マレーシアが日本の経済成長を手本とする「ルックイースト(東方)政策」導入40周年に当たる今年、学校法人呉学園グループは日本デザイナー学院マレーシア校を開校した。同政策の目標の一つであった日本の高等教育機関の分校設置が初めて実現した。世界で活躍するクリエーターの輩出を目指し、日本式の教育を展開していく。連載の第2回は、同校の小林宏毅校長に話を聞いた。
言語能力にたけたマレーシア人に日本のクリエーティブ教育を施すことで、世界で活躍するクリエーターを育成したいと話す小林氏=11月10日、スランゴール州(NNA撮影)
——東方政策の一環として分校を設置するまでの経緯は。
元々、海外に姉妹校となる学校を設立する計画があった。特にマレーシアは、呉学園グループの日本写真芸術専門学校の写真科フォトフィールドワークゼミの拠点を構えていたこと、他のアジア諸国のハブとなる点などから着目していた。
さまざまな方法でマレーシアへの進出を試みていたが、うまくいかず、計画が難航していた時、当学園の理事長である宋成烈が、九州を訪問していたマハティール元首相と接点を持つことができた。カレッジ開設に関する申請は現状マレーシアでは受け付けていないという情報があった中、この出会いが大きな契機となった。ここから本格的にマレーシアでの学校設立準備が始まった。
2019年に学校を運営する現地法人「イルフィゴ・マレーシア」を設立。開設の申請をする傍ら、当局へ提出するカリキュラムの作成を実施した。日本とは異なり細かなカリキュラム作成が必要で、苦戦を強いられたが、校舎の設立などと並行して進めた。準備途中に、新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、約1年半の遅延を余儀なくされた。
最初の設立学科であるマンガ・イラストレーション学科のカリキュラムの承認を取得できたのは、昨年末。学科そのものの承認を今年1月に取得し、マレーシア高等教育省の最終承認を経て、6月についにマレーシア初の日本のカレッジである日本デザイナー学院マレーシア校を開校できた。
——マンガ・イラストレーション学科と3Dアニメーション学科を創設した理由は。
マンガ・イラストレーション学科は専門学校日本デザイナー学院の東京校と九州校にもあり、当校が強みとしている学科。また、日本の漫画はマレーシアで根強い人気があることも決め手だった。マレーシアでは、アニメや漫画に関する大規模イベントが年に3回開催されているが、出展されるコンテンツや参加者のコスプレの多くは日本のアニメや漫画に関連している。
一方、3Dアニメーション学科は、同事業を主力とする地場シルバーアントや日系クリエーティブ企業との接点があり、カリキュラムの作成や特別セミナーの開催などで協業できる。
マレーシア人は英語や中国語、マレー語など複数の言語を話せる人が多く、そこにクリエーティブ能力をプラスすることで、世界に羽ばたける人材を育てることができると考えている。日本の専門学校を母体としたマレーシア初のカレッジとして日本の文化に関する授業や日本語の授業も計画しており、日本で活躍する人材の育成にも力を入れている。
——日本とマレーシアのクリエーティブ教育の異なる点は何か。
マレーシアでは講師の力量ではなく、カリキュラムに頼って教育するのが主流だ。日本ではカリキュラムがあるものの、講師の裁量に任されている場合が多い。講師の経験や技術を学生に教えるのが一般的であるため、カリキュラムはさまざまな解釈をしていいことになっている。
クリエーティブは答えのないことを探し求める分野であり、カリキュラム通りに進めることや、正解を決めるといったことは難しい。現在のマレーシアの教育システムは全員を一定のレベルに到達させることはできるかもしれないが、突出したクリエーターが生まれにくい環境になっている。
新たに開設した学校では、カリキュラムに沿った教育を進めつつ、映像遠隔システムを活用した日本からの配信授業や日本人講師からの直接指導といった特別セミナーを実施することで、学生の個性を伸ばしていくつもりだ。
——マハティール元首相が東方政策の一環として掲げた日本の分校を設立する目的には、日本式の職業倫理や道徳的価値観を教育するとあったが、具体的に何を教える予定か。
時間を守ること、「報連相(報告・連絡・相談)」、あいさつの3点をしっかり教育したい。学生の年齢層は17~25歳で、既についてしまった「癖」を修正するのが難しい年でもあるが、日本の学校として日本の当たり前を伝えていきたいと思う。現在は、課題の提出期限を厳格に設けることや、遅刻したら減点するといった施策の導入を検討している。
