中国でビールの位置付けが変わりつつある。ビールを単に安さが売りの酒とみる向きがあった従来の中国社会。ただ近年は、大都市を中心にビールに高い品質を求める人が増え始めた。舌の肥えた消費者の増加は、安さを強みにする中国のビールブランドだけでなく、品質を売りにする海外ブランドの需要を押し上げる。日本企業も、中国の高級ビール市場の拡大が今後の成長エンジンの一つになるとみて、需要の取り込みに力を入れる。【吉田峻輔】
中国の大都市では、消費者が以前に比べビールに高い品質を求めるようになった。高品質を売りにする海外のビールメーカーはこの動きを商機とみて、中国事業の強化を図る(アサヒグループ提供)
中国国家発展改革委員会(発改委)が毎月発表する国内36都市の消費品の平均価格を見ると、2022年7月の瓶ビール(630ミリリットル)価格は4.86元(約98円)。7年前の15年7月(4.25元)からは0.61元(14.4%)上昇したものの、劇的に高騰しているわけではない。
ただ、上海などの大都市に限ると、状況は異なる。今年6月までアサヒグループ中国法人の朝日ヒ酒(中国)投資(ヒ=口へんに卑)で総経理を務めた西村隆氏は上海のビール相場の変遷について、「10年前は日本料理屋でジョッキを1杯頼むと15元くらいだったと思うが、今や30元近くになっている」と説明。中国の大都市で消費者のビール価格に対する許容範囲が年々拡大しているとの見方を示す。
消費者も、大都市でビールの高級志向が強まっているとの実感を持つ。4年前に浙江省から上海市に移り住んだ陳さん(男性、29歳)は地元にいた時のビールとの接し方について、「庶民的な飲食店で5~10元の瓶ビールを頼んでいた。ビールは安さが売りの酒であり、味わって飲むものだとは考えていなかった」と振り返る。その上で、上海に来た当初はバーや高級レストランで1杯数十元のビールを飲む人がいることに驚いたと語る。
日本のビール業界の関係者は「欧米や日本では、クラフトビール(小規模醸造所がつくる高品質なビール)が一定の地位を確立するなどビールの味を楽しむ文化が定着している。こうした文化が上海などの中国の大都市にも流入してきている」と指摘。中国の所得水準が引き続き上昇していることも相まって、中国人のビールに対する高級志向は今後も強まるとみている。
中国のビール業界も同じ見方で、アルコール飲料の業界団体である中国酒業協会は国内の2025年のビール販売額が20年比で63%増えると予測。一方、販売量は微増にとどまるとし、単価の上昇が市場の趨勢(すうせい)になると見通している。
■中国勢との価格競争から脱却
中国のシンクタンクによると、中国の年間ビール消費量は4,000万キロリットル余りで世界1位。世界全体の2割以上を占めるとされる。
巨大ビール市場での高級化の波を好機と見るのは、日本など海外のビールメーカーだ。これまでの中国ビール市場は「雪花ビール」「青島ビール」といった国内のブランドが価格競争力を武器に優位な地位を築いてきたが、今後は海外勢にも商機が広がる見通し。
朝日ヒ酒(中国)投資は「これまでの中国ビール市場は価格面で中国ブランドとの厳しい競争が待ち受けていた。だが現在は、上海、北京、広東省深セン、同省広州といった沿海部大都市で、価格を気にせず自分の好きな味のビールを飲もうとする消費者が飛躍的に増えており、こうした現象は海外勢にとってターゲット市場の拡大を意味する」と指摘する。
■アサヒ、ブランド投資と販路拡大に注力
アサヒグループは好機を生かすため、中国でのブランド投資に力を入れようとしている。中国でのブランド価値を高めると同時に、海外ビールに興味を持つ消費者の間での認知度を高める狙いだ。
朝日ヒ酒(中国)投資は、中でも沿海部大都市でのブランド投資に注力すると表明。特に中国のビール高級化の最前線である上海を中心に投資を行う意向で、ビール関連のイベントに積極的に参画するなどして商品の露出を増やす考えを示す。
