タイに進出する日系企業が、インドとバングラデシュの経済成長に注目している。14億の人口を抱え内需の拡大が続くインドは、機械部品や自動車部品、鉄鋼製品などでタイからの輸入が増加中。幅広い製造業の裾野を持ち、高い生産技術と品質を誇る在タイ日系は、インドへの輸出をさらに増やせると期待する。本連載は2回に分けて、タイや在タイ日系が持つ優位性、インドとバングラデシュの現状を紹介。第1回はインドに焦点を当てる。
「インドのシリコンバレー」の異名を持つ南部ベンガルール(バンガロール)のショッピングモール。中間層以上の市民が多く訪れにぎわいを見せる=13日(NNA撮影)
インドの人口は2023年に中国を超えて世界1位となり、30歳以下が約半数を占めることから今後数年で世界で最も急成長すると期待されている。グローバルサウス(主に南半球に位置する新興国・途上国)の代表格だ。
■有望市場、日系の業績も上向き
日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所の北見創ディレクターは NNAに対し「(在タイ)日系企業のインドへの関心は高く、特に製造業から問い合わせがよく来る。電気・電子や、非鉄・鉄鋼の機械などをインドで売っていきたいというメーカーが増えている」とコメント。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下で多くの日系企業顧客を抱えるタイのアユタヤ銀行の関係者も「インドは製造業にとっても非製造業にとっても避けられない市場。(インド関連の)照会が非常に多くなっている」と話す。
タイの盤谷日本人商工会議所(JCC)が在タイ日系企業を対象に行った24年上期の景況感調査では、361社中156社(全体の43%)が「今後の有望輸出市場」はインドだと回答し、ベトナムの166社(同46%)に次いで多かった。日系がタイに置く地域統括会社70社を対象に、アユタヤ銀が23年に実施した調査では、45%が「タイからインドを管轄している」と回答。今後投資したい国・地域を問う質問では15%がインドと回答し、最も多かったという。
インドには日系約1,400社が進出する。事業の黒字化に長い時間がかかる難しい市場と捉えられていたが、中間層の拡大やビジネス環境の改善により状況は上向いている。ジェトロニューデリー事務所の広木拓次長によると、事業が黒字見込みの在インド日系企業の割合は10年前は50%以下だったが、23年度には70.9%に上昇。また、23年のジェトロ調査でインド事業を「拡大する」と答えた企業の割合は75.9%に上り、世界の主要国の中で最高となった。
内需を見ると、乗用車販売は23年度(23年4月~24年3月)に初めて400万台を突破。23年の住宅販売戸数(主要7都市)は31%増の47万6,500戸に上り、過去10年間で最多となった。インドの22年の1人当たり国民総所得(GNI)は2,390米ドル(約38万5,000円)で、タイの1990年代前半、日本の70年代初頭に相当する。世帯当たりの可処分所得が1万5,000米ドル以上の「上位中間層」と「富裕層」が占める割合は20年時点では計9.6%だったが、30年には計39.8%に拡大する見通しで、内需が大幅に増加していく見込みだ。
■タイ、生産技術と品質が魅力
タイ政府の統計によると、23年のインドへの輸出額は、19年比53%増の3,485億5,100万バーツ(約1兆5,420億円)に達した。化学製品や油脂類のほか、「鉄鋼・鉄鋼製品」が2倍、「銅・銅製品」が70.7%増加。「機械および部品」「自動車および部品、付属品」「エアコンおよび部品」もそれぞれ2桁増えた。
建機大手コマツのタイ法人バンコックコマツの幹部としてタイに6年間駐在した経験を持ち、23年4月からインド法人コマツインディアの工場長を務める浦和義氏は「タイには自動車業界を中心に日本メーカーが60~70年かけて築いた産業の基礎があり、生産技術と品質のレベルが非常に高いため、(部品輸出で)競争力がある」と語る。ジェトロによると、インドの製造企業は東南アジア諸国連合(ASEAN)・インド自由貿易協定(AIFTA)を活用してタイからさまざまな部材を調達している。
コマツインディアは、駆動系や操縦系のコア部品、シートメタル(薄鋼板)などをタイから調達している。コア部品はインドではまだ生産できず、日本、中国、タイのいずれかからの調達を検討したところ、「日本と同等の品質を担保できて柔軟に生産できるほか、決して割高ではないというトータルなパフォーマンス」でタイ製が選ばれた。コア部品をタイから調達する動きは、自動車メーカーにもみられるという。
シートメタルはインド国内でも調達可能だが、タイはプレスで板を薄くする生産技術に優れ、外観などでインド製と大差がある。タイ東部レムチャバン港からインド南部のチェンナイ港までの輸送費を入れても「タイ製に軍配が上がる」そうだ。
