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【シリーズ小国経済】 出稼ぎ国家ネパール ヒマラヤ最貧国の今

「世界最貧」と言われる国の1つ、ネパール。ヒマラヤ山麓に位置し、農業と観光のほか目ぼしい産業はない。新型コロナや世界的インフレは市民生活にどう影響したのか。市部ではモバイル経済、地価上昇による個人投資、そして海外出稼ぎがブームとなっていた。アジア取材では名の知れた筆者が、20年ぶりに首都カトマンズや観光都市ポカラを訪ねた。(ライター 室橋裕和)       

カトマンズの街を見下ろすスワヤンブナート寺院(筆者提供)

老朽化したトリブバン空港(首都カトマンズの国際空港)を出たタクシーは、すぐに大渋滞に巻き込まれた。車やバイクやバスが無秩序にひしめき、クラクションが鳴り響き、エアコンもなく開けっ放しの窓から排ガスが容赦なく吹き込んでくる。「昼どきだから、まだましなんだ。夕方はもっとひどい」。運転手はうんざりした顔で言う。
今年10月中旬、ネパールを訪れた。実に20年ぶりである。カトマンズの変化も楽しみにして来たが、交通量のあまりの増大ぶりにまず驚いた。何だかインドの大都市のような喧噪(けんそう)だった。
「車は関税200%以上もかかって高いけど、それでも皆買いたい。キアやヒュンダイが増えてるね(起亜、現代。ともに韓国現代自動車のブランド)。いくらか関税が低いEV(電気自動車)も最近は人気。800万ネパールルピー(約880万円、1ネパールルピー=約1.1円、以下ルピー)とかするのもあるんだけどね」
そう話す運転手が乗っているのはスズキの古い小型車だった。タクシー以外もコンパクトカーが目立つ。狭い路地が入り組んでいるからだろう。民家や商店がびっしり建つ昔ながらの路地の集合体が、カトマンズという都市なのだ。その構造は20年前と変わらず、大規模な再開発が行われた様子もあまりなく、たたずまいは昔のまま。そこに大量の車があふれたものだから、この大渋滞なのでは‥‥そんなことを思っていると、市街西部のアサンチョークに到着した。
ここは、カトマンズの象徴のような場所だ。四方八方に伸びる路地の全てが「市場」だ。服や靴、乾物、布地、スパイス、食器、野菜に果物‥‥ありとあらゆる品を売る小さな店が並び、路上にも屋台が連なる。こうした小規模な個人の専門店で物を買う習慣が、生活に根付いている。大型のチェーン店やスーパーも増えてはいるが、まだまだ少ない。

ネパールでは昔ながらの市場が消費生活の中心にある(筆者提供)

だが一方で、街を歩けば小さな雑貨屋とか食堂の軒先にも、QRコードを記した小さなボードが置かれているのを見る。スマートフォンを使った電子決済が普及してきたのだ。
「fone pay」の札を掲げたラッシー(ヨーグルトドリンク)の店で聞いてみると、「コロナ禍の2年間に、これで払う人が増えたよね。ネパールのお札、汚いでしょ(笑)。なるべく触りたくないって人が多いからかな」と冗談交じりに言う。
オンラインショッピングも人気のようだ。デリバリー大手の米ウーバーのように、大きなバッグを背負って走る業者のバイクを見かける。かつての王宮が現存するダルバール広場などの観光地では、スマホを構えて踊る女の子たちも目立つ。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」に投稿するのだろう。SNSはフェイスブックが主流だが、若者の間ではティックトックが圧倒的な人気となっているそうだ。ネパール人の生活にも、モバイル文化はすっかり浸透している。

寺院へのお布施も電子決済で(筆者提供)

■コロナ「終わった」国内観光にぎわう

タメル地区。ノーマスクの欧米人らしい観光客も(筆者提供)

