はココアパウダーを除き、全て台湾産カカオを使用している。台湾食材を使った商品もあり、日本の消費者からは鉄観音茶やサクラエビを使ったチョコレートが人気だ。屏東県の本店のほか台北市の「台北101」にも店舗を設けており、観光客だけでなく、近隣のオフィスビルで働く人や近くに住む人などが買い求めに来るという。

台湾でカカオ栽培から製品化までを一貫して行ったチョコレートは世界的な評価を受けている(NNA撮影)

■「世界一高いカカオ」
台湾のカカオ農家は、生産するカカオのほとんどを域内向けに供給している。市場拡大のための壁となっているのは、コストの高さだ。生産量の多いアフリカやインドネシアに比べて人件費や土地、加工にかかるコストが高いためで、台湾産カカオは「世界で一番高いカカオ」とされている。
福湾のチョコレートの価格は板チョコレートが280~650台湾元(約1,290~3,000円)。許氏は、「コストが世界一高いなら、世界で最高の品質のカカオを目指さなければならない。そうでなければ生き残ることはできない」と指摘する。
コストを下げることは台湾カカオ産業の持続可能性の観点からも難しい。許氏は、アフリカやインドネシアのカカオの価格は生産者の生活を支えられておらず、合理的でないと指摘。「持続可能なチョコレートのビジネスモデルを確立するためには、農家からの仕入れ価格が合理的でなければならない」との考えだ。
傅氏も、「安く売り出すことはできない」と強調。国際的なコンテストで台湾産チョコレートの知名度を上げ、高級路線として売り出していく方針を示した。
東京都世田谷区で台湾産コーヒーとカカオの専門店・台湾カフェのMEILI(美麗)を運営する小山立代表は、カカオ豆からチョコレートまで製造を一貫して行う「ビーン・トゥ・バー」の日本メーカーに対する台湾産カカオの卸売りも行っている。日本での営業の際はコストの高さを理由に断られたことも多く、「使いたいという企業は本当に余裕のある企業だけだ」と指摘する。
一方で、仕入れたメーカーは品質を高く評価している。現在は東京や千葉、青森のチョコレート専門店などが台湾産カカオを仕入れている。小山氏は、「別の産地では虫が混じっていたり、汚い豆があったりすることもあるが、台湾のカカオはピッキングが必要ないほどきれいだとの感想をもらっている」と説明。台湾の農家が良い豆を届けるための努力をしているためだという。
農委会によると、台湾のチョコレート市場規模は約88億元。ただ多くが輸入品で、台湾製のシェアは3%以下となっている。農委会は将来的にシェアを10%以上まで拡大する目標を掲げている。

カカオのパルプ(果肉)を取り出す作業。台湾のカカオ農家はほとんどを域内向けに供給している=7月、屏東(NNA撮影)

■体験や行政連携で認知拡大へ
こうした逆境の中、関係者はチョコレートの販売に限らないアプローチで台湾のカカオ産業を発展させ、台湾産チョコレートを広めようとしている。
許氏は今後、「チョコレートが生活の一部となるような体験に力を入れていきたい」として、ヨガや登山、料理教室などを組み合わせるなど事業の幅を広げる考えを示した。現在は福湾の本店にカフェスペースを設けているが、料理を含めた飲食も強化し、域内外でこうした複合店を展開する目標も掲げた。
傅氏は「台湾の有名チョコレートブランドは、展示会への出展や電子商取引(EC)での販売を通じて国際市場の開拓のために努力している」と説明。その上で、台湾のカカオ産地をレジャーエリアに発展させる青写真を描き、「家庭で味わうだけでなく、農園に足を運んで体験してほしい」と期待を込めた。
一方、小山氏は日本のマルシェなどで台湾産チョコレートを使った商品を積極的に展開するほか、台湾の姉妹都市になっている日本の自治体との提携を模索。「行政と協力し、その土地の特産品を使用したチョコレートを台湾産カカオで作る計画を考えている」と明かした。

