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巨額のガス田開発、迫る期限オモン発電事業始動へ(上)

ベトナム南部キエンザン省沖二百数十キロの大陸棚にあるガス田「ブロックB」の開発で、6月末の最終投資決定(FID)期限を前に関係者のぎりぎりの調整が続いている。陸上までの海底パイプライン建設を含めた総事業費は100億米ドル(約1兆4,000億円)超。事業主となる国営石油会社は南部の複数の火力発電所に20数年間にわたってガスを供給する算段だが、2050年時点の「炭素中立(カーボンニュートラル)」達成を掲げてこのほど政府が決定した新たな電力開発計画で天然ガスへの依存を段階的に減らす方向が明確になり、投資回収に懸念が広がっている。
「最終的な投資決定には、天然ガスの引き取り保証が必要だ」。
ブロックBの開発会社に子会社を通じて20数%を出資し、調査事業に参画してきた三井物産の関係者は、国営石油会社による投資最終決定が遅れている理由を、発電所側との燃料供給契約の遅れが最大の要因だと明かし、表情を曇らせた。
電力事業を管轄する商工省は22年11月、ブロックBで生産する天然ガスを、南部カントー市のオモン電力コンプレックス(第1~4発電所の総発電容量:3,810万キロワット)に燃料として送る計画を承認した。その中で、ブロックB開発の主体となる国営ベトナム石油ガスグループ(ペトロベトナム、PVN)など事業者側の最終投資決定を23年6月までと区切り、26年末までにガスの生産を始めることなどを求めた。
ただ、関係者によると、最終投資決定には依然として大きな課題が立ちふさがっており、残り1カ月での決定は極めて厳しい情勢だ。ダウトゥ電子版によれば、発電所側が「ガスの引き取り保証」をこの時点になってもためらっているのは、ブロックBでガスの生産が始まってからの供給期間を23年間に延長し、生産分与契約(PSC)の期間を49年までに延ばす必要があるためだ。
初期投資が巨額に上るガスの供給は、20年前後にわたる長期の引き取り保証と、価格の事前取り決めが行われるのが通常だ。ロシアによるウクライナへの侵攻後に跳ね上がった国際相場を基にした価格では、発電所が大きなリスクを抱えることになりかねない。

■政府の電源計画、31年以降は水素移行
巨額ガス田事業の開発リスクに輪を掛ける形になったのが、ベトナムのファム・ミン・チン首相が国際社会の動きに呼応して打ち出した50年時点の炭素中立だ。政府が5月15日に正式決定した新たな電源開発の指針「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」では、31年以降は天然ガス発電の依存度を段階的に減らし、水素との混焼や水素ガスへの移行を進めながら、50年時点で天然ガスの使用をゼロに近づける方針が打ち出された。
現状では天然ガスを使った火力発電のコストが電力小売価格(電気料金)よりも高いことに加えて、「脱炭素化」の方針が鮮明になったことで、ブロックBで産出する天然ガスについても、31年以降の引き取り保証が確約されるのか不透明な状況となり、投資回収の可能性に懸念を抱く声はいっそう高まっている。
開発中のオモン電力コンプレックスで第1と第3~4発電所の事業主を担ってきた国営ベトナム電力グループ(EVN)は、ブロックBの開発を主導するガス生産者との燃料供給契約で引き取り保証をするには、発電所の計画や運営に関する規定を一部修正する必要があるとの見解を示し、政府に具体的なガイドラインを早急に示すよう求めている。修正を求めた具体的な内容は不明だが、日系企業の関係者は、燃料調達費と政府が規制する電力小売価格の逆ザヤが発生した場合の損失補塡(ほてん)の仕組みなどを求めているのではないか、と推測する。
■日本政府系やメガバンクが融資も
ブロックB開発の事業主であるペトロベトナムによると、同ガス田開発の投資総額は68億米ドルで、ガスパイプライン建設などを含めると総事業費は100億米ドル余りに上る巨額事業だ。ブロックBは、水深77メートルの大陸棚にあり、天然ガスの推定埋蔵量は1,070億立方メートル。16年に事業が始まり、当初は20年第2四半期(4~6月)の操業開始を目指していた。供給先のオモン電力コンプレックスの開発計画が遅延した影響などで、開発事業も大幅に遅れている。
三井物産は子会社のモエコベトナム石油を通じて、プロジェクト権益の25.62%を有しており、上流の天然ガス開発・生産事業に加え、中流のパイプライン事業にも参画する。
パイプライン事業は複合的で、ブロックBからキエンザン省経由でオモン電力コンプレックスまでのパイプライン敷設、分配ステーションの建設、分岐してカマウ省まで伸びるパイプラインの敷設などが含まれる。国際協力銀行(JBIC)などが融資による支援を検討しており、日本のメガバンクなども協調融資を行う可能性がある。
ブロックB開発に参画する関係者の一人は、「関係各所がよりスピード感を持って具体的に計画を進めていく認識を共有し、協議を進めているところだ」と指摘。一方で、最終投資決定には、発電所サイドによるガスの長期引き取り契約にとどまらず、供給契約時に取り決める米ドルとベトナムドンの交換レートも課題になっていることを明らかにした。
50年の炭素中立は政府の最重要課題だ。最終投資決定が遅れれば、それだけ投資回収期間が縮まるジレンマに直面している。残された時間は少ない。

