前回までの不正行為をなぜ見抜けなかったのか、どうすべきだったのか、今回はこの点に触れます。
設定は以下の通りです。
●不正行為の舞台は有限責任会社A社。製造業です。
●A社は日本法人100%オーナーであり、B氏はベトナム駐在の法定代表者兼社長の日本人、C氏は副社長のベトナム人。
●社員総会が設置されており、メンバーは4名、B氏はその一員でC氏はメンバーではない。
●「関連者」とは前回まで述べた通りで、自らの親族や会社の関係者、その親族です。
1. 棚卸の手順とベトナムの会計監査法人による年1回の会計監査
・原材料、型枠や治具、仕掛品、機械設備、工具備品(これらについて以下では「資産」と述べます)・・・現場部署がチェックし、会計部署が再度チェックし、経営陣が再度チェックする・・・例えばこのような手順を、書類上だけでなく実際に現場で行う・・・これらが正論でありコンプライアンスなのですが、順調な営業を続けている会社であれば、これら手順を 「より効率化・省力化」 しようとするのではないでしょうか。
・年1回の会計監査では、監査法人は実査により各種資産をチェックしていますでしょうか。企業側に自己申告(帳簿に対しての誓約)させているだけではないでしょうか。
・VAS(ベトナム会計基準)やベトナム会計制度は、国際会計基準IFRSと違って原価会計です。固定資産であれば減価償却しても購入時の資産価値が貸借対照表に載っているということになります。
・これらより、本社側のチェックが甘いとの資産横領の抜け道が作れてしまいます。その結果、自社には実存しない資産が帳簿上に残ることになります。
・機械設備や工具備品が使えなくなったとして新しいものを購入し、実際は古いものが残っているのですが、新しいものを別会社へ横流し、会社に残っているものを新しいものであるかのように帳簿上で偽装処理する手口もあります。原材料は常にこのような不正リスクがあるとも言えます。
・したがって親会社としては、資産についてしっかり実査させること、抜き打ちで実査をすることのほかに、資産にかかる見積書や契約書、入出庫伝票まで効率的にチェックできる体制を整えたいものです。
・なお、輸出加工企業(EPE)であれば、全ての資産は税関に管理されており、モノを移動しただけで細かな届出を行わなければなりません。不正行為者がこの届出をすれば横領を隠すために行った勝手な資産売却・移動の証拠が残りますし、この届出をしていなくても横領の証拠は掴みやすいでしょう。
2. 関連者間取引にかかるチェック
・関連者間取引に該当する取引については、海外子会社の管理(ベトナム編)01で紹介しました。どうやって見つけたらいいのでしょうか。監査法人は取引先のオーナーや株主状況など(登記情報など)を調べて関連者に該当するような取引を列挙してくれるわけではありません。会計長や営業担当者は(特に業務手順を定めていない限り)取引先の詳細を調べるといった観点も知識もないでしょう。
・登記情報は、有限責任会社であれば所有者・法定代表者、株式会社であれば発起株主・法定代表者の情報が無料ですぐにわかります。
・ベトナム人の夫婦関係や親族関係を苗字やミドルネームなどから特定するのはほぼできませんが、住所情報は必ず登録住所(日本でいう住民票住所)と現住所(実際に住んでいるか別として郵送物が受け取れる住所)の2種類が取得できます。同じ住所を併用していたり、同郷であったり、同じメールアドレスや電話番号を併用していたり、少し細かく見れば関連者の仮説を立てる情報が取得できるかもしれません。
・ただ、悪知恵の働く方々は企業管理者側がこの程度までチェックすることはわかっていて、さらに手の込んだことをしてくるかもしれません。ここでは皆まで述べませんが、デスクにいながらの調査方法のみで、すべて明確な 「ホワイト」 「グレー」 の判定は可能です。「ホワイト 」であればゴーサインで、「グレー」 であれば更なる調査、取引停止などの措置を取ればいいでしょう。
・移転価格文書を積極的に作成するという方法もあります。年間売上が500億ドン未満で年間の関連者間取引が300億ドン未満である場合・・・などの免除規定がありますが、これらに該当しても敢えて作成するということです。移転価格文書には、関連者間との取引についてその価格決定方法(手順)が適切であるかという自己評価レポートという側面がありますので、しっかり作成し、しっかり読み込めば、関連者である企業に不当な金額が流れるのはかなり阻止できるはずです。なお、移転価格文書は自社保管を目的とし、税務署に提出しなければならないものはその目次や一部情報のみです。
