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セター氏首相に、政権発足へ支持率低迷や分裂リスク抱え船出

タイの国会で22日、上下院による投票が実施され賛成多数でタイ貢献党のセター氏が首相に選出された。タイ貢献党を中心として11党による連立政権が発足する見通しだが、「旧敵」同士のタクシン派政党と親軍政党が組むことで、政権内部での対立の可能性は高く、支持者からの反発は必至。支持率が低迷する可能性もある。

タイの国会は22日、タイ貢献党のセター氏を首相に選出した=5月、タイ・バンコク(NNA撮影)

国会では、22日午後3時すぎから投票を開始。セター氏の首相選出に賛成が482票、反対が165票、棄権は81票となった(合計728票の時点で国会が集計)。前日に発表された11党による連立では、タイ貢献党を中心に合わせて314議席を確保。その後に3人の下院議員が支持を表明し、過半数の375議席まで58議席が必要だった。下院でセター氏に賛成票を投じたのは324人、上院も154人が賛成した。
第30代首相に就任するセター氏は60歳で、米国の大学院を卒業後、タイのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に入社。2022年にタイ貢献党に入党した。5月の総選挙前に不動産大手サンシリの会長を辞職したが、選挙には出馬しておらず民間人として首相に就任することになる。
■タクシン氏帰国が波紋
3カ月以上にわたる政治的な空白を経て新政権が発足する見通しとなったが、安定性や持続性は不透明だ。ロイター通信は「これまでの歴史を踏まえれば、タイ貢献党が率いる連立政権がどの程度効率的で、どれほど長く続くかについては疑問がある」と指摘。将来的には、軍や関係機関がタイ貢献党を政権から追い出そうとする可能性もあるとしている。
11党の連立314議席のうち、タイ貢献党は141議席。旧与党勢力は、タイ名誉党(プームチャイタイ党)が71議席のほか、国民国家の力党(PPRP)が40議席、国家建設タイ合同党(UTN)が36議席となり、3党の議席数を合計すればタイ貢献党を上回ることになる。
タイ貢献党が団結を保てるかも微妙な情勢だ。22日にはタクシン元首相が15年ぶり(08年に一時帰国)に タイに帰国。日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の青木(岡部)まき氏(動向分析研究グループ長代理)はNNAに「保守勢力とタイ貢献党の間で、タクシン氏帰国について取引があったことをにおわせるタイミングで帰国を実現したことは、タイ貢献党にとってはマイナス」 と指摘する。
同党ではタクシン氏がいなくても選挙に勝つことができるとの声もあり、それでも帰国を強行するだけの事情があったのか疑問が残る。国家開発行政研究所(NIDA)が8月はじめに発表した世論調査では、回答者の48%が連立に反対すると回答。タイ貢献党を一貫して支持していると答えたコアな支持者のうち38%が反対した。「タイ貢献党支持者のなかでも意見が割れていることがわかる」(青木氏)状況で、実際に北部チェンマイ県の元タイ貢献党議員は離党を表明し、同党の支援団体指導者のナタワット氏は、PPRPやUTNとの連立を理由に離反している。
■公約はタイ貢献党の政策が主に
11党による連立は21日、主要な政策を発表。「16歳以上の国民にデジタル通貨で1万バーツ(約4万1,600円)配布」「27年までに1日あたりの最低賃金を600バーツに引き上げる」「学士に対して月額の最低賃金2万5,000バーツ」など、大部分はタイ貢献党の公約に沿った内容となった。また、「医療用大麻の使用」についても推進する方針を示した。
タイ貢献党は総選挙の公約で、27年までに1日あたりの最低賃金を600バーツに引き上げるとしている。昨年10月に引き上げられたタイの最低賃金は平均で337バーツとなり、公約が実現すれば80%近く引き上げられることになる。タイではインラック政権下の12~13年にも大幅に最低賃金が引き上げられたが、日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員は「当時はインフレ率や失業率が安定的に推移していた」と分析。2010年代前半の最低賃金引き上げ前と比べると、現在は平均賃金と最低賃金が近いため、大幅に最賃を引き上げることになれば小売りや観光、飲食といった産業に大きな悪影響が出やすいと予測した。
タイ貢献党は低所得者寄りの公約を多く掲げており、ある試算によればこれらの実現に必要な財政コストは1兆8,000億バーツ近くになる。熊谷氏はタイ貢献党の公約について「政党によって政策の優先順位や具体策の違いが大きいことで実行が難しい可能性がある」とし、「財政支出の拡大に必要な安定的な財源確保の道筋が見えていない」と指摘する。タイ貢献党は、年率5%を超える経済成長に伴って税収が増えることで財源を調達すると想定しているが、「過去20年の経済成長率を踏まえると、非現実的な計画」(熊谷氏)といえる。安定的な財源を得るには、税収の3割を占める付加価値税(VAT)や2割を占める法人税の税率引き上げ などが必要になるが、連立に参加する政党の間で合意を得るのは容易ではない。財源確保のために安易に国債依存を強めるようなことになれば、財政の健全性を損ない、中長期的な経済成長率を押し下げる可能性もある。
また、タイ貢献党はプラユット政権が進めて来た東部3県(チョンブリ、ラヨーン、チャチュンサオ)の経済特区(SEZ)「東部経済回廊(EEC)」に代わり、バンコクと北部チェンマイ県、東北部コンケン県、南部ハジャイ県に税制優遇を適用する「ニュービジネスゾーン(NBZ)」構想を打ち出している。新政権下でどの程度の政策変更が打ち出されるのか、与党内での調整に大きく左右されることになりそうだ。