中国人が常用する交流サイト(SNS)「微信(ウィーチャット)」や「微博(ウェイボ)」に積極的に広告を出すことや、中国の電子商取引(EC)サイト「天猫(Tモール)」上に設けている旗艦店を使ったPR活動の強化も計画している。
同時に販路の拡大も進める。ブランドの認知度を上げても、消費者の身近なところに商品が売られていなければ、販売増につながらないためだ。
とりわけ重視するのは飲食店向けの販売。朝日ヒ酒(中国)投資は、「中国のビール消費は飲食店と家庭の比率がおよそ1対1だが、プレミアムビール(高級ビール)に限定した比率は8対2になる」とし、飲食店向け市場を開拓する重要性が高いことを訴える。アサヒグループが、主に飲食店で提供する生ビール「樽(たる)生」に力を入れていることも飲食店向け販売の重要度を高めていると説明する。
飲食店向け販売の先行きを占う上では、中華料理店向けの高い成長性が追い風だ。朝日ヒ酒(中国)投資は、中国人のビールに対する高級志向の強まり、訪日観光経験のある人の増加を背景に、中華料理店でも日本ブランドのビールの需要が拡大していると指摘。中国での飲食店向け販売は従来、日本料理店への販売を主にしていたが、近年の中華料理店向けの需要拡大で、現在の日本料理店向けの比率は50%を切ったという。
■向こう10年間、2桁成長継続へ
朝日ヒ酒(中国)投資は、勝負とみる大都市の飲食店向け事業で成果を収められれば、周辺事業への波及効果も期待できるとみている。大都市の飲食文化は時とともに地方都市へと流入することから、大都市でアサヒブランドの存在感を高めることができれば、将来的に地方都市の販売増も見込めると強調する。
また、樽生の品質の高さを武器に飲食店での消費者の満足度を高められれば、各消費者が家庭でビールをたしなむ際もECや小売店を通じてアサヒグループの商品を購入するようになると期待を寄せる。
朝日ヒ酒(中国)投資はこうした青写真を実現できれば「中国のビール事業の売上高は向こう10年間、2桁成長を続けられる」と予測。世界的に見ても大きな成長力がある市場だとの見方を示す。
中国ビール市場では、欧州のビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)が海外メーカーとして最大の成功を収めており、海外勢としては唯一、国内大手と肉薄するほどの高いシェアを誇っている。地場メーカーの合併・買収(M&A)や、主力商品のバドワイザーに関するブランド投資をいち早く積極化してきたことが奏功した格好。
朝日ヒ酒(中国)投資は「ABインベブとの差は大きいが、中国の高級ビール市場拡大に絡む商機を捉えることで、10年後にはABインベブの後ろに付ける海外メーカーの一角になる」との目標を掲げた。
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ただ、上海などの大都市に限ると、状況は異なる。今年6月までアサヒグループ中国法人の朝日ヒ酒(中国)投資(ヒ=口へんに卑)で総経理を務めた西村隆氏は上海のビール相場の変遷について、「10年前は日本料理屋でジョッキを1杯頼むと15元くらいだったと思うが、今や30元近くになっている」と説明。中国の大都市で消費者のビール価格に対する許容範囲が年々拡大しているとの見方を示す。
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日本のビール業界の関係者は「欧米や日本では、クラフトビール(小規模醸造所がつくる高品質なビール)が一定の地位を確立するなどビールの味を楽しむ文化が定着している。こうした文化が上海などの中国の大都市にも流入してきている」と指摘。中国の所得水準が引き続き上昇していることも相まって、中国人のビールに対する高級志向は今後も強まるとみている。
中国のビール業界も同じ見方で、アルコール飲料の業界団体である中国酒業協会は国内の2025年のビール販売額が20年比で63%増えると予測。一方、販売量は微増にとどまるとし、単価の上昇が市場の趨勢(すうせい)になると見通している。
