在香港日本国総領事館の岡田健一総領事(大使)はNNAのインタビューに応じ、2023年は新型コロナウイルス禍の収束に伴い「香港の人たちが日本に対して持っている温かい気持ちにより多く触れることができた」と振り返った。その上で、日本企業のビジネス環境をさらに改善していくためには、香港の政府と社会に向けて積極的に提言やメッセージを発信することが重要だと指摘。香港への感謝の気持ちを伝えることと併せ、オールジャパンで取り組みたいと述べた。
コロナ規制が解除された23年はさまざまなイベントやプロモーションに飛び回り、日本の魅力や邦人社会からの意見を最前線で発信した(NNA撮影)
——ご自身にとっての23年は。
これまでは新型コロナの影響で香港の人たちと直接会う機会が限られていましたが、23年はようやく香港社会に深く入っていくことができました。実際に香港の人たちと対話する機会が増えたことで、彼らが日本に対して持っている温かい気持ちに多く触れることができ、そうした環境のおかげで香港の邦人が楽しく安全に生活できていることを実感しました。香港がますます好きになった1年です。
また、23年はマカオとの往来も可能になり、何度も訪問することができました。マカオにも日本への旅行や日本食、日本文化を楽しんでくれている人たちが多いことを実感し、たいへん心強く感じました。
——総領事館の活動を振り返って。
総領事館の任務の「一丁目一番地」は、香港、マカオに暮らす邦人の安全を守ること、いわゆる領事業務です。事件、事故、注意が必要な日時やイベントに関する情報のタイムリーな発信に引き続き努めています。在留邦人の安全対策について総領事館と在留邦人が話し合う「安全対策連絡協議会」も23年は再開することができました。
マカオにおいては過去の約2年ほど、新型コロナの影響で領事出張サービスを提供できず、在留邦人の皆さまにたいへんなご不便をおかけしてしまいました。22年6月に再開にこぎ着けましたが、23年はようやく平年と同じ年4回、実施することができました。
日本人学校支援も重要な仕事です。避難訓練や安全の点検について当館の担当者がアドバイスを行ったり、総領事館の仕事を児童・生徒たちに紹介したりしています。特に日本人補習授業校が直面している移転問題は当館でも最重要課題の一つと位置づけ、早期解決に向けて全面的にサポートしているところです。
16年から始まった「日本秋祭in香港」は、23年は過去2番目に多い約160件の関連イベントが開催されました。中でも香港島・銅鑼湾(コーズウェーベイ)のビクトリア公園で行われた「踊ろう!秋祭り」は、香港日本料理店協会が中心となって尽力し、たいへん素晴らしいイベントとなりました。
経済面では日本企業、自治体、香港日本人商工会議所、日本貿易振興機構(ジェトロ)、日本政府観光局(JNTO)などと連携し、さまざまなイベントやプロモーションをサポートしています。
——日本と香港の関係について。
往来が正常化し、香港旅券所持者の日本入国数は新型コロナ前の水準をほぼ回復しました。香港の人たちが日本に高い関心を持っていることに加え、JNTOや自治体、旅行会社、航空会社といった関係各方面の努力のたまものと感謝しています。
新型コロナ禍の数年は在留邦人が減少していましたが、こちらも下げ止まりの兆しが出てきました。こうした良い傾向を引き続き促進し、日本と香港の間にある信頼関係や共通の価値観に基づくつながりを大切にしていきたいと思います。
他方、日本における香港のレピュテーション(評判)回復という課題が引き続きあります。日本から香港への旅行者は新型コロナ前をまだ大きく下回っており、これは円安の要因もありますが、19年以降の香港社会の状況と日本や欧米メディアの報道による香港への印象が影響していると思われます。レピュテーションの悪化によって、在香港日系企業の多くが日本の本社から撤退や縮小の圧力を受けている状況です。
ただ実際には、香港のビジネス環境は中国本土と全く異なります。総領事館としても日本から企業の幹部が香港を訪れた際や、われわれが帰国した際には、さまざまなセミナーなどを通じて香港の実態について正負両面の正確な情報発信に努めています。
——処理水問題の影響と対応は。
香港は日本の農林水産物・食品の輸出先として過去も、これからも非常に大切な市場です。総領事館は早い段階からこの問題の重要性を認識し、22年1月にジェトロや香港日本料理店協会、流通業界などとともに関係会議を立ち上げました。東京電力福島第1原発の処理水放出に至るまで計8回の会議を開いて対応を協議し、関係者がそれぞれの立場で行動を取ってきました。
最も重要な香港政府への働きかけは総領事館が中心となり、私からのトップレベルでの申し入れをはじめとし、立法会(議会)を含む関係当局に対しても数限りなく行いました。政府のみならず、地元メディアへの説明会も重ねてきました。
