中国経済の成長スピードが鈍り、同国に進出する日系企業の経営環境が悪化する中、家電の相手先ブランドによる生産(OEM)を手がける中小企業、気高電機(鳥取市)が堅実な成長を続けている。14億人の巨大市場に通用するだけのポテンシャルを持ちながら、あえて中国市場の開拓に乗り出さず、従来の「中国で生産、日本へ輸出」を貫き、適度な事業規模にこだわる。生産地として見た場合、中国は依然として世界の家電生産の“主戦場”であり、ここで勝ち抜くことが経営の安定につながるとみている。
「中小企業は身の丈にあった経営が大事」。気高電機の中国法人、新建高電業(深セン)の坂口雅明総経理はこう強調する。
同社は1995年から中国で家電のOEM事業を手がけ、日本の有名家電メーカーの電気ポットや炊飯器を生産している。製品の8割が日本向け。日本の炊飯器市場に占める同社OEM製品の割合は5割、電気ポット市場では6割に達する。
品質に厳しい日本市場で“お墨付き”を得ている同社製品は「中国市場で自社ブランドとして投入すれば売り上げが見込める」(坂口氏)。それでも、同社があえて巨大市場に挑まないのは「製造者責任を果たせなくなる」ためだ。
日本の26倍ある広大な国土面積を持つ中国で販売網を整備するのは中小企業にとって負担が大きい。仮に販売網を整備して製品が売れたとしても、アフターサービスで問題が生まれる。商品が原因で事故などが起こった場合のクレーム対応などを中国全土で行うのは、中小企業の経営体力では難しい。
坂口氏は、製造者責任を最後まで果たすことを第一に考えると、進出しないのが得策との考えを示す。
■人件費と為替の二重苦
中国では2000年代に日系メーカーの進出ブームが起こった。安い人件費を生かして低コストで製品を生産し、中国から輸出するという経営モデルが広がった。だが安かった人件費が最低賃金の複数回の改定を経てじわじわと上昇。10年代半ばごろには上昇分を企業努力で吸収することが難しくなる水準に到達した。さらに人民元高も追い打ちをかける。
中国で低コストを前提とした経営モデルを展開していた日系企業は苦境に追い込まれ、中国からの撤退や人件費がより安い国への生産移管といった対応を迫られた。新建高電業も同様に苦しんだが、それでも苦境を乗り切ることができたのは「我慢比べに勝った」からともいえる。
人件費の高騰と人民元高により、利益を出せなくなった外資系企業が相次いで中国から撤退。撤退した企業が担っていた受注は、残った企業のもとに舞い込んでくる。すなわち残存者利益を新建高電業は獲得した。撤退企業が増えれば増えるほど、残存者利益は拡大する構図だ。
新建高電業は受注量が増えたことで、悪材料を吸収して勝ち残る経営体力が養われた。
気高電機の中国現地法人、新建高電業(深セン)の坂口雅明総経理(同社提供)
■内製化と自動化
もちろん同社は棚ぼた式に利益を得たわけではない。坂口氏によると、人件費と為替の二重苦を克服するため、内製化と自動化にまい進したことが残存者利益の呼び寄せにつながった。
坂口氏は13年に同社の総経理に就任してから、外注していた業務の内製化を推し進めた。業務の一部を外注することで一時的にコストを下げることはできるが、長期的な視点に立った場合、外注は得策ではないと考えている。「外注に伴う費用は、外注に出した後、高くなることはあっても安くなることはない」との判断からだ。
外注すると、業務は外注先の企業の手の内にあり、自社の管理は及ばない。一方で、内製化すればコスト低減などの自助努力が可能となる。自社主導でコストをマネジメントできるメリットは大きいという。
自動化も進め、例えば従来は5人必要だった業務を1人でできるようにした。自動化に伴う省人化は高騰した人件費を相殺し、経営に寄与した。
■規模を追わず
新建高電業の業績は安定している。22年と23年の決算は、売上高が2年連続で過去最高を更新。10年ほど前と比べると売上高は6割近く増えた。ただ同社の売り上げの伸びは中国の経済成長と比べると、それほど大きくはない。新建高電業が本拠を置く広東省の24年の域内総生産(GDP)は14年比で2.1倍に拡大した。
