伊藤直樹・駐ベトナム大使はNNAとのインタビューで、2024年8月に就任したトー・ラム共産党書記長が率いる指導部がインフラ整備や行政効率化を打ち出したことを「日越のパートナーシップをさらに前に進め、チャンスをもたらす」と強い期待を示した。南北高速鉄道(首都ハノイ—南部ホーチミン市)や原子力発電所の建設計画の再開など「戦略的なインフラ」の整備を指導部が推進していることについて、日本としても政府開発援助(ODA)、技術協力および人材育成などを通じた支援を検討することに意欲を表明した。
伊藤大使は日越関係のさらなる発展に期待を表明した
伊藤氏との主なやりとりは以下の通り。
——24年5月の着任から8カ月たった。
着任後、内政面での一番大きな出来事はトップのリーダーシップが安定してきたこと、そしてベトナムという国を新たな躍進の時代に導くという大きな方針が打ち出されたことだ。
既にいろいろな改革が動き出しており、11月に閉幕した国会では改正公共投資法や改正電力法など経済関係の法律が多く成立した。
大きな方向性としては、手続きの効率化や外資系企業が参入しやすくなることを目指したものだが、一部データの越境移転を制限するデータ法など制限的なものもある。改正が必要な法律や制定の状況を注視すべき政令は引き続きあるが、総じて言えば、日本企業にとって前向きな影響があると確信している。
ベトナムは新しい時代を迎えようとしている中で、交通やエネルギー、デジタルなど戦略的なインフラの整備に力を入れている。円借款を含むODAの再活性化を通じて日本企業をサポートするとともに、ベトナムの経済発展をサポートできるよう努力していきたい。
■ODA事業、未収金回収に注力
——円借款を通じて日本の官民が支援してきたホーチミン都市鉄道(メトロ、地下鉄)1号線が24年12月に開業した。
工事開始から開業までに12年以上を要したが、日越のインフラ協力の象徴である1号線により、 ホーチミン市の市民生活の利便性は大きく向上するであろう。開業以来、地元の人々に非常に歓迎され、多くの方々が乗車されていることは大変喜ばしい。
ただ工事は当初の想定以上に時間がかかり、日本の請負業者などに未収金が発生した。この未収金の問題の解決に今まで以上に力を入れて、企業をサポートする必要がある。
1号線に限らず南部ロンアン省ベンルック—ドンナイ省ロンタイン間の高速道路など他のODA事業でも、工期の長期化や未払いの問題が発生している。こうした問題をうまく解決することが、円借款を含む日本のODAによるインフラ整備事業を日本企業がビジネスの機会と捉える1つの前提になるだろう。解決へ向けてさらに努力し、ホーチミン市およびハノイにおける都市鉄道のさらなる協力につなげていきたい。
■高速鉄道「夢のあるプロジェクト」
——24年11月の国会は南北高速鉄道と原発の建設計画再開を決定した。
国会での決定を非常に歓迎している。南北高速鉄道も原発も今後の経済発展への重要なインフラだ。
日本は新幹線を建設し、東海道新幹線が開業した1964年以来、運行してきた経験と知見がある。日本の新幹線方式を採用したインドの高速鉄道建設を円借款事業として進めているが、ベトナムがどういう形態で高速鉄道を整備するかはまだ明確でない。特にファイナンスのあり方についてベトナム側の検討をもう少し待ちたい。
南北高速鉄道は非常に夢のあるプロジェクトだ。多少の時間はかかっても経済へのインパクトは大きい。移動の利便性や国内の連接性向上という観点でも非常に重要だと理解している。どういう協力を日本としてできるのか、日本の政府機関や企業の意向を踏まえて検討していきたい。
2016年の国会で撤回された中南部ニントゥアン省の原発計画は、将来のエネルギー需要の拡大と50年時点でのカーボンニュートラル(炭素中立)という大変野心的な目標を実現するために、原発の有用性に着目して再開が決まったと理解している。
日本は原発建設に16年の撤回まで協力する前提で対応を進めており、16年以降も特に人材育成の面で関係機関が協力を継続してきた。ベトナム側が再開した計画をどのように進めるのか時間軸も含めて把握した上で、日本として可能な対応を考えていく必要がある。
——高速鉄道や原発計画でベトナム側の、日本の支援に対する期待はどうか。
高速鉄道については、国会で承認をされる前からハイレベルの相互訪問に際して、ベトナム側から日本の協力への関心の表明がなされている。先般の加藤勝信財務相の訪越の際にもファム・ミン・チン首相から期待の表明があった。
