2025年の台湾経済は実質域内総生産(GDP)成長率が7%を超え、15年ぶりの高さになる見通しだ。当初は米国による相互関税の影響で年後半の輸出減速が予想されていたが、データセンター向け人工知能(AI)サーバーなどの急激な伸びがけん引し、波及効果が広がっている。台湾野村総研(NRI)の田崎嘉邦・副総経理は米関税政策に関するNNAの取材に対し、「AIサーバーへの強い需要は今後2~3年は続く」との見方を示し、米関税政策による影響についても「対象品目からの除外や台湾企業の米生産拠点への保税扱いなどの優遇措置によっては、相当緩和される可能性がある」との見方を示した。
取材に答える台湾野村総研の田崎嘉邦副総経理(NNA撮影)
——米トランプ政権が8月7日から台湾を含む貿易相手国・地域からの輸入品に高率の関税をかけてから4カ月近くがたちました。台湾からの対米輸出は相変わらず2桁以上の伸びが続いています。
台湾でも今年2~3月ごろから、米国の関税引き上げを想定した駆け込み的な輸出の急増が続いた。このため、当初は、年後半以降の反動減が間違いなくあると思っていた。台湾政府も年前半は需要の先食いと判断し、下半期(7~9月)は輸出が落ち込み、経済成長はほとんど期待できないと見ていた。ところが、輸出は10月も前年同月比で50%近く伸び、足元ではむしろ勢いが加速している。
要因はAIサーバーの輸出急増だ。サーバーは従来、台湾の電子機器の受託製造サービス(EMS)による中国の工場からの出荷も多かった。しかし、18年頃から、米中間の対立激化で各社が台湾への生産拠点回帰やメキシコでの生産切り替えを進めた。23年頃からのAIサーバー市場の立ち上がりに伴い台湾から米国へのサーバー輸出金額が急増したのち、今年以降、米国ではAI社会のインフラとしてデータセンターの建設が一段と加速しており、台湾からのサーバー輸出がさらに大きく伸びている。
■サーバーは非課税か
——相互関税の影響は出ていないのですか。
トランプ政権は8月7日から、台湾からの輸入品に20%の相互関税をかけているが、サーバーには半導体と同様に、今のところ相互関税はかかっていないようだ。もし、サーバーにも20%の追加関税が課されれば、クラウドサービス大手のアマゾン、マイクロソフト、グーグルなどによるデータセンター建設投資のコストが大幅に膨れ上がってしまうからだろう。
一方で、鉄鋼などの素材や化学品、自動車部品といった製品には20%の追加関税が課されており、価格競争力の低下や顧客からのコスト削減を迫られている。足元の輸出の好調は、こういった伝統産業の苦境を覆い隠すほど、サーバーなどAI関連の需要が強いということだろう。
——輸出の勢いはいつまで続きそうですか。
見方は分かれるが、EMS最大手の鴻海精密工業やそれに次ぐ広達電脳(クアンタ・コンピューター)などサーバーを生産しているメーカーは今後2~3年は続くと見ており、私自身もそのくらいは続くと予想している。
今後の輸出動向を見る変数としては、台湾のEMS各社が米国にサーバー工場を新設したり、メキシコの既存の工場を増設したりしていることが挙げられる。EMSの中には今年末ぐらいから米国で量産に入るという話も出ている。米国内向けのAIサーバーの出荷が米国内の工場で始まれば、輸出の一部が食われる可能性はあるかもしれない。
■米で組み立てなら部品輸出が増加も
ただ、EMS各社が米国で量産するサーバー工場がサプライチェーン(供給網)のどの段階から生産するのか、今のところ情報がない。マザーボードやプリント基板(PCB)といったサーバーに組み込まれる部品から米国で造るのか、それとも主要部品は引き続き台湾や東南アジアから輸出し、米国では組み立てるだけなのか。いずれにしても、当面は半導体などの基礎部品から現地で生産する体制は整っていない。米国向けのサーバー輸出が多少落ち込むとしても、代わりに主要部品の輸出が増え、ふたを開けてみれば輸出の製品構成が変化するだけで、輸出額はそれほど下がらないかもしれない。
——台湾と米国との関税・貿易協議では、現在20%とされる台湾への関税率の引き下げの見返りとして、台湾からの対米投資の拡大が焦点の一つになっています。
台湾政府は、北部の新竹、中西部の台中、南部の台南など域内各地にハイテク企業が集まる工業団地「科学園区」(サイエンスパーク)を整備し、園区内の企業の通関業務をワンストップで行ったり、園区全体を保税扱いにするいわゆる「自由貿易区域」にすることで生産を増やしてきた。これを「台湾モデル」として、米国にも同様の工業団地を整備し、台湾企業の対米投資拡大につなげようとする動きがある。