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第30代首相に就任するセター氏は60歳で、米国の大学院を卒業後、タイのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に入社。2022年にタイ貢献党に入党した。5月の総選挙前に不動産大手サンシリの会長を辞職したが、選挙には出馬しておらず民間人として首相に就任することになる。
■タクシン氏帰国が波紋
3カ月以上にわたる政治的な空白を経て新政権が発足する見通しとなったが、安定性や持続性は不透明だ。ロイター通信は「これまでの歴史を踏まえれば、タイ貢献党が率いる連立政権がどの程度効率的で、どれほど長く続くかについては疑問がある」と指摘。将来的には、軍や関係機関がタイ貢献党を政権から追い出そうとする可能性もあるとしている。
11党の連立314議席のうち、タイ貢献党は141議席。旧与党勢力は、タイ名誉党(プームチャイタイ党)が71議席のほか、国民国家の力党(PPRP)が40議席、国家建設タイ合同党(UTN)が36議席となり、3党の議席数を合計すればタイ貢献党を上回ることになる。
タイ貢献党が団結を保てるかも微妙な情勢だ。22日にはタクシン元首相が15年ぶり(08年に一時帰国)に タイに帰国。日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の青木(岡部)まき氏(動向分析研究グループ長代理)はNNAに「保守勢力とタイ貢献党の間で、タクシン氏帰国について取引があったことをにおわせるタイミングで帰国を実現したことは、タイ貢献党にとってはマイナス」 と指摘する。
同党ではタクシン氏がいなくても選挙に勝つことができるとの声もあり、それでも帰国を強行するだけの事情があったのか疑問が残る。国家開発行政研究所(NIDA)が8月はじめに発表した世論調査では、回答者の48%が連立に反対すると回答。タイ貢献党を一貫して支持していると答えたコアな支持者のうち38%が反対した。「タイ貢献党支持者のなかでも意見が割れていることがわかる」(青木氏)状況で、実際に北部チェンマイ県の元タイ貢献党議員は離党を表明し、同党の支援団体指導者のナタワット氏は、PPRPやUTNとの連立を理由に離反している。
■公約はタイ貢献党の政策が主に
11党による連立は21日、主要な政策を発表。「16歳以上の国民にデジタル通貨で1万バーツ(約4万1,600円)配布」「27年までに1日あたりの最低賃金を600バーツに引き上げる」「学士に対して月額の最低賃金2万5,000バーツ」など、大部分はタイ貢献党の公約に沿った内容となった。また、「医療用大麻の使用」についても推進する方針を示した。
タイ貢献党は総選挙の公約で、27年までに1日あたりの最低賃金を600バーツに引き上げるとしている。昨年10月に引き上げられたタイの最低賃金は平均で337バーツとなり、公約が実現すれば80%近く引き上げられることになる。タイではインラック政権下の12~13年にも大幅に最低賃金が引き上げられたが、日本総合研究所の熊谷章太郎主任研究員は「当時はインフレ率や失業率が安定的に推移していた」と分析。2010年代前半の最低賃金引き上げ前と比べると、現在は平均賃金と最低賃金が近いため、大幅に最賃を引き上げることになれば小売りや観光、飲食といった産業に大きな悪影響が出やすいと予測した。
タイ貢献党は低所得者寄りの公約を多く掲げており、ある試算によればこれらの実現に必要な財政コストは1兆8,000億バーツ近くになる。熊谷氏はタイ貢献党の公約について「政党によって政策の優先順位や具体策の違いが大きいことで実行が難しい可能性がある」とし、「財政支出の拡大に必要な安定的な財源確保の道筋が見えていない」と指摘する。タイ貢献党は、年率5%を超える経済成長に伴って税収が増えることで財源を調達すると想定しているが、「過去20年の経済成長率を踏まえると、非現実的な計画」(熊谷氏)といえる。安定的な財源を得るには、税収の3割を占める付加価値税(VAT)や2割を占める法人税の税率引き上げ などが必要になるが、連立に参加する政党の間で合意を得るのは容易ではない。財源確保のために安易に国債依存を強めるようなことになれば、財政の健全性を損ない、中長期的な経済成長率を押し下げる可能性もある。
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