■中国勢との価格競争から脱却
中国のシンクタンクによると、中国の年間ビール消費量は4,000万キロリットル余りで世界1位。世界全体の2割以上を占めるとされる。
巨大ビール市場での高級化の波を好機と見るのは、日本など海外のビールメーカーだ。これまでの中国ビール市場は「雪花ビール」「青島ビール」といった国内のブランドが価格競争力を武器に優位な地位を築いてきたが、今後は海外勢にも商機が広がる見通し。
朝日ヒ酒(中国)投資は「これまでの中国ビール市場は価格面で中国ブランドとの厳しい競争が待ち受けていた。だが現在は、上海、北京、広東省深セン、同省広州といった沿海部大都市で、価格を気にせず自分の好きな味のビールを飲もうとする消費者が飛躍的に増えており、こうした現象は海外勢にとってターゲット市場の拡大を意味する」と指摘する。
■アサヒ、ブランド投資と販路拡大に注力
アサヒグループは好機を生かすため、中国でのブランド投資に力を入れようとしている。中国でのブランド価値を高めると同時に、海外ビールに興味を持つ消費者の間での認知度を高める狙いだ。
朝日ヒ酒(中国)投資は、中でも沿海部大都市でのブランド投資に注力すると表明。特に中国のビール高級化の最前線である上海を中心に投資を行う意向で、ビール関連のイベントに積極的に参画するなどして商品の露出を増やす考えを示す。
中国人が常用する交流サイト(SNS)「微信(ウィーチャット)」や「微博(ウェイボ)」に積極的に広告を出すことや、中国の電子商取引(EC)サイト「天猫(Tモール)」上に設けている旗艦店を使ったPR活動の強化も計画している。
同時に販路の拡大も進める。ブランドの認知度を上げても、消費者の身近なところに商品が売られていなければ、販売増につながらないためだ。
とりわけ重視するのは飲食店向けの販売。朝日ヒ酒(中国)投資は、「中国のビール消費は飲食店と家庭の比率がおよそ1対1だが、プレミアムビール(高級ビール)に限定した比率は8対2になる」とし、飲食店向け市場を開拓する重要性が高いことを訴える。アサヒグループが、主に飲食店で提供する生ビール「樽(たる)生」に力を入れていることも飲食店向け販売の重要度を高めていると説明する。
飲食店向け販売の先行きを占う上では、中華料理店向けの高い成長性が追い風だ。朝日ヒ酒(中国)投資は、中国人のビールに対する高級志向の強まり、訪日観光経験のある人の増加を背景に、中華料理店でも日本ブランドのビールの需要が拡大していると指摘。中国での飲食店向け販売は従来、日本料理店への販売を主にしていたが、近年の中華料理店向けの需要拡大で、現在の日本料理店向けの比率は50%を切ったという。
■向こう10年間、2桁成長継続へ
朝日ヒ酒(中国)投資は、勝負とみる大都市の飲食店向け事業で成果を収められれば、周辺事業への波及効果も期待できるとみている。大都市の飲食文化は時とともに地方都市へと流入することから、大都市でアサヒブランドの存在感を高めることができれば、将来的に地方都市の販売増も見込めると強調する。
また、樽生の品質の高さを武器に飲食店での消費者の満足度を高められれば、各消費者が家庭でビールをたしなむ際もECや小売店を通じてアサヒグループの商品を購入するようになると期待を寄せる。
朝日ヒ酒(中国)投資はこうした青写真を実現できれば「中国のビール事業の売上高は向こう10年間、2桁成長を続けられる」と予測。世界的に見ても大きな成長力がある市場だとの見方を示す。
中国ビール市場では、欧州のビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)が海外メーカーとして最大の成功を収めており、海外勢としては唯一、国内大手と肉薄するほどの高いシェアを誇っている。地場メーカーの合併・買収(M&A)や、主力商品のバドワイザーに関するブランド投資をいち早く積極化してきたことが奏功した格好。
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