中国発のオリジナル知的財産(IP)が急速に力をつけ、国内外で存在感を高めている。近年では、中国の作家・劉慈欣氏による長編ハードSF小説「三体」が、アジア作品として初めてSF最大の賞であるヒューゴー賞を受賞し、日本でも大ヒットを記録。今年は映画やフィギュアでも中国IPが市場を席巻している。中国コンテンツは、かつての模倣文化から脱却し、「翻訳され、輸出される」段階へと進み、国際的な文化潮流の一角を担い始めている。【畠沢優子】
日本の書店に並ぶSF小説「三体」シリーズ。最初の日本語版刊行から約6年を経た現在も日本で着実に読者層を広げている=8月、名古屋
名古屋駅の駅前にある大型の書店をのぞくと、SF小説が並ぶ陳列棚の平積みスペースには「三体」シリーズの文庫本が目立つ場所に配置されていた。最初の日本語版刊行から約6年を経た現在も、同作が日本で着実に読者層を広げている様子がうかがえる。
三体は「異星人の地球侵略」をテーマにしたSF小説で、第1部「三体」、第2部「黒暗森林」、第3部「死神永生」の三部構成。2006年に中国のSF雑誌「科幻世界」で連載が始まり、08年に単行本として刊行されると人気に火が付き、中国国内のみならず世界的にも注目を集めた。15年にはシリーズ1作目の三体が翻訳版で、アジア人作家として初めてヒューゴー賞を受賞。シリーズ累計では世界で2,900万部を売り上げた。
日本語版は19年7月に第1部が発売され、翌年に第2部が続き、21年5月には三部作が書店に出そろった。24年5月には日本国内の累計発行部数が100万部を突破している。
三体の日本語版を刊行する早川書房編集部の梅田麻莉絵氏は、「同作は中国に関心を持つビジネスパーソンを中心に、普段SFを読まない層が購入しており、それが非常に新鮮だった」と語る。読者のボリュームゾーンは従来のSFファンである40~50代と、20代の2つに分かれている点も特徴的だと指摘する。
三体は科学理論と宇宙スケールを基盤とした古典的ハードSFの文脈を受け継ぐ、ある意味オールドスタイルな作品だといわれる。そういった点から、「力技でねじ伏せられたい」というSFファンの潜在的な欲求を満たすことができる。一方、若い世代には古いはずの「侵略もの」が新鮮に映ったのではないか——。梅田氏はこう分析する。
早川書房は今年、中国作品に力を入れ、年内には三体のコミック版を刊行する。日本のミステリー界で最も影響力のあるランキングの一つ「このミステリーがすごい!2025年版」海外編1位を獲得した「両京十五日」の著者で中国人作家の馬伯庸氏の小説「風起隴西」を9月に刊行する予定だ。
梅田氏は、「中国作品は欧米の作品にはない魅力がある」といい、三体のヒットもあり、日本の読者にも中国作品を受け入れる素地ができてきているとみる。三体をきっかけに中国の作品に興味を持った層がほかの中国SFやミステリーに手を伸ばしていると感じているという。
■映像化で波及拡大
三体の影響力は出版の枠を超えて広がっている。
23年にはインターネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)が原作に忠実な実写ドラマを配信。24年には米ネットフリックスが世界市場に向けて映像化した。中国国内と国際市場で異なるアプローチが取られたこと自体が、同作の規模と注目度の高さを示している。中国発IPが世界市場で着実に地歩を固めている証左ともいえる。
23年にはテンセントが原作に忠実な実写ドラマを配信し、大きな話題となった(三体ドラマの「微博(ウェイボ)」公式ページから)
直近では、ゲームや映画、フィギュアといった分野でも中国コンテンツが話題を集めた。
「西遊記」を題材にした国産ゲーム「黒神話:悟空」は24年8月20日に発売され、3日で売り上げ本数が1,000万本を突破し、世界的ヒットとなった。今年1月下旬に公開された国産アニメ「ナタ之魔童鬧海(ナタ2)」(ナ=口へんに那、タ=口へんに託のつくり)は公開から数週間で興行収入が100億元(約2,060億円)を超え、アニメ映画として中国の歴代最高記録を更新。2月18日には米国の「インサイド・ヘッド2」を抜き、アニメ映画で世界歴代1位となった。
中国のフィギュア大手の泡泡瑪特国際集団(ポップマート)が展開する人気キャラクター「ラブブ(LABUBU)」は、今年に入り交流サイト(SNS)や店舗での注目度が一段と高まり、若年層を中心に世界で熱狂的な支持を集めている。
■政府も後押し
こうした民間発のヒットを追い風に、中国政府も文化産業の海外展開を積極的に後押ししている。
近年は「文化輸出」を国家戦略の一環に位置付け、映画やゲームの海外展開に対する資金援助や、国際見本市への出展支援、著作権保護の強化策を次々と打ち出している。これにより、企業はグローバル市場への参入を加速させ、中国発IPが世界規模で浸透する環境が整いつつある。
