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各国における内部通報者保護制度の概要

1.日本

(1) 公益通報者保護法の概要

公益通報者保護法は、国民生活の安全や社会経済の健全な発展の観点から、公益のために事業者の法令違反行為を通報した当該事業者内の労働者、退職者、役員の保護を図っています。

労働者、退職者、役員は、不正の目的でなく、自身の勤務先における不正行為を、一定の要件の下で通報することができます。また、同法は、公益通報をしたことを理由とした解雇の無効、降格・減給等の不利益取扱いの禁止する等して、通報者を保護しています。

公益通報者保護法上の通報先と要件は以下のとおりです(同法3条1項)。

通報先 要件
事業者(内部通報) 通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしていると思料する場合
行政機関 通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合、もしくは、まさに生じようとしていると思料し、かつ、当該通報対象事実の内容等の所定の事項を記載した書面を提出する場合
報道機関 通報対象事実が生じ、または、まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、内部通報では解雇や不利益取扱いを受けると信じるに足りる相当の理由がある場合等の一定の事由に該当する場合

また、公益通報者保護法は、事業者に対し、公益通報を受け、当該通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置をとる業務(次条においてに従事する者(公益通報対応業務従事者)を定めることや公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を義務付けています(同法11条1項、2項)。なお、この義務は、常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については努力義務とされています(同条3号)。

(2) 会社法上の内部統制システム構築義務

また、上記内部通報者保護法の規定のほかに、会社法上、大会社(資本金が5億円以上または負債の額が200億円以上の会社)の取締役設置会社については、内部統制システム構築義務があり、取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備が求められます(会社法362条4項6号、5項)。

取締役が内部統制システムの構築を怠るなどした場合には、任務懈怠として会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

2.タイ

(1) 内部通報者保護法の有無

タイにおいて、民間企業や公的機関による不正行為等について内部通報者を保護することを目的とした法律はありません。他方、贈収賄の疑いがある場合に通報を推奨する旨のガイドラインは存在します。

(2) 内部通報者の保護

タイでは、内部通報したことを理由に従業員を解雇した場合には、不当解雇とみなされる可能性が高く、労働法など個別の規定によって内部通報者の保護が図られているといえます。また、多くのタイ企業において、自主的に内部通報制度を設けているケースが見受けられます。

3.マレーシア

(1) 内部通報者保護法の概要

マレーシアには、内部通報者保護法(Whistleblower Protection Act 2010[Act 711]、以下「法」といいます。)が制定されており、内部通報者の保護を図っています。この法律は、公益通報者を保護することで、不正行為の報告を促し、腐敗や不正を防止することを目的としており、内部通報者からの情報非開示義務や法的責任の免責措置により、内部通報者の保護を図っています。

(2) 内部通報者保護法による内部通報者保護の内容

内部通報者の情報は、「秘密情報(confidential information)」として保護されます。具体的には、内部通報者の身元や通報内容に関する情報は秘密情報とされ(法2条)、いかなる者もその情報を他人に開示することは禁止されています(法7条第1項(a)、8条1項)。これに違反した場合、RM50,000以下の罰金や最大10年の拘禁刑が科される可能性があります。また、民事訴訟や刑事訴訟においても、原則として秘密情報は開示されることはありません(法8条2項)。

さらに、内部通報者は、原則として、懲戒処分、その他民事的責任および刑事的責任からも免責されます(法7条1項(b)、9条)。

報復としての不利益取扱いの禁止(protection against detrimental action)も禁止されています(法10条)。不利益取扱いには、身体的・財産的侵害行為、威圧的行為、ハラスメント行為、さらには雇用に関連する差別、解雇、降格、停職、その他内部通報者の生計に対する干渉が含まれます(法第2条)。また、これらのいずれかの行為を行う旨の害悪告知も禁止されています。

(3) 会社による内部通報者保護制度の構築について

マレーシアの内部通報者保護法は、会社に対して正式な内部告発者保護制度の確立を明確に義務付けてはいません。そのため、すべての会社において内部告発者保護制度が構築されているわけではないのが現状です。他方で、不正行為の早期発見の観点からは、会社が独自に内部通報者保護制度を構築することには大きな意義があります。そのため、マレーシアにおいては、会社が内部通報者保護制度を整備することが一般的になりつつあると思われます。