・加工委託先・設計施工会社・機械メンテナンス会社・建設コンサル会社などが関連者であり、これらに対して多額の出金があったり、架空取引があったりした場合、会社から見れば横領や背任ですが、、税務署から見れば不適切な価格により支出を増やし法人所得(法人税)を圧縮したとなりますので、みなし税率が適用され追徴が課されるリスクがあります。
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会計や税務を外注しているからといって必ずしも安心はできません。専門サービスの会社を一律して否定する意図は全くありませんが、上記した会計監査法人同様に、自らの責任を明確にするため、企業側職員から出てきた情報に基づいて(法令に準じて)会計処理・税処理しているだけというのが建前になるはずです。企業内での不正を疑い、それをチェックし管理するのは専門外ということです。
では監査法人がそれをチェックしてくれるか・・・こちらも企業内での不正を疑い、それをチェックし管理するのは専門外ということになるでしょう。会計サービス法人が同じグループの法人であれば、同グループ法人の業務を否定しにくいバイアスも働くはずです。
海外子会社の管理(ベトナム編)04で触れたように、ある大手監査法人は、ある会社と不正競合会社の両方の年次会計監査を複数年行いながらも、A社から不正競合会社へ流れた資産を全てA社に残したままとし、これをA社の会計長のせいにしました。後日、当該監査法人の担当者(副社長)がベトナムCPAにかかる懲戒を受けていた期間内であったことが判明しました。
では、法律事務所、弁護士法人ならチェックしてくれるでしょうか。ベトナムから見た外国人の弁護士には法律的にも言語的にもその活動に制限がありますし、そもそも会計帳簿を詳細にチェックしてくれるような方はあまり聞いたことがありません。他の専門家とタッグを組んで帳簿チェックや実査をしてくれるとしても、関連者にかかる詳細調査、税務リスクなどを含めた戦略などは、私たち外国人がそう簡単にできることではありません。
つまり、意思疎通がしっかりできるベトナム人を配置し、事実と個々の考えや仮説をしっかり分別しながら問題点を整理し、様々な角度から解決策とリスクを評価していく・・・そんな統治・企業管理が必要となるはずです。或いはそのようなことができる者を監査役に据えたり、総合コンサルとして協力を求めることが必要になるでしょう。
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ベトナムで右肩上がりの成長に邁進している企業も多々あると思います。しかし一方で、しっかり足元を固めながら安定した経営をしていかなければならない企業、或いは断捨離をしなければならないタイミングの企業も多いと思います。日系企業向けビジネス或いはオフショアビジネスの市場は成熟期と言えるでしょうし、ベトナム国内市場はどの分野でもベトナム国内企業の発展が目ざましく、しっかりした競争が必要です。0→1の時代は終わり、1→2, 3, 4…の時代と言えましょうか。
ベトナムのホワイトカラー・管理者の人件費は決して他国より安いとは言えないレベルにあり、物価も安いとは言えなくなっています。駐在日本人にとっては非常に生活しやすくなったベトナム都市部ですが、ベトナムの勢いや変動において駐在期間である数年で企業成長にコミットするのは以前よりも難しいでしょう。
2025年は数多くの法令が刷新され、2026年もまだ続くでしょう。
様々なことが効率化、時間短縮、自動化・・・そんな時代ですが、こと企業管理・統治については、緻密にアナログにコミットし、ローカル風と日本風を混在させる地道なルーティンが企業・事業の持続性を確かにするものだと感じています。
