ミャンマー軍事政権は10月1日、国勢調査を開始する。来年実施予定の総選挙の有権者リストを作成するためのものだが、選挙は国軍に有利な展開になる見通しで、抵抗勢力の強い反発が予想される。シンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」によると、7~8月の現地調査では回答者の8割近くが、選挙による危機脱出は「できない」と答えており、情勢打開につなげることは困難な状況だ。
軍政による国勢調査開始を知らせる看板=9月17日、ミャンマー・ヤンゴン(NNA)
国勢調査は15日までの予定で実施される。選挙について軍政は、民主派指導者アウンサンスーチー氏の率いた「国民民主連盟(NLD)」が大勝した2020年総選挙に不正があったとの立場を崩していない。やり直し選挙を「自由で公正」なものにすると主張しているが、NLDを排除しつつ国軍が権力を維持するためのものというのが実態だ。
選挙には、特に昨年10月から支配地域を拡大する少数民族武装勢力の動向も大きく影響する。軍政の作成する有権者リストは限定的なものになりそうだ。国民の国軍への反感はより根深くなる可能性もある。
調査員の安全確保も難しい。最大都市ヤンゴンの市民はNNAに、「すでに一部で国勢調査が始まっているが、大々的に行うと抵抗勢力を刺激してしまう」と話した。国勢調査を拒むつもりはないが、軍政に協力的と見なされて抵抗勢力からの攻撃の対象となることが怖いという。
■NUG無視の政治参加要求
軍政は9月26日、少数民族武装勢力と民主派武装組織「国民防衛隊(PDF)」に対して停戦と政治的な手段による問題解決を呼びかける声明を出した。ただ、軍政に対抗する民主派政治組織「挙国一致政府(NUG)」への言及はない。互いを「テロリスト」と非難し合う両勢力の譲歩姿勢は見られない状況だ。
軍政のゾーミントゥン報道官は声明に関する翌27日の説明で、「市民が自由に投票する権利を守るため、安全保障と平和、安定が不可欠だ」と語った。「民主主義に反して武力による抵抗を望む勢力」がNUGやPDFを発足させたとの見方を示し、PDFによる市民の殺害などを非難した。
大国間の対立にミャンマーが巻き込まれる懸念や、国際的な団体や少数民族武装勢力などの意向が同国を不安定にさせている状況があり、国内の結束が重要だとも訴えた。
軍政はクーデター後、少数民族武装勢力に和平を持ちかけつつ、民主派を弾圧してきた。数百存在するとされるPDFは総称で、少数民族武装勢力あるいはNUGが影響力を有する部隊、独立系の部隊など多岐にわたる。
国軍は民主派勢力の弱体化を狙い、これまでも各PDFに停戦を呼びかけてきた。国勢調査を意識して妨害を避けるために政治参加を求めているが、呼びかけは事実上の降伏勧告となっている。
■複雑な市民感情、選挙に悲観的
軍政は国勢調査の結果速報を12月中に、各地域・州の詳細を来年中に公表するとしている。これに基づき有権者情報を整理し、来年にも選挙に踏み切りたい方針だ。
ただ、ISEASユソフ・イシャク研究所が発行する「フルクラム」は9月24日に掲載した「選挙がミャンマーの政治的危機の脱出口となるか?」という記事で、市民が選挙に複雑な感情を持ちつつ悲観的に捉えていると指摘した。
同研究所によると、「現地調査チーム」(安全のため詳細は非公表)は21年12月~22年1月、24年7~8月にそれぞれ数百人を対象に意識調査を実施。「選挙で危機を脱出できるか」という質問に対し、「できない」と答えた人の割合はそれぞれ67%、76%。「できる」との回答は2割を下回った。
21~22年の調査時はNLDの参加に期待を示す人も一定数いたが、同党は23年3月下旬に期限を迎えた政党としての再登録を見送り、次期選挙への参加資格を失った。NLDの中央作業委員会は、設立36周年を迎えた9月27日の声明に、軍政による選挙を認めない方針を盛り込んだ。
「選挙が実施されれば投票するか」という質問に対しては、24年調査で「投票しない」が76%と大勢を占めた。選挙は、市民が冷ややかな目線を送る、形だけのものになる可能性が高そうだ。
