アジアの各国・地域が新型コロナウイルス感染症対策を講じながら入国規制を緩和し、経済を正常化させる「ウィズコロナ」へ進んでいる。観光やスポーツ、エンターテインメントなどの体験・集客を伴う産業も本格的な回復へ向かうとみられる一方、これらの業界を中心として、コロナ禍で開発が加速したブロックチェーン(分散型台帳)技術を基盤とした次世代のインターネット「Web3(Web3.0、ウェブスリー)」の領域で、新たなビジネスモデルが生まれている。NNAではウェブサイトのリニューアルに合わせ、アジアで勃興する新ビジネスの動向を追った。
「クラブトークン」の保有者によるオンライン投票で決めた今シーズンの白いユニホームを着用して応援するサポーター(アンコールタイガーFC提供)
世界遺産アンコール遺跡群があるカンボジア・シエムレアプを本拠地とする、日系のプロサッカークラブ「アンコールタイガーFC」は、7月のホームゲームで観客数がクラブ史上最多の4,857人を記録した。発展途上のカンボジアサッカー界で集客力を強みとしてきたクラブは、着実にコロナ禍を乗り越えつつある。スタンドには今シーズンモデルのユニホームを着用して応援するファンの姿もあった。
このユニホームは、コロナ危機からの回復途上にあった昨年、新たな取り組みとしてファンによるオンライン投票で決めた。投票したのはクラブが販売する「クラブトークン」と呼ばれるブロックチェーン技術を活用して発行したトークンの保有者だ。
アンコールタイガーFCの加藤明拓代表によると、トークンは日本限定で発行され、購入したのはクラブが掲げる「東南アジアナンバーワン」と「シエムレアプGDP(域内総生産)向上」というビジョンに共感するサッカーファンや、コロナ禍で渡航できないカンボジア好きの人などさまざまで、新たなファン層も多いとみている。
トークンはクラブを応援する証であると同時に会員権のような機能があり、保有している間は投票企画や限定グッズに応募できる参加権となる。トークン保有者だけが見られるアプリ上のコンテンツなども用意されている。
こうしたクラブトークン(「ファントークン」と呼ぶこともある)は、コロナ禍でチケット収入が減少するサッカークラブなどの新たな収入源や、スタジアムに行けないファンも参加できる新たなコミュニティーを生む手段として注目されてきた。
アンコールタイガーFCは、トークン事業を手がけるフィナンシェ(東京都渋谷区)と提携し、同社のプラットフォームを使い昨年10月に日本で発行を開始。初回の売り出しでは1万~50万円のコースを用意して金額に応じて特典がもらえる仕組みとし、これまでに約4,000万円を調達した。
トークンは購入後にフィナンシェのアプリ上のみで売買することができ、需給に応じて価格も変動する。データの改ざん耐性を持つブロックチェーン技術を活用し、トークンの保有状況や発行数量が管理されている。
ファンにとっては、応援するクラブが成長すれば、トークンの資産価値が上がる可能性もある。一方、短期間での売買を繰り返す投機利用を防ぐため、フィナンシェではトークン購入後の売却制限期間や値幅制限の規定を設けている。
クラブのビジョン達成に向けトークンを活用した取り組みを進めている、アンコールタイガーFCの加藤代表=8月、東京(NNA撮影)
ファントークンの発行は欧州の名門サッカークラブが先行し普及させてきた。日本ではフィナンシェを通じてJリーグ加盟クラブから社会人クラブまで30以上のクラブが発行している。加藤氏は「スポンサーやクラウドファンディングという『応援消費』と株式投資の間に位置する、トークンを購入して応援するというニーズが多くあった」と話す。Web3時代の「応援消費」が生まれている。
■データ独占から分散型のインターネットへ
Web3とはブロックチェーン技術を基盤とした次世代のインターネットを提唱する概念だ。ウェブサイトの閲覧や電子メールの使用が中心の「Web1.0」、交流サイト(SNS)やスマートフォンなどが登場した「Web2.0」に続くものと理解されている。
各フェーズの違いの1つにデータの流れがあり、Web1.0はサービス提供側からユーザーへの一方向だったが、Web2.0では双方向となった。その結果、ユーザーのデータが、米グーグルやメタ(旧フェイスブック)などの「GAFA(ガーファ)」や、その中国版「BAT(バット)」に含まれる阿里巴巴集団(アリババグループ)や騰訊控股(テンセント)といった巨大プラットフォーマーに集約されるようになった。
