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【尹政権1年】「日韓で外交的地位向上を」関係改善へ進展、林副教授に聞く

尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の就任から1年で急進展する日韓関係。首脳会談はこの2カ月で3度行われ、両首脳の呼応は両国関係の改善をさらに促すことになりそうだ。日韓の国際政治に詳しい韓国公州大学国際学部の林恩廷(イム・ウンジョン)副教授に、雪解けが進む両国関係について評価と展望を聞いた。
——尹大統領の就任後、日韓関係は政経両面で改善に向かっている。

「北朝鮮の非合理的な判断を抑止し、東アジアの安定を維持させていくことが韓国にとっての重要な役目となる」と話す林副教授(本人提供)

尹大統領の意志と努力については、日本で勉強し、働いた経験のある研究者の1人として高く評価したい。ただ、韓国で同じように考える人は絶対多数ではないというのが現実だ。
歴史問題など、日本と韓国が同じ意識を持つことができるとは考えていない。尹大統領や現政府の外交政策を担当する人たちも、恐らくこの違いを十分認識しているはずだ。問題は、現在の政権エリート層の認識が、韓国人の感情を代表するには不十分な面があるということだ。
一方、韓国の若い世代に目を向けると、経済的な理由から両国の協力を望む人が増えている。歴史問題は完全に終止符を打つことが難しい問題であるため、オープンな心でお互いを理解しようとする姿勢が重要になってくる。経済、社会、文化の交流が深まれば深まるほど、歴史認識の違いも徐々に縮まってくるものだと思っている。
その観点からも、3月の尹大統領の訪日から今月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)まで、いわゆる「シャトル外交」が再開されたことは、両国関係にとっても大きな前進といえる。
——文在寅(ムン・ジェイン)前政権から対日政策を一転させた理由は。
韓国のナショナリズムを理解する上で最も重要なのは日本と北朝鮮だ。日本をどう見るか、北朝鮮をどう見るかは、韓国人のアイデンティティーにおける2本軸で、米国をどう見るかはむしろ下位に位置付けられる。
しかし、尹大統領をはじめ、彼の支持者や政府内の主要人物は、北朝鮮の強い脅威に対し、韓米同盟の強化を何よりも重要視している。米国という超大国と連帯することによってのみ、北朝鮮に対するまともな抑止力を持つことができるという考えがあるためだ。
その方向性において、日本との関係改善は不可欠になる。彼らとしては、「日本は韓国に傷を負わせた国ではあるけれど、再び韓国を侵略するほど脅威な存在ではない」との認識がある。日本と情報を共有して協力体制を固めることが、北朝鮮の行動を抑制し、韓国の経済活動を促進するのにも役立つという思いがあるのだろう。
この考えは、韓国社会の絶対多数ではないにしても、大勢になりつつあるのは事実だ。北朝鮮の核・ミサイル開発が「レッドライン」を越える中、米中間の覇権争いは一層激化し、ロシアはウクライナを侵攻するまでに至った。こうした世界情勢を踏まえて、尹大統領は、韓国の国益のために日米との連帯が必要と判断したようだ。
——日本の輸出管理厳格化措置の緩和など、日韓のサプライチェーン(供給網)は正常化に向かっている。
韓国にとって、北朝鮮の核・ミサイル問題と共に最重要課題に挙げられるのが経済安保だ。米中は未来の技術を巡って「乾坤一擲(けんこんいってき)」の競争を繰り広げている。戦略的な技術について、米バイデン政権はサプライチェーンを米国中心に再編する動きを強めている。
欧州も自らを優先するいわゆる「グリーン保護主義的」な姿勢を強め、資源保有国は資源の輸出禁止や国内での高付加価値化の義務付けなど「資源ナショナリズム的」な振る舞いがみられる。
一方、日本と韓国は、資源貧国でありながら製造業強国でもある。産業を支えるには資源の確保や熟練した労働力などが必要となる。こうした面で両国の悩みはほぼ一致している。両国が矛先を向けるのではなく、協力し合いながら、資源保有国はもちろん、米国に対しても外交的レバレッジを高めるよう努力していかなければならない。
その点からも、現在のような両国間のサプライチェーンを再構築しようとする動きは非常に重要なことだと思っている。
——原発処理水問題は、日韓の外交にどんな影響を与えるか。