4.ミャンマー

⑴ 内部通報者保護法の概要

ミャンマーでは、内部通報者保護法または類似の法令は制定されていません。もっとも、腐敗や不正行為の防止または早期発見の観点から、独自の内部通報者保護制度を構築している会社は存在します。

5.メキシコ

⑴ 内部通報者保護の概要

メキシコでは、公的部門においては内部通報者を保護するための法制度が整備されていますが、民間部門には十分な法的枠組みが存在していません。

公的部門については、2017年7月に施行された行政責任一般法(Ley General de Responsabilidades Administrativas)が、公務員による不正行為の取り締まりを目的としており、内部通報者の保護措置を含んでいます。同法では、内部通報者の匿名性を確保し、通報の調査過程においてその身元を守ることが規定されています。また、善意で不正を報告した通報者に対する報復行為を禁止する規定も設けられています。

さらに、2019年9月には、汚職に対する内部・外部通報システムの運用と推奨に関するガイドラインが制定されました。これにより、贈収賄や公金の不正使用に関する通報を受け付けるプラットフォームの運営が確立されました。このガイドラインでは、汚職、人権侵害、ハラスメントなどの違反行為を報告する通報者の保護を目的とした施策を推進しています。2020年10月には、汚職通報者保護に関するプロトコルが策定され、通報者を保護する体制が強化されています。

⑵ 民間企業での内部通報者保護制度の構築について

現時点では、メキシコには民間企業向けの包括的な内部通報者保護法は存在しません。しかし、企業が自主的に内部通報制度を設けることは可能であり、行政責任一般法においても、企業に対し、内部統制およびコンプライアンスプログラムの一環として、内部通報制度の導入を勧めています。内部通報制度の設置は義務ではありませんが、企業の倫理的行動を促進し、不正行為を防ぐために推奨されています。

6.バングラデシュ

(1) 公的機関に対する通報制度

公的機関に対する内部通報者の権利利益保護については、2011年6月22日、2011年公益情報開・保護法(Public Interest Information Disclosure (Provide Protection) Act)が制定されています。

この法律は、公的機関の職員が、公的資金の不正利用や不適切管理、権力の濫用、犯罪行為、汚職などを行っている場合、所属する所轄官庁に対して通報しても、通報した者は法的保護を受けられると定めています。(2条)

適切な公益通報を行った場合、本人の同意なく身元が明かされることはなく、公益通報を行ったことによる民事・刑事責任を免れるほか、降格・ハラスメント・差別的な扱いが禁止されています。(5条)

公益通報者の身元を開示したり、差別的に扱うなど、通報者の権利を侵害した場合、2年以上5年以下の懲役または罰金が科されます。(9条)

ただし、通報者が、通報内容が虚偽であること、真実性が確認されていないこと、公益に反する根拠がないことなどを認識した上で通報した場合、虚偽の通報とみなされ、処罰される可能性があります。(11条)

もっとも、この法律は、保護を受ける対象の範囲が限定されており、公益通報者に対する保護も十分ではなく、運用においても多くの問題が指摘されています。バングラデシュは、2024年の腐敗認識指数(トランスペアレンシー・インターナショナル)で180か国・地域のうち151位に位置しており、汚職対策は十分に機能していると言えません。

(2) 民間企業に関する通報制度

民間企業における内部通報者の権利や利益の保護を定める法律はありません。しかし、進出されている日本企業では、日本のコンプライアンス基準に合わせて内部通報窓口を設ける例が見受けられます。

7.フィリピン

(1) 内部通報者保護に関する法律

フィリピンの法律において、内部通報者に関する規定は、会社法(Revised Corporation Code)とマハルリカ投資ファンド法(Maharlika Investment Fund Act)に定められています。

これらの法律では、内部通報者とは、その法律違反に関する情報を提供する者と定義されています。そして、これらの法律は、内部通報者に対する解雇などの報復行為を故意に行った者に対し、以下の罰則を定めています。

・会社法:罰金10万ペソ~100万ペソ

・マハルリカ投資ファンド法:罰金100万ペソ~200万ペソ、最長6年の禁錮刑

(2) 内部通報者保護ポリシー

フィリピンの会社法は、上記の罰則を除き、企業に対して内部通報者保護に関する義務を課していません。他方で、企業は裁量の範囲内で、独自の内部通報者保護ポリシーを策定することが可能です。