だが坂口氏は、「毎年5%成長し、10年後に5割増となる程度の緩やかな成長が望ましい」と考えている。大きく伸びるが、大きく下がるかもしれないという乱高下がある企業運営は、経営体力に限界がある中小企業にとってリスクが大きいとの判断だ。
同社は10年近く前、誰もが知る中国の有名企業から炊飯器のOEMの話を持ち込まれたが、即座に断ったという。
先方の発注量は多く、受注すれば業績の向上につながる商談だったが、坂口氏は「規模が大き過ぎる」と判断した。先方の発注を受けるには、工場を新たに1棟建て、従業員を数百人単位で雇う必要があった。先方からの発注が続けばよいが、もし数年で打ち切られたら、従業員の解雇に伴う経済補償金、設備や建屋の処分など背負うリスクがあまりにも大きい。実際、大手電機メーカーから大量の注文を受け、投資を行って事業を拡大したが、その後注文を切られたことで、最終的に経営が傾いた中小企業の事例を坂口氏は数多く見てきた。大量の受注は一気に業績を押し上げるため魅力的に映るが、発注が止まった場合のリスクも大きい。
同社が継続している日本向けのOEM製品の輸出事業は「非常に安定している」といい、売り上げが好調でも増加率は前年比10%を超えないが、不調でも減少率は10%を超えないよう心がけている。このように大きく伸びはしないが大きく下がりもしないように経営をマネジメントすることが中小企業にとっては大切だと強調する。場合によっては、伸びる要素をあえて抑えることもあり得るという。
■撤退の選択肢なし
人件費や為替をはじめ中国での事業環境は厳しさを増しているが、気高電機が中国生産から撤退するという選択肢はない。中国は“世界の家電生産の主戦場”だからだ。
世界の家電生産の7割以上が中国で行われているとされ、ここで勝ち抜くことが企業としての勝ち残りにつながるとの考え。家電業界の主要なプレーヤーは中国で生産しており、中でも「世界の工場」と称される広東省の珠江デルタ地域に集積している。
東南アジアなど中国よりも人件費が安い地域は世界にあるが、原材料や部品などの調達環境が中国を上回る地域はないと坂口氏はみる。例えば、東南アジアに生産拠点を移転して人件費を下げても、原材料や部品を中国から取り寄せなければならないと物流費などで浮いたコストが相殺される。中国を出て得られるメリットもあるが、出たことによるデメリットは決して小さくないという。
加えて、中国に世界の家電業界の主要プレーヤーが集積しているため、人件費の上昇や原材料の高騰などの悪材料が持ち上がっても「条件はどのプレーヤーも同じ」(坂口氏)だ。同じ土俵で戦い、そこで勝ち残ることをこれからも目指す。
広東省深セン市にある新建高電業(深セン)の工場(同社提供)
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同社は1995年から中国で家電のOEM事業を手がけ、日本の有名家電メーカーの電気ポットや炊飯器を生産している。製品の8割が日本向け。日本の炊飯器市場に占める同社OEM製品の割合は5割、電気ポット市場では6割に達する。
品質に厳しい日本市場で“お墨付き”を得ている同社製品は「中国市場で自社ブランドとして投入すれば売り上げが見込める」(坂口氏)。それでも、同社があえて巨大市場に挑まないのは「製造者責任を果たせなくなる」ためだ。
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坂口氏は、製造者責任を最後まで果たすことを第一に考えると、進出しないのが得策との考えを示す。
■人件費と為替の二重苦
中国では2000年代に日系メーカーの進出ブームが起こった。安い人件費を生かして低コストで製品を生産し、中国から輸出するという経営モデルが広がった。だが安かった人件費が最低賃金の複数回の改定を経てじわじわと上昇。10年代半ばごろには上昇分を企業努力で吸収することが難しくなる水準に到達した。さらに人民元高も追い打ちをかける。
中国で低コストを前提とした経営モデルを展開していた日系企業は苦境に追い込まれ、中国からの撤退や人件費がより安い国への生産移管といった対応を迫られた。新建高電業も同様に苦しんだが、それでも苦境を乗り切ることができたのは「我慢比べに勝った」からともいえる。