マンガ・イラストレーション学科の授業の様子=11月10日、スランゴール州(NNA撮影)
——学生への教育で心がけていることは何か。
個性を伸ばすことを重視しているため、一方的な価値観で教えるのではなく、学生のどこをどう伸ばせばよいかを見極めることを心がけている。初めは日本人講師に実践してもらい、マレーシア人講師にも理解を深めてもらいたい。
——分校の設置先としてのマレーシアの潜在性をどのように見ているか。
東南アジア各国にアクセスしやすい場所にあることから、域内のハブにできると考えている。また、若い世代の人口比率が高く、さらなる経済成長が見込まれる。多民族が共生しているため違う民族同士のコミュニケーションの障壁が低いと感じており、国外へ飛び出すことに抵抗を感じない人も多い印象がある。
——韓国など他のソフトパワーも勢いを強める中で、日本アニメの強みは何か。
日本の作品は、感情表現や色彩感覚、ストーリー設計が優れている。表情の繊細な表現などの技術は他国で制作される漫画やアニメには少ない。ただ、今後はオンラインで働く日本のクリエーターが海外企業に就職する可能性もあるため、海外の漫画やアニメもさらに勢いを増していくかもしれない。
近年では、韓国IT大手が手がけるウェブ漫画「ウェブトゥーン」が存在感を強めている。日本の漫画は昔から紙媒体が主流だが、世界的にはオンラインで読むことがメインになっているため、日本は漫画制作のあり方や考え方を順応させていく必要がある。
——マレーシア事業を将来的にどう展開していく計画か。
安定的に学生を増やしていくためにも学科の増設を予定している。併せて、マレーシア国内の主要都市や近隣諸国へのサテライト校やオンラインスクールの開設も計画している。オンラインスクールは日本で開設を進めている事業ではあるが、海外への展開も目指しており、マレーシア校を拠点にワークショップを開催することなどを想定している。
将来的には学術や研究の両面から優位な人材を輩出する大学の設立を目標に掲げている。(聞き手=笹沼帆奈望)
<プロフィル>
小林宏毅(こばやし・こうき)1987年8月生まれ。福島県出身。武蔵野美術大学大学院を修了。社会人スクールや専門学校でマネジメントや講座開発などを担当する。2018年に学校法人九州呉学園専門学校日本デザイナー学院九州校に入職。19年にイルフィゴ・マレーシアへ転籍となり、日本デザイナー学院マレーシア校設立プロジェクトに参加した。
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元々、海外に姉妹校となる学校を設立する計画があった。特にマレーシアは、呉学園グループの日本写真芸術専門学校の写真科フォトフィールドワークゼミの拠点を構えていたこと、他のアジア諸国のハブとなる点などから着目していた。
さまざまな方法でマレーシアへの進出を試みていたが、うまくいかず、計画が難航していた時、当学園の理事長である宋成烈が、九州を訪問していたマハティール元首相と接点を持つことができた。カレッジ開設に関する申請は現状マレーシアでは受け付けていないという情報があった中、この出会いが大きな契機となった。ここから本格的にマレーシアでの学校設立準備が始まった。
2019年に学校を運営する現地法人「イルフィゴ・マレーシア」を設立。開設の申請をする傍ら、当局へ提出するカリキュラムの作成を実施した。日本とは異なり細かなカリキュラム作成が必要で、苦戦を強いられたが、校舎の設立などと並行して進めた。準備途中に、新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、約1年半の遅延を余儀なくされた。
最初の設立学科であるマンガ・イラストレーション学科のカリキュラムの承認を取得できたのは、昨年末。学科そのものの承認を今年1月に取得し、マレーシア高等教育省の最終承認を経て、6月についにマレーシア初の日本のカレッジである日本デザイナー学院マレーシア校を開校できた。
——マンガ・イラストレーション学科と3Dアニメーション学科を創設した理由は。
マンガ・イラストレーション学科は専門学校日本デザイナー学院の東京校と九州校にもあり、当校が強みとしている学科。また、日本の漫画はマレーシアで根強い人気があることも決め手だった。マレーシアでは、アニメや漫画に関する大規模イベントが年に3回開催されているが、出展されるコンテンツや参加者のコスプレの多くは日本のアニメや漫画に関連している。