以下の企業は、内部通報者保護に関する独自のポリシーを策定・公開しています。

・San Miguel Corporation

https://sanmiguel.com.ph/storage/page-assets/30/2/gFjGxIj1o3ruIv2riiZkw09gdj61Q9IfHijAbOM5mkNsGLgxj5jWJckeZQ2Z/orig/SMC_Amended_Whistleblowing_Policy_Final.pdf

・Del Monte Philippines

https://www.delmontephil.com/hubfs/corporate-governance/Whistle_blower.pdf

・Metro Pacific Investments

https://www.mpic.com.ph/wp-content/uploads/2023/07/MPIC-Revised-Whistleblowing-Policy-approved-04-Aug-2021.pdf

8.ベトナム

内部通報及びそれに関連する規定は、ベトナムの法制度の下で、刑法、告発法、腐敗防止法、その他政府の専門的な政令(労働規則違反における苦情及び通報の解決に関する政令No. 24/2018/ND-CPなど)を含む多くの法的文書に概説されています。しかし、内部通報の規定に関連する重要な法的文書は、2018年6月12日に国会によって制定され、2019年1月1日に施行された、告発法という名称の法律No. 25/2018/QH14です。(以下、「告発法」といいます。)

国家機関は、内部通報には以下の2種類の状況があると認識しています。

(1)国家利益・組織や個人の正当な権益に損害を与え、又は与える恐れのある組織や個人の違反行為を、所轄組織や個人(通常は国の機関)に通報・通知・苦情を通じて内部通報すること。このような状況は告発法の規定により、正式に定義されています。

(2)企業の規則、規定、方針に違反する企業関係者の違反行為を、企業の内部通報・告発・苦情処理制度を通じて内部通報すること。現行の告発法は、このような状況を具体的に取り上げていませんが、企業は通常、告発法及びその法的指針文書に定められている規定を利用して、内部通報の手順及び方針を構築及び策定しています。

通報者及びその関係者(配偶者、実親、養親、継父、継母、実子、養子を含む)の地位、職務、生命、健康、財産、名誉、尊厳が侵害されている、又は直ちに侵害されるおそれがあると信じるに足りる根拠がある場合には、告発法上の保護対象者となります。その判断は、通報者本人又は通報を解決・処理する権限を有する組織や個人が行うことができます。それに伴い、適用される通報者保護のための措置は以下の通りです。(告発法第56条、第57条、第58条)

(ⅰ)情報の機密性を保護するための措置

・通報者から提供された情報や文書を使用する際、通報者の氏名、住所、自筆の署名、その他の個人情報を秘密にすること。

・通報者の氏名、住所、直筆サイン、その他の個人情報を、通報書類やその他の同封書類、証拠書類から削除や検閲した上で、他部署に転送し、検証すること。

・通報者、関連組織、 個人と協働する際は、時間と場所を調整し、適切な方法で通報者の情報を保護すること。

・その他法令に定める措置を実施すること。

・通報者の情報を保護するために必要な措置を講じるよう、関係機関及び個人に要請すること。

(ⅱ)労働者の地位と雇用を保護するための措置

労働契約の下で働く保護対象者の雇用を保護するための措置には、以下のものが含まれます。

・雇用主に違反行為の停止を要求し、保護対象者に職位、収入、その他の雇用による合法的な利益を回復させること。

・法律に従って違反行為を処理するために、権限に従って処理するか、権限を有する機関、組織、個人を提案すること。

(ⅲ)生命、健康、財産、名誉及び尊厳を保護するための措置

・保護対象者を安全な場所に連れて行くこと。

・必要な場所において、保護対象者の生命、健康、財産、名誉及び尊厳の安全を直接保護するための力、手段及び用具を手配すること。

・保護対象者の生命、健康、財産、名誉、尊厳を侵害する行為、又は侵害するおそれのある行為を防止し、対処するために、法令に基づき必要な措置を講じること。

・保護対象者の生命、健康、財産、名誉及び尊厳を侵害する行為を行う者、又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止を求めること。

・その他法令に定める措置。

9.インド

インド会社法上、全ての上場会社、銀行等からの借入額が5億ルピー以上である会社、公衆からの預託(預金、貸付、その他の形式で金銭を受け取ること)を受け入れている会社については、内部通報制度(vigil mechanism)を構築する義務があります(会社法177条9項)。

内部通報制度を構築するにあたっては、当該制度を利用する従業員等が不利益を被らないよう十分な保護策を講じ、監査委員会(Audit Committee)の委員長に直接連絡できるようにしなければなりません(同条10項)。