こうした状況への懸念からWeb3では耐改ざん性の高いブロックチェーン上にデータを記録し、ブロックチェーンネットワークを構成する多数のコンピューター(ノード)に分散して保管することを目指す。巨大プラットフォーマーによるデータの独占利用を防ぎ、非中央集権的で分散型の公正なインターネットを構築するためだ。
そして暗号資産(仮想通貨)ビットコインなどの取引記録を管理するための技術だったブロックチェーンが、「スマートコントラクト(設定された条件が満たされると自動で契約を履行するプログラム)」などによって進化し、現在ブロックチェーン上でさまざまなアプリが開発され新たなビジネス機会が生まれている。
クラブトークンの発行のほか、スマートコントラクトを使った金融サービス「DeFi(分散型金融)」、デジタルデータに唯一性を付与して真贋(しんがん)性を担保する「NFT(非代替性トークン)」を使ったアート作品やアニメ・キャラクターなどのコンテンツの流通、アイテムの売買などができるブロックチェーンを使ったオンラインゲームなど、広がりを見せている。
ただ、税制や会計、所有権などの制度上の課題やトークンの価格変動といったリスクもある。中国では、暗号資産の取引がマネーロンダリング(資金洗浄)や脱税などに用いられるリスクがあるとして禁止された。このため暗号資産を決済手段として使わずにNFTアートを取引するビジネスモデルも生まれている。
またWeb3時代の新たな組織形態として、株式の代わりとなるトークン(ガバナンストークン)の保有者全員で意思決定をする「DAO(ダオ、分散型自律組織)」の取り組みも始まっている。一方、ブロックチェーンには、不特定多数がネットワークに参加するパブリック型のほか、特定の人や組織だけで管理するプライベート型やコンソーシアム型があり、事業モデルで使い分けがなされている。
■「応援して稼ぐ」ビジネスモデルを模索
アンコールタイガーFCは、加藤氏が創業したコンサルティング会社フォワード(東京都中央区)が2015年にプノンペンの日系クラブの経営権を買い取った後、17年にシエムレアプへ移転し、18年に現在のチーム名となった。その後加藤氏はフォワードの全保有株を売却した上でサッカー事業を引き受けて、クラブ経営に専念している。
加藤氏によると、カンボジアリーグの観客動員数は1試合平均1,000人にも満たないが、アンコールタイガーFCは地道な集客活動でホームスタジアムの平均観客数を毎年1,000人以上増やし、19年は平均3,000人を超えるカンボジアで最も集客するクラブとなった。
コロナ禍の初期に地域住民へコメを配る活動をしたアンコールタイガーFC(同クラブ提供)
しかし、コロナ禍での無観客試合で収入は減り、19年に年間220万人の外国人旅行者が訪れた本拠地シエムレアプでは多くのサポーターも失業した。クラブとしては50トンのコメを無償配布する活動などもしたが、クラブが掲げるビジョンに対し「何ができるのかをずっと考えていた」(加藤氏)。
転機が訪れたのは、21年6月ごろ。コロナ禍のフィリピンやベトナムなどで大流行した、ブロックチェーン技術を用いたゲームをプレーすると報酬として暗号資産が手に入る「Play to Earn(プレー・トゥ・アーン、PtoE、遊んで稼ぐ)」のビジネスモデルを知り、活用できないか考え始めた。
PtoEとは、ゲーム内で獲得したトークンを暗号資産取引所で換金したり、アイテムを利用者間で売買したりできる、ゲームと金融の要素を掛け合わせた「GameFi(ゲームファイ)」と呼ばれる新たなゲーム形態だ。ベトナムのスタートアップ企業スカイ・メイビスが手がけるモンスターを育成するバトルゲーム「アクシー・インフィニティ」が、世界的にヒットし注目を集めた。
加藤氏は「『遊んで稼ぐ』ができるなら『Cheer and Earn(応援して稼ぐ)』モデルも作れるのではないか」との着想から、まず昨年10月にクラブトークンの発行を始めた。ただ、フィナンシェの規約上、購入は日本在住者に限られているため、今年3月にシンガポール拠点でPtoE型のゲームプラットフォームを提供する日系のデジタル・エンターテインメント・アセット(DEA)と提携し、ゲームファイ事業へ参画した。
