米国が半導体のサプライチェーン(供給網)の再編に乗り出す中、インドで半導体産業の集積が進んでいる。連載「半導体の地政学」の第1回では、インド初となる前工程工場の建設予定地を訪問するツアーに参加した際の様子を伝える。連載を通じて、インドが「半導体強国」を目指す背景とその可能性を探る。【坂部哲生】
「インドは向こう10年で10~20の半導体工場(ファブ)が必要になる」。インド初となる半導体産業の展示会「セミコン・インディア2024」の開催を2日後に控えた9日、米カリフォルニア州に本部を置く国際半導体製造装置材料協会(SEMI)のプレジデント兼最高経営責任者(CEO)のアジット・マノチャ氏はインド北部のデリー首都圏(NCR)のホテルで行われた記者会見でこう述べた。
SEMIは、世界の半導体市場は2030年に22年と比べて約7割増の1兆米ドル(約141兆円)に成長すると試算している。しかし、シリコンウエハーに微細な回路を形成する「前工程」は台湾積体電路製造(TSMC)1社に大きく依存している状況だ。30年までの1兆米ドルを実現するには、23~27年に全世界で建設された、あるいは建設を予定している計103カ所のほか、さらに50カ所以上のファブが必要になるという。
SEMIによると、103カ所のファブのうち、アジアは74カ所と全体の7割を占める。内訳は中国が41カ所でトップ。以下、台湾が11カ所、日本が10カ所、韓国が3カ所、東南アジアは8カ所。インドは1カ所で、大手財閥タタ・グループが台湾の半導体受託の力晶積成電子製造(PSMC)の技術供与を受けて、インド初となる前工程工場を建設する計画だ。
■半信半疑の声も
5日。インド西部グジャラート州の中心都市、アーメダバード市内のホテル。普段は日本人の姿をあまり見かけないという、この商都に約50人の日本人のビジネスパーソンが集まった。国際協力銀行(JBIC)と日本貿易振興機構(ジェトロ)が翌日開催する「ドレラ特別投資地域(SIR)」の現地視察ツアーに参加するのが目的だ。
ドレラSIRはアーメダバードから南に約100キロの距離に位置している。現在、インドで複数の半導体工場の新設計画が進められているが、最も大きな関心を集めているのが、ドレラSIRでタタが計画している前工程工場の建設だ。台湾中北部の苗栗県にある新竹サイエンスパークの一角にPSMCが建設した「P5」工場のコピー工場を稼働させる。投資計画は9,100億ルピー(約1兆7,000億円)。月産能力は300ミリメートル(12インチ)ウエハー換算で5万枚を想定しており、決して大きな規模ではない。回路線幅が28~110ナノ(ナノは10億分の1)のいわゆる成熟世代の半導体を製造する。
一見すると妥当な事業計画のように見えるが、電力不足、水不足、製造人材不足と、インドが抱える問題は深刻だ。インド政府は07年以降半導体産業の育成に取り組んできたが、本格的な半導体産業の立ち上げには至らなかった。
「インドは台湾・韓国のような半導体の生産拠点を目指すよりは、後工程分野でシェア13%のマレーシアと競争しながらサプライチェーン(供給網)に合流するのが現実的」との見方もある中、視察ツアー参加者の思いもさまざま。参加者の1人は「本当にインドで前工程が始まるのか半信半疑」と正直に述べ、別の1人は「インドで半導体の集積が進めばビジネスチャンスが広がる」と期待を表明した。また、「とりあえず情報収集のため」という声も聞かれた。
タタの前工程工場の建設予定地=6日、インド・グジャラート州ドレラ(NNA撮影)
訪れたタタの前工程工場の建設予定地は、周囲を含め広大な更地が広がっていた。今年3月に起工式を実施。ドレラSIR関係者の説明によると、すでに工場の設計を始めており、早ければ今月にも本格着工する。
懸念されている水の量については、付近の川からの調達を基本としながら、海水の淡水化も進めていく。水の質については、タタ・グループが洗浄工程などに必要な純水設備を導入するという。
同関係者は建設予定地について「雨期にもかかわらず、水位が上昇したり、水たまりができたりしていない」として、浸水の可能性を否定。さらに、今後は敷地に排水設備を張り巡らせ、余分な雨水は人工の運河を通じて海に流れるようにして対策に万全を期す計画だという。
ツアーでは、地場の再生可能エネルギー発電大手リニューのソーラーモジュール(パネルおよびセル)工場内を見学した。発電設備容量は最大で30ギガワット(GW、100万キロワット)を目指しており、実現すればインド国内で最大規模となる。