なお、インド会社法上の内部通報制度構築義務がない会社であっても、不正の防止や発見のため自主的に内部通報制度を導入する例も見られ、日本企業のインド子会社の場合にも、現地から日本本社の統一窓口に対し直接通報することができるグローバルな通報制度をインド子会社内に構築する例があります。

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

アラブ首長国連邦(UAE)では、内部通報者保護に関する特別法は制定されていません。

UAEで内部通報者を保護する機能がある法律としては、ドバイ首長国における、ドバイ経済安全保障センター(DESC)設立に関する2016年法律第4号が、ドバイ首長国の経済安全保障を脅かす事項につきDESCに通報する者に対して、住居の保護、通報者の特定や所在に関する情報の非開示、職場での保護と差別や虐待の対象とならないことを確保することを含む必要な保護を提供し、通報が通報者の就業先又は取引先の秘密情報保護義務に関する法律および私的契約の違反とみなされることないことを明示し、虚偽の通報でない限り、通報者の首長国内での自由、安全および保護が保証されると規定しています(第19条)。

連邦法の適用外で独自の法体系を持つ2つのフリーゾーンについては、Dubai International Financial Center(DIFC)では2022年に運営法の改正によって、Abu Dhabi Global Market(ADGM)では2024年に内部通報者保護規則の制定によって、両フリーゾーン内で設立された企業または同企業との取引に関する通報について、内部通報者保護が図られています。UAEの政府機関の一部でも、文化省(Ministry of Culture)や中央銀行(Central Bank)等、内部通報ポリシーを策定して、自己組織内での不正等についての通報制度を設けて、通報者への保護措置について規定しているように、UAEでは内部通報制度の整備が拡充してきています。このような状況を背景として、DIFCおよびADGMにおいて設立された会社に限らず、内部通報制度を設ける会社が増加傾向にあります。

11. インドネシア

(1) 内部通報者保護の概要

インドネシアでは、内部通報者保護に関して、民間部門においては、法的枠組みは存在しておりませんが、公的部門において、関係する法制度が存在します。

内部通報者に関する定義においては、最高裁判所通達2011年第4号では、通報者(whistleblower)とは、組織または個人によって行われた特定の犯罪行為に関する活動について、自発的に情報を提供する個人を指すとされています。

(2) 内部通報者保護

証人および被害者の保護に関する法律2014年第31号(以下、「証人および被害者の保護に関する法律」といいます。)第5条の下、通報者は以下の権利が保証されています。

・証言を行う、または行ったことに関連する脅迫に対して、個人、家族、および財産の安全を確保するための保護を受ける権利

・保護および安全支援の形式の選択、決定する権利

・いかなる圧力も受けずに情報を提供する権利

・通訳を得る権利

・誤解を招くような質問を受けない権利

・裁判手続きの進捗について知らされる権利

・裁判の判決について知らされる権利

・被告人の釈放について知らされる権利

・身元を秘密にする権利

・新しい身元を取得する権利

・一時的な移転を受ける権利

・新たな居住地への移転を受ける権利

・必要に応じた交通費の補償を受ける権利

・法律相談を受ける権利

・保護が終了するまでの間、一時的な生活費を受ける権利

また、通報者を保護する権限を持つ機関としてLPSK(Lembaga Perlindungan Saksi dan Korban)が設置されており、LPSKは、a. )法律および規制に従い、保護対象者の身元を変更する、b.) 安全な避難施設を管理する、c.) 保護対象者をより安全な場所へ移動または再配置する、d.) 警備および護衛サービスを提供する、e.)裁判手続きにおいて証人及び/又は被害者を支援する権限を有しています(証人および被害者に関する法律第11条)。