そうしたオールジャパンの努力にもかかわらず、香港政府は8月24日以降、10都県からの水産物輸入を禁止し、日本から香港への魚介類輸出は落ち込んでいます。香港の日本料理店にも影響が及んでおり、こうした状況にはたいへん胸が痛みます。われわれとしては引き続き香港の当局やメディアに安全性を説明し、政府には禁輸措置の即時撤廃を求めていきます。
また、香港の一般消費者に安全性を納得してもらうことが政府や立法会を動かす素地になると考えており、その方向にも重点を置いて透明性の高い説明を続けます。私自身が香港の日本食を楽しんだり、帰国した際に福島県の魚を食べたりといった写真や動画も総領事館の交流サイト(SNS)にアップしています。関係業界のご要望に沿う形で、どんどんPR活動に協力させていただきます。
——香港の政治、経済状況への認識を。
21年末の立法会選挙で建制派(親中派)が圧勝したのに続き、23年12月の区議会議員選挙で民主派は立候補すらできない結果に終わりました。20年6月の香港国家安全維持法(国安法)施行と選挙制度改革によって、香港の「高度な自治」が大きく傷ついたとの懸念が存在していることは紛れもない事実です。
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(RSF)」の世界報道自由度ランキングで、23年の香港は140位と低迷しています。教育分野においては国家安全教育が実施され、抗日戦争に関する教育も強化されています。
加えて李家超(ジョン・リー)行政長官が10月に行った施政報告(施政方針演説に相当)では、香港基本法(憲法に相当)第23条に基づく独自の国家安全保障立法を24年のうちに完了することや、サイバーセキュリティー法案を24年中に立法会へ提出することが打ち出されました。
他方、日本における香港報道で最も見落とされているのが司法の独立です。香港の終審法院(最高裁)にいる19人の判事のうち10人は英国、オーストラリア、カナダの最高裁経験者で、うち5人は最高裁長官の経験者が占めています。終審法院で香港政府が逆転敗訴するケースも見られることから、制度面でも運用面でも香港の司法の独立は維持されていると言えるでしょう。
経済については、香港政府は23年の成長率見通しを当初の「3.5~5.5%」から「3.2%」まで引き下げました。これには地政学的状況や本土の景気動向、米国の利上げなどさまざまな要因が影響しています。
これら外部環境による不利を緩和するには、行政長官の施政報告でも示されたとおり、イノベーション・技術(I&T)など香港独自の発展の力をいかに高めるか、優秀な人材をいかに確保していくかが課題となります。香港が魅力ある都市であり続けることが重要です。
また全般的に見れば、香港の国際金融センターとしての健全性はまだ維持されています。コロナ規制が解除され、「北部都会区」(新界地区の大規模開発計画)や「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」(中国広東省の珠江デルタ9市と香港、マカオで一大経済圏を形成する構想)といったプロジェクトが具体的に動き出すことへの期待もあり、これらは明るい要素と言えます。
——24年の日本と香港、マカオの関係について。
香港とマカオは日本にとって非常に重要なパートナーですので、両地において「一国二制度」の下での自由で開かれた体制が維持され、民主的かつ安定的に発展していくことを期待します。友情と信頼に基づく日本と両地との関係をさらに深め、発展させていきたいと考えています。
ビジネス面では、日本企業から要望の多い事案について、総領事館として香港政府にしっかりと申し入れを行っていきます。香港のレピュテーションに関し、正しい香港の姿を日本に向けて発信していくことも引き続き重要です。
日本との往来は、ビジネス面では新型コロナ前の状況にだいぶ戻ってきましたが、日本からの観光はまだまだです。訪日旅行の振興はもちろん重要ですが、いかにして日本の観光客に香港、マカオへ戻ってきてもらうかということも考えていく必要があると思います。
このほか、青少年交流も徐々に再開していますので、継続的な発展を応援していきます。
良い環境で生活できることへの感謝の気持ちを、香港社会に示していくことが大事と語る岡田総領事(NNA撮影)
——NNAの読者にメッセージを。
香港における日本企業のビジネス環境がどれだけ改善するかは、私たちがどれだけ発信するかに大きくかかっていると思います。在香港の日本企業、自治体の皆さま、今年は総領事館と一緒になってオールジャパンで香港政府への問題提起や提言等を発信していきましょう。
そしてもう一つ、日本の企業や邦人が香港で安全に楽しく有意義な活動、生活を送らせてもらっていることに対し、感謝の気持ちをより大きく発信していくことも重要です。日本のコミュニティーとしてさまざまな形で香港社会に謝意を表していきましょう。(聞き手=福地大介)
<プロフィル>
岡田健一
在香港日本国総領事館総領事(大使)
