世界で「ジェンダー先進地」として知られている台湾。国際機関のジェンダーに関する指数はアジアで上位に入っており、政治分野では総統のほか女性議員も多数活躍している。一方で、日本の男女雇用機会均等法に相当する「性別工作平等法」の施行から20年余りがたった現在でも、妊娠をきっかけに会社から不当な扱いを受けたとの女性の訴えは多い。男女平等を巡る職場の課題や先進企業の取り組みを探った。【安藤千晶】
台湾は国際機関のジェンダーに関する指数でアジア上位に入っている。写真は台北のオフィス街の様子=13日、台北(NNA撮影)
行政院(内閣)性別平等処によると、経済協力開発機構(OECD)が発表した2023年度版の社会制度・ジェンダー指数で、台湾は世界179カ国・地域中、イタリアやスペイン、スウェーデンと並んで2位に入った。同指数は社会制度に潜む女性への差別要素に焦点を当てたもので、各国・地域の法律や社会制度などを評価する。数値は低いほど良く、台湾のスコアは9で、世界平均の30と比べ非常に高い評価となった。1位のベルギーとのスコアの差はわずか1で、性別平等処は「好成績を収めることができたのは、各機関と民間が協力して男女平等に関する取り組みを推進しているためだ」と強調した。
性別平等処によると、国連開発計画(UNDP)が発表した、男女の格差を示すジェンダー不平等指数に台湾を加えて算出したところ、21年に台湾は170カ国・地域で7番目、アジアでは最も良い水準となった。
台湾では女性議員の比率も突出している。性別平等処が世界銀行や内政部(内政省)のデータを基に作成した資料によると、立法委員(国会議員)のうち女性が占める割合は21年末時点で42.0%と、世界で25位、アジアで首位となった。22年1月の立法委員の補欠選挙後には42.5%まで上昇し、過去最高を更新した。
台湾は05年に選挙当選者の一定比率を男女に振り分ける「クオータ(割り当て)制」を憲法に明示。立法委員に占める女性の比率は選挙のたびに増加し、現在は北欧諸国並みとなっている。
制度とは別に、台湾は歴史的背景から女性の政治参加が受け入れられているとの指摘もある。財団法人婦女新知基金会の覃玉蓉秘書長は「戒厳令が敷かれていた時代、反政府的だとして捕らえられた男性の代わりに妻らが選挙に参加していた。このため当時から男性は女性の政治参加に非常に慣れている」と説明した。
財団法人婦女新知基金会の覃玉蓉秘書長は「1990年代は社会的に女性が離婚することは許されない雰囲気だった」と話した=5月、台北(NNA撮影)
■80年代には抗争
一方、台湾では過去に現在では考えられないほどの女性に不利なルールが存在していた。「単身条款」や「禁孕条款」と呼ばれるもので、かつては企業の内規や規定として広く存在し、結婚や妊娠をした女性は退職を余儀なくされていた。
国立台湾歴史博物館などによると、1980年代はこうした規定がよく見られていたが、87年に女性団体の抗争「国父紀念館事件」が勃発し、その後の「両性工作平等法(現在の性別工作平等法)」の制定につながった。
国父紀念館事件は、女性従業員57人が国父紀念館から離職通知を受け取ったことをきっかけに起こった。国父紀念館側の「来客に対応する担当者には端正な立ち振る舞いが求められるが、女性は30歳を過ぎると重視されなくなる」との趣旨の説明に女性団体が怒り、当時は戒厳令が解除されていなかったにもかかわらず、街頭での活動が行われた。
ただ、性別工作平等法が2002年に施行され、20年余りがたった現在でも、妊娠・出産を背景としたマタニティーハラスメント(マタハラ)が目立つという。
覃氏によると、マタハラでよく受ける相談は雇用主が従業員の妊娠が分かった後、各種の手を使って自主退職に追い込むケースだ。「ある女性従業員は、雇用主に自身の妊娠が伝わった後、自宅から通えないほど遠い支店に配属させられ自主退職に追い込まれた」と述べた。
就職仲介サイト「1111人力銀行」が発表した「働く女性の出産・育児ストレスに関する調査」では、54.5%の女性が妊娠後に職場で「不当な扱いを受けた」と回答した。妊娠・出産により、25.8%が「退職し専業主婦になることを選択した」、25.5%が「転職し育児に協力的な企業で正社員となることを選択した」と答えた。調査は23年3月に女性の会社員などを対象に実施。1,079件の有効回答を得た。
