マレーシア政府は今年10月分給与から、外国人従業員にも公的年金に当たる従業員積立基金(EPF)の拠出を義務付ける。労使ともに2%ずつという、マレーシア人従業員よりは低い割合からのスタートではあるものの、在住期間が限られる駐在員からは、拠出への不満や帰国時の引き出しに関する懸念、日本社会保障制度との整合などさまざまな声が上がっている。NNAではこうした状況を踏まえ、8月上旬にマレーシアの日系企業を対象としたアンケートを実施。70件超の回答を得た。
EPFはマレーシア人および外国人の永住者である従業員については、従業員側が11%、雇用主は12%(または13%)の拠出が義務付けられており、その他外国人については任意での加入となっていた。今回新たに対象となるのは、◇臨時訪問ビザ(PLKS、家事労働者除く)◇雇用パス(EP)◇プロフェッショナル・ビジット・パス(PVP)◇学生パス◇レジデンス・パス◇長期ソーシャル・ビジット・パス——を保有する外国人従業員。
今年10月分の給与より雇用者・従業員がそれぞれ月給の2%を拠出することになる。拠出率は今後変更される可能性もある。既に任意加入していた場合などで、10月以降も従業員側の拠出率を11%に維持したい場合は、別途手続きが必要だ。
外国人従業員が本帰国する場合、滞在許可証が失効する2カ月前にEPFの拠出義務が終了し、拠出したEPF全額の引き出しが可能となる。そのほか、死亡した場合や、55歳あるいは60歳に達した場合なども全額引き出しが可能。また、マレーシア人と同様に、医療・教育などの目的の場合には、一部の引き出しが認められる。
EPFは今回の外国人への加入義務化の背景を「国際基準に従い、国籍に関係なく全ての労働者に社会保障を付与することで、労働市場の公平性を高める」と説明している。一方、政府は、外国人のEPF加入によって雇用コストを引き上げることで、地元人材の採用を増やすとともに、外国人単純労働者の海外送金による資本流出の抑制にもつながると期待している。
■加入義務化に戸惑う声も
今回のEPFの加入義務化に合わせて、NNAが8月4~18日に独自に実施したアンケートでは、雇用企業に課せられた2%の法定拠出分とは別に、駐在員の加入についての従業員側拠出分の取り扱い方針を聞いた。
回答のうち最も多かったのは「まだ決まっていない」(全体の43.4%)。次いで「従業員側の個人拠出分も会社が負担し、利息は会社に還元する」(同27.6%)、「従業員側の個人拠出分は個人が負担し、利息は個人に還元する」(11.8%)、「従業員側の個人拠出分も会社が負担し、利息は個人に還元する」(10.5%)、「その他」(6.6%)の順だった。
既に従業員側拠出分も会社が負担する方針を固めている回答企業からは、「(駐在員の)社会保険は全て会社負担としており、会社が負担した以上、個人に還元はあり得ない」「各国の駐在員の公平性の観点から本人払い分を給与に上乗せ支給する。離任時に基金を脱退し、元本と利息は全て会社の雑所得とする」といった回答がみられた。
一方で、「会社、個人の双方で負担し、利息は折半する」「福利厚生の一環として運用する」といった企業もあった。
最も回答数が多かった「まだ決まっていない」については、「親会社の対応方針を確認中」「EPF制度自体に不確定要素が残っており、派遣元に説明できない」「EPF対象となる給与範囲が不明確」といった声が聞かれた。

加入者としての駐在員個人の意見も聞いた。「EPF脱退時に還付されるのであれば特に大きな懸念はない」「同様の制度がない他国駐在員よりも結果的に大きなベネフィットを得ることになる」「資産形成の一環として活用する」と前向きな声もある一方、「加入義務の意図が分からないので戸惑っている」「会社側が全て負担し、利子も全部帰任時に会社が吸収してしまうのでどうでもいい」「駐在員という将来の現地滞在年数が読みづらい状況で、日本帰任時の解約および解約金の処理が面倒」「現在でも法人税の還付は遅れており、脱退時に速やかな返金が保証されるのか行政を信用できない」「会社・個人で齟齬(そご)がない形で運用できるか(懸念がある)」といった不安も聞かれた。また、退職年金という性質上、「(利息を)もらえるならうれしいが、将来をその国で過ごす人が入るべきではないか」といった意見もあった。
■人件費への影響は軽微

外国人従業員の加入義務化による、人件費の上昇割合についても聞いた。
上昇割合は「5%以下」とする企業が75%で最も多かった。これは、現地で加工・生産する製造業と、販売・サービスなど非製造業のいずれも同様の傾向で、製造業は74.4%、非製造業は80.6%が「5%以下」と答えた。
影響が軽微とする企業からは「日本人(もしくは外国人)は1人のため」「以前から外国人労働者もEPFに加入させていたため、大きな変化なし」といった回答があった。
ただ、人件費そのものへの影響は軽微でも、手続きの煩雑さを危惧する声は根強い。制度上、最終的に拠出した積立金は利息とともに還付されるとなっているが、月々の手取りが減るのは間違いない。そのため特に製造業からは「手取り減で(単純労働者の)マレーシアへの出稼ぎ就労が減る」「手取り減による外国人労働者のモチベーションへの影響や補塡(ほてん)要求」「人件費を増やすのみで、海外との競争力を失う」といった懸念の声が上がった。本国の家族などへ仕送りする外国人単純労働者にとって手取り減は死活問題になるとみられ、企業側は従業員との対話を求められそうだ。

9月11日掲載の「外国人EPF緊急読者調査(下)」では、近隣国の制度との比較や、アンケートに寄せられた回答を基にした専門家の見解、制度を運用する上で注意すべき点などを紹介する。
<調査概要>
調査期間:25年8月4~18日
調査形式:オンラインアンケート
調査対象:マレーシアの日系企業(NNA非契約者も含む)
有効回答数:76件

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