「日本で働こうとして搾取されるミャンマー人の増加を防がなければならない」——。ミャンマーの送り出し機関の関係者は、こう口をそろえる。日本への派遣時に業者に支払った費用が高額で、借金に苦しみ渡航後に失踪を余儀なくされる中国人やベトナム人は少なくない。日本では今後、ミャンマー人の就労が増えると予測されている。同じ事が繰り返されるのではと危惧する声が出ている。【小故島弘善】[2354010_1.jpg]
現地で人材の紹介・派遣事業を手がけるジェイサット(J—SAT)グループの西垣充代表は「現地のミャンマー人の家計は本当に苦しくなってきているのだろう」と話す。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)と、昨年2月に発生した軍事クーデター後の混乱に伴う経済低迷。こうした中で貯金を切り崩してやりくりしてきた人々が、厳しい生活の状況に耐え切れずに海外での就労を目指しているという。
就労先の選択肢の中で日本は「稼げる国」の1つになっているが、移民労働者が送り出し機関に支払う手数料は高い。上限が2,800米ドル(約37万円)と、数万円で済むタイやマレーシアなど近隣国での就労時に払う金額を大幅に上回る。
問題は、この金額が高いということではない。西垣氏は、「手数料に上限があるということを知らない人がおり、周知を徹底しなければならない」と語る。日本で働きたいミャンマー人が急増して需給が逼迫(ひっぱく)すれば、より高い費用を支払うことを余儀なくされる労働者が増える恐れがある。西垣氏は、健全なシステム構築は「正しい渡航方法を広く告知することが最も大切だ」と力を込める。
ジェイサットは国際協力機構(JICA)ミャンマー事務所から「外国人材に関わるミャンマー国内情報発信活動」のアドバイザー業務を受注した実績があり、アニメやポスターなどを通じた啓発活動を進めている。西垣氏は、この知見を活かし、「事業者としてだけではなく、コンサルタントとして環境をつくっていく」と意気込む。
■問われる法令順守の心構え
複数の送り出し機関の関係者は「労働者から不当に高い費用を徴収している同業が存在する」と口をそろえる。日本への主要な労働者送り出し国の中で、ミャンマーの上限額は業者にとって厳しい水準で、採算をとるためにはコスト管理能力が問われるという。実際にかかる費用に加え、労働者を集めるブローカーや雇用する企業の紹介者など、仲介業者が増えれば費用がかさみ、労働者に転嫁せざるを得なくなるという仕組みだ。
こうした構造に、ポールスターサービスのアウンリンティン会長兼最高経営責任者(CEO)は、「何よりも法令順守の心構えが重要だ」と強調した。法令を順守しつつ、労働者の負担が増すことがないようにする企業努力が必要との考えだ。
同社は、医療機関などへの給食提供業務を手がける日清医療食品(東京都千代田区)と提携。日清医療食品に派遣する技能実習生について、両社が協力して人材の選出から教育、送り出しまでを一貫して行う仕組みを構築した。不要な業者が入り込む余地をなくし、労働者の負担が増えないようにしている。
ポールスターサービスは介護向けの人材派遣事業も展開しているが、ここでは日本での就労を目指す労働者から徴収する手数料を2,200米ドルに抑えている。介護の知識を学ぶ訓練校でのカリキュラムは半年で習得でき、授業料と合わせても2,800米ドル以内に収まるからだ。
■「ベトナムの二の舞」回避を
「ミャンマーが『第2のベトナム』となってはならない」——。このような問題意識を抱く業界関係者は多い。日本で失踪する技能実習生の数は、母数が多いこともあってベトナム人が最多だが、ミャンマー人労働者が増えれば、同様の事例が多発する恐れがあると考えているわけだ。
ベトナム人労働者が失踪する理由はさまざまだが、日本への派遣に伴って発生する費用負担の重さが原因になっている可能性もある。出入国在留管理庁によると、ベトナム人技能実習生が送り出し機関に支払った費用総額の平均値は65万6,000円。国・地域別で最も高く、100万円以上を支払った人も少なくない。ある業界関係者は、「仲介する業者がもうかるからベトナム人が増えているのではないか」と話した。
日本では過去数年で、ベトナム人労働者が技能実習生を中心に急増。中国人労働者の数を上回った。JICAがまとめた「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」によると、日本で働くベトナム人は30年までに100万人を突破する見込みだ。
