タイや中国からの一部生産移管(プラスワン)で、圧倒的な人件費の安さを維持するラオスの注目度が高まっている。賃金上昇が著しいベトナムやカンボジアからも、移管を検討する日系企業が出始めている。内陸国のため物流の不便さが難点だが、「中国ラオス鉄道」の開通で輸送の選択肢は増えた。本企画では、ラオス生産を拡大し続ける玩具メーカー、エポック社(東京都台東区)と、中国ラオス鉄道の活用提案を本格化する郵船ロジスティクスの取り組みを紹介する。
650人が働くエポック社のラオス工場で、人形1体1体に洋服を着せる従業員。色づけや植毛加工の工程でも、細かな作業が求められる=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)
日本貿易振興機構(ジェトロ)ビエンチャン事務所によると、ラオスには約165社の日本企業が進出している。同事務所の菊池保志所長と山田健一郎シニアディレクターによると、撤退はほとんどない。
■最低賃金、月1万円以下
ラオス日本人商工会議所に加盟する109社を業種別でみると、製造業が36%と最も多い。ラオスの最低賃金(2023年5月から適用)は月130万キープ(約9,630円)と、ベトナム・カンボジアの2分の1以下。中国・タイの最低賃金に至ってはラオスの3倍以上と、ラオスは人件費の安さで圧倒的な優位性を持つ。進出する日系はアパレルや食品、玩具など労働集約型企業、加工貿易企業が多い。
近年はキープの対米ドル相場が大幅に下落したことを受け、大幅な賃上げをしても米ドル換算ではコストが上昇していない状況が続いている。
菊池氏によると、ベトナムとカンボジアはこの数年で中国系・韓国系企業の進出が急増。中韓企業が高給与を提示しているため、同2カ国では賃金上昇が著しく雇用も難しくなっている。そこでこのところ、ベトナムとカンボジアからの生産一部移管を検討するために視察に来たり、同事務所にブリーフィングを受けに来たりする日系企業が増えているという。
■シルバニアファミリー、ラオスから世界へ
エポック社は、中国からの一部生産移管でラオス工場を設置した。1985年に発売し、日本や欧米で絶大な人気を保ち続ける玩具「シルバニアファミリー」(北米では「カリコクリッターズ」の名称で販売)を主に生産。ラオスから日本、北米、欧州の3大市場に向けて出荷している。
ラオス工場で生産する「シルバニアファミリー」。30年以上、変わらぬ人気を誇る=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)
ラオス法人エポック・トイス(ラオ)のサイサナ・ゼネラルマネジャーによると、首都ビエンチャンで11年に人形の衣類などを縫製する工場を開設。3~4年で軌道に乗り黒字化したことから、人形とハウス、家具の生産移管を行うことを決めた。新設工場は18年、ビエンチャンの経済特区(SEZ)「VITAパーク」で開業した。
■右肩上がりで22年に黒字化
ラオス工場では、中国で職人が行っていた人形の製造工程を金型と機械を使って成形する形に切り替えるなど、生産性の向上を図っている。試作で出た問題や金型の修正に数カ月、品質を安定させるのに1年を要し、19年末から20年1月にかけてようやく初出荷にこぎ着けた。
当初は「数百万米ドル(100万米ドル=約1億4,680万円)の注文が来ても生産しきれないことがあった」というが、日本人や中国人の技術者を駐在させ、設備と従業員数を年を追うごとに増やして生産量を拡大。売上高(出荷高)は20年の250万米ドルから21年に700万米ドル、22年に1,000万米ドルへと右肩上がりに増え、22年に黒字化を達成した。
■作業効率は中国の8割
手工芸が盛んな国柄もありラオス人は「手先が器用で作業が丁寧」(ジェトロの菊池氏)だが、大量生産には向いていないという側面がある。ラオス人で中国に長く滞在した経歴を持つサイサナ氏は「中国人は勤勉で作業が早くフレキシブルだ」と語り、ラオスの工員が同等の作業量をこなすのは難しいとの見方を示す。
それでも同社のラオス工場の工員の作業効率は「中国人の80%まで上昇した」といい、中国の工員給与がラオスの3~4倍であることを考えれば「十分な水準に達している」との認識だ。
ラオス法人のサイサナ・ゼネラルマネジャーがNNAの取材に応じた=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)
当初100%中国から調達していた原材料や部材は、ラオス国内やタイからの調達に可能な限り切り替えを進めてきた。仕入れにかかる日数が短縮できることが最大の利点だが、距離的に近い国内やタイから仕入れれば物流コストも削減できる。
