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実習生送り出し、日印に課題介護人材を日本へ(下)

人手不足が慢性化する日本の介護の現場にとって、世界最大とされるインドの人口は魅力だ。ただインドは、日本への技能実習生の送り出しでは他国に後れを取っている。取材を通じて、インドでの送り出し機関の少なさや、日本側の受け入れ制度の厳しさといった課題が見えてきた。【榎田真奈】

送り出し機関では出国前に介護など各分野の知識や実技、日本語の教育を行う(NAVIS提供)

日本では外国人を採用している介護施設はまだ少ない。その中でも、インド人は特に少数派だ。2022年6月時点で日本に在留する技能実習生の総数は32万7,000人余りだが、このうちインドから受け入れている実習生は300人余りに過ぎない。国別に見ると、ベトナム、インドネシア、中国が上位を占める。
インドが少ない要因について、技能実習生の送り出しを推進する全日本空輸(ANA)の片桐常弥・インド総代表は「送り出し機関の数が少なく、業界が未成熟」と指摘する。
インド政府と民間の共同出資会社で技能実習制度を管轄する全国技能開発公社(NSDC)によると、インドの送り出し機関は23年1月時点で29社。数百社あるベトナムと比べてかなり少ない。22社とミーティングを実施したANAの片桐氏によると、実際に送り出した実績があるのは6~7社にとどまっている。
インドでは、送り出し機関と実習生を仲介するブローカーが存在しないことも、送り出しが進んでいない一因だ。ブローカーは、積極的に送り出しの営業活動を担う側面があるためだ。一方で悪質なブローカーが存在しないため、市場の透明性が高いというプラスの側面もある。NSDCの幹部は、「われわれは送り出し機関と実習生の間に入って料金を取ることを認めていない」と話した。
インドからの送り出しは、18年7月に始まった。日本で外国人技能実習制度が1993年に導入されたことを考えると、そもそも始まりが遅い。ただNSDCがNNAに公開したデータによると、18年7月~22年12月に渡航した技能実習生589人のうち、22年3~12月に渡航した人が369人とおよそ6割を占め、足元では増加傾向にあることが見て取れる。

インド政府も日本への送り出しには前向きだ。管轄するNSDCは、新型コロナウイルスの流行前はアピールを目的に日本でセミナーを開催していた。新型コロナの流行以降、同様のセミナーは開催できていないが、NSDCの幹部は「今年は開催する予定だ」と意欲を示した。
独自で人材の育成も行っている。日本へ渡航する人向けの介護プログラムを首都ニューデリー郊外のグルガオンで開始。日本人に容姿が近く施設側から人気の北東部出身の10人が日本語を学んでいる。1月末までにさらに29人が参加。より多くの優秀な人材を日本に送り込みたい考えだ。
■家族帯同などが課題
一方、外国人を受け入れる日本側にも課題がある。山形県で介護施設を運営するつるかめ(天童市)の伊藤順哉社長は「家族の帯同が認められていない」ことを指摘する。
技能実習制度は、発展途上国への技能や知識の移転が目的。技能を学ぶ制度のため、在留の目的が就労ではない。期間は基本的に3年間(最長5年間)で、家族の帯同は認められない。
人材確保が困難な産業で、一定の技能や専門性を持った外国人の受け入れを目的とする「特定技能制度」でも、介護分野が対象となる「特定技能1号」の在留資格では家族の帯同が認められていない。
また、日本の賃金は諸外国と比べて上昇幅が小さく、給料面でも魅力が薄れている。中国など、賃金の上昇によってすでに技能実習生の採用が難しくなっている国もある。
技能実習制度では、各自治体の最低賃金をベースに時給換算で賃金が支払われる。特定技能制度では日本人と同等の賃金での募集になるが、転職が可能なため賃金の高い都市部に人材が流れやすく、地方の介護施設には不利だ。
在インド日本大使館によると、22年6月時点でインドからの特定技能制度での受け入れは累計40人にとどまり、うち介護人材が20人となっている。