ミャンマーでは新型コロナウイルス禍と政情不安という二重苦が経済を混乱させている。現地で安定した収入を得て生活できるようになる日は遠い。ホテルの清掃員として働いていたヌエトゥエウーさん(24)は、新型コロナの流行で観光業界が打撃を受けたのを機に海外での就労を決意した。年内に日本に渡る予定だ。「弟が2人いる。大切な家族のために私が稼がなければならない」と胸の内を明かした。
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就労先の選択肢の中で日本は「稼げる国」の1つになっているが、移民労働者が送り出し機関に支払う手数料は高い。上限が2,800米ドル(約37万円)と、数万円で済むタイやマレーシアなど近隣国での就労時に払う金額を大幅に上回る。
問題は、この金額が高いということではない。西垣氏は、「手数料に上限があるということを知らない人がおり、周知を徹底しなければならない」と語る。日本で働きたいミャンマー人が急増して需給が逼迫(ひっぱく)すれば、より高い費用を支払うことを余儀なくされる労働者が増える恐れがある。西垣氏は、健全なシステム構築は「正しい渡航方法を広く告知することが最も大切だ」と力を込める。
ジェイサットは国際協力機構(JICA)ミャンマー事務所から「外国人材に関わるミャンマー国内情報発信活動」のアドバイザー業務を受注した実績があり、アニメやポスターなどを通じた啓発活動を進めている。西垣氏は、この知見を活かし、「事業者としてだけではなく、コンサルタントとして環境をつくっていく」と意気込む。
■問われる法令順守の心構え
複数の送り出し機関の関係者は「労働者から不当に高い費用を徴収している同業が存在する」と口をそろえる。日本への主要な労働者送り出し国の中で、ミャンマーの上限額は業者にとって厳しい水準で、採算をとるためにはコスト管理能力が問われるという。実際にかかる費用に加え、労働者を集めるブローカーや雇用する企業の紹介者など、仲介業者が増えれば費用がかさみ、労働者に転嫁せざるを得なくなるという仕組みだ。
こうした構造に、ポールスターサービスのアウンリンティン会長兼最高経営責任者(CEO)は、「何よりも法令順守の心構えが重要だ」と強調した。法令を順守しつつ、労働者の負担が増すことがないようにする企業努力が必要との考えだ。
同社は、医療機関などへの給食提供業務を手がける日清医療食品(東京都千代田区)と提携。日清医療食品に派遣する技能実習生について、両社が協力して人材の選出から教育、送り出しまでを一貫して行う仕組みを構築した。不要な業者が入り込む余地をなくし、労働者の負担が増えないようにしている。
ポールスターサービスは介護向けの人材派遣事業も展開しているが、ここでは日本での就労を目指す労働者から徴収する手数料を2,200米ドルに抑えている。介護の知識を学ぶ訓練校でのカリキュラムは半年で習得でき、授業料と合わせても2,800米ドル以内に収まるからだ。
■「ベトナムの二の舞」回避を
「ミャンマーが『第2のベトナム』となってはならない」——。このような問題意識を抱く業界関係者は多い。日本で失踪する技能実習生の数は、母数が多いこともあってベトナム人が最多だが、ミャンマー人労働者が増えれば、同様の事例が多発する恐れがあると考えているわけだ。
ベトナム人労働者が失踪する理由はさまざまだが、日本への派遣に伴って発生する費用負担の重さが原因になっている可能性もある。出入国在留管理庁によると、ベトナム人技能実習生が送り出し機関に支払った費用総額の平均値は65万6,000円。国・地域別で最も高く、100万円以上を支払った人も少なくない。ある業界関係者は、「仲介する業者がもうかるからベトナム人が増えているのではないか」と話した。
日本では過去数年で、ベトナム人労働者が技能実習生を中心に急増。中国人労働者の数を上回った。JICAがまとめた「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」によると、日本で働くベトナム人は30年までに100万人を突破する見込みだ。
ミャンマーでは新型コロナウイルス禍と政情不安という二重苦が経済を混乱させている。現地で安定した収入を得て生活できるようになる日は遠い。ホテルの清掃員として働いていたヌエトゥエウーさん(24)は、新型コロナの流行で観光業界が打撃を受けたのを機に海外での就労を決意した。年内に日本に渡る予定だ。「弟が2人いる。大切な家族のために私が稼がなければならない」と胸の内を明かした。
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ビジネス全般人事労務