アサンチョークから北へ、まるで中世のような石畳の路地を迷い歩いていくと、タメル地区に行き当たる。外国人旅行者向けのホテルやレストラン、ヒマラヤトレッキング(山歩き)の旅行会社などが密集するエリアだ。コロナの影響はさぞ甚大だろうと思ったが、意外なほど元気でにぎわいが戻っている。
ゲストハウスのスタッフが言う。「フランス人やドイツ人などヨーロッパ人が増えてきました。でも日本人はまったく見ませんね」
2022年11月現在、ネパールは新型コロナワクチン2回の接種証明書があれば入国できる。飛行機を降りてイミグレーション通過前に簡単な書類チェックを行うだけだ。入国後の行動制限はない。カトマンズの街でマスクを着けている人は1割以下だろうか。コロナ禍は既に「終わったもの」と捉えている様子だ。欧米人を中心とする外国人観光客でタメルも混み合っている。コロナよりも、むしろこの雨期に猛威を振るったデング熱の方が話題になっていた。
「タメル辺りで店やホテルを経営する人は昔からの土地持ち。お客が減ってもどうにかなります。大変なのは、そういう所で働いていた地方からの出稼ぎでしょう」。ゲストハウスのスタッフからはそんな話も聞いた。
そしてもう1つ、タメルで目立つのはネパール人観光客の姿だ。昔は外国人ばかりだったこのエリアに、今はネパール人の富裕層・中間層がずいぶん増えているようだ。彼らが集まるクラブやバーも多い。「ここ5年くらいで国内観光客が本当に増えたんです。この層が、外国人が入国できない時期に観光業を支えてきました」と旅行社を経営する男性、サキヤ・スメドさんが説明する。
その原動力の1つが「海外出稼ぎ」だという。ネパールは人口2,900万人のうち、200万人以上がインド、中東、東南アジア、それに韓国や日本で働いている。彼らが母国にもたらす送金額は20年には9,610億ルピーに達し、国内総生産(GDP)の実に22.5%に相当する(ネパール中央銀行による)。タジキスタンやキルギスなどに次いで世界第5位の数字だ。
「この送金を元手にビジネスや投資する動きが盛んです」とサキヤさん。特に土地を買う人とそこに融資する銀行が増えているそうだ。「銀行は大体、年利15%で貸しますが、土地はそれよりも利回りがいい。どんどん値上がりしてるんです」。地価高騰を背景に中間層・富裕層が生まれ、彼らが国内経済を循環させていく。そんな動きもあるようだ。
■何もかも値上がり、しんどい庶民生活
市内には、お金にゆとりが出てきた人々が行き交う近代的なショッピングモールもいくつかある。ブランドショップが並び、上階にはシネマコンプレックスも備え、まるでバンコクかシンガポールのようだ。モール内のカフェに入ってみると、コーヒー1杯が400ルピーだった。街角の食堂ではダルバート(豆カレーとライスを中心とした定食)が200ルピー程度、チャイ(ミルクティー)が20~30ルピーなのを考えると、なかなかの値段。経済の格差も、また大きくなっているようだ。
だが、中間層が台頭する一方で庶民の生活は結構しんどい。
「原油が上がってから、何もかも値上がりだよ」。トゥクパ(チベット風うどん)を出す食堂のおじさんは言う。鶏肉入りのトゥクパは1杯180ルピーだが、値上げも考えている。ウクライナ問題に端を発する、エネルギー価格の上昇は日本もネパールも同じだ。
「ネパールは何でも輸入ばかり。だから燃料が上がれば物の値段は全部上がる」。おじさんがぼやく通り、店で売られる日用品や電化製品はインドや中国からの物ばかりだ。自国に農業と観光以外の目立った産業がないため輸入に依存していると、国際経済の荒波を受けやすい。

カトマンズ南部のラビンモールには富裕層向けのショップが並ぶ

雑貨屋に入って商品の値段を見ると、歯磨き粉80ルピー、ダルに使う豆が200ルピー前後(1キログラム)、ネパール人が日々愛飲するお茶が300~400ルピー(500グラム)、米が2,000ルピー前後(25キログラム)‥‥コーラは120ルピーで日本とあまり変わらない。
1人当たりの年間所得が1,000米ドル(約14万円)。月1~2万円ほどで生活する人が大半と言われるネパールで、この物価は相当に高い。というより、人々の所得も商品やサービスの値段も、あまりに格差のあるいびつな経済だと感じた。だから庶民は現金をもっと得るため、海外を目指す。人材はどんどん国外に流出していく。
■湖畔の観光地ポカラ、出稼ぎ業者ひしめく