優秀な介護人材の獲得競争では、他の先進国との競争もある。欧州の国などでは家族の帯同が可能で賃金も日本より高いことから、対抗するのが難しい実態があるようだ。日本で働いて海外での就労経験をつけてから、より高い給与のドイツなどで働く人もいるという。
それでもインドの送り出し機関ARMSに在籍するレベッカ・テップさん(24)は、「今は円安だけど日本の給与水準はインドよりもはるかに高い。日本で働き、自然などを楽しむのが夢」と日本への渡航を志望する理由を話した。送り出し機関NAVISで学ぶバブ・サリタさん(33)は日本の医療技術の高さを理由に挙げた。
今回の施設経営者らのインド視察を経て、日本の介護現場がインド人材を確保する道筋は見えた。今後優秀な人材の採用を加速させるためには、家族帯同を可能にするなど制度面での改良も求められるだろう。
ANAの片桐氏は「日本ではインドについての知識が不足している。技能実習生の送り出しは日印の人的交流の拡大につながる。セミナーや視察を通じ、人口ボーナス期にあるインドは人材が豊富で、介護分野などでも能力の高い人材を採用できる潜在性が高いことを周知していきたい」と話した。

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インドが少ない要因について、技能実習生の送り出しを推進する全日本空輸(ANA)の片桐常弥・インド総代表は「送り出し機関の数が少なく、業界が未成熟」と指摘する。
インド政府と民間の共同出資会社で技能実習制度を管轄する全国技能開発公社(NSDC)によると、インドの送り出し機関は23年1月時点で29社。数百社あるベトナムと比べてかなり少ない。22社とミーティングを実施したANAの片桐氏によると、実際に送り出した実績があるのは6~7社にとどまっている。
インドでは、送り出し機関と実習生を仲介するブローカーが存在しないことも、送り出しが進んでいない一因だ。ブローカーは、積極的に送り出しの営業活動を担う側面があるためだ。一方で悪質なブローカーが存在しないため、市場の透明性が高いというプラスの側面もある。NSDCの幹部は、「われわれは送り出し機関と実習生の間に入って料金を取ることを認めていない」と話した。
インドからの送り出しは、18年7月に始まった。日本で外国人技能実習制度が1993年に導入されたことを考えると、そもそも始まりが遅い。ただNSDCがNNAに公開したデータによると、18年7月~22年12月に渡航した技能実習生589人のうち、22年3~12月に渡航した人が369人とおよそ6割を占め、足元では増加傾向にあることが見て取れる。

インド政府も日本への送り出しには前向きだ。管轄するNSDCは、新型コロナウイルスの流行前はアピールを目的に日本でセミナーを開催していた。新型コロナの流行以降、同様のセミナーは開催できていないが、NSDCの幹部は「今年は開催する予定だ」と意欲を示した。
独自で人材の育成も行っている。日本へ渡航する人向けの介護プログラムを首都ニューデリー郊外のグルガオンで開始。日本人に容姿が近く施設側から人気の北東部出身の10人が日本語を学んでいる。1月末までにさらに29人が参加。より多くの優秀な人材を日本に送り込みたい考えだ。
■家族帯同などが課題
一方、外国人を受け入れる日本側にも課題がある。山形県で介護施設を運営するつるかめ(天童市)の伊藤順哉社長は「家族の帯同が認められていない」ことを指摘する。
技能実習制度は、発展途上国への技能や知識の移転が目的。技能を学ぶ制度のため、在留の目的が就労ではない。期間は基本的に3年間(最長5年間)で、家族の帯同は認められない。
人材確保が困難な産業で、一定の技能や専門性を持った外国人の受け入れを目的とする「特定技能制度」でも、介護分野が対象となる「特定技能1号」の在留資格では家族の帯同が認められていない。
また、日本の賃金は諸外国と比べて上昇幅が小さく、給料面でも魅力が薄れている。中国など、賃金の上昇によってすでに技能実習生の採用が難しくなっている国もある。
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在インド日本大使館によると、22年6月時点でインドからの特定技能制度での受け入れは累計40人にとどまり、うち介護人材が20人となっている。

優秀な介護人材の獲得競争では、他の先進国との競争もある。欧州の国などでは家族の帯同が可能で賃金も日本より高いことから、対抗するのが難しい実態があるようだ。日本で働いて海外での就労経験をつけてから、より高い給与のドイツなどで働く人もいるという。
それでもインドの送り出し機関ARMSに在籍するレベッカ・テップさん(24)は、「今は円安だけど日本の給与水準はインドよりもはるかに高い。日本で働き、自然などを楽しむのが夢」と日本への渡航を志望する理由を話した。送り出し機関NAVISで学ぶバブ・サリタさん(33)は日本の医療技術の高さを理由に挙げた。
今回の施設経営者らのインド視察を経て、日本の介護現場がインド人材を確保する道筋は見えた。今後優秀な人材の採用を加速させるためには、家族帯同を可能にするなど制度面での改良も求められるだろう。
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