JBICも26%を出資する国営公社インド産業回廊開発公社(NICDC)の開発・監理支援のもと、州政府は製造拠点を基点とした新たな「スマートシティー都市構想」を描いている。そこには将来、病院や学校、ショッピングモール、娯楽施設が立ち並び、電気自動車(EV)が走ることになるという。アーメダバードとドレラを結ぶ高速道路やドレラ国際空港の建設計画も進んでいる。ツアーの最後には、スマートシティーの頭脳の部分に相当するコントロールセンター「ABCDビル」を訪問した。
ツアー終了後、参加者の1人は「インドで前工程を立ち上げるという政府とタタの意欲が本物であると実感した。後は、いつ工場が稼働するのかというタイムテーブルの問題」と感想を述べた。
NNAの質問に答えるマノチャ氏=9日、インド・ニューデリー(NNA撮影)
■SEMIのCEO、慎重論を一蹴
一方、ツアー参加者の中からは、インドで本格的に前工程が立ち上がるにはインフラなどの問題から10~15年先になるとの慎重な見方も出ていた。SEMIのアジット・マノチャCEOは9日の記者会見で、NNAの問いに対し、「話にならない。10~15年後に成果が現れるような投資は全く意味がない」と一蹴。さらに、タタのパートナーであるPSMCの技術力に対しても深い信頼を寄せた。マノチャCEO自身も、米半導体受託製造大手のグローバルファウンドリーズのトップを務めるなど、前工程に深い知見を持つ。
タタのパートナーのPSMCもインド事業に対し積極的だ。米オンライン外交誌「ディプロマット」によると、PSMCの黄崇仁・董事長(会長)は「半導体は金のかかる事業だ。しかし、ファブを1棟建てれば、2棟、3棟と続けて建つようになる。それがインドの未来だ」と述べた。
グジャラート州では半導体工場を新設する企業に対し、中央政府と合わせて事業費の7割を補助するなど、インドへの投資のリスクは低くなっている。インド携帯電話・電子機器協会(ICEA)のパンカジ・モヒンドロー(Pankaj Mohindroo)会長はNNAとの取材で、米映画「ゴッドファーザー」の中のセリフ「I’m gonna make him an offer he can’t refuse(これは断れないオファーだ)」を引用しながら、インドへの投資機会を訴えた。
次回は、インド初開催となった半導体の国際展示会「セミコン・インディア」の様子をお伝えします。
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「インドは向こう10年で10~20の半導体工場(ファブ)が必要になる」。インド初となる半導体産業の展示会「セミコン・インディア2024」の開催を2日後に控えた9日、米カリフォルニア州に本部を置く国際半導体製造装置材料協会(SEMI)のプレジデント兼最高経営責任者(CEO)のアジット・マノチャ氏はインド北部のデリー首都圏(NCR)のホテルで行われた記者会見でこう述べた。
SEMIは、世界の半導体市場は2030年に22年と比べて約7割増の1兆米ドル(約141兆円)に成長すると試算している。しかし、シリコンウエハーに微細な回路を形成する「前工程」は台湾積体電路製造(TSMC)1社に大きく依存している状況だ。30年までの1兆米ドルを実現するには、23~27年に全世界で建設された、あるいは建設を予定している計103カ所のほか、さらに50カ所以上のファブが必要になるという。
SEMIによると、103カ所のファブのうち、アジアは74カ所と全体の7割を占める。内訳は中国が41カ所でトップ。以下、台湾が11カ所、日本が10カ所、韓国が3カ所、東南アジアは8カ所。インドは1カ所で、大手財閥タタ・グループが台湾の半導体受託の力晶積成電子製造(PSMC)の技術供与を受けて、インド初となる前工程工場を建設する計画だ。
■半信半疑の声も
5日。インド西部グジャラート州の中心都市、アーメダバード市内のホテル。普段は日本人の姿をあまり見かけないという、この商都に約50人の日本人のビジネスパーソンが集まった。国際協力銀行(JBIC)と日本貿易振興機構(ジェトロ)が翌日開催する「ドレラ特別投資地域(SIR)」の現地視察ツアーに参加するのが目的だ。
ドレラSIRはアーメダバードから南に約100キロの距離に位置している。現在、インドで複数の半導体工場の新設計画が進められているが、最も大きな関心を集めているのが、ドレラSIRでタタが計画している前工程工場の建設だ。台湾中北部の苗栗県にある新竹サイエンスパークの一角にPSMCが建設した「P5」工場のコピー工場を稼働させる。投資計画は9,100億ルピー(約1兆7,000億円)。月産能力は300ミリメートル(12インチ)ウエハー換算で5万枚を想定しており、決して大きな規模ではない。回路線幅が28~110ナノ(ナノは10億分の1)のいわゆる成熟世代の半導体を製造する。