次回は年明けになると思います。不正を見つけ出したときの初動、その後の体制などについて紹介させていただく予定です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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●A社は日本法人100%オーナーであり、B氏はベトナム駐在の法定代表者兼社長の日本人、C氏は副社長のベトナム人。
●社員総会が設置されており、メンバーは4名、B氏はその一員でC氏はメンバーではない。
●「関連者」とは前回まで述べた通りで、自らの親族や会社の関係者、その親族です。
1. 棚卸の手順とベトナムの会計監査法人による年1回の会計監査
・原材料、型枠や治具、仕掛品、機械設備、工具備品(これらについて以下では「資産」と述べます)・・・現場部署がチェックし、会計部署が再度チェックし、経営陣が再度チェックする・・・例えばこのような手順を、書類上だけでなく実際に現場で行う・・・これらが正論でありコンプライアンスなのですが、順調な営業を続けている会社であれば、これら手順を 「より効率化・省力化」 しようとするのではないでしょうか。
・年1回の会計監査では、監査法人は実査により各種資産をチェックしていますでしょうか。企業側に自己申告(帳簿に対しての誓約)させているだけではないでしょうか。
・VAS(ベトナム会計基準)やベトナム会計制度は、国際会計基準IFRSと違って原価会計です。固定資産であれば減価償却しても購入時の資産価値が貸借対照表に載っているということになります。
・これらより、本社側のチェックが甘いとの資産横領の抜け道が作れてしまいます。その結果、自社には実存しない資産が帳簿上に残ることになります。
・機械設備や工具備品が使えなくなったとして新しいものを購入し、実際は古いものが残っているのですが、新しいものを別会社へ横流し、会社に残っているものを新しいものであるかのように帳簿上で偽装処理する手口もあります。原材料は常にこのような不正リスクがあるとも言えます。
・したがって親会社としては、資産についてしっかり実査させること、抜き打ちで実査をすることのほかに、資産にかかる見積書や契約書、入出庫伝票まで効率的にチェックできる体制を整えたいものです。
・なお、輸出加工企業(EPE)であれば、全ての資産は税関に管理されており、モノを移動しただけで細かな届出を行わなければなりません。不正行為者がこの届出をすれば横領を隠すために行った勝手な資産売却・移動の証拠が残りますし、この届出をしていなくても横領の証拠は掴みやすいでしょう。
2. 関連者間取引にかかるチェック
・関連者間取引に該当する取引については、海外子会社の管理(ベトナム編)01で紹介しました。どうやって見つけたらいいのでしょうか。監査法人は取引先のオーナーや株主状況など(登記情報など)を調べて関連者に該当するような取引を列挙してくれるわけではありません。会計長や営業担当者は(特に業務手順を定めていない限り)取引先の詳細を調べるといった観点も知識もないでしょう。
・登記情報は、有限責任会社であれば所有者・法定代表者、株式会社であれば発起株主・法定代表者の情報が無料ですぐにわかります。
・ベトナム人の夫婦関係や親族関係を苗字やミドルネームなどから特定するのはほぼできませんが、住所情報は必ず登録住所(日本でいう住民票住所)と現住所(実際に住んでいるか別として郵送物が受け取れる住所)の2種類が取得できます。同じ住所を併用していたり、同郷であったり、同じメールアドレスや電話番号を併用していたり、少し細かく見れば関連者の仮説を立てる情報が取得できるかもしれません。
・ただ、悪知恵の働く方々は企業管理者側がこの程度までチェックすることはわかっていて、さらに手の込んだことをしてくるかもしれません。ここでは皆まで述べませんが、デスクにいながらの調査方法のみで、すべて明確な 「ホワイト」 「グレー」 の判定は可能です。「ホワイト 」であればゴーサインで、「グレー」 であれば更なる調査、取引停止などの措置を取ればいいでしょう。
・移転価格文書を積極的に作成するという方法もあります。年間売上が500億ドン未満で年間の関連者間取引が300億ドン未満である場合・・・などの免除規定がありますが、これらに該当しても敢えて作成するということです。移転価格文書には、関連者間との取引についてその価格決定方法(手順)が適切であるかという自己評価レポートという側面がありますので、しっかり作成し、しっかり読み込めば、関連者である企業に不当な金額が流れるのはかなり阻止できるはずです。なお、移転価格文書は自社保管を目的とし、税務署に提出しなければならないものはその目次や一部情報のみです。
