2023年のベトナムの鉄鋼市場は、国内の不動産・建設不況のあおりで需要が低迷し、多くの鉄鋼メーカーが業績不振に苦しんだ。JFEスチールベトナムの芳木泰正社長はNNAのインタビューで、24年の鉄鋼市場について「政府の景気刺激策によって公共事業分野で底打ち感が見られるものの、民間の不動産市場の回復の足取りは鈍く、当面は低空飛行が続く可能性が高い」と述べ、本格回復は早くても25年以降と予想した。厳しい環境が続く中、今後需要の拡大が見込まれる風力発電案件など新たな分野で販路拡大を急ぐ方針だ。
——2023年のベトナム鉄鋼市場は1年を通じて厳しい年だった。
インタビューに答えるJFEベトナムの芳木泰正社長
鉄鋼市場の中心となる建設関連の需要が、不動産市場低迷の影響で大幅に落ち込んだ。地場の高炉一貫製鉄会社であるホアファットグループと台湾系フォルモサ・ハティン・スチールの大手2社、および電炉メーカーは主に建設用鋼材を製造しているが、主力製品である鉄筋・ボルト用棒鋼線材は多くの国で製造されているので輸出に活路を見いだすことができず、業界全体が苦境に陥った。さらに23年夏ごろからは、中国の景気低迷が一段と鮮明になる中、さばき切れない中国製鋼材が大量にベトナムに輸出されたことも市況の悪化に拍車を掛けた。
——23年は品質要求の高い鋼材が必要な自動車・二輪車市場も低調だった。
ベトナムの自動車市場で販売シェアが高い日系メーカーは、インドネシアやタイなどから部品を輸入し、現地で組み立てるノックダウン方式が主流であり、ベトナム国内の鋼材需要は限定的だ。一方、現地の一貫生産体制が整っている二輪車の鋼材需要は自動車と比べると1台当たりでは大きくないが、当地での生産台数は世界でも屈指で、販売低調の影響は否定できない。
——家電、OA機器向けの鋼材はどうだったか。
米国の消費減速でベトナムからこれら製品の対米輸出が減少し、同様に需要が落ち込んだ。主に日本・韓国・台湾などからの鋼材がさまざまな加工を経て使われており、影響を受けたのはこれらの国・地域の(ベトナム向け)輸出だ。昨年後半から米国で政策金利の引き上げに打ち止めの観測が広がる中、需要回復の兆しは出てきており今後に期待したい。
■高炉2社、欧州などに輸出拡大
——23年の鋼材の輸出入量が前年と比べ拡大している。背景は。
23年はこれまでなかった特徴として、ベトナム高炉2社が夏以降急速に熱延コイル(HRC)の輸出を拡大したことが挙げられる。さまざまな鉄鋼製品の母材となる鋼材だ。従来は両社とも主に国内のリローラーと呼ばれる加工メーカーにHRCを供給し、リローラーがめっき鋼板や鋼管などに加工したうえで、国内外に販売するという流れが主流だった。しかし、中国からの輸入量が急増し国内市場が供給過多に陥る中で、高炉2社は工場の稼働を維持するため東南アジアに加え、新たに欧州やインドなどの加工メーカーにHRCの販売を始めた。高炉2社は販売量の確保を優先したため、欧州などの加工メーカーにとっては海運費用を差し引いてもベトナムから輸入するメリットがあったのだと思う。
——ベトナムの鋼材市況は23年11月ごろから反転している。市場回復の兆しか。
国内の鋼材市況が反転したのは、ベトナム政府主導による景気刺激策として公共投資が加速してきたことが大きい。中国政府が10月下旬に23年第4四半期(10~12月)の国債発行額を1兆元(約20兆5,000億円)増額し、災害被災地向けの公共投資を増やすと発表したこと、および米国で政策金利が落ち着いたことで、住宅関連需要が回復基調に転じたことも要因として考えられる。
ただ、中国の景気対策は、肝心な不動産関連にはまだ手を付けておらず、実際に景気減速に歯止めがかかるかどうかはもう少し見ていく必要があると思う。
■欧州の国境環境規制、影響を懸念
——欧州連合(EU)で26年1月から炭素国境調整メカニズム(CBAM)がスタートし、域外からの輸入に対して生産段階での炭素排出量に応じた課徴金の負担が求められる。23年10月1日からは、輸入業者に炭素排出量の報告を求める移行期間が始まった。ベトナムの鉄鋼メーカーの対応状況と影響は。