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1.日本

(1) 公益通報者保護法の概要 公益通報者保護法は、国民生活の安全や社会経済の健全な発展の観点から、公益のために事業者の法令違反行為を通報した当該事業者内の労働者、退職者、役員の保護を図っています。 労働者、退職者、役員は、不正の目的でなく、自身の勤務先における不正行為を、一定の要件の下で通報することができます。また、同法は、公益通報をしたことを理由とした解雇の無効、降格・減給等の不利益取扱いの禁止する等して、通報者を保護しています。 公益通報者保護法上の通報先と要件は以下のとおりです(同法3条1項)。
通報先 要件
事業者(内部通報) 通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしていると思料する場合
行政機関 通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合、もしくは、まさに生じようとしていると思料し、かつ、当該通報対象事実の内容等の所定の事項を記載した書面を提出する場合
報道機関 通報対象事実が生じ、または、まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、内部通報では解雇や不利益取扱いを受けると信じるに足りる相当の理由がある場合等の一定の事由に該当する場合
また、公益通報者保護法は、事業者に対し、公益通報を受け、当該通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置をとる業務(次条においてに従事する者(公益通報対応業務従事者)を定めることや公益通報に適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を義務付けています(同法11条1項、2項)。なお、この義務は、常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については努力義務とされています(同条3号)。 (2) 会社法上の内部統制システム構築義務 また、上記内部通報者保護法の規定のほかに、会社法上、大会社(資本金が5億円以上または負債の額が200億円以上の会社)の取締役設置会社については、内部統制システム構築義務があり、取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備が求められます(会社法362条4項6号、5項)。 取締役が内部統制システムの構築を怠るなどした場合には、任務懈怠として会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

2.タイ

(1) 内部通報者保護法の有無 タイにおいて、民間企業や公的機関による不正行為等について内部通報者を保護することを目的とした法律はありません。他方、贈収賄の疑いがある場合に通報を推奨する旨のガイドラインは存在します。 (2) 内部通報者の保護 タイでは、内部通報したことを理由に従業員を解雇した場合には、不当解雇とみなされる可能性が高く、労働法など個別の規定によって内部通報者の保護が図られているといえます。また、多くのタイ企業において、自主的に内部通報制度を設けているケースが見受けられます。

3.マレーシア

(1) 内部通報者保護法の概要 マレーシアには、内部通報者保護法(Whistleblower Protection Act 2010[Act 711]、以下「法」といいます。)が制定されており、内部通報者の保護を図っています。この法律は、公益通報者を保護することで、不正行為の報告を促し、腐敗や不正を防止することを目的としており、内部通報者からの情報非開示義務や法的責任の免責措置により、内部通報者の保護を図っています。 (2) 内部通報者保護法による内部通報者保護の内容 内部通報者の情報は、「秘密情報(confidential information)」として保護されます。具体的には、内部通報者の身元や通報内容に関する情報は秘密情報とされ(法2条)、いかなる者もその情報を他人に開示することは禁止されています(法7条第1項(a)、8条1項)。これに違反した場合、RM50,000以下の罰金や最大10年の拘禁刑が科される可能性があります。また、民事訴訟や刑事訴訟においても、原則として秘密情報は開示されることはありません(法8条2項)。 さらに、内部通報者は、原則として、懲戒処分、その他民事的責任および刑事的責任からも免責されます(法7条1項(b)、9条)。 報復としての不利益取扱いの禁止(protection against detrimental action)も禁止されています(法10条)。不利益取扱いには、身体的・財産的侵害行為、威圧的行為、ハラスメント行為、さらには雇用に関連する差別、解雇、降格、停職、その他内部通報者の生計に対する干渉が含まれます(法第2条)。また、これらのいずれかの行為を行う旨の害悪告知も禁止されています。 (3) 会社による内部通報者保護制度の構築について マレーシアの内部通報者保護法は、会社に対して正式な内部告発者保護制度の確立を明確に義務付けてはいません。そのため、すべての会社において内部告発者保護制度が構築されているわけではないのが現状です。他方で、不正行為の早期発見の観点からは、会社が独自に内部通報者保護制度を構築することには大きな意義があります。そのため、マレーシアにおいては、会社が内部通報者保護制度を整備することが一般的になりつつあると思われます。

4.ミャンマー

⑴ 内部通報者保護法の概要 ミャンマーでは、内部通報者保護法または類似の法令は制定されていません。もっとも、腐敗や不正行為の防止または早期発見の観点から、独自の内部通報者保護制度を構築している会社は存在します。