高い生産技術と品質は、エンジニアによって支えられている。浦氏は「日系メーカーの半世紀以上にわたる取り組みによりタイではエンジニアが育ち、エンジニアの層が定着している」とコメント。一方「インドはもともと農業国で、生まれながらに職業が決まるカーストの影響もあり産業の基盤形成が不十分。製造業の裾野が人口や国力に対して狭く、例えば溶接や塗装ができるようなテクニカルな人材が足りていない」と話した。
■部品の国産化追い付かず
インドは14年から製造業振興策「メイク・イン・インディア」を推進しているが、電子、機械、輸送用機器(自動車など)を中心に製品・部品の輸入は増え続けている。インドの財(モノ)の輸入額は18/19年度(18年4月~19年3月)の5,074億米ドルから、23/24年度には6,772億米ドルへと増加。23/24年度の貿易赤字は2,402億米ドルに上った。
有識者はインドの輸入増加について、需要の増加や完成品の生産拡大に部品の国産化・国内生産が追い付いていないためだと口をそろえる。浦氏は「猛烈な需要に対応可能な規模の産業がまだ形成されていないので、より良質で安いものをタイを含む海外から多く調達していくことになる」と指摘。タイにも少子高齢化や労働力不足、労務費の上昇といった課題が存在するものの、「数年単位でインドがタイに追い付けるとは考えにくい」「中長期的にタイからの調達を続ける可能性が高い」との見方を示した。
■食品もタイからインドへ
タイに生産拠点を持つ日系食品メーカーの間でも、タイ拠点を生かしてインドに拡販する動きがある。キッコーマンは22年から、タイで生産する「オイスター風味ソース」をインドで販売。伊藤園と同社製品のインド展開を担うシンガポールのLA DITTA(ラ・ディッタ)は、タイで加工したペットボトル入り茶飲料「お~いお茶」を10月以降にインドで発売する計画だ。お~いお茶は世界40カ国以上で販売され、タイでも生産されている。伊藤園はインド向け商品について、地理的にタイで生産するのが最も合理的だとしている。
人口増加と中間層の拡大に伴い、大都市のあちこちで住宅建設が進んでいる=12日、インド南部ベンガルール(NNA撮影)
■保護主義が懸念
インドへの輸出には障壁もある。その筆頭は、近年目立つ保護主義政策だ。インドにとって、増え続ける貿易赤字は積年の課題。特に中国からは工業製品輸入額の3割(年間1,000億米ドル)を輸入し、貿易赤字も増え続けていることから警戒感が強い。19年には中国からのさらなる輸入増加防止を念頭に、アジア各国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)から離脱。20年には冷媒を使うエアコンの輸入禁止に踏み切った。
このところは中国企業によるタイ・ベトナム経由の「迂回輸出」にも目を光らせている。AIFTAはもともと原産地規則が厳しい上、現在は範囲などの見直しを実施中。改定内容の合意は25年を目標とする。
また広木氏によると、インド独自の商品規格であるインド標準規格(BIS)も「非関税障壁」となっている。
さらに一方で、大量生産品で自動化が可能な部品は将来的に、インドで設備投資・生産体制構築が進み、同国からタイへの供給が増えていく可能性がある。タイに進出する日系自動車部品大手はNNAに対し「タイからインドよりもインドからタイの方が着地コストで安い製品が多いため、インドからタイへの(供給の)傾向が加速していくと考えている」と述べた。
18日付の連載第2回では、バングラデシュの現状や日系の動向を掘り下げる。
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インドの人口は2023年に中国を超えて世界1位となり、30歳以下が約半数を占めることから今後数年で世界で最も急成長すると期待されている。グローバルサウス(主に南半球に位置する新興国・途上国)の代表格だ。
■有望市場、日系の業績も上向き
日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所の北見創ディレクターは NNAに対し「(在タイ)日系企業のインドへの関心は高く、特に製造業から問い合わせがよく来る。電気・電子や、非鉄・鉄鋼の機械などをインドで売っていきたいというメーカーが増えている」とコメント。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下で多くの日系企業顧客を抱えるタイのアユタヤ銀行の関係者も「インドは製造業にとっても非製造業にとっても避けられない市場。(インド関連の)照会が非常に多くなっている」と話す。
タイの盤谷日本人商工会議所(JCC)が在タイ日系企業を対象に行った24年上期の景況感調査では、361社中156社(全体の43%)が「今後の有望輸出市場」はインドだと回答し、ベトナムの166社(同46%)に次いで多かった。日系がタイに置く地域統括会社70社を対象に、アユタヤ銀が23年に実施した調査では、45%が「タイからインドを管轄している」と回答。今後投資したい国・地域を問う質問では15%がインドと回答し、最も多かったという。