原発については、計画再開の方針が浮上したのは24年9月であるが、その後、12月に開催された日越原子力セミナーの機会や同月下旬のグエン・ホン・ジエン商工相の訪日の際にも、日本の協力への期待の表明を受けている。
■反浪費、具体的成果に期待
——日本企業の多くがベトナムの許認可手続きの停滞に直面している。改善に向かっているか。
ラム書記長はじめ指導部が打ち出しているのは、経済の効率化や浪費をなくすということだ。浪費には、土地が割り当てられていながら実行に移されていないといったような事業も含まれており、こうした事業を迅速に進めるよう指示が出されたというふうに聞いている。
許認可の遅れや行政手続きが煩雑で物事が迅速に進まないといった日本企業が抱える問題に、指導部がより真剣に耳を傾けてくれるようになっているという印象を持っており、各企業の現場で具体的な成果に結びつくことを期待している。
26年の党大会を控えて今年は非常に重要な年だ。日本企業やわれわれが具体的な変化を感じられるような1年になれば、次期党大会以降の新たな時代におけるベトナムの飛躍や、経済面での日越のパートナーシップの拡大に機運を高めることができるだろう。
——ベトナムに進出する日本企業にメッセージを。
着任後、多くの進出日本企業の話を聞いてきた。非常に順調な企業もあれば、私が着任前に想定していた以上に苦労されている企業もあるが、ベトナムが引き続き投資先として有望な国であることは間違いがない。ベトナムの人材の優秀さ、仕事に対する献身的な姿勢や集中力、手先の器用さは大きな強みだ。
ベトナムは新しい時代を新しい指導者の下で迎えつつある。日越のパートナーシップをさらに前に進めていく上でチャンスをもたらすことは間違いがない。大使館としても日本企業の声をよく聞いてサポートしていきたい。 ぜひ現場の課題を聞かせてほしい。
ベトナムの日本に対する期待は引き続き高い。戦略的なインフラやデジタルトランスフォーメーション(DX)やGX(グリーントランスフォーメーション)、半導体、人工知能(AI)といった分野で日本企業がビジネスを拡大することはベトナムの成長だけでなく、日本企業や経済の発展にも意味がある。
ベトナムではへび年は「変革と再生の年」とされる。在留日本人や日本企業と一緒になって前に進んでいきたい。
<プロフィル>
伊藤直樹氏:東大卒。1984年外務省に入省。駐バングラデシュ大使、広報外交担当兼国際保健担当、メコン協力担当大使などを経て2024年5月から駐ベトナム大使。64歳。東京都出身。
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既にいろいろな改革が動き出しており、11月に閉幕した国会では改正公共投資法や改正電力法など経済関係の法律が多く成立した。
大きな方向性としては、手続きの効率化や外資系企業が参入しやすくなることを目指したものだが、一部データの越境移転を制限するデータ法など制限的なものもある。改正が必要な法律や制定の状況を注視すべき政令は引き続きあるが、総じて言えば、日本企業にとって前向きな影響があると確信している。
ベトナムは新しい時代を迎えようとしている中で、交通やエネルギー、デジタルなど戦略的なインフラの整備に力を入れている。円借款を含むODAの再活性化を通じて日本企業をサポートするとともに、ベトナムの経済発展をサポートできるよう努力していきたい。
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工事開始から開業までに12年以上を要したが、日越のインフラ協力の象徴である1号線により、 ホーチミン市の市民生活の利便性は大きく向上するであろう。開業以来、地元の人々に非常に歓迎され、多くの方々が乗車されていることは大変喜ばしい。
ただ工事は当初の想定以上に時間がかかり、日本の請負業者などに未収金が発生した。この未収金の問題の解決に今まで以上に力を入れて、企業をサポートする必要がある。
1号線に限らず南部ロンアン省ベンルック—ドンナイ省ロンタイン間の高速道路など他のODA事業でも、工期の長期化や未払いの問題が発生している。こうした問題をうまく解決することが、円借款を含む日本のODAによるインフラ整備事業を日本企業がビジネスの機会と捉える1つの前提になるだろう。解決へ向けてさらに努力し、ホーチミン市およびハノイにおける都市鉄道のさらなる協力につなげていきたい。