5.メキシコ

⑴ 内部通報者保護の概要 メキシコでは、公的部門においては内部通報者を保護するための法制度が整備されていますが、民間部門には十分な法的枠組みが存在していません。 公的部門については、2017年7月に施行された行政責任一般法(Ley General de Responsabilidades Administrativas)が、公務員による不正行為の取り締まりを目的としており、内部通報者の保護措置を含んでいます。同法では、内部通報者の匿名性を確保し、通報の調査過程においてその身元を守ることが規定されています。また、善意で不正を報告した通報者に対する報復行為を禁止する規定も設けられています。 さらに、2019年9月には、汚職に対する内部・外部通報システムの運用と推奨に関するガイドラインが制定されました。これにより、贈収賄や公金の不正使用に関する通報を受け付けるプラットフォームの運営が確立されました。このガイドラインでは、汚職、人権侵害、ハラスメントなどの違反行為を報告する通報者の保護を目的とした施策を推進しています。2020年10月には、汚職通報者保護に関するプロトコルが策定され、通報者を保護する体制が強化されています。 ⑵ 民間企業での内部通報者保護制度の構築について 現時点では、メキシコには民間企業向けの包括的な内部通報者保護法は存在しません。しかし、企業が自主的に内部通報制度を設けることは可能であり、行政責任一般法においても、企業に対し、内部統制およびコンプライアンスプログラムの一環として、内部通報制度の導入を勧めています。内部通報制度の設置は義務ではありませんが、企業の倫理的行動を促進し、不正行為を防ぐために推奨されています。

6.バングラデシュ

(1) 公的機関に対する通報制度 公的機関に対する内部通報者の権利利益保護については、2011年6月22日、2011年公益情報開・保護法(Public Interest Information Disclosure (Provide Protection) Act)が制定されています。 この法律は、公的機関の職員が、公的資金の不正利用や不適切管理、権力の濫用、犯罪行為、汚職などを行っている場合、所属する所轄官庁に対して通報しても、通報した者は法的保護を受けられると定めています。(2条) 適切な公益通報を行った場合、本人の同意なく身元が明かされることはなく、公益通報を行ったことによる民事・刑事責任を免れるほか、降格・ハラスメント・差別的な扱いが禁止されています。(5条) 公益通報者の身元を開示したり、差別的に扱うなど、通報者の権利を侵害した場合、2年以上5年以下の懲役または罰金が科されます。(9条) ただし、通報者が、通報内容が虚偽であること、真実性が確認されていないこと、公益に反する根拠がないことなどを認識した上で通報した場合、虚偽の通報とみなされ、処罰される可能性があります。(11条) もっとも、この法律は、保護を受ける対象の範囲が限定されており、公益通報者に対する保護も十分ではなく、運用においても多くの問題が指摘されています。バングラデシュは、2024年の腐敗認識指数(トランスペアレンシー・インターナショナル)で180か国・地域のうち151位に位置しており、汚職対策は十分に機能していると言えません。 (2) 民間企業に関する通報制度 民間企業における内部通報者の権利や利益の保護を定める法律はありません。しかし、進出されている日本企業では、日本のコンプライアンス基準に合わせて内部通報窓口を設ける例が見受けられます。

7.フィリピン

(1) 内部通報者保護に関する法律 フィリピンの法律において、内部通報者に関する規定は、会社法(Revised Corporation Code)とマハルリカ投資ファンド法(Maharlika Investment Fund Act)に定められています。 これらの法律では、内部通報者とは、その法律違反に関する情報を提供する者と定義されています。そして、これらの法律は、内部通報者に対する解雇などの報復行為を故意に行った者に対し、以下の罰則を定めています。 ・会社法:罰金10万ペソ~100万ペソ ・マハルリカ投資ファンド法:罰金100万ペソ~200万ペソ、最長6年の禁錮刑 (2) 内部通報者保護ポリシー フィリピンの会社法は、上記の罰則を除き、企業に対して内部通報者保護に関する義務を課していません。他方で、企業は裁量の範囲内で、独自の内部通報者保護ポリシーを策定することが可能です。 以下の企業は、内部通報者保護に関する独自のポリシーを策定・公開しています。 ・San Miguel Corporation https://sanmiguel.com.ph/storage/page-assets/30/2/gFjGxIj1o3ruIv2riiZkw09gdj61Q9IfHijAbOM5mkNsGLgxj5jWJckeZQ2Z/orig/SMC_Amended_Whistleblowing_Policy_Final.pdf ・Del Monte Philippines https://www.delmontephil.com/hubfs/corporate-governance/Whistle_blower.pdf ・Metro Pacific Investments https://www.mpic.com.ph/wp-content/uploads/2023/07/MPIC-Revised-Whistleblowing-Policy-approved-04-Aug-2021.pdf