まず金型や塗料を「脱中国」させ、段ボールなどの包装資材、人形本体に使うポリ塩化ビニール(PVC)もラオス産やタイ産への変更を完了した。包装材は国内調達からさらに内製へと切り替え、3割のコスト削減を実現。接着剤やリボン・レース類などは代替品が見つからず、現在も中国から調達している。
中国からの輸送は海上でタイのレムチャバン港を経由してビエンチャンまでトラックを使うか、中国から直接トラックで運んでいるが、21年12月にビエンチャンと中国雲南省昆明をつなぐ「中国ラオス鉄道」が開通したことから、同鉄道を使った輸送試験にも乗り出している。
■人材の定着が課題
順調に成長するラオス工場だが、サイサナ氏は「人材育成は難しい」と話す。ラオスでは大学を出ても良い職に就けるとは限らず、大学進学率は20%に満たないという。安定を好む若者の憧れの職業は公務員で、同社は工員に公務員以上の給与を提示しているが、それでも「毎月10%が辞めてしまう」状況だ。
稼働以来、絶えず増産に取り組んでいるエポック社にとって、人材の引き留めは重要な課題となっている。「時には大胆な賃上げも必要になる」とサイサナ氏。今年はもともとの引き上げ予定額にさらに、月20万キープを上乗せした。
中国やタイで研修を頻繁に実施し、昇格の機会を積極的に与えるなど、社員のモチベーションを上げる努力を行っている。
人形やハウスを作る工場は18年に開設されてから毎年、増産のための拡張を行っている=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)
■25年に出荷高3倍へ
エポック社は中国の4工場(協力工場含む)と、ラオス工場でシルバニアファミリーなどの玩具を生産している。ラオス工場が全生産工場の出荷高に占める割合は現状10~15%程度だが、25年には同割合を約3倍の35%まで高める目標を掲げる。
工場は毎年拡張を行っており、10月には4棟目を建設予定。生産量の増加に伴い、倉庫スペースも増やしている。
従業員数は8月中旬時点の650人から、10月までに800人まで増やす計画。サイサナ氏は今年の出荷高について、前年比50%増の「1,500万米ドルに届かせたい」と意気込んだ。本社の前田道裕社長が新設工場の開所式で語った「年間出荷高3,000万米ドル」の達成に向け、今後も挑戦を続ける。
明日14日付では、中国ラオス鉄道を使った貨物輸送の現状や、郵船ロジスティクスによる同鉄道の活用提案を取り上げる。
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日本貿易振興機構(ジェトロ)ビエンチャン事務所によると、ラオスには約165社の日本企業が進出している。同事務所の菊池保志所長と山田健一郎シニアディレクターによると、撤退はほとんどない。
■最低賃金、月1万円以下
ラオス日本人商工会議所に加盟する109社を業種別でみると、製造業が36%と最も多い。ラオスの最低賃金(2023年5月から適用)は月130万キープ(約9,630円)と、ベトナム・カンボジアの2分の1以下。中国・タイの最低賃金に至ってはラオスの3倍以上と、ラオスは人件費の安さで圧倒的な優位性を持つ。進出する日系はアパレルや食品、玩具など労働集約型企業、加工貿易企業が多い。
近年はキープの対米ドル相場が大幅に下落したことを受け、大幅な賃上げをしても米ドル換算ではコストが上昇していない状況が続いている。
菊池氏によると、ベトナムとカンボジアはこの数年で中国系・韓国系企業の進出が急増。中韓企業が高給与を提示しているため、同2カ国では賃金上昇が著しく雇用も難しくなっている。そこでこのところ、ベトナムとカンボジアからの生産一部移管を検討するために視察に来たり、同事務所にブリーフィングを受けに来たりする日系企業が増えているという。
■シルバニアファミリー、ラオスから世界へ
エポック社は、中国からの一部生産移管でラオス工場を設置した。1985年に発売し、日本や欧米で絶大な人気を保ち続ける玩具「シルバニアファミリー」(北米では「カリコクリッターズ」の名称で販売)を主に生産。ラオスから日本、北米、欧州の3大市場に向けて出荷している。
[caption id="attachment_15483" align="aligncenter" width="620"]ラオス工場で生産する「シルバニアファミリー」。30年以上、変わらぬ人気を誇る=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)[/caption]