■高速鉄道「夢のあるプロジェクト」
——24年11月の国会は南北高速鉄道と原発の建設計画再開を決定した。
国会での決定を非常に歓迎している。南北高速鉄道も原発も今後の経済発展への重要なインフラだ。
日本は新幹線を建設し、東海道新幹線が開業した1964年以来、運行してきた経験と知見がある。日本の新幹線方式を採用したインドの高速鉄道建設を円借款事業として進めているが、ベトナムがどういう形態で高速鉄道を整備するかはまだ明確でない。特にファイナンスのあり方についてベトナム側の検討をもう少し待ちたい。
南北高速鉄道は非常に夢のあるプロジェクトだ。多少の時間はかかっても経済へのインパクトは大きい。移動の利便性や国内の連接性向上という観点でも非常に重要だと理解している。どういう協力を日本としてできるのか、日本の政府機関や企業の意向を踏まえて検討していきたい。
2016年の国会で撤回された中南部ニントゥアン省の原発計画は、将来のエネルギー需要の拡大と50年時点でのカーボンニュートラル(炭素中立)という大変野心的な目標を実現するために、原発の有用性に着目して再開が決まったと理解している。
日本は原発建設に16年の撤回まで協力する前提で対応を進めており、16年以降も特に人材育成の面で関係機関が協力を継続してきた。ベトナム側が再開した計画をどのように進めるのか時間軸も含めて把握した上で、日本として可能な対応を考えていく必要がある。
——高速鉄道や原発計画でベトナム側の、日本の支援に対する期待はどうか。
高速鉄道については、国会で承認をされる前からハイレベルの相互訪問に際して、ベトナム側から日本の協力への関心の表明がなされている。先般の加藤勝信財務相の訪越の際にもファム・ミン・チン首相から期待の表明があった。
原発については、計画再開の方針が浮上したのは24年9月であるが、その後、12月に開催された日越原子力セミナーの機会や同月下旬のグエン・ホン・ジエン商工相の訪日の際にも、日本の協力への期待の表明を受けている。
■反浪費、具体的成果に期待
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ラム書記長はじめ指導部が打ち出しているのは、経済の効率化や浪費をなくすということだ。浪費には、土地が割り当てられていながら実行に移されていないといったような事業も含まれており、こうした事業を迅速に進めるよう指示が出されたというふうに聞いている。
許認可の遅れや行政手続きが煩雑で物事が迅速に進まないといった日本企業が抱える問題に、指導部がより真剣に耳を傾けてくれるようになっているという印象を持っており、各企業の現場で具体的な成果に結びつくことを期待している。
26年の党大会を控えて今年は非常に重要な年だ。日本企業やわれわれが具体的な変化を感じられるような1年になれば、次期党大会以降の新たな時代におけるベトナムの飛躍や、経済面での日越のパートナーシップの拡大に機運を高めることができるだろう。
——ベトナムに進出する日本企業にメッセージを。
着任後、多くの進出日本企業の話を聞いてきた。非常に順調な企業もあれば、私が着任前に想定していた以上に苦労されている企業もあるが、ベトナムが引き続き投資先として有望な国であることは間違いがない。ベトナムの人材の優秀さ、仕事に対する献身的な姿勢や集中力、手先の器用さは大きな強みだ。
ベトナムは新しい時代を新しい指導者の下で迎えつつある。日越のパートナーシップをさらに前に進めていく上でチャンスをもたらすことは間違いがない。大使館としても日本企業の声をよく聞いてサポートしていきたい。 ぜひ現場の課題を聞かせてほしい。
ベトナムの日本に対する期待は引き続き高い。戦略的なインフラやデジタルトランスフォーメーション(DX)やGX(グリーントランスフォーメーション)、半導体、人工知能(AI)といった分野で日本企業がビジネスを拡大することはベトナムの成長だけでなく、日本企業や経済の発展にも意味がある。
ベトナムではへび年は「変革と再生の年」とされる。在留日本人や日本企業と一緒になって前に進んでいきたい。
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