韓国では、原子力に関連することは政治的なアジェンダになってしまっている。韓国人は元々、食品の安全性について敏感で慎重だ。同じ事案ではないが、2008年に牛海綿状脳症(BSE)を巡る米国産牛肉の輸入問題で、大規模デモが相次ぐなど大きな社会的論争になったこともある。
東京電力福島第1原発の処理水放水問題は、「原子力に対する不信」「食品安全に対する懸念」「生態学的安全保障」「正義の理念」といった複雑な問題が絡み合っている。
日本も責任ある国として、韓国だけでなく、太平洋の島国や米国のアラスカ州政府など、この問題を深刻に捉えている人が多いことを十分に認識し、今後も誠実な姿勢を示す必要があると考える。
——良好な日韓関係は継続するのか。
国際情勢の変化によって大きく変わってくるだろう。尹大統領は、これまでの大統領選挙で最も接戦の末に当選した。その分、尹大統領の方針に反対する人が多いのは否定できない。韓国は大統領制なので、政権が代われば政策も大きく変わってくる。これは大統領制をとる米国でも同じことがいえる。
個人的な見解としては、これまでのグローバル化や貿易自由化の時代が短期的に巻き戻されることは容易ではないと考える。世界はしばらくの間、多極体制の中で勢力の再編が進むことになるだろう。
こうした時期に、韓国と日本の指導者が、イデオロギーから個人的な趣向まで、良いコンビネーションを見せているのは心強いことだ。「尹・岸田時代」をどう過ごすかは、今後の両国関係の基盤となる。この時代に、より多くの協力が制度化され、実質的な交流が活発化すれば、韓国と日本の関係もさらに進展するはずだ。(聞き手=中村公)
<プロフィル>
林恩廷(イム・ウンジョン):
ソウル出身。国立公州大学国際学部副教授。東京大学教養学部卒業後、米コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)で国際学修士、同ジョンズホプキンス大学高等国際関係学大学院(SAIS)国際関係学博士を、それぞれ取得。立命館大学国際関係学部で助教を務めた後、現職。韓国原子力統制技術院の非常任理事、韓国統一省の諮問委員も務める。

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歴史問題など、日本と韓国が同じ意識を持つことができるとは考えていない。尹大統領や現政府の外交政策を担当する人たちも、恐らくこの違いを十分認識しているはずだ。問題は、現在の政権エリート層の認識が、韓国人の感情を代表するには不十分な面があるということだ。
一方、韓国の若い世代に目を向けると、経済的な理由から両国の協力を望む人が増えている。歴史問題は完全に終止符を打つことが難しい問題であるため、オープンな心でお互いを理解しようとする姿勢が重要になってくる。経済、社会、文化の交流が深まれば深まるほど、歴史認識の違いも徐々に縮まってくるものだと思っている。
その観点からも、3月の尹大統領の訪日から今月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)まで、いわゆる「シャトル外交」が再開されたことは、両国関係にとっても大きな前進といえる。
——文在寅(ムン・ジェイン)前政権から対日政策を一転させた理由は。
韓国のナショナリズムを理解する上で最も重要なのは日本と北朝鮮だ。日本をどう見るか、北朝鮮をどう見るかは、韓国人のアイデンティティーにおける2本軸で、米国をどう見るかはむしろ下位に位置付けられる。
しかし、尹大統領をはじめ、彼の支持者や政府内の主要人物は、北朝鮮の強い脅威に対し、韓米同盟の強化を何よりも重要視している。米国という超大国と連帯することによってのみ、北朝鮮に対するまともな抑止力を持つことができるという考えがあるためだ。
その方向性において、日本との関係改善は不可欠になる。彼らとしては、「日本は韓国に傷を負わせた国ではあるけれど、再び韓国を侵略するほど脅威な存在ではない」との認識がある。日本と情報を共有して協力体制を固めることが、北朝鮮の行動を抑制し、韓国の経済活動を促進するのにも役立つという思いがあるのだろう。
この考えは、韓国社会の絶対多数ではないにしても、大勢になりつつあるのは事実だ。北朝鮮の核・ミサイル開発が「レッドライン」を越える中、米中間の覇権争いは一層激化し、ロシアはウクライナを侵攻するまでに至った。こうした世界情勢を踏まえて、尹大統領は、韓国の国益のために日米との連帯が必要と判断したようだ。
——日本の輸出管理厳格化措置の緩和など、日韓のサプライチェーン(供給網)は正常化に向かっている。