1111人力銀行公共事務部の陳尹柔総監によると、伝統的価値観により、子どもの面倒を見るのは女性の責任と考えている人も多い。加えて、ジェンダー差別は大企業よりも中小企業で発生しやすいという。中小企業は大企業と比べて資金が少なく、育児補助や無料あるいは低い料金で利用できる企業内保育所の提供といった大企業と同水準の福利厚生を提供することが難しいことが影響しているとみる。台湾の中小企業は21年時点で企業全体の98%以上を占めている。
1111人力銀行公共事務部の陳尹柔総監は、ハイテク企業をはじめとする大企業は育児に関する福利厚生が整っていると説明した=5月、台北(NNA撮影)
■男女平等に力を入れている企業も
男女平等に力を入れている企業もある。米ブルームバーグが1月に発表した23年版の「ブルームバーグ男女平等指数(GEI)」では、構成企業に台湾から16社が選出された。前年より10社増え、企業数、増加数ともにアジア太平洋エリアでトップだった。
選出された企業のうち、台湾の金融持ち株大手、国泰金融控股(キャセイ・フィナンシャル・ホールディングス、国泰金)の担当者によると、同社はジェンダー平等に向けた取り組みでは、社内で「国泰金控人権政策」を策定している。
個人の性別や性的指向、婚姻、家庭状況を理由に雇用や給与、評価、昇進機会において差別的な待遇をしないことを明記した。福利厚生面では、台湾で19年に同性婚が認められたことを受け、22年以降に結婚・育児にかかる福利厚生を見直し、同性カップルも申請できるようにした。
同社で21年に育休を取った男性は62人(育休取得者の11%)で、前年から17%増えた。
給与面では、21年時点で、一般社員、若手マネジャー、中間マネジャー、シニアマネジャーを含む各階級の給与の男女差は10%(男性が女性より多い)を下回った。台湾労働部(労働省)が発表した時給の男女差平均の15.8%(男性が女性より多い)よりも低い水準だ。
今年からは、従業員教育・研修の必修科目として、ダイバーシティー(多様性)やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏り)、セクハラ、職場でのいじめに関する研修を全社員が受講することに定めた。
国泰金は「多様性豊かな職場環境を創出するため、誰もが平等に参画できる機会を確保する」と強調した。
<メモ>
婦女新知基金会の前身は1982年設立の婦女新知雑誌社。1987年に基金会に改組された。1994年以降婚姻や家庭に関する法律電話相談サービスを始めた。
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性別平等処によると、国連開発計画(UNDP)が発表した、男女の格差を示すジェンダー不平等指数に台湾を加えて算出したところ、21年に台湾は170カ国・地域で7番目、アジアでは最も良い水準となった。
台湾では女性議員の比率も突出している。性別平等処が世界銀行や内政部(内政省)のデータを基に作成した資料によると、立法委員(国会議員)のうち女性が占める割合は21年末時点で42.0%と、世界で25位、アジアで首位となった。22年1月の立法委員の補欠選挙後には42.5%まで上昇し、過去最高を更新した。
台湾は05年に選挙当選者の一定比率を男女に振り分ける「クオータ(割り当て)制」を憲法に明示。立法委員に占める女性の比率は選挙のたびに増加し、現在は北欧諸国並みとなっている。
制度とは別に、台湾は歴史的背景から女性の政治参加が受け入れられているとの指摘もある。財団法人婦女新知基金会の覃玉蓉秘書長は「戒厳令が敷かれていた時代、反政府的だとして捕らえられた男性の代わりに妻らが選挙に参加していた。このため当時から男性は女性の政治参加に非常に慣れている」と説明した。
[caption id="attachment_14447" align="aligncenter" width="620"]財団法人婦女新知基金会の覃玉蓉秘書長は「1990年代は社会的に女性が離婚することは許されない雰囲気だった」と話した=5月、台北(NNA撮影)[/caption]