一見すると妥当な事業計画のように見えるが、電力不足、水不足、製造人材不足と、インドが抱える問題は深刻だ。インド政府は07年以降半導体産業の育成に取り組んできたが、本格的な半導体産業の立ち上げには至らなかった。
「インドは台湾・韓国のような半導体の生産拠点を目指すよりは、後工程分野でシェア13%のマレーシアと競争しながらサプライチェーン(供給網)に合流するのが現実的」との見方もある中、視察ツアー参加者の思いもさまざま。参加者の1人は「本当にインドで前工程が始まるのか半信半疑」と正直に述べ、別の1人は「インドで半導体の集積が進めばビジネスチャンスが広がる」と期待を表明した。また、「とりあえず情報収集のため」という声も聞かれた。
[caption id="attachment_22231" align="aligncenter" width="620"]タタの前工程工場の建設予定地=6日、インド・グジャラート州ドレラ(NNA撮影)
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訪れたタタの前工程工場の建設予定地は、周囲を含め広大な更地が広がっていた。今年3月に起工式を実施。ドレラSIR関係者の説明によると、すでに工場の設計を始めており、早ければ今月にも本格着工する。
懸念されている水の量については、付近の川からの調達を基本としながら、海水の淡水化も進めていく。水の質については、タタ・グループが洗浄工程などに必要な純水設備を導入するという。
同関係者は建設予定地について「雨期にもかかわらず、水位が上昇したり、水たまりができたりしていない」として、浸水の可能性を否定。さらに、今後は敷地に排水設備を張り巡らせ、余分な雨水は人工の運河を通じて海に流れるようにして対策に万全を期す計画だという。
ツアーでは、地場の再生可能エネルギー発電大手リニューのソーラーモジュール(パネルおよびセル)工場内を見学した。発電設備容量は最大で30ギガワット(GW、100万キロワット)を目指しており、実現すればインド国内で最大規模となる。
JBICも26%を出資する国営公社インド産業回廊開発公社(NICDC)の開発・監理支援のもと、州政府は製造拠点を基点とした新たな「スマートシティー都市構想」を描いている。そこには将来、病院や学校、ショッピングモール、娯楽施設が立ち並び、電気自動車(EV)が走ることになるという。アーメダバードとドレラを結ぶ高速道路やドレラ国際空港の建設計画も進んでいる。ツアーの最後には、スマートシティーの頭脳の部分に相当するコントロールセンター「ABCDビル」を訪問した。
ツアー終了後、参加者の1人は「インドで前工程を立ち上げるという政府とタタの意欲が本物であると実感した。後は、いつ工場が稼働するのかというタイムテーブルの問題」と感想を述べた。
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■SEMIのCEO、慎重論を一蹴
一方、ツアー参加者の中からは、インドで本格的に前工程が立ち上がるにはインフラなどの問題から10~15年先になるとの慎重な見方も出ていた。SEMIのアジット・マノチャCEOは9日の記者会見で、NNAの問いに対し、「話にならない。10~15年後に成果が現れるような投資は全く意味がない」と一蹴。さらに、タタのパートナーであるPSMCの技術力に対しても深い信頼を寄せた。マノチャCEO自身も、米半導体受託製造大手のグローバルファウンドリーズのトップを務めるなど、前工程に深い知見を持つ。
タタのパートナーのPSMCもインド事業に対し積極的だ。米オンライン外交誌「ディプロマット」によると、PSMCの黄崇仁・董事長(会長)は「半導体は金のかかる事業だ。しかし、ファブを1棟建てれば、2棟、3棟と続けて建つようになる。それがインドの未来だ」と述べた。
グジャラート州では半導体工場を新設する企業に対し、中央政府と合わせて事業費の7割を補助するなど、インドへの投資のリスクは低くなっている。インド携帯電話・電子機器協会(ICEA)のパンカジ・モヒンドロー(Pankaj Mohindroo)会長はNNAとの取材で、米映画「ゴッドファーザー」の中のセリフ「I'm gonna make him an offer he can't refuse(これは断れないオファーだ)」を引用しながら、インドへの投資機会を訴えた。
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