台湾経済部(経済産業省)や科学園区を運営管理する国家科学・技術委員会(国科会)はまず、南部テキサス州に「台湾モデル」の工業団地を整備する調整を進めていると伝えられている。テキサスは元々、企業の法人税を免除するなどの税制優遇を取り入れ、企業誘致に積極的だ。西海岸のカリフォルニア州などに比べると人件費も安いはずだ。
テキサスから近い南西部アリゾナ州にはすでにファウンドリー(半導体の受託製造)最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が生産拠点を置いている。同社は今年3月に1,000億米ドル(約15兆7,000億円)の対米追加投資を表明し、現在ある先端プロセスの前工程の製造だけでなく、封止(パッケージング)・検査などの後工程の工場も建設する計画を進めている。
——米政府が通商拡大法に基づき課税を検討している半導体など個別製品への関税について、まだ米政府の結論が示されていません。トランプ大統領は半導体を米国の戦略産業として復活させることに執念を見せており、半導体に「100%以上」の高関税発動を示唆したこともあります。
■台湾「科学園区」モデルなら保税扱いも
台湾からの対米輸出で、半導体そのものの輸出額はそれほど大きくない。おそらく米半導体大手のエヌビディアがTSMCに生産を委託している先端プロセスの半導体なども、鴻海などが生産するAIサーバーなどに組み込まれて輸出されているからだと思う。
TSMCは米国で半導体の後工程に当たる封止・検査工場も計画しているが、量産体制が整うのはまだだいぶ先のことだ。「CoWoS(コワース)」などの先端封止(パッケージング)工場は今は台湾にあり、米アリゾナ工場で前工程が終わった半導体も、パッケージングなどはいったん台湾に戻して、さらに製品などに組み込んで米国に再度輸出していると思われる。
その過程で使われる材料や化学品、製造装置などを含めれば、半導体は完成品に仕上がるまでに何度も台湾と米国の間の行き来があるはずで、そのたびに高率の関税がかかったら大変なことになる。だから、台湾政府は台湾にある科学園区と同じように、TSMCの工場があるエリアなどを保税区域にして、最終的に最終製品として出荷するまでは関税がかからない扱いにすることを交渉していると予想される。
TSMCが製造していない成熟プロセスの半導体についても、今のところ前工程から後工程に至るサプライチェーンが完備しているのは台湾だけだ。米政府が最終的に関税率をどう判断するのか注目している。【聞き手・大塚卓也】
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台湾でも今年2~3月ごろから、米国の関税引き上げを想定した駆け込み的な輸出の急増が続いた。このため、当初は、年後半以降の反動減が間違いなくあると思っていた。台湾政府も年前半は需要の先食いと判断し、下半期(7~9月)は輸出が落ち込み、経済成長はほとんど期待できないと見ていた。ところが、輸出は10月も前年同月比で50%近く伸び、足元ではむしろ勢いが加速している。
要因はAIサーバーの輸出急増だ。サーバーは従来、台湾の電子機器の受託製造サービス(EMS)による中国の工場からの出荷も多かった。しかし、18年頃から、米中間の対立激化で各社が台湾への生産拠点回帰やメキシコでの生産切り替えを進めた。23年頃からのAIサーバー市場の立ち上がりに伴い台湾から米国へのサーバー輸出金額が急増したのち、今年以降、米国ではAI社会のインフラとしてデータセンターの建設が一段と加速しており、台湾からのサーバー輸出がさらに大きく伸びている。
■サーバーは非課税か
——相互関税の影響は出ていないのですか。
トランプ政権は8月7日から、台湾からの輸入品に20%の相互関税をかけているが、サーバーには半導体と同様に、今のところ相互関税はかかっていないようだ。もし、サーバーにも20%の追加関税が課されれば、クラウドサービス大手のアマゾン、マイクロソフト、グーグルなどによるデータセンター建設投資のコストが大幅に膨れ上がってしまうからだろう。
一方で、鉄鋼などの素材や化学品、自動車部品といった製品には20%の追加関税が課されており、価格競争力の低下や顧客からのコスト削減を迫られている。足元の輸出の好調は、こういった伝統産業の苦境を覆い隠すほど、サーバーなどAI関連の需要が強いということだろう。