韓国にとって、北朝鮮の核・ミサイル問題と共に最重要課題に挙げられるのが経済安保だ。米中は未来の技術を巡って「乾坤一擲(けんこんいってき)」の競争を繰り広げている。戦略的な技術について、米バイデン政権はサプライチェーンを米国中心に再編する動きを強めている。
欧州も自らを優先するいわゆる「グリーン保護主義的」な姿勢を強め、資源保有国は資源の輸出禁止や国内での高付加価値化の義務付けなど「資源ナショナリズム的」な振る舞いがみられる。
一方、日本と韓国は、資源貧国でありながら製造業強国でもある。産業を支えるには資源の確保や熟練した労働力などが必要となる。こうした面で両国の悩みはほぼ一致している。両国が矛先を向けるのではなく、協力し合いながら、資源保有国はもちろん、米国に対しても外交的レバレッジを高めるよう努力していかなければならない。
その点からも、現在のような両国間のサプライチェーンを再構築しようとする動きは非常に重要なことだと思っている。
——原発処理水問題は、日韓の外交にどんな影響を与えるか。
韓国では、原子力に関連することは政治的なアジェンダになってしまっている。韓国人は元々、食品の安全性について敏感で慎重だ。同じ事案ではないが、2008年に牛海綿状脳症(BSE)を巡る米国産牛肉の輸入問題で、大規模デモが相次ぐなど大きな社会的論争になったこともある。
東京電力福島第1原発の処理水放水問題は、「原子力に対する不信」「食品安全に対する懸念」「生態学的安全保障」「正義の理念」といった複雑な問題が絡み合っている。
日本も責任ある国として、韓国だけでなく、太平洋の島国や米国のアラスカ州政府など、この問題を深刻に捉えている人が多いことを十分に認識し、今後も誠実な姿勢を示す必要があると考える。
——良好な日韓関係は継続するのか。
国際情勢の変化によって大きく変わってくるだろう。尹大統領は、これまでの大統領選挙で最も接戦の末に当選した。その分、尹大統領の方針に反対する人が多いのは否定できない。韓国は大統領制なので、政権が代われば政策も大きく変わってくる。これは大統領制をとる米国でも同じことがいえる。
個人的な見解としては、これまでのグローバル化や貿易自由化の時代が短期的に巻き戻されることは容易ではないと考える。世界はしばらくの間、多極体制の中で勢力の再編が進むことになるだろう。
こうした時期に、韓国と日本の指導者が、イデオロギーから個人的な趣向まで、良いコンビネーションを見せているのは心強いことだ。「尹・岸田時代」をどう過ごすかは、今後の両国関係の基盤となる。この時代に、より多くの協力が制度化され、実質的な交流が活発化すれば、韓国と日本の関係もさらに進展するはずだ。(聞き手=中村公)
<プロフィル>
林恩廷(イム・ウンジョン):
ソウル出身。国立公州大学国際学部副教授。東京大学教養学部卒業後、米コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)で国際学修士、同ジョンズホプキンス大学高等国際関係学大学院(SAIS)国際関係学博士を、それぞれ取得。立命館大学国際関係学部で助教を務めた後、現職。韓国原子力統制技術院の非常任理事、韓国統一省の諮問委員も務める。 " ["post_title"]=> string(105) "【尹政権1年】「日韓で外交的地位向上を」関係改善へ進展、林副教授に聞く" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(198) "%e3%80%90%e5%b0%b9%e6%94%bf%e6%a8%a9%ef%bc%91%e5%b9%b4%e3%80%91%e3%80%8c%e6%97%a5%e9%9f%93%e3%81%a7%e5%a4%96%e4%ba%a4%e7%9a%84%e5%9c%b0%e4%bd%8d%e5%90%91%e4%b8%8a%e3%82%92%e3%80%8d%e9%96%a2%e4%bf%82" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2023-05-24 04:00:03" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2023-05-23 19:00:03" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=13522" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
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