中国発IPはもはや一国の消費文化にとどまらず、世界のエンターテインメント市場で確固たる地位を築き始めている。出版や映像、ゲームに加え、キャラクターやグッズにまで裾野を広げながら、グローバルな文化潮流の一翼を担う存在へと成長しつつある。
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三体は「異星人の地球侵略」をテーマにしたSF小説で、第1部「三体」、第2部「黒暗森林」、第3部「死神永生」の三部構成。2006年に中国のSF雑誌「科幻世界」で連載が始まり、08年に単行本として刊行されると人気に火が付き、中国国内のみならず世界的にも注目を集めた。15年にはシリーズ1作目の三体が翻訳版で、アジア人作家として初めてヒューゴー賞を受賞。シリーズ累計では世界で2,900万部を売り上げた。
日本語版は19年7月に第1部が発売され、翌年に第2部が続き、21年5月には三部作が書店に出そろった。24年5月には日本国内の累計発行部数が100万部を突破している。
三体の日本語版を刊行する早川書房編集部の梅田麻莉絵氏は、「同作は中国に関心を持つビジネスパーソンを中心に、普段SFを読まない層が購入しており、それが非常に新鮮だった」と語る。読者のボリュームゾーンは従来のSFファンである40~50代と、20代の2つに分かれている点も特徴的だと指摘する。
三体は科学理論と宇宙スケールを基盤とした古典的ハードSFの文脈を受け継ぐ、ある意味オールドスタイルな作品だといわれる。そういった点から、「力技でねじ伏せられたい」というSFファンの潜在的な欲求を満たすことができる。一方、若い世代には古いはずの「侵略もの」が新鮮に映ったのではないか——。梅田氏はこう分析する。
早川書房は今年、中国作品に力を入れ、年内には三体のコミック版を刊行する。日本のミステリー界で最も影響力のあるランキングの一つ「このミステリーがすごい!2025年版」海外編1位を獲得した「両京十五日」の著者で中国人作家の馬伯庸氏の小説「風起隴西」を9月に刊行する予定だ。
梅田氏は、「中国作品は欧米の作品にはない魅力がある」といい、三体のヒットもあり、日本の読者にも中国作品を受け入れる素地ができてきているとみる。三体をきっかけに中国の作品に興味を持った層がほかの中国SFやミステリーに手を伸ばしていると感じているという。
■映像化で波及拡大
三体の影響力は出版の枠を超えて広がっている。
23年にはインターネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)が原作に忠実な実写ドラマを配信。24年には米ネットフリックスが世界市場に向けて映像化した。中国国内と国際市場で異なるアプローチが取られたこと自体が、同作の規模と注目度の高さを示している。中国発IPが世界市場で着実に地歩を固めている証左ともいえる。
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23年にはテンセントが原作に忠実な実写ドラマを配信し、大きな話題となった(三体ドラマの「微博(ウェイボ)」公式ページから)[/caption]
直近では、ゲームや映画、フィギュアといった分野でも中国コンテンツが話題を集めた。
「西遊記」を題材にした国産ゲーム「黒神話:悟空」は24年8月20日に発売され、3日で売り上げ本数が1,000万本を突破し、世界的ヒットとなった。今年1月下旬に公開された国産アニメ「ナタ之魔童鬧海(ナタ2)」(ナ=口へんに那、タ=口へんに託のつくり)は公開から数週間で興行収入が100億元(約2,060億円)を超え、アニメ映画として中国の歴代最高記録を更新。2月18日には米国の「インサイド・ヘッド2」を抜き、アニメ映画で世界歴代1位となった。
中国のフィギュア大手の泡泡瑪特国際集団(ポップマート)が展開する人気キャラクター「ラブブ(LABUBU)」は、今年に入り交流サイト(SNS)や店舗での注目度が一段と高まり、若年層を中心に世界で熱狂的な支持を集めている。
■政府も後押し
こうした民間発のヒットを追い風に、中国政府も文化産業の海外展開を積極的に後押ししている。
近年は「文化輸出」を国家戦略の一環に位置付け、映画やゲームの海外展開に対する資金援助や、国際見本市への出展支援、著作権保護の強化策を次々と打ち出している。これにより、企業はグローバル市場への参入を加速させ、中国発IPが世界規模で浸透する環境が整いつつある。
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