カトマンズから西へ約200キロメートル、ヒマラヤ山麓の観光都市・ポカラへと向かうバスの料金は1,000ルピーだった。ちょうどティハールという秋の収穫祭(家々を灯火で彩ることから別名「光の祭り」とも)の期間だったため、里帰りする人でいっぱいだ。中には月収の1割を払って乗り込んだ人もいるのかもしれない。
途中で寄ったガソリンスタンドで値段を見てみると、1リットル180ルピーと日本より高い。この値段もチケット代に反映されているのだろう。「ガソリンは全部インドからの輸入。質が悪いのをこっちに流すもんだから燃費が良くないんだ」と運転手は言う。
山間部を走るおよそ7時間の道のりは、20年前とあまり変わっていなかった。未舗装が多く、土砂崩れの跡や河原のようなガタガタ道も各所にあって、首都と第2の都市を結ぶ幹線とは到底思えない。ただ中国の「一帯一路」構想の一環か、中国企業による工事が所々で進んでいた。
到着したポカラは湖のほとりに開けた観光地だが、やはりネパール人や欧米人、それにインド人の観光客がくつろいでいた。ここでも観光業が少しずつ復興しているようだ。

日本への留学をあっせんする業者の看板。こうした広告がとにかく多い(筆者提供)

中心部に向かうと、とにかく目立つのは出稼ぎあっせん業者の看板。カトマンズでもよく見たが、ポカラも同様だ。欧米や日本への留学をアレンジする語学学校、中東への労働者を募るオフィスの看板が、ビルの外壁にびっしりと並ぶ。中には、すし職人の養成学校まであった。日本ではなくフランスのすし店に派遣されるという。こうした看板が、若者が集うショッピングモール近辺にも踊る。どこもかしこも海外への誘いであふれているのだ。
そんなあっせん業者の1つである、日本語学校の校長に話を聞いてみた。
「日本の入国制限が緩和された22年の3月から、70人ほどの生徒を提携する沖縄などの日本語学校に送りました」と校長。彼らはアルバイトしながら言葉を学び、日本で就職して家族を呼ぶことが目標だ。同じような学校が、近所にも10軒ほどひしめいている。北関東の自動車関連や食品加工の工場への就職を仲介する業者もあるという。カレー店のコックとして働くため、親戚筋を頼って日本に行く人も多いそうだ。

ペワ湖遊覧は観光客に人気のアクティビティ。ネパール人や欧米人が多い(筆者提供)

■不在の両親、働き手「これでいいのか」
「出稼ぎビジネス」は盛況なようだが、本当にこれでいいのだろうか。疑問も感じていると校長は話す。
「誰もが稼ぐため海外に行ってしまう。だから地方の村では働き盛りがどんどん減って、老人と子供ばかりに。親の代わりに祖父母が子供の面倒を見て、親の愛情を知らずに育つ子供が問題になっています。畑の働き手がいなくなり荒れてしまった土地もたくさんあるし、そういう村を捨ててポカラで暮らす人も増えています」
自給自足で暮らせた村からポカラの街に降りてくれば、現金が必要だ。となれば、さらに家族の中からまた海外へ向かう人が出る。

ポカラからさらに山間部の村。彼女たちの家族も日本でコックとして働いている(筆者提供)

「需要があるからこの仕事をやってはいますが‥‥」校長の口は重い。前出のサキヤさんも言う。「今は、海外からの送金が国の大きなインカム(収入)になってしまった。それで景気が良い業界もある。でも、伝統的な文化を守りながら農業や観光でやっていく方が、ずっといい社会ではないでしょうか」
帰路、カトマンズの空港は大勢のネパール人で大混雑していた。ティハールの帰省を終えて出稼ぎ先の国に戻る人々と、それを見送る家族親族たちだ。あちこちで抱き合う姿も、涙を流す姿もある。こうして海外に旅立つ出稼ぎたちが、世界最貧ともいわれるネパールの経済を辛うじて支えている。しかしそこには、ゆがみもまた噴き出てきている。出稼ぎ頼みではない経済モデルを、この国は作ることができるのだろうか。