■サポーターが月50ドルの報酬獲得も
事業モデルとしては、DEAが提供するカードバトルゲームで好成績を得るために使う強力なアイテム(NFT)を、アンコールタイガーFCがあらかじめ購入しておき、それをクラブのサポーターに貸し出してゲームをプレーしてもらい、獲得した報酬を分け合う「スカラーシップ制度」を導入している。
これはゲームファイ特有のビジネスモデルで、アイテムの貸し手を「ギルド」、借り手を「スカラー」と呼び、スカラーは初期投資がなくてもゲームを始められる。コロナ禍のフィリピンで「ギルド集団」が形成されて確立したモデルとされ、日本を含む世界中へ広まった。
「アクシー・インフィニティ」で広がった「ギルド」について説明するフィリピンのゲームギルド「イールド・ギルド・ゲームス(YGG)」の担当者=9月、シンガポール(NNA撮影)
アンコールタイガーFCでは、まず中心的なサポーターの約140人がスカラーとしてゲームファイに参加。1カ月で50米ドル(約7,400円)ほどの報酬を手にする人もいて生活費の足しにしているという。クラブはゲームファイの報酬全体の5%をサポーターグループに活動資金としても寄付し、アウェーの遠征費や太鼓などの応援グッズの購入費に充ててもらっている。
シエムレアプの観光業はまだコロナ前の状態に戻っていない。加藤氏は「サポーターはこれまでもスタジアムで応援して良い雰囲気を作り出し、試合やクラブの価値を高めてくれている。熱心なサポーターがいるから企業スポンサーも付いてくれる。サポーターが生む価値に対価が還元される仕組みをWeb3で設計していければ、サッカー界はさらに盛り上がる」と語る。
アンコールタイガーFCからNFTを借りてブロックチェーンゲームをプレーしているサポーター(同クラブ提供)
そしてアンコールタイガーFCは9月末、クラブトークンから一歩先へ進み、暗号資産としての機能を持ち暗号資産取引所で売買できる独自トークンの発行を目指してフィナンシェと協議を始めた。新たなトークンはグッズやチケット販売の決済手段、ファンクラブでの活動に貢献した人への報酬の支払いなどに使うことが考えられ、クラブ運営の幅を広げる可能性がある。
発行に向けては、暗号資産取引所が審査した上でトークンが新規公開される「イニシャル・エクスチェンジ・オファリング(IEO)」の仕組みを用いる計画で、加藤氏は国内外の税制や法制度を考慮しながらIEOの実施を検討すると話している。
<用語解説>「Web3」と「Web3.0」
Web3の概念は、スマートコントラクト機能を持つブロックチェーン「イーサリアム」の共同創業者ギャビン・ウッド氏が「ブロックチェーンに基づく分散型オンラインエコシステム」を提唱して生まれた。その後、米国のベンチャーキャピタル(VC)アンドリーセン・ホロウィッツのクリス・ディクソン氏が「ビルダーとユーザーが所有するトークンでつくられるインターネット」だと再定義した。後者の定義は、暗号資産などの代替性トークンとNFTを含むブロックチェーン上で発行されるトークンを使った経済を重視した考え方で、ウッド氏の描く世界観と異なるとの指摘もあり、定義を巡る議論が続いている。
Web3はWeb3.0とも表記され、ウッド氏やディクソン氏が唱えるWeb3と同義語として使われることが多い。ただし、Web3.0はもともと、ワールド・ワイド・ウェブを考案した英国の技術者ティム・バーナーズ・リー氏が提唱した、「Web2.0」の延長線上にある「セマンティックウェブ」と呼ばれるコンピューターが自律的にウェブページの情報収集や処理、判断を行えるようにしようとする構想を指していた。この混同を避けるためWeb3とWeb3.0を使い分けることがある。
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世界遺産アンコール遺跡群があるカンボジア・シエムレアプを本拠地とする、日系のプロサッカークラブ「アンコールタイガーFC」は、7月のホームゲームで観客数がクラブ史上最多の4,857人を記録した。発展途上のカンボジアサッカー界で集客力を強みとしてきたクラブは、着実にコロナ禍を乗り越えつつある。スタンドには今シーズンモデルのユニホームを着用して応援するファンの姿もあった。