・加工委託先・設計施工会社・機械メンテナンス会社・建設コンサル会社などが関連者であり、これらに対して多額の出金があったり、架空取引があったりした場合、会社から見れば横領や背任ですが、、税務署から見れば不適切な価格により支出を増やし法人所得(法人税)を圧縮したとなりますので、みなし税率が適用され追徴が課されるリスクがあります。
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会計や税務を外注しているからといって必ずしも安心はできません。専門サービスの会社を一律して否定する意図は全くありませんが、上記した会計監査法人同様に、自らの責任を明確にするため、企業側職員から出てきた情報に基づいて(法令に準じて)会計処理・税処理しているだけというのが建前になるはずです。企業内での不正を疑い、それをチェックし管理するのは専門外ということです。
では監査法人がそれをチェックしてくれるか・・・こちらも企業内での不正を疑い、それをチェックし管理するのは専門外ということになるでしょう。会計サービス法人が同じグループの法人であれば、同グループ法人の業務を否定しにくいバイアスも働くはずです。
海外子会社の管理(ベトナム編)04で触れたように、ある大手監査法人は、ある会社と不正競合会社の両方の年次会計監査を複数年行いながらも、A社から不正競合会社へ流れた資産を全てA社に残したままとし、これをA社の会計長のせいにしました。後日、当該監査法人の担当者(副社長)がベトナムCPAにかかる懲戒を受けていた期間内であったことが判明しました。
では、法律事務所、弁護士法人ならチェックしてくれるでしょうか。ベトナムから見た外国人の弁護士には法律的にも言語的にもその活動に制限がありますし、そもそも会計帳簿を詳細にチェックしてくれるような方はあまり聞いたことがありません。他の専門家とタッグを組んで帳簿チェックや実査をしてくれるとしても、関連者にかかる詳細調査、税務リスクなどを含めた戦略などは、私たち外国人がそう簡単にできることではありません。
つまり、意思疎通がしっかりできるベトナム人を配置し、事実と個々の考えや仮説をしっかり分別しながら問題点を整理し、様々な角度から解決策とリスクを評価していく・・・そんな統治・企業管理が必要となるはずです。或いはそのようなことができる者を監査役に据えたり、総合コンサルとして協力を求めることが必要になるでしょう。
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ベトナムで右肩上がりの成長に邁進している企業も多々あると思います。しかし一方で、しっかり足元を固めながら安定した経営をしていかなければならない企業、或いは断捨離をしなければならないタイミングの企業も多いと思います。日系企業向けビジネス或いはオフショアビジネスの市場は成熟期と言えるでしょうし、ベトナム国内市場はどの分野でもベトナム国内企業の発展が目ざましく、しっかりした競争が必要です。0→1の時代は終わり、1→2, 3, 4...の時代と言えましょうか。
ベトナムのホワイトカラー・管理者の人件費は決して他国より安いとは言えないレベルにあり、物価も安いとは言えなくなっています。駐在日本人にとっては非常に生活しやすくなったベトナム都市部ですが、ベトナムの勢いや変動において駐在期間である数年で企業成長にコミットするのは以前よりも難しいでしょう。
2025年は数多くの法令が刷新され、2026年もまだ続くでしょう。
様々なことが効率化、時間短縮、自動化・・・そんな時代ですが、こと企業管理・統治については、緻密にアナログにコミットし、ローカル風と日本風を混在させる地道なルーティンが企業・事業の持続性を確かにするものだと感じています。
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最後までお読みいただきありがとうございました。"
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