2016年の「ブロックB」開発プロジェクトの開始式典。これまで停滞が続いていたが、今月中に大きく動き出す可能性もある(ペトロベトナム提供)
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「最終的な投資決定には、天然ガスの引き取り保証が必要だ」。
ブロックBの開発会社に子会社を通じて20数%を出資し、調査事業に参画してきた三井物産の関係者は、国営石油会社による投資最終決定が遅れている理由を、発電所側との燃料供給契約の遅れが最大の要因だと明かし、表情を曇らせた。
電力事業を管轄する商工省は22年11月、ブロックBで生産する天然ガスを、南部カントー市のオモン電力コンプレックス(第1~4発電所の総発電容量:3,810万キロワット)に燃料として送る計画を承認した。その中で、ブロックB開発の主体となる国営ベトナム石油ガスグループ(ペトロベトナム、PVN)など事業者側の最終投資決定を23年6月までと区切り、26年末までにガスの生産を始めることなどを求めた。
ただ、関係者によると、最終投資決定には依然として大きな課題が立ちふさがっており、残り1カ月での決定は極めて厳しい情勢だ。ダウトゥ電子版によれば、発電所側が「ガスの引き取り保証」をこの時点になってもためらっているのは、ブロックBでガスの生産が始まってからの供給期間を23年間に延長し、生産分与契約(PSC)の期間を49年までに延ばす必要があるためだ。
初期投資が巨額に上るガスの供給は、20年前後にわたる長期の引き取り保証と、価格の事前取り決めが行われるのが通常だ。ロシアによるウクライナへの侵攻後に跳ね上がった国際相場を基にした価格では、発電所が大きなリスクを抱えることになりかねない。

■政府の電源計画、31年以降は水素移行
巨額ガス田事業の開発リスクに輪を掛ける形になったのが、ベトナムのファム・ミン・チン首相が国際社会の動きに呼応して打ち出した50年時点の炭素中立だ。政府が5月15日に正式決定した新たな電源開発の指針「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」では、31年以降は天然ガス発電の依存度を段階的に減らし、水素との混焼や水素ガスへの移行を進めながら、50年時点で天然ガスの使用をゼロに近づける方針が打ち出された。
現状では天然ガスを使った火力発電のコストが電力小売価格(電気料金)よりも高いことに加えて、「脱炭素化」の方針が鮮明になったことで、ブロックBで産出する天然ガスについても、31年以降の引き取り保証が確約されるのか不透明な状況となり、投資回収の可能性に懸念を抱く声はいっそう高まっている。
開発中のオモン電力コンプレックスで第1と第3~4発電所の事業主を担ってきた国営ベトナム電力グループ(EVN)は、ブロックBの開発を主導するガス生産者との燃料供給契約で引き取り保証をするには、発電所の計画や運営に関する規定を一部修正する必要があるとの見解を示し、政府に具体的なガイドラインを早急に示すよう求めている。修正を求めた具体的な内容は不明だが、日系企業の関係者は、燃料調達費と政府が規制する電力小売価格の逆ザヤが発生した場合の損失補塡(ほてん)の仕組みなどを求めているのではないか、と推測する。
■日本政府系やメガバンクが融資も
ブロックB開発の事業主であるペトロベトナムによると、同ガス田開発の投資総額は68億米ドルで、ガスパイプライン建設などを含めると総事業費は100億米ドル余りに上る巨額事業だ。ブロックBは、水深77メートルの大陸棚にあり、天然ガスの推定埋蔵量は1,070億立方メートル。16年に事業が始まり、当初は20年第2四半期(4~6月)の操業開始を目指していた。供給先のオモン電力コンプレックスの開発計画が遅延した影響などで、開発事業も大幅に遅れている。
三井物産は子会社のモエコベトナム石油を通じて、プロジェクト権益の25.62%を有しており、上流の天然ガス開発・生産事業に加え、中流のパイプライン事業にも参画する。
パイプライン事業は複合的で、ブロックBからキエンザン省経由でオモン電力コンプレックスまでのパイプライン敷設、分配ステーションの建設、分岐してカマウ省まで伸びるパイプラインの敷設などが含まれる。国際協力銀行(JBIC)などが融資による支援を検討しており、日本のメガバンクなども協調融資を行う可能性がある。
ブロックB開発に参画する関係者の一人は、「関係各所がよりスピード感を持って具体的に計画を進めていく認識を共有し、協議を進めているところだ」と指摘。一方で、最終投資決定には、発電所サイドによるガスの長期引き取り契約にとどまらず、供給契約時に取り決める米ドルとベトナムドンの交換レートも課題になっていることを明らかにした。
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