このユニホームは、コロナ危機からの回復途上にあった昨年、新たな取り組みとしてファンによるオンライン投票で決めた。投票したのはクラブが販売する「クラブトークン」と呼ばれるブロックチェーン技術を活用して発行したトークンの保有者だ。
アンコールタイガーFCの加藤明拓代表によると、トークンは日本限定で発行され、購入したのはクラブが掲げる「東南アジアナンバーワン」と「シエムレアプGDP(域内総生産)向上」というビジョンに共感するサッカーファンや、コロナ禍で渡航できないカンボジア好きの人などさまざまで、新たなファン層も多いとみている。
トークンはクラブを応援する証であると同時に会員権のような機能があり、保有している間は投票企画や限定グッズに応募できる参加権となる。トークン保有者だけが見られるアプリ上のコンテンツなども用意されている。
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アンコールタイガーFCは、トークン事業を手がけるフィナンシェ(東京都渋谷区)と提携し、同社のプラットフォームを使い昨年10月に日本で発行を開始。初回の売り出しでは1万~50万円のコースを用意して金額に応じて特典がもらえる仕組みとし、これまでに約4,000万円を調達した。
トークンは購入後にフィナンシェのアプリ上のみで売買することができ、需給に応じて価格も変動する。データの改ざん耐性を持つブロックチェーン技術を活用し、トークンの保有状況や発行数量が管理されている。
ファンにとっては、応援するクラブが成長すれば、トークンの資産価値が上がる可能性もある。一方、短期間での売買を繰り返す投機利用を防ぐため、フィナンシェではトークン購入後の売却制限期間や値幅制限の規定を設けている。[caption id="attachment_9552" align="aligncenter" width="620"]クラブのビジョン達成に向けトークンを活用した取り組みを進めている、アンコールタイガーFCの加藤代表=8月、東京(NNA撮影)[/caption]
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■データ独占から分散型のインターネットへ
Web3とはブロックチェーン技術を基盤とした次世代のインターネットを提唱する概念だ。ウェブサイトの閲覧や電子メールの使用が中心の「Web1.0」、交流サイト(SNS)やスマートフォンなどが登場した「Web2.0」に続くものと理解されている。
各フェーズの違いの1つにデータの流れがあり、Web1.0はサービス提供側からユーザーへの一方向だったが、Web2.0では双方向となった。その結果、ユーザーのデータが、米グーグルやメタ(旧フェイスブック)などの「GAFA(ガーファ)」や、その中国版「BAT(バット)」に含まれる阿里巴巴集団(アリババグループ)や騰訊控股(テンセント)といった巨大プラットフォーマーに集約されるようになった。
こうした状況への懸念からWeb3では耐改ざん性の高いブロックチェーン上にデータを記録し、ブロックチェーンネットワークを構成する多数のコンピューター(ノード)に分散して保管することを目指す。巨大プラットフォーマーによるデータの独占利用を防ぎ、非中央集権的で分散型の公正なインターネットを構築するためだ。
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またWeb3時代の新たな組織形態として、株式の代わりとなるトークン(ガバナンストークン)の保有者全員で意思決定をする「DAO(ダオ、分散型自律組織)」の取り組みも始まっている。一方、ブロックチェーンには、不特定多数がネットワークに参加するパブリック型のほか、特定の人や組織だけで管理するプライベート型やコンソーシアム型があり、事業モデルで使い分けがなされている。
■「応援して稼ぐ」ビジネスモデルを模索
アンコールタイガーFCは、加藤氏が創業したコンサルティング会社フォワード(東京都中央区)が2015年にプノンペンの日系クラブの経営権を買い取った後、17年にシエムレアプへ移転し、18年に現在のチーム名となった。その後加藤氏はフォワードの全保有株を売却した上でサッカー事業を引き受けて、クラブ経営に専念している。