60歳。東京大学卒。1988年に外務省入省。外務省大臣官房参事官、在シカゴ日本国総領事館総領事などを経て、2021年9月に着任した。
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——ご自身にとっての23年は。
これまでは新型コロナの影響で香港の人たちと直接会う機会が限られていましたが、23年はようやく香港社会に深く入っていくことができました。実際に香港の人たちと対話する機会が増えたことで、彼らが日本に対して持っている温かい気持ちに多く触れることができ、そうした環境のおかげで香港の邦人が楽しく安全に生活できていることを実感しました。香港がますます好きになった1年です。
また、23年はマカオとの往来も可能になり、何度も訪問することができました。マカオにも日本への旅行や日本食、日本文化を楽しんでくれている人たちが多いことを実感し、たいへん心強く感じました。
——総領事館の活動を振り返って。
総領事館の任務の「一丁目一番地」は、香港、マカオに暮らす邦人の安全を守ること、いわゆる領事業務です。事件、事故、注意が必要な日時やイベントに関する情報のタイムリーな発信に引き続き努めています。在留邦人の安全対策について総領事館と在留邦人が話し合う「安全対策連絡協議会」も23年は再開することができました。
マカオにおいては過去の約2年ほど、新型コロナの影響で領事出張サービスを提供できず、在留邦人の皆さまにたいへんなご不便をおかけしてしまいました。22年6月に再開にこぎ着けましたが、23年はようやく平年と同じ年4回、実施することができました。
日本人学校支援も重要な仕事です。避難訓練や安全の点検について当館の担当者がアドバイスを行ったり、総領事館の仕事を児童・生徒たちに紹介したりしています。特に日本人補習授業校が直面している移転問題は当館でも最重要課題の一つと位置づけ、早期解決に向けて全面的にサポートしているところです。
16年から始まった「日本秋祭in香港」は、23年は過去2番目に多い約160件の関連イベントが開催されました。中でも香港島・銅鑼湾(コーズウェーベイ)のビクトリア公園で行われた「踊ろう!秋祭り」は、香港日本料理店協会が中心となって尽力し、たいへん素晴らしいイベントとなりました。
経済面では日本企業、自治体、香港日本人商工会議所、日本貿易振興機構(ジェトロ)、日本政府観光局(JNTO)などと連携し、さまざまなイベントやプロモーションをサポートしています。
——日本と香港の関係について。
往来が正常化し、香港旅券所持者の日本入国数は新型コロナ前の水準をほぼ回復しました。香港の人たちが日本に高い関心を持っていることに加え、JNTOや自治体、旅行会社、航空会社といった関係各方面の努力のたまものと感謝しています。
新型コロナ禍の数年は在留邦人が減少していましたが、こちらも下げ止まりの兆しが出てきました。こうした良い傾向を引き続き促進し、日本と香港の間にある信頼関係や共通の価値観に基づくつながりを大切にしていきたいと思います。
他方、日本における香港のレピュテーション(評判)回復という課題が引き続きあります。日本から香港への旅行者は新型コロナ前をまだ大きく下回っており、これは円安の要因もありますが、19年以降の香港社会の状況と日本や欧米メディアの報道による香港への印象が影響していると思われます。レピュテーションの悪化によって、在香港日系企業の多くが日本の本社から撤退や縮小の圧力を受けている状況です。
ただ実際には、香港のビジネス環境は中国本土と全く異なります。総領事館としても日本から企業の幹部が香港を訪れた際や、われわれが帰国した際には、さまざまなセミナーなどを通じて香港の実態について正負両面の正確な情報発信に努めています。
——処理水問題の影響と対応は。
香港は日本の農林水産物・食品の輸出先として過去も、これからも非常に大切な市場です。総領事館は早い段階からこの問題の重要性を認識し、22年1月にジェトロや香港日本料理店協会、流通業界などとともに関係会議を立ち上げました。東京電力福島第1原発の処理水放出に至るまで計8回の会議を開いて対応を協議し、関係者がそれぞれの立場で行動を取ってきました。
最も重要な香港政府への働きかけは総領事館が中心となり、私からのトップレベルでの申し入れをはじめとし、立法会(議会)を含む関係当局に対しても数限りなく行いました。政府のみならず、地元メディアへの説明会も重ねてきました。
そうしたオールジャパンの努力にもかかわらず、香港政府は8月24日以降、10都県からの水産物輸入を禁止し、日本から香港への魚介類輸出は落ち込んでいます。香港の日本料理店にも影響が及んでおり、こうした状況にはたいへん胸が痛みます。われわれとしては引き続き香港の当局やメディアに安全性を説明し、政府には禁輸措置の即時撤廃を求めていきます。