海外出稼ぎへ旅立つ人を見送る家族で空港の出発ロビーは大混雑(筆者提供)

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室橋裕和(むろはし・ひろかず)
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌の会社に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。主な著書は『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(辰巳出版)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『バンコクドリーム「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)など。
※「シリーズ小国経済」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2022年12月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。

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老朽化したトリブバン空港(首都カトマンズの国際空港)を出たタクシーは、すぐに大渋滞に巻き込まれた。車やバイクやバスが無秩序にひしめき、クラクションが鳴り響き、エアコンもなく開けっ放しの窓から排ガスが容赦なく吹き込んでくる。「昼どきだから、まだましなんだ。夕方はもっとひどい」。運転手はうんざりした顔で言う。
今年10月中旬、ネパールを訪れた。実に20年ぶりである。カトマンズの変化も楽しみにして来たが、交通量のあまりの増大ぶりにまず驚いた。何だかインドの大都市のような喧噪(けんそう)だった。
「車は関税200%以上もかかって高いけど、それでも皆買いたい。キアやヒュンダイが増えてるね(起亜、現代。ともに韓国現代自動車のブランド)。いくらか関税が低いEV(電気自動車)も最近は人気。800万ネパールルピー(約880万円、1ネパールルピー=約1.1円、以下ルピー)とかするのもあるんだけどね」
そう話す運転手が乗っているのはスズキの古い小型車だった。タクシー以外もコンパクトカーが目立つ。狭い路地が入り組んでいるからだろう。民家や商店がびっしり建つ昔ながらの路地の集合体が、カトマンズという都市なのだ。その構造は20年前と変わらず、大規模な再開発が行われた様子もあまりなく、たたずまいは昔のまま。そこに大量の車があふれたものだから、この大渋滞なのでは‥‥そんなことを思っていると、市街西部のアサンチョークに到着した。
ここは、カトマンズの象徴のような場所だ。四方八方に伸びる路地の全てが「市場」だ。服や靴、乾物、布地、スパイス、食器、野菜に果物‥‥ありとあらゆる品を売る小さな店が並び、路上にも屋台が連なる。こうした小規模な個人の専門店で物を買う習慣が、生活に根付いている。大型のチェーン店やスーパーも増えてはいるが、まだまだ少ない。
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だが一方で、街を歩けば小さな雑貨屋とか食堂の軒先にも、QRコードを記した小さなボードが置かれているのを見る。スマートフォンを使った電子決済が普及してきたのだ。
「fone pay」の札を掲げたラッシー(ヨーグルトドリンク)の店で聞いてみると、「コロナ禍の2年間に、これで払う人が増えたよね。ネパールのお札、汚いでしょ(笑)。なるべく触りたくないって人が多いからかな」と冗談交じりに言う。
オンラインショッピングも人気のようだ。デリバリー大手の米ウーバーのように、大きなバッグを背負って走る業者のバイクを見かける。かつての王宮が現存するダルバール広場などの観光地では、スマホを構えて踊る女の子たちも目立つ。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」に投稿するのだろう。SNSはフェイスブックが主流だが、若者の間ではティックトックが圧倒的な人気となっているそうだ。ネパール人の生活にも、モバイル文化はすっかり浸透している。
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■コロナ「終わった」国内観光にぎわう