加藤氏によると、カンボジアリーグの観客動員数は1試合平均1,000人にも満たないが、アンコールタイガーFCは地道な集客活動でホームスタジアムの平均観客数を毎年1,000人以上増やし、19年は平均3,000人を超えるカンボジアで最も集客するクラブとなった。[caption id="attachment_9557" align="aligncenter" width="620"]コロナ禍の初期に地域住民へコメを配る活動をしたアンコールタイガーFC(同クラブ提供)[/caption]
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PtoEとは、ゲーム内で獲得したトークンを暗号資産取引所で換金したり、アイテムを利用者間で売買したりできる、ゲームと金融の要素を掛け合わせた「GameFi(ゲームファイ)」と呼ばれる新たなゲーム形態だ。ベトナムのスタートアップ企業スカイ・メイビスが手がけるモンスターを育成するバトルゲーム「アクシー・インフィニティ」が、世界的にヒットし注目を集めた。
加藤氏は「『遊んで稼ぐ』ができるなら『Cheer and Earn(応援して稼ぐ)』モデルも作れるのではないか」との着想から、まず昨年10月にクラブトークンの発行を始めた。ただ、フィナンシェの規約上、購入は日本在住者に限られているため、今年3月にシンガポール拠点でPtoE型のゲームプラットフォームを提供する日系のデジタル・エンターテインメント・アセット(DEA)と提携し、ゲームファイ事業へ参画した。
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[caption id="attachment_9553" align="aligncenter" width="620"]「アクシー・インフィニティ」で広がった「ギルド」について説明するフィリピンのゲームギルド「イールド・ギルド・ゲームス(YGG)」の担当者=9月、シンガポール(NNA撮影)[/caption]
アンコールタイガーFCでは、まず中心的なサポーターの約140人がスカラーとしてゲームファイに参加。1カ月で50米ドル(約7,400円)ほどの報酬を手にする人もいて生活費の足しにしているという。クラブはゲームファイの報酬全体の5%をサポーターグループに活動資金としても寄付し、アウェーの遠征費や太鼓などの応援グッズの購入費に充ててもらっている。
シエムレアプの観光業はまだコロナ前の状態に戻っていない。加藤氏は「サポーターはこれまでもスタジアムで応援して良い雰囲気を作り出し、試合やクラブの価値を高めてくれている。熱心なサポーターがいるから企業スポンサーも付いてくれる。サポーターが生む価値に対価が還元される仕組みをWeb3で設計していければ、サッカー界はさらに盛り上がる」と語る。
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<用語解説>「Web3」と「Web3.0」
Web3の概念は、スマートコントラクト機能を持つブロックチェーン「イーサリアム」の共同創業者ギャビン・ウッド氏が「ブロックチェーンに基づく分散型オンラインエコシステム」を提唱して生まれた。その後、米国のベンチャーキャピタル(VC)アンドリーセン・ホロウィッツのクリス・ディクソン氏が「ビルダーとユーザーが所有するトークンでつくられるインターネット」だと再定義した。後者の定義は、暗号資産などの代替性トークンとNFTを含むブロックチェーン上で発行されるトークンを使った経済を重視した考え方で、ウッド氏の描く世界観と異なるとの指摘もあり、定義を巡る議論が続いている。
Web3はWeb3.0とも表記され、ウッド氏やディクソン氏が唱えるWeb3と同義語として使われることが多い。ただし、Web3.0はもともと、ワールド・ワイド・ウェブを考案した英国の技術者ティム・バーナーズ・リー氏が提唱した、「Web2.0」の延長線上にある「セマンティックウェブ」と呼ばれるコンピューターが自律的にウェブページの情報収集や処理、判断を行えるようにしようとする構想を指していた。この混同を避けるためWeb3とWeb3.0を使い分けることがある。"
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