8.ベトナム

内部通報及びそれに関連する規定は、ベトナムの法制度の下で、刑法、告発法、腐敗防止法、その他政府の専門的な政令(労働規則違反における苦情及び通報の解決に関する政令No. 24/2018/ND-CPなど)を含む多くの法的文書に概説されています。しかし、内部通報の規定に関連する重要な法的文書は、2018年6月12日に国会によって制定され、2019年1月1日に施行された、告発法という名称の法律No. 25/2018/QH14です。(以下、「告発法」といいます。) 国家機関は、内部通報には以下の2種類の状況があると認識しています。 (1)国家利益・組織や個人の正当な権益に損害を与え、又は与える恐れのある組織や個人の違反行為を、所轄組織や個人(通常は国の機関)に通報・通知・苦情を通じて内部通報すること。このような状況は告発法の規定により、正式に定義されています。 (2)企業の規則、規定、方針に違反する企業関係者の違反行為を、企業の内部通報・告発・苦情処理制度を通じて内部通報すること。現行の告発法は、このような状況を具体的に取り上げていませんが、企業は通常、告発法及びその法的指針文書に定められている規定を利用して、内部通報の手順及び方針を構築及び策定しています。 通報者及びその関係者(配偶者、実親、養親、継父、継母、実子、養子を含む)の地位、職務、生命、健康、財産、名誉、尊厳が侵害されている、又は直ちに侵害されるおそれがあると信じるに足りる根拠がある場合には、告発法上の保護対象者となります。その判断は、通報者本人又は通報を解決・処理する権限を有する組織や個人が行うことができます。それに伴い、適用される通報者保護のための措置は以下の通りです。(告発法第56条、第57条、第58条) (ⅰ)情報の機密性を保護するための措置 ・通報者から提供された情報や文書を使用する際、通報者の氏名、住所、自筆の署名、その他の個人情報を秘密にすること。 ・通報者の氏名、住所、直筆サイン、その他の個人情報を、通報書類やその他の同封書類、証拠書類から削除や検閲した上で、他部署に転送し、検証すること。 ・通報者、関連組織、 個人と協働する際は、時間と場所を調整し、適切な方法で通報者の情報を保護すること。 ・その他法令に定める措置を実施すること。 ・通報者の情報を保護するために必要な措置を講じるよう、関係機関及び個人に要請すること。 (ⅱ)労働者の地位と雇用を保護するための措置 労働契約の下で働く保護対象者の雇用を保護するための措置には、以下のものが含まれます。 ・雇用主に違反行為の停止を要求し、保護対象者に職位、収入、その他の雇用による合法的な利益を回復させること。 ・法律に従って違反行為を処理するために、権限に従って処理するか、権限を有する機関、組織、個人を提案すること。 (ⅲ)生命、健康、財産、名誉及び尊厳を保護するための措置 ・保護対象者を安全な場所に連れて行くこと。 ・必要な場所において、保護対象者の生命、健康、財産、名誉及び尊厳の安全を直接保護するための力、手段及び用具を手配すること。 ・保護対象者の生命、健康、財産、名誉、尊厳を侵害する行為、又は侵害するおそれのある行為を防止し、対処するために、法令に基づき必要な措置を講じること。 ・保護対象者の生命、健康、財産、名誉及び尊厳を侵害する行為を行う者、又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止を求めること。 ・その他法令に定める措置。

9.インド

インド会社法上、全ての上場会社、銀行等からの借入額が5億ルピー以上である会社、公衆からの預託(預金、貸付、その他の形式で金銭を受け取ること)を受け入れている会社については、内部通報制度(vigil mechanism)を構築する義務があります(会社法177条9項)。 内部通報制度を構築するにあたっては、当該制度を利用する従業員等が不利益を被らないよう十分な保護策を講じ、監査委員会(Audit Committee)の委員長に直接連絡できるようにしなければなりません(同条10項)。 なお、インド会社法上の内部通報制度構築義務がない会社であっても、不正の防止や発見のため自主的に内部通報制度を導入する例も見られ、日本企業のインド子会社の場合にも、現地から日本本社の統一窓口に対し直接通報することができるグローバルな通報制度をインド子会社内に構築する例があります。

10.アラブ首長国連邦(ドバイ)