昨年10月に始まった移行期間ではまずEUの輸入業者が10~12月の間に輸入した鋼材の「炭素含有排出量」を24年1月中に算出し、同月末までにEU当局へ報告することになっている。
欧州へ輸出しているリローラーなどから聞いている限りでは、当局への報告義務者であるEUの輸入業者からは(炭素排出量算出に必要な)データなどの指示がまだまとまっておらず、具体的な対応は進んでいないようだ。当社の日本本社では(日本からEUへの輸出の際に)日本鉄鋼連盟とも協力し対応を検討している。参考にしていきたい。
——ベトナムは2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)を宣言している。その一環として脱炭素規制が強まると影響は大きい。
ベトナムは引き続き社会インフラの充実が必要不可欠で、政府としては鉄鋼メーカーがまず国内需要に見合った生産能力を整えることを優先していると思われる。
ホアファットが建設中のズンクアット第2製鉄所(中部クアンガイ省)も生産性や品質の面から高炉を導入すると聞いている。2020年にホアファットがズンクアット第1製鉄所を稼働させたことで、国内需給は粗鋼生産ベースの総量では年間2,300万トンほどで見合うようになったが、HRCについては需要が年間1,200万トン程度に対して、供給は6~700万トン程度にとどまっている。
25年と見込まれるズンクアット第2製鉄所の稼働後にHRCの需給はいったん均衡すると思われる。それ以降は鉄鋼分野の新規投資に関して政府承認のハードルはより高くなり、承認されるのはスクラップ鉄を活用し、二酸化炭素削減に有効な電炉設備に絞られていくのではないか。商工省は22年にベトナム鉄鋼業の課題をまとめた資料を公表した。その中では、電炉を含む鉄鋼会社の多くは規模が小さく、老朽化でエネルギー使用も非効率で環境リスクが高いとの指摘があった。今後は業界の統廃合が論点として浮上してくる可能性もある。
■洋上風力向けの受注目指す
——24年以降の鉄鋼市場の見通しはどうか。
この数年だけでも世界でさまざまな想定外の事態が起こっており、予想は非常に難しいが、ポイントになるのはベトナム、および中国景気がどう回復してくるかだとみている。ベトナムでは、昨年後半から市況が底打ちした感があるが、民間の不動産開発が本格的に回復するかどうかまだ見極めきれない。鋼材市況はまだまだ低水準で、24年は緩やかに回復基調が続くものの低空飛行が続く可能性が高いと思う。
中国の景気が上向き国内需要が回復すれば、結果的にベトナムへの鋼材の輸出減につながり、国内鉄鋼業界にとっては恵みの雨になる。動向を注視していきたい。
——24年に重点的に取り組むことは。
ベトナム政府は昨年5月に「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」を承認し、新たな電源開発がようやく動き出す。われわれとして特に注目しているのは洋上風力発電だ。洋上風力の土台となる基礎構造物の生産準備を進めている関連加工メーカーと新たな関係を構築し、関連鋼材の受注につなげていきたい。
ベトナムの大手鉄骨加工業者の中には、日本の規格認証を取得し、日本向けに鉄骨部材を輸出する動きも出ている。日本の建設業界で人手不足が深刻化していることが背景にあり、ここ数年で新たに出てきた動きだ、彼らとの協業による受注案件の拡大も図っていきたい。
ベトナムの鋼材需要のメインである建設分野で鉄鋼材料の利用を広げていくことは引き続き重要な仕事だ。ベトナムでは橋梁(きょうりょう)や水門などの建設で、初期投資の安いコンクリート材を使う傾向がまだ根強いが、長期耐久性・強度で優れる鋼材への切り替えに向け、大学や地場ゼネコンとの連携には引き続き注力していく。(聞き手=大塚卓也)
<会社概要>
JFEスチールのベトナム事業
台湾プラスチックグループ(フォルモサプラスチックグループ)主導で操業している高炉一貫製鉄所フォルモサ・ハティン・スチール(北中部ハティン省、FHS)に資本参加しているほか、Jスパイラル(関連会社、南部ドンナイ省、鋼管製造)、一部出資するマルイチサンスチール(南部ビンズン省、めっき鋼板および鋼管製造)などの出資先企業を通じて建設用鋼材を国内外に販売している。13年に現地法人JFEスチールベトナムを設立した。
