タイの憲法裁判所が7日の最大野党・前進党の解党処分に続き、14日にセーター首相の解任命令を出したことで、政治の状況が一気に流動化してきた。タイ国内の景気が低迷するなか、憲法裁による「静かなクーデター」は経済にとって追い打ちになることは避けられず、経済界や専門家からは懸念の声が出始めた。国会では16日に、首相選出に向けた投票が実施される予定だ。
14日の憲法裁の決定を受け、連立政権ではプムタム副首相兼商務相が首相代行を務める。首相の選出投票は16日に国会で実施される予定。首相候補は下院の全議席の5%にあたる25議席以上を有する政党が、2023年の総選挙で提出したリストに記載した人物が対象となる。投票は下院議員のみが投票し、上院議員は関与しない方式で実施される。
連立与党で最大の議席数を持つタイ貢献党は首相候補のリストに、タクシン元首相の娘のペートンタン氏と、元法相のチャイカセム氏を入れている。与党第2党のプームチャイタイ党(タイ名誉党)はアヌティン副首相兼内相を、親軍政党の国民国家の力党はプラウィット前副首相を候補とする。ナレスアン大学のウィーラ教授は地元紙に「議席数を踏まえれば、タイ貢献党が今回も首相を選出するのでは」との見方を示す。ただ、今回の憲法裁の判決はタクシン氏への強い牽制(けんせい)との見方もあり、貢献党から候補を立てるのが難しい可能性があるとしている。このためペートンタン氏の擁立は見送ってチャイカセム氏を立てると予想されていたが、15日の夕方にペートンタン氏が出馬すると発表された。
貢献党が首相を送り込むことに消極的な場合は、アヌティン氏が有力との見方は強いものの、「プームチャイタイ党はデジタル通貨の配布政策について強く反対するなど、貢献党の敵と言ってもいい存在」(ウィーラ教授)。プームチャイタイ党は上院議員の多数派を占めているといわれ、同党から首相を選出することになれば、貢献党にとって好ましい状況とは言えない。両党が妥協した場合は、国家建設タイ合同党(UTN)のピラパン党首(副首相兼エネルギー相)が首相の座につくこともありうるという。
国家開発行政研究所(NIDA)が6月末に実施した世論調査では、「首相にふさわしい人物」として6.9%がピラパン氏、4.9%がペートンタン氏、2.1%がアヌティン氏を挙げた。ただ、これら有力候補の支持率は、前進党のピター前党首(45.5%)やセーター氏(12.9%)を大きく下回る。
■デジタル通貨配布に影響も
タイでは昨年5月に実施された総選挙後に新政権が発足するまで3カ月以上かかったことで予算執行が遅れ、経済が停滞する一因となった。プムタム氏は地元紙に対し、「1万バーツ(約4万2,000円)のデジタル通貨配布は、予定通り実施する」と説明している。デジタル通貨の配布はセーター政権が発足直後から掲げる看板政策だったが、「政策は金融関係者や財界から不評で、セーター氏が解任された要因の一つなのでは」(専門家)との見方も出ており、先行きは不透明だ。
セーター氏も地元紙に「政策が実行されるか否かは、次の首相次第だ」と話し、チュラパン財務副大臣も「予定していた、今年第4四半期(10~12月)の開始は遅延が避けられない」との見方を示している。ある日系企業の関係者は「首相は16日の投票で決まるのかもしれないが、組閣に向けては時間がかかるのではないか」と、政局が長引くことの経済への影響に懸念を示す。
■専門家は日本企業への影響懸念
タマサート大学のパビダ教授(国際ビジネス・運輸学部)はNNAに、「憲法裁の判決は、タイにとって二つの意味で不幸なこと」とコメント。「タイの司法によって下される決定が、法の支配に基づくものなのか、政治的な意図によるものなのか、再び議論の対象になってしまうことが一つ。もう一つは、国内で強い政党が育まれる素地を弱めること」だとし、「ある政治的勢力が政党を解党にまで追い込めるのであれば、タイの法の支配や民主主義的なシステムに懸念が強まるのは避けられない」と説明した。
政治的な不透明感が増すことによる経済への影響についてパビダ氏は、「タイ経済は、すでに過去20年にわたって政治的な問題の影響で低迷している」とし、「公平性は、政治的・経済的な権利を守る法的なシステムに不可欠なものであり、法の支配が脆弱(ぜいじゃく)であればタイで事業をする際のリスクを高めることになる。多くの国民の権利が奪われることで外国人投資家の信頼感は低下し、ひいてはタイの国際競争力を削(そ)ぐことになる」と指摘した。同氏はさらに「特に日本の投資家は電気自動車(EV)の生産に関連するタイの政策に加えて懸念すべき事柄が増えたことで、投資の判断に深刻な影響を与えるのではないか」と話す。日本企業以外にとっても、「憲法裁が『倫理』という曖昧な理由で首相を解任できるのであれば、投資家にとってはタイ事業の先行きに対する見通しが難しくなる」ことで、大きなマイナス要素になるとした。
■サプライチェーン再編にも影響か
憲法裁による一連の判決が、国際的な批判を呼ぶことも予想される。憲法裁が7日に前進党の解党命令を下した際には、米国や欧州連合(EU)、英国といった国・地域が懸念を表明した。タイはEUと自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉を進めており、こちらの先行きにも不透明感が強まった。パビダ氏は「近年の貿易交渉は、貿易や投資の障壁を取り除くことだけでなく、人権や競争法のあり方も内包するもの」とし、「政治的・経済的な既得権益を握る保守派にとって、貿易や競争に関する議論が自分たちの勢力を削ぐものとなり、前向きな姿勢を示すことが難しくなれば、それだけ交渉も難航することになる」と見る。
また、同氏は「近年は地政学的な背景によってサプライチェーン(供給網)の再編が進められており、企業にとっては『なぜここに拠点を置いているのか』という問いは非常に重要になっている」と指摘し、「タイに投資するコストとリスクが高まれば、企業にとっては投資を多様化させる方が魅力的と捉えられかねない。東南アジアでは、タイに代わる投資先があるためだ」と警鐘を鳴らした。
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セーター氏も地元紙に「政策が実行されるか否かは、次の首相次第だ」と話し、チュラパン財務副大臣も「予定していた、今年第4四半期(10~12月)の開始は遅延が避けられない」との見方を示している。ある日系企業の関係者は「首相は16日の投票で決まるのかもしれないが、組閣に向けては時間がかかるのではないか」と、政局が長引くことの経済への影響に懸念を示す。
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タマサート大学のパビダ教授(国際ビジネス・運輸学部)はNNAに、「憲法裁の判決は、タイにとって二つの意味で不幸なこと」とコメント。「タイの司法によって下される決定が、法の支配に基づくものなのか、政治的な意図によるものなのか、再び議論の対象になってしまうことが一つ。もう一つは、国内で強い政党が育まれる素地を弱めること」だとし、「ある政治的勢力が政党を解党にまで追い込めるのであれば、タイの法の支配や民主主義的なシステムに懸念が強まるのは避けられない」と説明した。
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