アラブ首長国連邦(UAE)では、内部通報者保護に関する特別法は制定されていません。 UAEで内部通報者を保護する機能がある法律としては、ドバイ首長国における、ドバイ経済安全保障センター(DESC)設立に関する2016年法律第4号が、ドバイ首長国の経済安全保障を脅かす事項につきDESCに通報する者に対して、住居の保護、通報者の特定や所在に関する情報の非開示、職場での保護と差別や虐待の対象とならないことを確保することを含む必要な保護を提供し、通報が通報者の就業先又は取引先の秘密情報保護義務に関する法律および私的契約の違反とみなされることないことを明示し、虚偽の通報でない限り、通報者の首長国内での自由、安全および保護が保証されると規定しています(第19条)。 連邦法の適用外で独自の法体系を持つ2つのフリーゾーンについては、Dubai International Financial Center(DIFC)では2022年に運営法の改正によって、Abu Dhabi Global Market(ADGM)では2024年に内部通報者保護規則の制定によって、両フリーゾーン内で設立された企業または同企業との取引に関する通報について、内部通報者保護が図られています。UAEの政府機関の一部でも、文化省(Ministry of Culture)や中央銀行(Central Bank)等、内部通報ポリシーを策定して、自己組織内での不正等についての通報制度を設けて、通報者への保護措置について規定しているように、UAEでは内部通報制度の整備が拡充してきています。このような状況を背景として、DIFCおよびADGMにおいて設立された会社に限らず、内部通報制度を設ける会社が増加傾向にあります。

11. インドネシア

(1) 内部通報者保護の概要 インドネシアでは、内部通報者保護に関して、民間部門においては、法的枠組みは存在しておりませんが、公的部門において、関係する法制度が存在します。 内部通報者に関する定義においては、最高裁判所通達2011年第4号では、通報者(whistleblower)とは、組織または個人によって行われた特定の犯罪行為に関する活動について、自発的に情報を提供する個人を指すとされています。 (2) 内部通報者保護 証人および被害者の保護に関する法律2014年第31号(以下、「証人および被害者の保護に関する法律」といいます。)第5条の下、通報者は以下の権利が保証されています。 ・証言を行う、または行ったことに関連する脅迫に対して、個人、家族、および財産の安全を確保するための保護を受ける権利 ・保護および安全支援の形式の選択、決定する権利 ・いかなる圧力も受けずに情報を提供する権利 ・通訳を得る権利 ・誤解を招くような質問を受けない権利 ・裁判手続きの進捗について知らされる権利 ・裁判の判決について知らされる権利 ・被告人の釈放について知らされる権利 ・身元を秘密にする権利 ・新しい身元を取得する権利 ・一時的な移転を受ける権利 ・新たな居住地への移転を受ける権利 ・必要に応じた交通費の補償を受ける権利 ・法律相談を受ける権利 ・保護が終了するまでの間、一時的な生活費を受ける権利 また、通報者を保護する権限を持つ機関としてLPSK(Lembaga Perlindungan Saksi dan Korban)が設置されており、LPSKは、a. )法律および規制に従い、保護対象者の身元を変更する、b.) 安全な避難施設を管理する、c.) 保護対象者をより安全な場所へ移動または再配置する、d.) 警備および護衛サービスを提供する、e.)裁判手続きにおいて証人及び/又は被害者を支援する権限を有しています(証人および被害者に関する法律第11条)。" ["post_title"]=> string(54) "各国における内部通報者保護制度の概要" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(162) "%e5%90%84%e5%9b%bd%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8b%e5%86%85%e9%83%a8%e9%80%9a%e5%a0%b1%e8%80%85%e4%bf%9d%e8%ad%b7%e5%88%b6%e5%ba%a6%e3%81%ae%e6%a6%82%e8%a6%81" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2025-03-11 13:16:36" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2025-03-11 04:16:36" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=25286" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
 TNY国際法律事務所
ティエヌワイコクサイホウリツジムショ TNY国際法律事務所
世界11か国13拠点で日系企業の進出及び進出後のサポート

世界11か国13拠点(東京、大阪、佐賀、ミャンマー、タイ、マレーシア、メキシコ、エストニア、フィリピン、イスラエル、バングラデシュ、ベトナム、イギリス)で日系企業の進出及び進出後のサポートを行っている。具体的には、法規制調査、会社設立、合弁契約書及び雇用契約書等の各種契約書の作成、M&A、紛争解決、商標登記等の知財等各種法務サービスを提供している。

堤雄史(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)、永田貴久(TNYグループ共同代表・日本国弁護士)

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