また、香港の一般消費者に安全性を納得してもらうことが政府や立法会を動かす素地になると考えており、その方向にも重点を置いて透明性の高い説明を続けます。私自身が香港の日本食を楽しんだり、帰国した際に福島県の魚を食べたりといった写真や動画も総領事館の交流サイト(SNS)にアップしています。関係業界のご要望に沿う形で、どんどんPR活動に協力させていただきます。
——香港の政治、経済状況への認識を。
21年末の立法会選挙で建制派(親中派)が圧勝したのに続き、23年12月の区議会議員選挙で民主派は立候補すらできない結果に終わりました。20年6月の香港国家安全維持法(国安法)施行と選挙制度改革によって、香港の「高度な自治」が大きく傷ついたとの懸念が存在していることは紛れもない事実です。
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(RSF)」の世界報道自由度ランキングで、23年の香港は140位と低迷しています。教育分野においては国家安全教育が実施され、抗日戦争に関する教育も強化されています。
加えて李家超(ジョン・リー)行政長官が10月に行った施政報告(施政方針演説に相当)では、香港基本法(憲法に相当)第23条に基づく独自の国家安全保障立法を24年のうちに完了することや、サイバーセキュリティー法案を24年中に立法会へ提出することが打ち出されました。
他方、日本における香港報道で最も見落とされているのが司法の独立です。香港の終審法院(最高裁)にいる19人の判事のうち10人は英国、オーストラリア、カナダの最高裁経験者で、うち5人は最高裁長官の経験者が占めています。終審法院で香港政府が逆転敗訴するケースも見られることから、制度面でも運用面でも香港の司法の独立は維持されていると言えるでしょう。
経済については、香港政府は23年の成長率見通しを当初の「3.5~5.5%」から「3.2%」まで引き下げました。これには地政学的状況や本土の景気動向、米国の利上げなどさまざまな要因が影響しています。
これら外部環境による不利を緩和するには、行政長官の施政報告でも示されたとおり、イノベーション・技術(I&T)など香港独自の発展の力をいかに高めるか、優秀な人材をいかに確保していくかが課題となります。香港が魅力ある都市であり続けることが重要です。
また全般的に見れば、香港の国際金融センターとしての健全性はまだ維持されています。コロナ規制が解除され、「北部都会区」(新界地区の大規模開発計画)や「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」(中国広東省の珠江デルタ9市と香港、マカオで一大経済圏を形成する構想)といったプロジェクトが具体的に動き出すことへの期待もあり、これらは明るい要素と言えます。
——24年の日本と香港、マカオの関係について。
香港とマカオは日本にとって非常に重要なパートナーですので、両地において「一国二制度」の下での自由で開かれた体制が維持され、民主的かつ安定的に発展していくことを期待します。友情と信頼に基づく日本と両地との関係をさらに深め、発展させていきたいと考えています。
ビジネス面では、日本企業から要望の多い事案について、総領事館として香港政府にしっかりと申し入れを行っていきます。香港のレピュテーションに関し、正しい香港の姿を日本に向けて発信していくことも引き続き重要です。
日本との往来は、ビジネス面では新型コロナ前の状況にだいぶ戻ってきましたが、日本からの観光はまだまだです。訪日旅行の振興はもちろん重要ですが、いかにして日本の観光客に香港、マカオへ戻ってきてもらうかということも考えていく必要があると思います。
このほか、青少年交流も徐々に再開していますので、継続的な発展を応援していきます。
[caption id="attachment_17593" align="aligncenter" width="620"]良い環境で生活できることへの感謝の気持ちを、香港社会に示していくことが大事と語る岡田総領事(NNA撮影)[/caption]
——NNAの読者にメッセージを。
香港における日本企業のビジネス環境がどれだけ改善するかは、私たちがどれだけ発信するかに大きくかかっていると思います。在香港の日本企業、自治体の皆さま、今年は総領事館と一緒になってオールジャパンで香港政府への問題提起や提言等を発信していきましょう。
そしてもう一つ、日本の企業や邦人が香港で安全に楽しく有意義な活動、生活を送らせてもらっていることに対し、感謝の気持ちをより大きく発信していくことも重要です。日本のコミュニティーとしてさまざまな形で香港社会に謝意を表していきましょう。(聞き手=福地大介)
<プロフィル>
岡田健一
在香港日本国総領事館総領事(大使)
60歳。東京大学卒。1988年に外務省入省。外務省大臣官房参事官、在シカゴ日本国総領事館総領事などを経て、2021年9月に着任した。"
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