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アサンチョークから北へ、まるで中世のような石畳の路地を迷い歩いていくと、タメル地区に行き当たる。外国人旅行者向けのホテルやレストラン、ヒマラヤトレッキング(山歩き)の旅行会社などが密集するエリアだ。コロナの影響はさぞ甚大だろうと思ったが、意外なほど元気でにぎわいが戻っている。
ゲストハウスのスタッフが言う。「フランス人やドイツ人などヨーロッパ人が増えてきました。でも日本人はまったく見ませんね」
2022年11月現在、ネパールは新型コロナワクチン2回の接種証明書があれば入国できる。飛行機を降りてイミグレーション通過前に簡単な書類チェックを行うだけだ。入国後の行動制限はない。カトマンズの街でマスクを着けている人は1割以下だろうか。コロナ禍は既に「終わったもの」と捉えている様子だ。欧米人を中心とする外国人観光客でタメルも混み合っている。コロナよりも、むしろこの雨期に猛威を振るったデング熱の方が話題になっていた。
「タメル辺りで店やホテルを経営する人は昔からの土地持ち。お客が減ってもどうにかなります。大変なのは、そういう所で働いていた地方からの出稼ぎでしょう」。ゲストハウスのスタッフからはそんな話も聞いた。
そしてもう1つ、タメルで目立つのはネパール人観光客の姿だ。昔は外国人ばかりだったこのエリアに、今はネパール人の富裕層・中間層がずいぶん増えているようだ。彼らが集まるクラブやバーも多い。「ここ5年くらいで国内観光客が本当に増えたんです。この層が、外国人が入国できない時期に観光業を支えてきました」と旅行社を経営する男性、サキヤ・スメドさんが説明する。
その原動力の1つが「海外出稼ぎ」だという。ネパールは人口2,900万人のうち、200万人以上がインド、中東、東南アジア、それに韓国や日本で働いている。彼らが母国にもたらす送金額は20年には9,610億ルピーに達し、国内総生産(GDP)の実に22.5%に相当する(ネパール中央銀行による)。タジキスタンやキルギスなどに次いで世界第5位の数字だ。
「この送金を元手にビジネスや投資する動きが盛んです」とサキヤさん。特に土地を買う人とそこに融資する銀行が増えているそうだ。「銀行は大体、年利15%で貸しますが、土地はそれよりも利回りがいい。どんどん値上がりしてるんです」。地価高騰を背景に中間層・富裕層が生まれ、彼らが国内経済を循環させていく。そんな動きもあるようだ。
■何もかも値上がり、しんどい庶民生活
市内には、お金にゆとりが出てきた人々が行き交う近代的なショッピングモールもいくつかある。ブランドショップが並び、上階にはシネマコンプレックスも備え、まるでバンコクかシンガポールのようだ。モール内のカフェに入ってみると、コーヒー1杯が400ルピーだった。街角の食堂ではダルバート(豆カレーとライスを中心とした定食)が200ルピー程度、チャイ(ミルクティー)が20~30ルピーなのを考えると、なかなかの値段。経済の格差も、また大きくなっているようだ。
だが、中間層が台頭する一方で庶民の生活は結構しんどい。
「原油が上がってから、何もかも値上がりだよ」。トゥクパ(チベット風うどん)を出す食堂のおじさんは言う。鶏肉入りのトゥクパは1杯180ルピーだが、値上げも考えている。ウクライナ問題に端を発する、エネルギー価格の上昇は日本もネパールも同じだ。
「ネパールは何でも輸入ばかり。だから燃料が上がれば物の値段は全部上がる」。おじさんがぼやく通り、店で売られる日用品や電化製品はインドや中国からの物ばかりだ。自国に農業と観光以外の目立った産業がないため輸入に依存していると、国際経済の荒波を受けやすい。
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雑貨屋に入って商品の値段を見ると、歯磨き粉80ルピー、ダルに使う豆が200ルピー前後(1キログラム)、ネパール人が日々愛飲するお茶が300~400ルピー(500グラム)、米が2,000ルピー前後(25キログラム)‥‥コーラは120ルピーで日本とあまり変わらない。
1人当たりの年間所得が1,000米ドル(約14万円)。月1~2万円ほどで生活する人が大半と言われるネパールで、この物価は相当に高い。というより、人々の所得も商品やサービスの値段も、あまりに格差のあるいびつな経済だと感じた。だから庶民は現金をもっと得るため、海外を目指す。人材はどんどん国外に流出していく。
■湖畔の観光地ポカラ、出稼ぎ業者ひしめく