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一方、台湾では過去に現在では考えられないほどの女性に不利なルールが存在していた。「単身条款」や「禁孕条款」と呼ばれるもので、かつては企業の内規や規定として広く存在し、結婚や妊娠をした女性は退職を余儀なくされていた。
国立台湾歴史博物館などによると、1980年代はこうした規定がよく見られていたが、87年に女性団体の抗争「国父紀念館事件」が勃発し、その後の「両性工作平等法(現在の性別工作平等法)」の制定につながった。
国父紀念館事件は、女性従業員57人が国父紀念館から離職通知を受け取ったことをきっかけに起こった。国父紀念館側の「来客に対応する担当者には端正な立ち振る舞いが求められるが、女性は30歳を過ぎると重視されなくなる」との趣旨の説明に女性団体が怒り、当時は戒厳令が解除されていなかったにもかかわらず、街頭での活動が行われた。
ただ、性別工作平等法が2002年に施行され、20年余りがたった現在でも、妊娠・出産を背景としたマタニティーハラスメント(マタハラ)が目立つという。
覃氏によると、マタハラでよく受ける相談は雇用主が従業員の妊娠が分かった後、各種の手を使って自主退職に追い込むケースだ。「ある女性従業員は、雇用主に自身の妊娠が伝わった後、自宅から通えないほど遠い支店に配属させられ自主退職に追い込まれた」と述べた。
就職仲介サイト「1111人力銀行」が発表した「働く女性の出産・育児ストレスに関する調査」では、54.5%の女性が妊娠後に職場で「不当な扱いを受けた」と回答した。妊娠・出産により、25.8%が「退職し専業主婦になることを選択した」、25.5%が「転職し育児に協力的な企業で正社員となることを選択した」と答えた。調査は23年3月に女性の会社員などを対象に実施。1,079件の有効回答を得た。
1111人力銀行公共事務部の陳尹柔総監によると、伝統的価値観により、子どもの面倒を見るのは女性の責任と考えている人も多い。加えて、ジェンダー差別は大企業よりも中小企業で発生しやすいという。中小企業は大企業と比べて資金が少なく、育児補助や無料あるいは低い料金で利用できる企業内保育所の提供といった大企業と同水準の福利厚生を提供することが難しいことが影響しているとみる。台湾の中小企業は21年時点で企業全体の98%以上を占めている。
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■男女平等に力を入れている企業も
男女平等に力を入れている企業もある。米ブルームバーグが1月に発表した23年版の「ブルームバーグ男女平等指数(GEI)」では、構成企業に台湾から16社が選出された。前年より10社増え、企業数、増加数ともにアジア太平洋エリアでトップだった。
選出された企業のうち、台湾の金融持ち株大手、国泰金融控股(キャセイ・フィナンシャル・ホールディングス、国泰金)の担当者によると、同社はジェンダー平等に向けた取り組みでは、社内で「国泰金控人権政策」を策定している。
個人の性別や性的指向、婚姻、家庭状況を理由に雇用や給与、評価、昇進機会において差別的な待遇をしないことを明記した。福利厚生面では、台湾で19年に同性婚が認められたことを受け、22年以降に結婚・育児にかかる福利厚生を見直し、同性カップルも申請できるようにした。
同社で21年に育休を取った男性は62人(育休取得者の11%)で、前年から17%増えた。
給与面では、21年時点で、一般社員、若手マネジャー、中間マネジャー、シニアマネジャーを含む各階級の給与の男女差は10%(男性が女性より多い)を下回った。台湾労働部(労働省)が発表した時給の男女差平均の15.8%(男性が女性より多い)よりも低い水準だ。
今年からは、従業員教育・研修の必修科目として、ダイバーシティー(多様性)やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏り)、セクハラ、職場でのいじめに関する研修を全社員が受講することに定めた。
国泰金は「多様性豊かな職場環境を創出するため、誰もが平等に参画できる機会を確保する」と強調した。
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