一方、政治的解決に向けた他の選択肢もない。20年選挙でNLDを支援していた男性はNNAに、「誰も未来を示せない。このまま紛争が続けば国が崩壊するだけだ」と話した。
軍政はこれまで、現行体制を正当化する非常事態宣言の延長を繰り返してきた。選挙準備を進める背景には中国からの圧力もあるとされる。選挙が実現するかどうかも不透明だ。各勢力が武力に依存する状況が今後も続く恐れがある。
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選挙には、特に昨年10月から支配地域を拡大する少数民族武装勢力の動向も大きく影響する。軍政の作成する有権者リストは限定的なものになりそうだ。国民の国軍への反感はより根深くなる可能性もある。
調査員の安全確保も難しい。最大都市ヤンゴンの市民はNNAに、「すでに一部で国勢調査が始まっているが、大々的に行うと抵抗勢力を刺激してしまう」と話した。国勢調査を拒むつもりはないが、軍政に協力的と見なされて抵抗勢力からの攻撃の対象となることが怖いという。
■NUG無視の政治参加要求
軍政は9月26日、少数民族武装勢力と民主派武装組織「国民防衛隊(PDF)」に対して停戦と政治的な手段による問題解決を呼びかける声明を出した。ただ、軍政に対抗する民主派政治組織「挙国一致政府(NUG)」への言及はない。互いを「テロリスト」と非難し合う両勢力の譲歩姿勢は見られない状況だ。
軍政のゾーミントゥン報道官は声明に関する翌27日の説明で、「市民が自由に投票する権利を守るため、安全保障と平和、安定が不可欠だ」と語った。「民主主義に反して武力による抵抗を望む勢力」がNUGやPDFを発足させたとの見方を示し、PDFによる市民の殺害などを非難した。
大国間の対立にミャンマーが巻き込まれる懸念や、国際的な団体や少数民族武装勢力などの意向が同国を不安定にさせている状況があり、国内の結束が重要だとも訴えた。
軍政はクーデター後、少数民族武装勢力に和平を持ちかけつつ、民主派を弾圧してきた。数百存在するとされるPDFは総称で、少数民族武装勢力あるいはNUGが影響力を有する部隊、独立系の部隊など多岐にわたる。
国軍は民主派勢力の弱体化を狙い、これまでも各PDFに停戦を呼びかけてきた。国勢調査を意識して妨害を避けるために政治参加を求めているが、呼びかけは事実上の降伏勧告となっている。
■複雑な市民感情、選挙に悲観的
軍政は国勢調査の結果速報を12月中に、各地域・州の詳細を来年中に公表するとしている。これに基づき有権者情報を整理し、来年にも選挙に踏み切りたい方針だ。
ただ、ISEASユソフ・イシャク研究所が発行する「フルクラム」は9月24日に掲載した「選挙がミャンマーの政治的危機の脱出口となるか?」という記事で、市民が選挙に複雑な感情を持ちつつ悲観的に捉えていると指摘した。
同研究所によると、「現地調査チーム」(安全のため詳細は非公表)は21年12月~22年1月、24年7~8月にそれぞれ数百人を対象に意識調査を実施。「選挙で危機を脱出できるか」という質問に対し、「できない」と答えた人の割合はそれぞれ67%、76%。「できる」との回答は2割を下回った。
21~22年の調査時はNLDの参加に期待を示す人も一定数いたが、同党は23年3月下旬に期限を迎えた政党としての再登録を見送り、次期選挙への参加資格を失った。NLDの中央作業委員会は、設立36周年を迎えた9月27日の声明に、軍政による選挙を認めない方針を盛り込んだ。
「選挙が実施されれば投票するか」という質問に対しては、24年調査で「投票しない」が76%と大勢を占めた。選挙は、市民が冷ややかな目線を送る、形だけのものになる可能性が高そうだ。
一方、政治的解決に向けた他の選択肢もない。20年選挙でNLDを支援していた男性はNNAに、「誰も未来を示せない。このまま紛争が続けば国が崩壊するだけだ」と話した。
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ビジネス全般人事労務