カトマンズから西へ約200キロメートル、ヒマラヤ山麓の観光都市・ポカラへと向かうバスの料金は1,000ルピーだった。ちょうどティハールという秋の収穫祭(家々を灯火で彩ることから別名「光の祭り」とも)の期間だったため、里帰りする人でいっぱいだ。中には月収の1割を払って乗り込んだ人もいるのかもしれない。
途中で寄ったガソリンスタンドで値段を見てみると、1リットル180ルピーと日本より高い。この値段もチケット代に反映されているのだろう。「ガソリンは全部インドからの輸入。質が悪いのをこっちに流すもんだから燃費が良くないんだ」と運転手は言う。
山間部を走るおよそ7時間の道のりは、20年前とあまり変わっていなかった。未舗装が多く、土砂崩れの跡や河原のようなガタガタ道も各所にあって、首都と第2の都市を結ぶ幹線とは到底思えない。ただ中国の「一帯一路」構想の一環か、中国企業による工事が所々で進んでいた。
到着したポカラは湖のほとりに開けた観光地だが、やはりネパール人や欧米人、それにインド人の観光客がくつろいでいた。ここでも観光業が少しずつ復興しているようだ。
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中心部に向かうと、とにかく目立つのは出稼ぎあっせん業者の看板。カトマンズでもよく見たが、ポカラも同様だ。欧米や日本への留学をアレンジする語学学校、中東への労働者を募るオフィスの看板が、ビルの外壁にびっしりと並ぶ。中には、すし職人の養成学校まであった。日本ではなくフランスのすし店に派遣されるという。こうした看板が、若者が集うショッピングモール近辺にも踊る。どこもかしこも海外への誘いであふれているのだ。
そんなあっせん業者の1つである、日本語学校の校長に話を聞いてみた。
「日本の入国制限が緩和された22年の3月から、70人ほどの生徒を提携する沖縄などの日本語学校に送りました」と校長。彼らはアルバイトしながら言葉を学び、日本で就職して家族を呼ぶことが目標だ。同じような学校が、近所にも10軒ほどひしめいている。北関東の自動車関連や食品加工の工場への就職を仲介する業者もあるという。カレー店のコックとして働くため、親戚筋を頼って日本に行く人も多いそうだ。
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■不在の両親、働き手「これでいいのか」
「出稼ぎビジネス」は盛況なようだが、本当にこれでいいのだろうか。疑問も感じていると校長は話す。
「誰もが稼ぐため海外に行ってしまう。だから地方の村では働き盛りがどんどん減って、老人と子供ばかりに。親の代わりに祖父母が子供の面倒を見て、親の愛情を知らずに育つ子供が問題になっています。畑の働き手がいなくなり荒れてしまった土地もたくさんあるし、そういう村を捨ててポカラで暮らす人も増えています」
自給自足で暮らせた村からポカラの街に降りてくれば、現金が必要だ。となれば、さらに家族の中からまた海外へ向かう人が出る。
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「需要があるからこの仕事をやってはいますが‥‥」校長の口は重い。前出のサキヤさんも言う。「今は、海外からの送金が国の大きなインカム(収入)になってしまった。それで景気が良い業界もある。でも、伝統的な文化を守りながら農業や観光でやっていく方が、ずっといい社会ではないでしょうか」
帰路、カトマンズの空港は大勢のネパール人で大混雑していた。ティハールの帰省を終えて出稼ぎ先の国に戻る人々と、それを見送る家族親族たちだ。あちこちで抱き合う姿も、涙を流す姿もある。こうして海外に旅立つ出稼ぎたちが、世界最貧ともいわれるネパールの経済を辛うじて支えている。しかしそこには、ゆがみもまた噴き出てきている。出稼ぎ頼みではない経済モデルを、この国は作ることができるのだろうか。
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室橋裕和(むろはし・ひろかず)
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌の会社に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。主な著書は『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(辰巳出版)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『バンコクドリーム「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)など。
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