FHSの2023年の生産量は粗鋼生産ベースで570万トンで、地場最大手ホアファット・グループ(23年の粗鋼生産量は670万トン)に次ぐ業界2位。
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鉄鋼市場の中心となる建設関連の需要が、不動産市場低迷の影響で大幅に落ち込んだ。地場の高炉一貫製鉄会社であるホアファットグループと台湾系フォルモサ・ハティン・スチールの大手2社、および電炉メーカーは主に建設用鋼材を製造しているが、主力製品である鉄筋・ボルト用棒鋼線材は多くの国で製造されているので輸出に活路を見いだすことができず、業界全体が苦境に陥った。さらに23年夏ごろからは、中国の景気低迷が一段と鮮明になる中、さばき切れない中国製鋼材が大量にベトナムに輸出されたことも市況の悪化に拍車を掛けた。
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ベトナムの自動車市場で販売シェアが高い日系メーカーは、インドネシアやタイなどから部品を輸入し、現地で組み立てるノックダウン方式が主流であり、ベトナム国内の鋼材需要は限定的だ。一方、現地の一貫生産体制が整っている二輪車の鋼材需要は自動車と比べると1台当たりでは大きくないが、当地での生産台数は世界でも屈指で、販売低調の影響は否定できない。
——家電、OA機器向けの鋼材はどうだったか。
米国の消費減速でベトナムからこれら製品の対米輸出が減少し、同様に需要が落ち込んだ。主に日本・韓国・台湾などからの鋼材がさまざまな加工を経て使われており、影響を受けたのはこれらの国・地域の(ベトナム向け)輸出だ。昨年後半から米国で政策金利の引き上げに打ち止めの観測が広がる中、需要回復の兆しは出てきており今後に期待したい。
■高炉2社、欧州などに輸出拡大
——23年の鋼材の輸出入量が前年と比べ拡大している。背景は。
23年はこれまでなかった特徴として、ベトナム高炉2社が夏以降急速に熱延コイル(HRC)の輸出を拡大したことが挙げられる。さまざまな鉄鋼製品の母材となる鋼材だ。従来は両社とも主に国内のリローラーと呼ばれる加工メーカーにHRCを供給し、リローラーがめっき鋼板や鋼管などに加工したうえで、国内外に販売するという流れが主流だった。しかし、中国からの輸入量が急増し国内市場が供給過多に陥る中で、高炉2社は工場の稼働を維持するため東南アジアに加え、新たに欧州やインドなどの加工メーカーにHRCの販売を始めた。高炉2社は販売量の確保を優先したため、欧州などの加工メーカーにとっては海運費用を差し引いてもベトナムから輸入するメリットがあったのだと思う。
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国内の鋼材市況が反転したのは、ベトナム政府主導による景気刺激策として公共投資が加速してきたことが大きい。中国政府が10月下旬に23年第4四半期(10~12月)の国債発行額を1兆元(約20兆5,000億円)増額し、災害被災地向けの公共投資を増やすと発表したこと、および米国で政策金利が落ち着いたことで、住宅関連需要が回復基調に転じたことも要因として考えられる。
ただ、中国の景気対策は、肝心な不動産関連にはまだ手を付けておらず、実際に景気減速に歯止めがかかるかどうかはもう少し見ていく必要があると思う。
■欧州の国境環境規制、影響を懸念
——欧州連合(EU)で26年1月から炭素国境調整メカニズム(CBAM)がスタートし、域外からの輸入に対して生産段階での炭素排出量に応じた課徴金の負担が求められる。23年10月1日からは、輸入業者に炭素排出量の報告を求める移行期間が始まった。ベトナムの鉄鋼メーカーの対応状況と影響は。
昨年10月に始まった移行期間ではまずEUの輸入業者が10~12月の間に輸入した鋼材の「炭素含有排出量」を24年1月中に算出し、同月末までにEU当局へ報告することになっている。