一方、3Dアニメーション学科は、同事業を主力とする地場シルバーアントや日系クリエーティブ企業との接点があり、カリキュラムの作成や特別セミナーの開催などで協業できる。
マレーシア人は英語や中国語、マレー語など複数の言語を話せる人が多く、そこにクリエーティブ能力をプラスすることで、世界に羽ばたける人材を育てることができると考えている。日本の専門学校を母体としたマレーシア初のカレッジとして日本の文化に関する授業や日本語の授業も計画しており、日本で活躍する人材の育成にも力を入れている。
——日本とマレーシアのクリエーティブ教育の異なる点は何か。
マレーシアでは講師の力量ではなく、カリキュラムに頼って教育するのが主流だ。日本ではカリキュラムがあるものの、講師の裁量に任されている場合が多い。講師の経験や技術を学生に教えるのが一般的であるため、カリキュラムはさまざまな解釈をしていいことになっている。
クリエーティブは答えのないことを探し求める分野であり、カリキュラム通りに進めることや、正解を決めるといったことは難しい。現在のマレーシアの教育システムは全員を一定のレベルに到達させることはできるかもしれないが、突出したクリエーターが生まれにくい環境になっている。
新たに開設した学校では、カリキュラムに沿った教育を進めつつ、映像遠隔システムを活用した日本からの配信授業や日本人講師からの直接指導といった特別セミナーを実施することで、学生の個性を伸ばしていくつもりだ。
——マハティール元首相が東方政策の一環として掲げた日本の分校を設立する目的には、日本式の職業倫理や道徳的価値観を教育するとあったが、具体的に何を教える予定か。
時間を守ること、「報連相(報告・連絡・相談)」、あいさつの3点をしっかり教育したい。学生の年齢層は17~25歳で、既についてしまった「癖」を修正するのが難しい年でもあるが、日本の学校として日本の当たり前を伝えていきたいと思う。現在は、課題の提出期限を厳格に設けることや、遅刻したら減点するといった施策の導入を検討している。
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——学生への教育で心がけていることは何か。
個性を伸ばすことを重視しているため、一方的な価値観で教えるのではなく、学生のどこをどう伸ばせばよいかを見極めることを心がけている。初めは日本人講師に実践してもらい、マレーシア人講師にも理解を深めてもらいたい。
——分校の設置先としてのマレーシアの潜在性をどのように見ているか。
東南アジア各国にアクセスしやすい場所にあることから、域内のハブにできると考えている。また、若い世代の人口比率が高く、さらなる経済成長が見込まれる。多民族が共生しているため違う民族同士のコミュニケーションの障壁が低いと感じており、国外へ飛び出すことに抵抗を感じない人も多い印象がある。
——韓国など他のソフトパワーも勢いを強める中で、日本アニメの強みは何か。
日本の作品は、感情表現や色彩感覚、ストーリー設計が優れている。表情の繊細な表現などの技術は他国で制作される漫画やアニメには少ない。ただ、今後はオンラインで働く日本のクリエーターが海外企業に就職する可能性もあるため、海外の漫画やアニメもさらに勢いを増していくかもしれない。
近年では、韓国IT大手が手がけるウェブ漫画「ウェブトゥーン」が存在感を強めている。日本の漫画は昔から紙媒体が主流だが、世界的にはオンラインで読むことがメインになっているため、日本は漫画制作のあり方や考え方を順応させていく必要がある。
——マレーシア事業を将来的にどう展開していく計画か。
安定的に学生を増やしていくためにも学科の増設を予定している。併せて、マレーシア国内の主要都市や近隣諸国へのサテライト校やオンラインスクールの開設も計画している。オンラインスクールは日本で開設を進めている事業ではあるが、海外への展開も目指しており、マレーシア校を拠点にワークショップを開催することなどを想定している。
将来的には学術や研究の両面から優位な人材を輩出する大学の設立を目標に掲げている。(聞き手=笹沼帆奈望)
<プロフィル>
小林宏毅(こばやし・こうき)1987年8月生まれ。福島県出身。武蔵野美術大学大学院を修了。社会人スクールや専門学校でマネジメントや講座開発などを担当する。2018年に学校法人九州呉学園専門学校日本デザイナー学院九州校に入職。19年にイルフィゴ・マレーシアへ転籍となり、日本デザイナー学院マレーシア校設立プロジェクトに参加した。"
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