人件費の高騰と人民元高により、利益を出せなくなった外資系企業が相次いで中国から撤退。撤退した企業が担っていた受注は、残った企業のもとに舞い込んでくる。すなわち残存者利益を新建高電業は獲得した。撤退企業が増えれば増えるほど、残存者利益は拡大する構図だ。
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坂口氏は13年に同社の総経理に就任してから、外注していた業務の内製化を推し進めた。業務の一部を外注することで一時的にコストを下げることはできるが、長期的な視点に立った場合、外注は得策ではないと考えている。「外注に伴う費用は、外注に出した後、高くなることはあっても安くなることはない」との判断からだ。
外注すると、業務は外注先の企業の手の内にあり、自社の管理は及ばない。一方で、内製化すればコスト低減などの自助努力が可能となる。自社主導でコストをマネジメントできるメリットは大きいという。
自動化も進め、例えば従来は5人必要だった業務を1人でできるようにした。自動化に伴う省人化は高騰した人件費を相殺し、経営に寄与した。
■規模を追わず
新建高電業の業績は安定している。22年と23年の決算は、売上高が2年連続で過去最高を更新。10年ほど前と比べると売上高は6割近く増えた。ただ同社の売り上げの伸びは中国の経済成長と比べると、それほど大きくはない。新建高電業が本拠を置く広東省の24年の域内総生産(GDP)は14年比で2.1倍に拡大した。
だが坂口氏は、「毎年5%成長し、10年後に5割増となる程度の緩やかな成長が望ましい」と考えている。大きく伸びるが、大きく下がるかもしれないという乱高下がある企業運営は、経営体力に限界がある中小企業にとってリスクが大きいとの判断だ。
同社は10年近く前、誰もが知る中国の有名企業から炊飯器のOEMの話を持ち込まれたが、即座に断ったという。
先方の発注量は多く、受注すれば業績の向上につながる商談だったが、坂口氏は「規模が大き過ぎる」と判断した。先方の発注を受けるには、工場を新たに1棟建て、従業員を数百人単位で雇う必要があった。先方からの発注が続けばよいが、もし数年で打ち切られたら、従業員の解雇に伴う経済補償金、設備や建屋の処分など背負うリスクがあまりにも大きい。実際、大手電機メーカーから大量の注文を受け、投資を行って事業を拡大したが、その後注文を切られたことで、最終的に経営が傾いた中小企業の事例を坂口氏は数多く見てきた。大量の受注は一気に業績を押し上げるため魅力的に映るが、発注が止まった場合のリスクも大きい。
同社が継続している日本向けのOEM製品の輸出事業は「非常に安定している」といい、売り上げが好調でも増加率は前年比10%を超えないが、不調でも減少率は10%を超えないよう心がけている。このように大きく伸びはしないが大きく下がりもしないように経営をマネジメントすることが中小企業にとっては大切だと強調する。場合によっては、伸びる要素をあえて抑えることもあり得るという。
■撤退の選択肢なし
人件費や為替をはじめ中国での事業環境は厳しさを増しているが、気高電機が中国生産から撤退するという選択肢はない。中国は“世界の家電生産の主戦場”だからだ。
世界の家電生産の7割以上が中国で行われているとされ、ここで勝ち抜くことが企業としての勝ち残りにつながるとの考え。家電業界の主要なプレーヤーは中国で生産しており、中でも「世界の工場」と称される広東省の珠江デルタ地域に集積している。
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加えて、中国に世界の家電業界の主要プレーヤーが集積しているため、人件費の上昇や原材料の高騰などの悪材料が持ち上がっても「条件はどのプレーヤーも同じ」(坂口氏)だ。同じ土俵で戦い、そこで勝ち残ることをこれからも目指す。
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