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台湾最南部の屏東県。主に北西部にカカオ農園が点在している。台湾産カカオで作ったチョコレートは個性的な風味が特徴といわれ、口に含むと、凝縮されたカカオのコクとフルーツのような酸味、洋酒のような香りなど複雑な味わいが一気に広がる。
台湾でのカカオ生産は、日本統治時代の1927年に森永製菓の創業者である森永太一郎氏が栽培を試みたのが始まりだ。しかし当時の気候はカカオの成長に適しておらず、根付くまでには至らなかった。その後台湾でカカオ生産が再開したのは2002年ごろ。屏東県の農家がインドネシアの品種をビンロウの木陰で栽培することに成功した。カカオは高温多湿環境でよく育つが、直射日光を嫌う。ビンロウの木の下で育てることで、太陽の光を遮ることができるという。
屏東県はビンロウの生産量が多い地域の一つ。台湾行政院(内閣)農業委員会(農委会)の統計によると、21年の台湾のビンロウ生産量は9万5,536トン。このうち屏東県は2万8,474トンとなっており、南投県(2万9,769トン)、嘉義県(1万5,329トン)を合わせた3県で全体の約8割を占める。
ビンロウは口腔(こうくう)がんのリスクが高まるなど健康被害が指摘されており、台湾政府は近年、カカオやコーヒーなど他の作物への転作を促している。農委会水土保持局台南分局は16年から屏東県のカカオ産業発展のための支援計画を始動。傅桂霖分局長によると、栽培や販売、チョコレートの製造工程、畑の管理などの技術指導を行っている。カカオの耕作面積は現在、約300ヘクタールまで拡大した。
傅氏によると、台湾のカカオ産業の強みは、カカオの栽培からチョコレートの製造までを一貫して行う「ツリー・トゥー・バー」が可能なところだ。一方、生産量の多いコートジボワールやガーナ、インドネシアではカカオの生産のみを行い、別の国がカカオを輸入してチョコレートの製造を行っている。
台湾のチョコレートブランド、福湾巧克力の創業者である許華仁氏は、「当社のチョコレートが世界で認められるようになったのは、産地でチョコレートを作れているから。全ての製造工程を正確に細かく把握できるため、短期間で品質を上げることができた」と説明する。
同社は世界的なチョコレートの品評会「インターナショナル・チョコレート・アワード(ICA)」で17年以降毎年多くの賞を獲得しており、台湾産チョコレートを国際舞台に押し上げたブランドの一つ。チョコレートの原材料はココアパウダーを除き、全て台湾産カカオを使用している。台湾食材を使った商品もあり、日本の消費者からは鉄観音茶やサクラエビを使ったチョコレートが人気だ。屏東県の本店のほか台北市の「台北101」にも店舗を設けており、観光客だけでなく、近隣のオフィスビルで働く人や近くに住む人などが買い求めに来るという。
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■「世界一高いカカオ」
台湾のカカオ農家は、生産するカカオのほとんどを域内向けに供給している。市場拡大のための壁となっているのは、コストの高さだ。生産量の多いアフリカやインドネシアに比べて人件費や土地、加工にかかるコストが高いためで、台湾産カカオは「世界で一番高いカカオ」とされている。
福湾のチョコレートの価格は板チョコレートが280~650台湾元(約1,290~3,000円)。許氏は、「コストが世界一高いなら、世界で最高の品質のカカオを目指さなければならない。そうでなければ生き残ることはできない」と指摘する。
コストを下げることは台湾カカオ産業の持続可能性の観点からも難しい。許氏は、アフリカやインドネシアのカカオの価格は生産者の生活を支えられておらず、合理的でないと指摘。「持続可能なチョコレートのビジネスモデルを確立するためには、農家からの仕入れ価格が合理的でなければならない」との考えだ。
傅氏も、「安く売り出すことはできない」と強調。国際的なコンテストで台湾産チョコレートの知名度を上げ、高級路線として売り出していく方針を示した。
東京都世田谷区で台湾産コーヒーとカカオの専門店・台湾カフェのMEILI(美麗)を運営する小山立代表は、カカオ豆からチョコレートまで製造を一貫して行う「ビーン・トゥ・バー」の日本メーカーに対する台湾産カカオの卸売りも行っている。日本での営業の際はコストの高さを理由に断られたことも多く、「使いたいという企業は本当に余裕のある企業だけだ」と指摘する。
一方で、仕入れたメーカーは品質を高く評価している。現在は東京や千葉、青森のチョコレート専門店などが台湾産カカオを仕入れている。小山氏は、「別の産地では虫が混じっていたり、汚い豆があったりすることもあるが、台湾のカカオはピッキングが必要ないほどきれいだとの感想をもらっている」と説明。台湾の農家が良い豆を届けるための努力をしているためだという。
農委会によると、台湾のチョコレート市場規模は約88億元。ただ多くが輸入品で、台湾製のシェアは3%以下となっている。農委会は将来的にシェアを10%以上まで拡大する目標を掲げている。
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こうした逆境の中、関係者はチョコレートの販売に限らないアプローチで台湾のカカオ産業を発展させ、台湾産チョコレートを広めようとしている。
許氏は今後、「チョコレートが生活の一部となるような体験に力を入れていきたい」として、ヨガや登山、料理教室などを組み合わせるなど事業の幅を広げる考えを示した。現在は福湾の本店にカフェスペースを設けているが、料理を含めた飲食も強化し、域内外でこうした複合店を展開する目標も掲げた。
傅氏は「台湾の有名チョコレートブランドは、展示会への出展や電子商取引(EC)での販売を通じて国際市場の開拓のために努力している」と説明。その上で、台湾のカカオ産地をレジャーエリアに発展させる青写真を描き、「家庭で味わうだけでなく、農園に足を運んで体験してほしい」と期待を込めた。
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