欧州へ輸出しているリローラーなどから聞いている限りでは、当局への報告義務者であるEUの輸入業者からは(炭素排出量算出に必要な)データなどの指示がまだまとまっておらず、具体的な対応は進んでいないようだ。当社の日本本社では(日本からEUへの輸出の際に)日本鉄鋼連盟とも協力し対応を検討している。参考にしていきたい。
——ベトナムは2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)を宣言している。その一環として脱炭素規制が強まると影響は大きい。
ベトナムは引き続き社会インフラの充実が必要不可欠で、政府としては鉄鋼メーカーがまず国内需要に見合った生産能力を整えることを優先していると思われる。
ホアファットが建設中のズンクアット第2製鉄所(中部クアンガイ省)も生産性や品質の面から高炉を導入すると聞いている。2020年にホアファットがズンクアット第1製鉄所を稼働させたことで、国内需給は粗鋼生産ベースの総量では年間2,300万トンほどで見合うようになったが、HRCについては需要が年間1,200万トン程度に対して、供給は6~700万トン程度にとどまっている。
25年と見込まれるズンクアット第2製鉄所の稼働後にHRCの需給はいったん均衡すると思われる。それ以降は鉄鋼分野の新規投資に関して政府承認のハードルはより高くなり、承認されるのはスクラップ鉄を活用し、二酸化炭素削減に有効な電炉設備に絞られていくのではないか。商工省は22年にベトナム鉄鋼業の課題をまとめた資料を公表した。その中では、電炉を含む鉄鋼会社の多くは規模が小さく、老朽化でエネルギー使用も非効率で環境リスクが高いとの指摘があった。今後は業界の統廃合が論点として浮上してくる可能性もある。
■洋上風力向けの受注目指す
——24年以降の鉄鋼市場の見通しはどうか。
この数年だけでも世界でさまざまな想定外の事態が起こっており、予想は非常に難しいが、ポイントになるのはベトナム、および中国景気がどう回復してくるかだとみている。ベトナムでは、昨年後半から市況が底打ちした感があるが、民間の不動産開発が本格的に回復するかどうかまだ見極めきれない。鋼材市況はまだまだ低水準で、24年は緩やかに回復基調が続くものの低空飛行が続く可能性が高いと思う。
中国の景気が上向き国内需要が回復すれば、結果的にベトナムへの鋼材の輸出減につながり、国内鉄鋼業界にとっては恵みの雨になる。動向を注視していきたい。
——24年に重点的に取り組むことは。
ベトナム政府は昨年5月に「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」を承認し、新たな電源開発がようやく動き出す。われわれとして特に注目しているのは洋上風力発電だ。洋上風力の土台となる基礎構造物の生産準備を進めている関連加工メーカーと新たな関係を構築し、関連鋼材の受注につなげていきたい。
ベトナムの大手鉄骨加工業者の中には、日本の規格認証を取得し、日本向けに鉄骨部材を輸出する動きも出ている。日本の建設業界で人手不足が深刻化していることが背景にあり、ここ数年で新たに出てきた動きだ、彼らとの協業による受注案件の拡大も図っていきたい。
ベトナムの鋼材需要のメインである建設分野で鉄鋼材料の利用を広げていくことは引き続き重要な仕事だ。ベトナムでは橋梁(きょうりょう)や水門などの建設で、初期投資の安いコンクリート材を使う傾向がまだ根強いが、長期耐久性・強度で優れる鋼材への切り替えに向け、大学や地場ゼネコンとの連携には引き続き注力していく。(聞き手=大塚卓也)
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JFEスチールのベトナム事業
台湾プラスチックグループ(フォルモサプラスチックグループ)主導で操業している高炉一貫製鉄所フォルモサ・ハティン・スチール(北中部ハティン省、FHS)に資本参加しているほか、Jスパイラル(関連会社、南部ドンナイ省、鋼管製造)、一部出資するマルイチサンスチール(南部ビンズン省、めっき鋼板および鋼管製造)などの出資先企業を通じて建設用鋼材を国内外に販売している。13年に現地法人JFEスチールベトナムを設立した。
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