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EV3.5はセカンドチャンスタイ工業連盟副会長に聞く

セーター政権は11月1日、国家電気自動車(EV)政策委員会を開催し、2024年からの新たなEV普及支援策「EV3.5」の導入を正式に決定した。NNAは、タイ工業連盟(FTI)自動車部会のスラポン広報担当(FTI副会長)にオンラインで単独取材を行い、EV3.5に対する印象や今後の見通し、日系自動車メーカーへの期待などについて聞いた。

「EV3.5のインセンティブの内容には同意する」と話すFTIのスラポン副会長(本人提供)

——セーター首相がEV政策委員会のトップに自ら就任した。
セーター首相が、2030年に国内生産する自動車の3割を電動車にする目標の達成に真剣であることの証左だ。
——EV3.5の大枠が説明された。印象は。
まだ、EV政策委員会で承認されただけで、閣議決定までには修正があるかもしれないが、インセンティブや条件の内容には100%同意している。EV3.5の承認はタイ市場への進出を考えている自動車メーカーにとっては朗報だ。EV3.0に参画できなかったEVメーカーにとって、EV3.5はセカンドチャンスだ。
——EV3.5では、国内生産の条件が厳しくなった。24~25年に輸入販売したEV台数の2~3倍以上の生産を義務付けた。EV3.0では1~1.5倍以上だった。
生産量や生産規模を高めることで単位当たりのコストが低減される「規模の経済」が働くことを考えれば、EVメーカーの負担が増えるとは考えていない。EVの国内生産が始まれば、自然と販売台数は伸びていく。輸出分も考えて、EV3.0に参画したメーカーは1.5倍を超えるEVを生産するはずだ。
■補助金支給は「早い者勝ち」
——販売補助金は最高15万バーツから10万バーツの減額となった。その意味は。
インセンティブの本質は基本的に「早い者勝ちだ」。最初にリスクをとってタイでのEV生産を決定したメーカーがより多くの恩恵を受けるのはある意味当然なことだ。
——タイの投資誘致機関である投資委員会(BOI)のナリット長官は「タイでEVの年産規模が15万台を超える場合は、バッテリーを国内で生産した方が経済的合理性が高い」と述べた。
タイで最初に自動車を生産したとき、産業全体の損益分岐点の超えるためには10万台前後は生産しなければならなかった。EVの場合、15万台が損益分岐点というナリット長官の指摘は正しいだろう。