——輸出の勢いはいつまで続きそうですか。
見方は分かれるが、EMS最大手の鴻海精密工業やそれに次ぐ広達電脳(クアンタ・コンピューター)などサーバーを生産しているメーカーは今後2~3年は続くと見ており、私自身もそのくらいは続くと予想している。
今後の輸出動向を見る変数としては、台湾のEMS各社が米国にサーバー工場を新設したり、メキシコの既存の工場を増設したりしていることが挙げられる。EMSの中には今年末ぐらいから米国で量産に入るという話も出ている。米国内向けのAIサーバーの出荷が米国内の工場で始まれば、輸出の一部が食われる可能性はあるかもしれない。
■米で組み立てなら部品輸出が増加も
ただ、EMS各社が米国で量産するサーバー工場がサプライチェーン(供給網)のどの段階から生産するのか、今のところ情報がない。マザーボードやプリント基板(PCB)といったサーバーに組み込まれる部品から米国で造るのか、それとも主要部品は引き続き台湾や東南アジアから輸出し、米国では組み立てるだけなのか。いずれにしても、当面は半導体などの基礎部品から現地で生産する体制は整っていない。米国向けのサーバー輸出が多少落ち込むとしても、代わりに主要部品の輸出が増え、ふたを開けてみれば輸出の製品構成が変化するだけで、輸出額はそれほど下がらないかもしれない。
——台湾と米国との関税・貿易協議では、現在20%とされる台湾への関税率の引き下げの見返りとして、台湾からの対米投資の拡大が焦点の一つになっています。
台湾政府は、北部の新竹、中西部の台中、南部の台南など域内各地にハイテク企業が集まる工業団地「科学園区」(サイエンスパーク)を整備し、園区内の企業の通関業務をワンストップで行ったり、園区全体を保税扱いにするいわゆる「自由貿易区域」にすることで生産を増やしてきた。これを「台湾モデル」として、米国にも同様の工業団地を整備し、台湾企業の対米投資拡大につなげようとする動きがある。
台湾経済部(経済産業省)や科学園区を運営管理する国家科学・技術委員会(国科会)はまず、南部テキサス州に「台湾モデル」の工業団地を整備する調整を進めていると伝えられている。テキサスは元々、企業の法人税を免除するなどの税制優遇を取り入れ、企業誘致に積極的だ。西海岸のカリフォルニア州などに比べると人件費も安いはずだ。
テキサスから近い南西部アリゾナ州にはすでにファウンドリー(半導体の受託製造)最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が生産拠点を置いている。同社は今年3月に1,000億米ドル(約15兆7,000億円)の対米追加投資を表明し、現在ある先端プロセスの前工程の製造だけでなく、封止(パッケージング)・検査などの後工程の工場も建設する計画を進めている。
——米政府が通商拡大法に基づき課税を検討している半導体など個別製品への関税について、まだ米政府の結論が示されていません。トランプ大統領は半導体を米国の戦略産業として復活させることに執念を見せており、半導体に「100%以上」の高関税発動を示唆したこともあります。
■台湾「科学園区」モデルなら保税扱いも
台湾からの対米輸出で、半導体そのものの輸出額はそれほど大きくない。おそらく米半導体大手のエヌビディアがTSMCに生産を委託している先端プロセスの半導体なども、鴻海などが生産するAIサーバーなどに組み込まれて輸出されているからだと思う。
TSMCは米国で半導体の後工程に当たる封止・検査工場も計画しているが、量産体制が整うのはまだだいぶ先のことだ。「CoWoS(コワース)」などの先端封止(パッケージング)工場は今は台湾にあり、米アリゾナ工場で前工程が終わった半導体も、パッケージングなどはいったん台湾に戻して、さらに製品などに組み込んで米国に再度輸出していると思われる。
その過程で使われる材料や化学品、製造装置などを含めれば、半導体は完成品に仕上がるまでに何度も台湾と米国の間の行き来があるはずで、そのたびに高率の関税がかかったら大変なことになる。だから、台湾政府は台湾にある科学園区と同じように、TSMCの工場があるエリアなどを保税区域にして、最終的に最終製品として出荷するまでは関税がかからない扱いにすることを交渉していると予想される。
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