インドには日系約1,400社が進出する。事業の黒字化に長い時間がかかる難しい市場と捉えられていたが、中間層の拡大やビジネス環境の改善により状況は上向いている。ジェトロニューデリー事務所の広木拓次長によると、事業が黒字見込みの在インド日系企業の割合は10年前は50%以下だったが、23年度には70.9%に上昇。また、23年のジェトロ調査でインド事業を「拡大する」と答えた企業の割合は75.9%に上り、世界の主要国の中で最高となった。
内需を見ると、乗用車販売は23年度(23年4月~24年3月)に初めて400万台を突破。23年の住宅販売戸数(主要7都市)は31%増の47万6,500戸に上り、過去10年間で最多となった。インドの22年の1人当たり国民総所得(GNI)は2,390米ドル(約38万5,000円)で、タイの1990年代前半、日本の70年代初頭に相当する。世帯当たりの可処分所得が1万5,000米ドル以上の「上位中間層」と「富裕層」が占める割合は20年時点では計9.6%だったが、30年には計39.8%に拡大する見通しで、内需が大幅に増加していく見込みだ。
■タイ、生産技術と品質が魅力
タイ政府の統計によると、23年のインドへの輸出額は、19年比53%増の3,485億5,100万バーツ(約1兆5,420億円)に達した。化学製品や油脂類のほか、「鉄鋼・鉄鋼製品」が2倍、「銅・銅製品」が70.7%増加。「機械および部品」「自動車および部品、付属品」「エアコンおよび部品」もそれぞれ2桁増えた。
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インドは14年から製造業振興策「メイク・イン・インディア」を推進しているが、電子、機械、輸送用機器(自動車など)を中心に製品・部品の輸入は増え続けている。インドの財(モノ)の輸入額は18/19年度(18年4月~19年3月)の5,074億米ドルから、23/24年度には6,772億米ドルへと増加。23/24年度の貿易赤字は2,402億米ドルに上った。
有識者はインドの輸入増加について、需要の増加や完成品の生産拡大に部品の国産化・国内生産が追い付いていないためだと口をそろえる。浦氏は「猛烈な需要に対応可能な規模の産業がまだ形成されていないので、より良質で安いものをタイを含む海外から多く調達していくことになる」と指摘。タイにも少子高齢化や労働力不足、労務費の上昇といった課題が存在するものの、「数年単位でインドがタイに追い付けるとは考えにくい」「中長期的にタイからの調達を続ける可能性が高い」との見方を示した。
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タイに生産拠点を持つ日系食品メーカーの間でも、タイ拠点を生かしてインドに拡販する動きがある。キッコーマンは22年から、タイで生産する「オイスター風味ソース」をインドで販売。伊藤園と同社製品のインド展開を担うシンガポールのLA DITTA(ラ・ディッタ)は、タイで加工したペットボトル入り茶飲料「お~いお茶」を10月以降にインドで発売する計画だ。お~いお茶は世界40カ国以上で販売され、タイでも生産されている。伊藤園はインド向け商品について、地理的にタイで生産するのが最も合理的だとしている。[caption id="attachment_21109" align="aligncenter" width="620"]人口増加と中間層の拡大に伴い、大都市のあちこちで住宅建設が進んでいる=12日、インド南部ベンガルール(NNA撮影) [/caption]
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インドへの輸出には障壁もある。その筆頭は、近年目立つ保護主義政策だ。インドにとって、増え続ける貿易赤字は積年の課題。特に中国からは工業製品輸入額の3割(年間1,000億米ドル)を輸入し、貿易赤字も増え続けていることから警戒感が強い。19年には中国からのさらなる輸入増加防止を念頭に、アジア各国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)から離脱。20年には冷媒を使うエアコンの輸入禁止に踏み切った。
このところは中国企業によるタイ・ベトナム経由の「迂回輸出」にも目を光らせている。AIFTAはもともと原産地規則が厳しい上、現在は範囲などの見直しを実施中。改定内容の合意は25年を目標とする。
また広木氏によると、インド独自の商品規格であるインド標準規格(BIS)も「非関税障壁」となっている。
さらに一方で、大量生産品で自動化が可能な部品は将来的に、インドで設備投資・生産体制構築が進み、同国からタイへの供給が増えていく可能性がある。タイに進出する日系自動車部品大手はNNAに対し「タイからインドよりもインドからタイの方が着地コストで安い製品が多いため、インドからタイへの(供給の)傾向が加速していくと考えている」と述べた。
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