ラオス法人エポック・トイス(ラオ)のサイサナ・ゼネラルマネジャーによると、首都ビエンチャンで11年に人形の衣類などを縫製する工場を開設。3~4年で軌道に乗り黒字化したことから、人形とハウス、家具の生産移管を行うことを決めた。新設工場は18年、ビエンチャンの経済特区(SEZ)「VITAパーク」で開業した。
■右肩上がりで22年に黒字化
ラオス工場では、中国で職人が行っていた人形の製造工程を金型と機械を使って成形する形に切り替えるなど、生産性の向上を図っている。試作で出た問題や金型の修正に数カ月、品質を安定させるのに1年を要し、19年末から20年1月にかけてようやく初出荷にこぎ着けた。
当初は「数百万米ドル(100万米ドル=約1億4,680万円)の注文が来ても生産しきれないことがあった」というが、日本人や中国人の技術者を駐在させ、設備と従業員数を年を追うごとに増やして生産量を拡大。売上高(出荷高)は20年の250万米ドルから21年に700万米ドル、22年に1,000万米ドルへと右肩上がりに増え、22年に黒字化を達成した。
■作業効率は中国の8割
手工芸が盛んな国柄もありラオス人は「手先が器用で作業が丁寧」(ジェトロの菊池氏)だが、大量生産には向いていないという側面がある。ラオス人で中国に長く滞在した経歴を持つサイサナ氏は「中国人は勤勉で作業が早くフレキシブルだ」と語り、ラオスの工員が同等の作業量をこなすのは難しいとの見方を示す。
それでも同社のラオス工場の工員の作業効率は「中国人の80%まで上昇した」といい、中国の工員給与がラオスの3~4倍であることを考えれば「十分な水準に達している」との認識だ。
[caption id="attachment_15485" align="aligncenter" width="620"]ラオス法人のサイサナ・ゼネラルマネジャーがNNAの取材に応じた=8月、ラオス・ビエンチャン(NNA撮影)[/caption]
当初100%中国から調達していた原材料や部材は、ラオス国内やタイからの調達に可能な限り切り替えを進めてきた。仕入れにかかる日数が短縮できることが最大の利点だが、距離的に近い国内やタイから仕入れれば物流コストも削減できる。
まず金型や塗料を「脱中国」させ、段ボールなどの包装資材、人形本体に使うポリ塩化ビニール(PVC)もラオス産やタイ産への変更を完了した。包装材は国内調達からさらに内製へと切り替え、3割のコスト削減を実現。接着剤やリボン・レース類などは代替品が見つからず、現在も中国から調達している。
中国からの輸送は海上でタイのレムチャバン港を経由してビエンチャンまでトラックを使うか、中国から直接トラックで運んでいるが、21年12月にビエンチャンと中国雲南省昆明をつなぐ「中国ラオス鉄道」が開通したことから、同鉄道を使った輸送試験にも乗り出している。
■人材の定着が課題
順調に成長するラオス工場だが、サイサナ氏は「人材育成は難しい」と話す。ラオスでは大学を出ても良い職に就けるとは限らず、大学進学率は20%に満たないという。安定を好む若者の憧れの職業は公務員で、同社は工員に公務員以上の給与を提示しているが、それでも「毎月10%が辞めてしまう」状況だ。
稼働以来、絶えず増産に取り組んでいるエポック社にとって、人材の引き留めは重要な課題となっている。「時には大胆な賃上げも必要になる」とサイサナ氏。今年はもともとの引き上げ予定額にさらに、月20万キープを上乗せした。
中国やタイで研修を頻繁に実施し、昇格の機会を積極的に与えるなど、社員のモチベーションを上げる努力を行っている。
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■25年に出荷高3倍へ
エポック社は中国の4工場(協力工場含む)と、ラオス工場でシルバニアファミリーなどの玩具を生産している。ラオス工場が全生産工場の出荷高に占める割合は現状10~15%程度だが、25年には同割合を約3倍の35%まで高める目標を掲げる。
工場は毎年拡張を行っており、10月には4棟目を建設予定。生産量の増加に伴い、倉庫スペースも増やしている。
従業員数は8月中旬時点の650人から、10月までに800人まで増やす計画。サイサナ氏は今年の出荷高について、前年比50%増の「1,500万米ドルに届かせたい」と意気込んだ。本社の前田道裕社長が新設工場の開所式で語った「年間出荷高3,000万米ドル」の達成に向け、今後も挑戦を続ける。
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