——タイのEV振興策を巡っては、中国メーカーを優遇しているという見方がある。
タイ政府は特定の国を優遇するようなことはしない。むしろ、EV振興策を活用することで、日本の自動車メーカーは中国の自動車メーカーと対等に競争できるようになる。
現在の最大関税率は80%だが、貿易協定により中国製は無関税である一方、日本製は20%が課されている。EV3.5でも、車両価格が200万バーツ(約850万円)を超えない完成車の輸入関税は40%引き下げることになったことで、日本製も条件を満たせば無関税になる。
タイ政府が中国メーカーを優遇しているように見えるとすれば、中国メーカーに比べて日本メーカーがタイのEV市場参入に後ろ向きだからではないか。逆に、中国メーカーは、50年に「カーボンニュートラル(炭素中立)」、65年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す「ネットゼロエミッション」の達成を目指すというタイ政府が掲げる目標の達成について協力的にみえる。中国メーカーへのタイ政府の態度がフレンドリーに見えてしまうのは、ある意味で当然なことだ。
■トレンドが変化
——日系メーカーの多くは充電設備が十分に普及していないタイの現状では、「EVは決して最適解ではない」と考えている。
現時点でEVよりもハイブリッド車(HEV)の方が使い勝手がいいのは事実だが、価格はEVの方が手頃だ。どのタイプの車を購入し使用するかを決定するのは消費者だ。タイでもEVはこれまで富裕層がセカンドカー、サードカーとして購入していたが、トレンドが変わった。ガソリン価格の高騰もあり、通勤用としてファーストカーとして購入するドライバーが増えている。
日本の自動車メーカーがこれまでタイの自動車産業の発展に貢献してきたのは事実だ。しかし、タイでEVを発売しなければ、他のブランドがタイでマーケティングに力を入れている以上は、競争に勝てるはずがない。タイ人消費者は「なぜ日本の自動車メーカーがEVを販売しないのか」とシンプルに疑問に思っている。フラストレーションを感じているのは、何も日系メーカーだけでない。タイ人の消費者も同じだ。
——欧州連合(EU)は35年にガソリンなどで走るエンジン車の新車販売をすべて禁止するとしてきた方針を変更するなど、政策を大きく転換させた。タイ政府も今後、現在のEVシフトを大きく見直す可能性はあるか。劣化したバッテリーをどのように廃棄するかなど、EV普及に向けて解決すべき課題も多い。
エネルギーや自動車産業の人たちと話をする限り、タイは周辺国から電力を輸入している状況ではあるが、当面はEVの普及で電力不足に陥る心配はないというのが一般的な見解だ。ただし、内燃機関車からEVにスムーズに移行するためには、各充電所に電気を供給する変電所を新たに整備していく必要があるとの意見は聞いている。使用済みバッテリーについては、再利用できる道を模索していく。
■ナトリウムイオン電池を研究開発
——インドネシアやマレーシアも東南アジアのEVハブを目指している。
インドネシアは、リチウムイオン電池の主要な原材料であるニッケルやコバルトが豊富なのが強みだが、実はタイも負けてはいない。東北部の国立コンケン大学やタイ工業省は現在、リチウムをナトリウムで代用した「ナトリウムイオン電池」の研究開発を行っている。タイの東北部にはナトリウムイオンが豊富だ。実用化すれば、タイがナトリウムイオン電池の一大生産拠点になる可能性がある。
タイは北部を中心に豊富な岩塩と炭酸カリウムが埋蔵されており、タイ工業省と国立コンケン大学はさらに、岩塩と炭酸カリウムを素材の一部として使用するリチウムイオン電池の開発に力を入れている。
——タイの地元紙によると、セーター首相は米テスラの誘致に動いているという。
現在のところ進展があったなどの話は聞いていない。インドネシアやインドも誘致に動いている。万が一、テスラがタイを選んでくれるのなら、タイのイメージアップに大いに役立つだろう。
——30年に国内生産する自動車の3割を電動車にするタイ政府の目標について。
達成可能であることは間違いないが、最終的にはメンテナンスを含めたトータルコスト次第のところはある。テクノロジーが進歩して、バッテリーのセルを交換するだけでパック全体を買い替える必要がなくなれば、メンテナンス費用は大きく下がるはずだ。もちろん、使い勝手の良さも重要だ。
低価格帯のEVは現在、50万~70万バーツほどで購入できるが、これが30万バーツ台まで下がれば、若者の間でも一気に普及が進むだろう。(聞き手=坂部哲生、Sangkawin Apiwut)

バンコクでは中国製のEVを見かける場面が増えた=7日(NNA撮影)

<記者の目>
今回の「EV3.5」の正式導入の発表とスラポン氏とのインタビューを通じて、日系企業からの投資があるなしにかかわらず、30年までに国内生産する自動車の3割を電動車にする目標達成へのタイ政府の揺るぎない決意を感じた。ただ、スラポン氏は「日系メーカーがタイのEV市場で競争力を持つには、バッテリー寿命の長さや価格競争力、アフターサービスの良さなどで中国メーカーを上回る必要がある」と指摘した一方で、「タイ人の消費者の日本車に対するロイヤルティー(忠誠心)は高い」とも述べた。EV市場で中国勢が先行する中でも、日系メーカーに対する信頼と愛情は変わっていない。EV3.5について「セカンドチャンス」と述べたのも、日系メーカーへの期待の表れだろう。

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まだ、EV政策委員会で承認されただけで、閣議決定までには修正があるかもしれないが、インセンティブや条件の内容には100%同意している。EV3.5の承認はタイ市場への進出を考えている自動車メーカーにとっては朗報だ。EV3.0に参画できなかったEVメーカーにとって、EV3.5はセカンドチャンスだ。
——EV3.5では、国内生産の条件が厳しくなった。24~25年に輸入販売したEV台数の2~3倍以上の生産を義務付けた。EV3.0では1~1.5倍以上だった。
生産量や生産規模を高めることで単位当たりのコストが低減される「規模の経済」が働くことを考えれば、EVメーカーの負担が増えるとは考えていない。EVの国内生産が始まれば、自然と販売台数は伸びていく。輸出分も考えて、EV3.0に参画したメーカーは1.5倍を超えるEVを生産するはずだ。
■補助金支給は「早い者勝ち」
——販売補助金は最高15万バーツから10万バーツの減額となった。その意味は。
インセンティブの本質は基本的に「早い者勝ちだ」。最初にリスクをとってタイでのEV生産を決定したメーカーがより多くの恩恵を受けるのはある意味当然なことだ。
——タイの投資誘致機関である投資委員会(BOI)のナリット長官は「タイでEVの年産規模が15万台を超える場合は、バッテリーを国内で生産した方が経済的合理性が高い」と述べた。
タイで最初に自動車を生産したとき、産業全体の損益分岐点の超えるためには10万台前後は生産しなければならなかった。EVの場合、15万台が損益分岐点というナリット長官の指摘は正しいだろう。

——タイのEV振興策を巡っては、中国メーカーを優遇しているという見方がある。
タイ政府は特定の国を優遇するようなことはしない。むしろ、EV振興策を活用することで、日本の自動車メーカーは中国の自動車メーカーと対等に競争できるようになる。
現在の最大関税率は80%だが、貿易協定により中国製は無関税である一方、日本製は20%が課されている。EV3.5でも、車両価格が200万バーツ(約850万円)を超えない完成車の輸入関税は40%引き下げることになったことで、日本製も条件を満たせば無関税になる。
タイ政府が中国メーカーを優遇しているように見えるとすれば、中国メーカーに比べて日本メーカーがタイのEV市場参入に後ろ向きだからではないか。逆に、中国メーカーは、50年に「カーボンニュートラル(炭素中立)」、65年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す「ネットゼロエミッション」の達成を目指すというタイ政府が掲げる目標の達成について協力的にみえる。中国メーカーへのタイ政府の態度がフレンドリーに見えてしまうのは、ある意味で当然なことだ。
■トレンドが変化
——日系メーカーの多くは充電設備が十分に普及していないタイの現状では、「EVは決して最適解ではない」と考えている。
現時点でEVよりもハイブリッド車(HEV)の方が使い勝手がいいのは事実だが、価格はEVの方が手頃だ。どのタイプの車を購入し使用するかを決定するのは消費者だ。タイでもEVはこれまで富裕層がセカンドカー、サードカーとして購入していたが、トレンドが変わった。ガソリン価格の高騰もあり、通勤用としてファーストカーとして購入するドライバーが増えている。
日本の自動車メーカーがこれまでタイの自動車産業の発展に貢献してきたのは事実だ。しかし、タイでEVを発売しなければ、他のブランドがタイでマーケティングに力を入れている以上は、競争に勝てるはずがない。タイ人消費者は「なぜ日本の自動車メーカーがEVを販売しないのか」とシンプルに疑問に思っている。フラストレーションを感じているのは、何も日系メーカーだけでない。タイ人の消費者も同じだ。
——欧州連合(EU)は35年にガソリンなどで走るエンジン車の新車販売をすべて禁止するとしてきた方針を変更するなど、政策を大きく転換させた。タイ政府も今後、現在のEVシフトを大きく見直す可能性はあるか。劣化したバッテリーをどのように廃棄するかなど、EV普及に向けて解決すべき課題も多い。
エネルギーや自動車産業の人たちと話をする限り、タイは周辺国から電力を輸入している状況ではあるが、当面はEVの普及で電力不足に陥る心配はないというのが一般的な見解だ。ただし、内燃機関車からEVにスムーズに移行するためには、各充電所に電気を供給する変電所を新たに整備していく必要があるとの意見は聞いている。使用済みバッテリーについては、再利用できる道を模索していく。
■ナトリウムイオン電池を研究開発
——インドネシアやマレーシアも東南アジアのEVハブを目指している。
インドネシアは、リチウムイオン電池の主要な原材料であるニッケルやコバルトが豊富なのが強みだが、実はタイも負けてはいない。東北部の国立コンケン大学やタイ工業省は現在、リチウムをナトリウムで代用した「ナトリウムイオン電池」の研究開発を行っている。タイの東北部にはナトリウムイオンが豊富だ。実用化すれば、タイがナトリウムイオン電池の一大生産拠点になる可能性がある。
タイは北部を中心に豊富な岩塩と炭酸カリウムが埋蔵されており、タイ工業省と国立コンケン大学はさらに、岩塩と炭酸カリウムを素材の一部として使用するリチウムイオン電池の開発に力を入れている。
——タイの地元紙によると、セーター首相は米テスラの誘致に動いているという。
現在のところ進展があったなどの話は聞いていない。インドネシアやインドも誘致に動いている。万が一、テスラがタイを選んでくれるのなら、タイのイメージアップに大いに役立つだろう。
——30年に国内生産する自動車の3割を電動車にするタイ政府の目標について。
達成可能であることは間違いないが、最終的にはメンテナンスを含めたトータルコスト次第のところはある。テクノロジーが進歩して、バッテリーのセルを交換するだけでパック全体を買い替える必要がなくなれば、メンテナンス費用は大きく下がるはずだ。もちろん、使い勝手の良さも重要だ。
低価格帯のEVは現在、50万~70万バーツほどで購入できるが、これが30万バーツ台まで下がれば、若者の間でも一気に普及が進むだろう。(聞き手=坂部哲生、Sangkawin Apiwut)
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